上 下
132 / 137
第四章 風によせて

第27話 祈り ー叶えられた願いー

しおりを挟む
 夏樹は、アランのクリスマスの誘いを断る上手い口実を見つけることができた。

 パスカルの家に誘われたのだ。
 
 アランのクリスマスに対する価値観をあれこれ言う気はないが、要は彼の愛するバカ騒ぎが疎ましいのだ。

「いらっしゃい夏樹」

 ナタリーに温かく迎えられた。
 
 パスカルの家には、小さなツリーが置かれ、リースが飾れていた。壁はフエルトで作られた雪だるまやサンタクロースなどの飾りで彩られている。
 おそらくコレットの手によるものだろう口の曲がった雪だるまもあった。
 
 温かい家庭のクリスマス。
 
 夏樹にとっては初めての経験だ。
 
 コレットは夏樹の膝に座りたがり、パスカルが手を伸ばすといやいやをし、彼を失望させた。
 
 それでも家は笑いに溢れ、温かい空気が流れている。
 
 食事がテーブルに並べられ、パスカルとマリーが、そしてコレットが回らぬ舌で祈りの言葉を唱える。
 
 夏樹も祈った。
 何を望んでいるのか、何を求めているのか?
 
 ふと、茉莉香の憐みのこもった眼差しが浮かんだ。
 それは夏樹の心に鈍い痛みを与える。
 茉莉香は、自分が手にしたことのない何かを思い起こさせるのだ。
 そして同時に虚しさは埋められ、新たな希望が湧いてくる。
 
 
 自分の望むことは何か?
 コンペに勝利することか?
 それは何のためか……。
 その先にあるものは……。
 
 
 
 茉莉香を呼び寄せたい。
 一緒に暮らすのだ。
 そして……。
 
 
 言葉が見つからぬまま、夏樹は静かに祈った。
 
 
 
 


 年が明けて、ガスパール・デュトワの事務所は業務を開始した。
 皆が、新しい年の祝いの言葉を述べながらも、心は唯一つの事に集中している。

 公募の結果が発表されるのだ。
 選考の結果を聞きに行くために、事務員の一人が会場へ向かっている。

 誰もが、電話の音に耳をそばだてている。
 当然、いや、誰よりも夏樹は息をひそめて結果を待った。
 呼び鈴が鳴るたびに、そちらに目を向ける。

 やがて、

 何度目かの電話が鳴り、取ったのは男の事務員だった。

「えっ! 結果が出た?」

 一斉に、声の主に視線が集まった。
 夏樹も息を殺して会話に集中する。
 鼓動が高まり、息が詰まりそうだ。

「うん。わかった」

 彼はそう言うと、受話器を置いた。

「どうだった?」

 ガスパールが尋ねる。
 
 男は晴れ晴れとした顔で言った。

「選ばれました。公募に通りました!」

 事務所内で、わっと歓声が上がる。

 夏樹は容易には信じられなかった。
 自分を疑ったわけではない。

 だが……本当に、願いが叶うとは!

 所員たちが、口々に夏樹に祝福の言葉を言っているが、夏樹の頭は混乱して、誰が何を言っているのかがわからないほどだった。

 興奮のあまり、書類を天井に向かって高くまき散らす者もいる。

 だが、その混乱を静める人物が夏樹の前に立った。

 ガスパールだ。

「夏樹! よくやってくれた。君を今日から、正式に採用しよう。九月には建築士として再契約だ。それから……この仕事は君に任せる」

「……え」

 図書館の建築開始は一年後だ。その頃には夏樹も協会へ登録を済ませている。
 建築士として仕事をすることができるのだ。
 だが……このプロジェクトの責任者となるには、経験が足りないのではないのだろうか?

 そんな夏樹の気持ちを察したかのように、

「君はこの事務所で十分経験を積んだはずだ。そうだろう?」

 ガスパールの視線の先には、パスカルとアランがいた。
 彼らが笑顔で頷いている。

 そうだったのか……
 自分の仕事ぶりは認められていたのだ!

 夏樹は深呼吸をしたあと、こう言った。

Ouiウィ Monsieurムシュー!」

 どっと歓声が湧き上がる。

「祝杯をあげようぜ! 俺がいい店知っているんだ!」

 アランの声がする。
 一瞬嫌な予感が頭をよぎるが、今はそれどころではない。

 すでに建築士としての資格を取得している。
 そして今、仕事を得たのだ。



 ―― 茉莉香を迎えに行くことができるのだ ――


しおりを挟む
感想 13

あなたにおすすめの小説

日給二万円の週末魔法少女 ~夏木聖那と三人の少女~

海獺屋ぼの
ライト文芸
ある日、女子校に通う夏木聖那は『魔法少女募集』という奇妙な求人広告を見つけた。 そして彼女はその求人の日当二万円という金額に目がくらんで週末限定の『魔法少女』をすることを決意する。 そんな普通の女子高生が魔法少女のアルバイトを通して大人へと成長していく物語。

【完結】モデラシオンな僕ときゃべつ姫

志戸呂 玲萌音
ライト文芸
【レースを編む少女たち。そして僕。白い糸が紡ぐ恋模様】 【僕】は父親のパリ赴任中に生まれた。そこへ突然妹が現れ、【僕】は妹がキャベツ畑からやってきたと思い込み、妹を“きゃべつ”と名付ける。 【僕】と母と、“きゃべつ”はレース編みをパリで習った。 やがて【僕】は“きゃべつ”が実の妹ではないことを知り、妹を守ろうと決意をする。 父の海外赴任が終わり、帰国した【僕】は親族の跡目争いに巻き込まれ、多感な少年時代を複雑な環境で育ち、それが【僕】に大きな影響を与える。 月日が経ち、【僕】は高校生に“きゃべつ”は中学生になり、成長した“きゃべつ”に【僕】は今まで抱かなかった感情を抱き、戸惑いう。 そして、手芸部への入部を強要する美貌の先輩。彼女には【未来の夫探し】をしているという噂がまことしやかにささやかれている。そして、子猫のようなフランス人ハーフの美少女が、【僕】の生活になだれ込む。 全編を通し、心優しい少年の成長を描いていきます。 複雑な環境が、彼にどのような影響を与えるのか? そして、どうやってそれを乗り越えていくのか? そして、少女たちの関り。 ぜひ、お楽しみください!

古屋さんバイト辞めるって

四宮 あか
ライト文芸
ライト文芸大賞で奨励賞いただきました~。 読んでくださりありがとうございました。 「古屋さんバイト辞めるって」  おしゃれで、明るくて、話しも面白くて、仕事もすぐに覚えた。これからバイトの中心人物にだんだんなっていくのかな? と思った古屋さんはバイトをやめるらしい。  学部は違うけれど同じ大学に通っているからって理由で、石井ミクは古屋さんにバイトを辞めないように説得してと店長に頼まれてしまった。  バイト先でちょろっとしか話したことがないのに、辞めないように説得を頼まれたことで困ってしまった私は……  こういう嫌なタイプが貴方の職場にもいることがあるのではないでしょうか? 表紙の画像はフリー素材サイトの https://activephotostyle.biz/さまからお借りしました。

百合ランジェリーカフェにようこそ!

楠富 つかさ
青春
 主人公、下条藍はバイトを探すちょっと胸が大きい普通の女子大生。ある日、同じサークルの先輩からバイト先を紹介してもらうのだが、そこは男子禁制のカフェ併設ランジェリーショップで!?  ちょっとハレンチなお仕事カフェライフ、始まります!! ※この物語はフィクションであり実在の人物・団体・法律とは一切関係ありません。 表紙画像はAIイラストです。下着が生成できないのでビキニで代用しています。

ガラスの世代

大西啓太
ライト文芸
日常生活の中で思うがままに書いた詩集。ギタリストがギターのリフやギターソロのフレーズやメロディを思いつくように。

小さなことから〜露出〜えみ〜

サイコロ
恋愛
私の露出… 毎日更新していこうと思います よろしくおねがいします 感想等お待ちしております 取り入れて欲しい内容なども 書いてくださいね よりみなさんにお近く 考えやすく

どん底韋駄天這い上がれ! ー立教大学軌跡の四年間ー

七部(ななべ)
ライト文芸
高校駅伝の古豪、大阪府清風高校の三年生、横浜 快斗(よこはま かいと)は最終七区で五位入賞。いい結果、古豪の完全復活と思ったが一位からの五人落ち。眼から涙が溢れ出る。 しばらく意識が無いような状態が続いたが、大学駅伝の推薦で選ばれたのは立教大学…! これは快斗の東京、立教大学ライフを描いたスポーツ小説です。

さよなら、真夏のメランコリー

河野美姫
青春
傷だらけだった夏に、さよならしよう。 水泳選手として将来を期待されていた牧野美波は、不慮の事故で選手生命を絶たれてしまう。 夢も生きる希望もなくした美波が退部届を出した日に出会ったのは、同じく陸上選手としての選手生命を絶たれた先輩・夏川輝だった。 同じ傷を抱えるふたりは、互いの心の傷を癒すように一緒に過ごすようになって――? 傷だらけの青春と再生の物語。 *アルファポリス* 2023/4/29~2023/5/25 ※こちらの作品は、他サイト様でも公開しています。

処理中です...