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第四章 風によせて
第27話 祈り ー叶えられた願いー
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夏樹は、アランのクリスマスの誘いを断る上手い口実を見つけることができた。
パスカルの家に誘われたのだ。
アランのクリスマスに対する価値観をあれこれ言う気はないが、要は彼の愛するバカ騒ぎが疎ましいのだ。
「いらっしゃい夏樹」
ナタリーに温かく迎えられた。
パスカルの家には、小さなツリーが置かれ、リースが飾れていた。壁はフエルトで作られた雪だるまやサンタクロースなどの飾りで彩られている。
おそらくコレットの手によるものだろう口の曲がった雪だるまもあった。
温かい家庭のクリスマス。
夏樹にとっては初めての経験だ。
コレットは夏樹の膝に座りたがり、パスカルが手を伸ばすといやいやをし、彼を失望させた。
それでも家は笑いに溢れ、温かい空気が流れている。
食事がテーブルに並べられ、パスカルとマリーが、そしてコレットが回らぬ舌で祈りの言葉を唱える。
夏樹も祈った。
何を望んでいるのか、何を求めているのか?
ふと、茉莉香の憐みのこもった眼差しが浮かんだ。
それは夏樹の心に鈍い痛みを与える。
茉莉香は、自分が手にしたことのない何かを思い起こさせるのだ。
そして同時に虚しさは埋められ、新たな希望が湧いてくる。
自分の望むことは何か?
コンペに勝利することか?
それは何のためか……。
その先にあるものは……。
茉莉香を呼び寄せたい。
一緒に暮らすのだ。
そして……。
言葉が見つからぬまま、夏樹は静かに祈った。
年が明けて、ガスパール・デュトワの事務所は業務を開始した。
皆が、新しい年の祝いの言葉を述べながらも、心は唯一つの事に集中している。
公募の結果が発表されるのだ。
選考の結果を聞きに行くために、事務員の一人が会場へ向かっている。
誰もが、電話の音に耳をそばだてている。
当然、いや、誰よりも夏樹は息をひそめて結果を待った。
呼び鈴が鳴るたびに、そちらに目を向ける。
やがて、
何度目かの電話が鳴り、取ったのは男の事務員だった。
「えっ! 結果が出た?」
一斉に、声の主に視線が集まった。
夏樹も息を殺して会話に集中する。
鼓動が高まり、息が詰まりそうだ。
「うん。わかった」
彼はそう言うと、受話器を置いた。
「どうだった?」
ガスパールが尋ねる。
男は晴れ晴れとした顔で言った。
「選ばれました。公募に通りました!」
事務所内で、わっと歓声が上がる。
夏樹は容易には信じられなかった。
自分を疑ったわけではない。
だが……本当に、願いが叶うとは!
所員たちが、口々に夏樹に祝福の言葉を言っているが、夏樹の頭は混乱して、誰が何を言っているのかがわからないほどだった。
興奮のあまり、書類を天井に向かって高くまき散らす者もいる。
だが、その混乱を静める人物が夏樹の前に立った。
ガスパールだ。
「夏樹! よくやってくれた。君を今日から、正式に採用しよう。九月には建築士として再契約だ。それから……この仕事は君に任せる」
「……え」
図書館の建築開始は一年後だ。その頃には夏樹も協会へ登録を済ませている。
建築士として仕事をすることができるのだ。
だが……このプロジェクトの責任者となるには、経験が足りないのではないのだろうか?
そんな夏樹の気持ちを察したかのように、
「君はこの事務所で十分経験を積んだはずだ。そうだろう?」
ガスパールの視線の先には、パスカルとアランがいた。
彼らが笑顔で頷いている。
そうだったのか……
自分の仕事ぶりは認められていたのだ!
夏樹は深呼吸をしたあと、こう言った。
「Oui Monsieur!」
どっと歓声が湧き上がる。
「祝杯をあげようぜ! 俺がいい店知っているんだ!」
アランの声がする。
一瞬嫌な予感が頭をよぎるが、今はそれどころではない。
すでに建築士としての資格を取得している。
そして今、仕事を得たのだ。
―― 茉莉香を迎えに行くことができるのだ ――
パスカルの家に誘われたのだ。
アランのクリスマスに対する価値観をあれこれ言う気はないが、要は彼の愛するバカ騒ぎが疎ましいのだ。
「いらっしゃい夏樹」
ナタリーに温かく迎えられた。
パスカルの家には、小さなツリーが置かれ、リースが飾れていた。壁はフエルトで作られた雪だるまやサンタクロースなどの飾りで彩られている。
おそらくコレットの手によるものだろう口の曲がった雪だるまもあった。
温かい家庭のクリスマス。
夏樹にとっては初めての経験だ。
コレットは夏樹の膝に座りたがり、パスカルが手を伸ばすといやいやをし、彼を失望させた。
それでも家は笑いに溢れ、温かい空気が流れている。
食事がテーブルに並べられ、パスカルとマリーが、そしてコレットが回らぬ舌で祈りの言葉を唱える。
夏樹も祈った。
何を望んでいるのか、何を求めているのか?
ふと、茉莉香の憐みのこもった眼差しが浮かんだ。
それは夏樹の心に鈍い痛みを与える。
茉莉香は、自分が手にしたことのない何かを思い起こさせるのだ。
そして同時に虚しさは埋められ、新たな希望が湧いてくる。
自分の望むことは何か?
コンペに勝利することか?
それは何のためか……。
その先にあるものは……。
茉莉香を呼び寄せたい。
一緒に暮らすのだ。
そして……。
言葉が見つからぬまま、夏樹は静かに祈った。
年が明けて、ガスパール・デュトワの事務所は業務を開始した。
皆が、新しい年の祝いの言葉を述べながらも、心は唯一つの事に集中している。
公募の結果が発表されるのだ。
選考の結果を聞きに行くために、事務員の一人が会場へ向かっている。
誰もが、電話の音に耳をそばだてている。
当然、いや、誰よりも夏樹は息をひそめて結果を待った。
呼び鈴が鳴るたびに、そちらに目を向ける。
やがて、
何度目かの電話が鳴り、取ったのは男の事務員だった。
「えっ! 結果が出た?」
一斉に、声の主に視線が集まった。
夏樹も息を殺して会話に集中する。
鼓動が高まり、息が詰まりそうだ。
「うん。わかった」
彼はそう言うと、受話器を置いた。
「どうだった?」
ガスパールが尋ねる。
男は晴れ晴れとした顔で言った。
「選ばれました。公募に通りました!」
事務所内で、わっと歓声が上がる。
夏樹は容易には信じられなかった。
自分を疑ったわけではない。
だが……本当に、願いが叶うとは!
所員たちが、口々に夏樹に祝福の言葉を言っているが、夏樹の頭は混乱して、誰が何を言っているのかがわからないほどだった。
興奮のあまり、書類を天井に向かって高くまき散らす者もいる。
だが、その混乱を静める人物が夏樹の前に立った。
ガスパールだ。
「夏樹! よくやってくれた。君を今日から、正式に採用しよう。九月には建築士として再契約だ。それから……この仕事は君に任せる」
「……え」
図書館の建築開始は一年後だ。その頃には夏樹も協会へ登録を済ませている。
建築士として仕事をすることができるのだ。
だが……このプロジェクトの責任者となるには、経験が足りないのではないのだろうか?
そんな夏樹の気持ちを察したかのように、
「君はこの事務所で十分経験を積んだはずだ。そうだろう?」
ガスパールの視線の先には、パスカルとアランがいた。
彼らが笑顔で頷いている。
そうだったのか……
自分の仕事ぶりは認められていたのだ!
夏樹は深呼吸をしたあと、こう言った。
「Oui Monsieur!」
どっと歓声が湧き上がる。
「祝杯をあげようぜ! 俺がいい店知っているんだ!」
アランの声がする。
一瞬嫌な予感が頭をよぎるが、今はそれどころではない。
すでに建築士としての資格を取得している。
そして今、仕事を得たのだ。
―― 茉莉香を迎えに行くことができるのだ ――
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