上 下
115 / 137
第四章 風によせて

第10話 学生コンペ-3

しおりを挟む
 コレットを送り届けた帰り道、夏樹はシモンをスマホで呼び出した。

「おい! シモン! 学校近くのいつものカフェで待ってろ!」

 そして、待ち合わせ場所に走って行った。
 
「走ってきたのかい!? この暑さの中を!? なんて無茶するんだ!?」
 
 息を切らして店に入ってきた夏樹を見て、シモンが驚いている。
 彼にしては、珍しく語気が強い。

 待ち合わせたカフェのテラス席からは、セーヌ川の向こうにシテ島が見える。
 シモンは安価なカウンター席に座って待っていた。
 夏樹はシモンの隣に倒れ込むように座り、しばらくの間呼吸を整えていた。
 
 呼吸が落ち着いたころ、シモンが尋ねてきた。

「発想が逆ってどういうこと?」

 瞳が期待に輝いている。 

「つまりだな……」

 夏樹が言いかけると、

「お決まりですか?」

 ウエイトレスが注文を取りに来た。

「エスプレッソ二つ」

 シモンに体を向けたまま、夏樹が注文をする。

「だからな。俺たちは、子どもの目線で考えていたんだ」

「だって、キッズルームだもの。子どもの遊び場だよ?」

「だけど、選択するのは、親だ」

「!」

「あの場には、親が落ち着いて子どもを見守る場所がない。子どもが楽しく遊べればいいと言うわけではないんだ。子どもの安全な姿を見守ることが大切なんだ」

「あ……」

 シモンも気づいたようだ。

 ウエイトレスがエスプレッソの入ったカップを運んできた。
 
「ありがとう」

 夏樹は礼を言い、カップに砂糖を入れた。
 スプーンでかき混ぜ、口に含む。
 エスプレッソの苦みと砂糖の甘さ……。
 走り疲れた体に染み渡るようだ。

「つまりだ……」

 夏樹が再び話し始め、シモンが身を乗り出す。 

「買い物のついでに寄るにしても、買い物を待つ間面倒をみるにしても、保護者がリラックスした状態で、子どもを見守る場所が必要なんだ」

「そうか!」

「ここから先は、俺のアパートで」

 会計を済ませると、二人は夏樹のアパートに向かった。
 夏樹は、交換留学中に借りたアパートに、再び住んでいる。

「狭いし、冷房の調子が良くないけど我慢してくれ。ただ、ここは、夜遅くまで打ち合わせをしていても、あれこれ言われる心配だけはないんだ。住人が皆、遅いんでね」

 部屋に入ると、夏樹はスケッチブックを広げ、鉛筆を走らせる。
 
「まずは部屋の間取りがこうだ……」

 ざっくりとメモのような図面を描く。
 間取りは頭に入っている。

 そして、

「まずは、保護者のためのスペースを作る。こういう椅子を、視界が塞がらないように配置する」

 夏樹がスケッチブックに背もたれが円形のローソファーを描く。
 大人が座ると頭が出る高さだ。

「座面からひじ掛けまで一続きのもので、ゆったりと座れる幅にするんだ。これで、他の親子と隔離され、自分の子どもに集中できる。ローソファーだから、子どもとも目線が近くなる」

「なるほど!」

「子どもが部屋のどこにいても見守れるように、視界を遮らない配置にする。ソファーの座高が低いから、それが可能になる」

「!」

「……あとは……部屋全体のデザインだが……」

 いくら学生のアイデアが欲しいと言っても、やはり、親子が好むようなデザインが望まれるだろう。

「それなら任せてくれよ!」

 シモンが言う。

「僕は、部屋全体のインテリアを考えておいたんだ。色鉛筆を持ってきたよ! 君は突然動き出すから、持ち歩いていたよ」

 シモンが鞄から、ごそごそと色鉛筆を取り出す。

「お前にしては上出来だ」

 夏樹とシモンは目を合わせると、互いに笑った。

 シモンが鉛筆で下書きをし、それに色を付けていく。
 見る見る間に、アイデアが形を成していった。

 シェルピンクの壁。描かれた常緑樹には、白いハトが止まり、小鹿、うさぎ、羊……。草の陰から愛らしい動物たちが姿をのぞかせている。
 遊具を置く棚はアイボリー。本棚も。
 床は、若草色のカーペットを敷き詰める。子どもが転んでもケガをしないように、厚手のものだ。

「ちょっと、一般受けを狙い過ぎじゃないか?」

 夏樹が不満げに言うが、

「僕はオーソドックスな方がいいと思う」

 シモンは譲らない。

「言うじゃん?」

 夏樹がにやりと笑う。

「……だめ……かな……?」

 シモンがひるむ。


 だが、


「いいアイデアだよ。お前らしい」

 夏樹が笑うと、シモンの目が嬉しそうに輝いた。

 繊細で統一感がある。
 気持ちも休まるだろう。

「ソファーはカナリア色にしよう」

 夏樹が提案する。

「いいね! アクセントになる!」

「さあ! 一気に仕上げようぜ! どうせ夏休みだ! まずは図面を描いて、模型を作る。図面は俺が描く。模型は二人で作ろう。シモン! イラストの精度を上げてくれ。具体的に表現するほど、説得力が増す!」

 今、夏樹とシモンは同じ目的に向かって走り出した。
 互いに意見を出し合い、批判し、合意する。

「やっぱり暑いな……。窓は全開にしているけど……」

 風はそよともしない。
 しきりに汗を拭っては、ペットボトルの水をガブ飲みする。

「シモン! 腹が空いたら、棚にバケットがあるから、それで済ませてくれ!」

「わかったよ!」

 シモンは素早くバケットをかじると、水で流し込み、再び作業に戻った。
 
 暑さ、息苦しさ、飢え、渇き……そんなものは苦にはならない。
 二人を妨げるものはなにもないのだ。
 
 新しいものを創り出したい!
 
 情熱が二人の心を一つにしていた。
 

 コンペの締め切りは近い。
 眠れない夏の夜。二人は創作の世界にのめり込んでいった。
しおりを挟む
感想 13

あなたにおすすめの小説

父親が再婚したことで地獄の日々が始まってしまいましたが……ある日その状況は一変しました。

四季
恋愛
父親が再婚したことで地獄の日々が始まってしまいましたが……ある日その状況は一変しました。

ちょっと大人な体験談はこちらです

神崎未緒里
恋愛
本当にあった!?かもしれない ちょっと大人な体験談です。 日常に突然訪れる刺激的な体験。 少し非日常を覗いてみませんか? あなたにもこんな瞬間が訪れるかもしれませんよ? ※本作品ではPixai.artで作成した生成AI画像ならびに  Pixabay並びにUnsplshのロイヤリティフリーの画像を使用しています。 ※不定期更新です。 ※文章中の人物名・地名・年代・建物名・商品名・設定などはすべて架空のものです。

サンタクロースが寝ている間にやってくる、本当の理由

フルーツパフェ
大衆娯楽
 クリスマスイブの聖夜、子供達が寝静まった頃。  トナカイに牽かせたそりと共に、サンタクロースは町中の子供達の家を訪れる。  いかなる家庭の子供も平等に、そしてプレゼントを無償で渡すこの老人はしかしなぜ、子供達が寝静まった頃に現れるのだろうか。  考えてみれば、サンタクロースが何者かを説明できる大人はどれだけいるだろう。  赤い服に白髭、トナカイのそり――知っていることと言えば、せいぜいその程度の外見的特徴だろう。  言い換えればそれに当てはまる存在は全て、サンタクロースということになる。  たとえ、その心の奥底に邪心を孕んでいたとしても。

どうやら夫に疎まれているようなので、私はいなくなることにします

文野多咲
恋愛
秘めやかな空気が、寝台を囲う帳の内側に立ち込めていた。 夫であるゲルハルトがエレーヌを見下ろしている。 エレーヌの髪は乱れ、目はうるみ、体の奥は甘い熱で満ちている。エレーヌもまた、想いを込めて夫を見つめた。 「ゲルハルトさま、愛しています」 ゲルハルトはエレーヌをさも大切そうに撫でる。その手つきとは裏腹に、ぞっとするようなことを囁いてきた。 「エレーヌ、俺はあなたが憎い」 エレーヌは凍り付いた。

灰かぶり姫の落とした靴は

佐竹りふれ
ライト文芸
中谷茉里は、あまりにも優柔不断すぎて自分では物事を決められず、アプリに頼ってばかりいた。 親友の彩可から新しい恋を見つけるようにと焚きつけられても、過去の恋愛からその気にはなれずにいた。 職場の先輩社員である菊地玄也に惹かれつつも、その先には進めない。 そんな矢先、先輩に頼まれて仕方なく参加した合コンの店先で、末田皓人と運命的な出会いを果たす。 茉里の優柔不断さをすぐに受け入れてくれた彼と、茉里の関係はすぐに縮まっていく。すべてが順調に思えていたが、彼の本心を分かりきれず、茉里はモヤモヤを抱える。悩む茉里を菊地は気にかけてくれていて、だんだんと二人の距離も縮まっていき……。 茉里と末田、そして菊地の関係は、彼女が予想していなかった展開を迎える。 第1回ピッコマノベルズ大賞の落選作品に加筆修正を加えた作品となります。

東京カルテル

wakaba1890
ライト文芸
2036年。BBCジャーナリスト・綾賢一は、独立系のネット掲示板に投稿された、とある動画が発端になり東京出張を言い渡される。 東京に到着して、待っていたのはなんでもない幼い頃の記憶から、より洗練されたクールジャパン日本だった。 だが、東京都を含めた首都圏は、大幅な規制緩和と経済、金融、観光特区を設けた結果、世界中から企業と優秀な人材、莫大な投機が集まり、東京都の税収は年16兆円を超え、名実ともに世界一となった都市は更なる独自の進化を進めていた。 その掴みきれない光の裏に、綾賢一は知らず知らずの内に飲み込まれていく。 東京カルテル 第一巻 BookWalkerにて配信中。 https://bookwalker.jp/de6fe08a9e-8b2d-4941-a92d-94aea5419af7/

希望が丘駅前商店街 in 『居酒屋とうてつ』とその周辺の人々

饕餮
ライト文芸
ここは東京郊外松平市にある商店街。 国会議員の重光幸太郎先生の地元である。 そんな商店街にある、『居酒屋とうてつ』やその周辺で繰り広げられる、一話完結型の面白おかしな商店街住人たちのひとこまです。 ★このお話は、鏡野ゆう様のお話 『政治家の嫁は秘書様』https://www.alphapolis.co.jp/novel/210140744/354151981 に出てくる重光先生の地元の商店街のお話です。当然の事ながら、鏡野ゆう様には許可をいただいております。他の住人に関してもそれぞれ許可をいただいてから書いています。 ★他にコラボしている作品 ・『桃と料理人』http://ncode.syosetu.com/n9554cb/ ・『青いヤツと特別国家公務員 - 希望が丘駅前商店街 -』http://ncode.syosetu.com/n5361cb/ ・『希望が丘駅前商店街~透明人間の憂鬱~』https://www.alphapolis.co.jp/novel/265100205/427152271 ・『希望が丘駅前商店街 ―姉さん。篠宮酒店は、今日も平常運転です。―』https://www.alphapolis.co.jp/novel/172101828/491152376 ・『日々是好日、希望が丘駅前商店街-神神飯店エソ、オソオセヨ(にいらっしゃいませ)』https://www.alphapolis.co.jp/novel/177101198/505152232 ・『希望が丘駅前商店街~看板娘は招き猫?喫茶トムトム元気に開店中~』https://ncode.syosetu.com/n7423cb/ ・『Blue Mallowへようこそ~希望が丘駅前商店街』https://ncode.syosetu.com/n2519cc/

百合ランジェリーカフェにようこそ!

楠富 つかさ
青春
 主人公、下条藍はバイトを探すちょっと胸が大きい普通の女子大生。ある日、同じサークルの先輩からバイト先を紹介してもらうのだが、そこは男子禁制のカフェ併設ランジェリーショップで!?  ちょっとハレンチなお仕事カフェライフ、始まります!! ※この物語はフィクションであり実在の人物・団体・法律とは一切関係ありません。 表紙画像はAIイラストです。下着が生成できないのでビキニで代用しています。

処理中です...