上 下
50 / 137
第二章 ーtea for you ー

第13話  ストロベリーフィールズ

しおりを挟む
 連休を控えたある日のことである。

「ねぇ、お休みの日にピクニックしない?」

「行きましょう!」

 由里の提案に茉莉香が賛同する。

 les quatre saisonsでは、平日も含めてすべて連休は休業となる。

「公園にピクニックバスケットを持ってお茶をしましょう。主人が一日だけお休みがとれるから、車を出させるわ」

 由里はワクワクとした様子だが、

「そんな……悪いですよ。前川さんは、今すごく忙しいですよね? それにこれから、もっと忙しくなる。連休明けには、春摘みファーストフラッシュの販売がありますからね。休めるときに休まないと」

 亘が諭す。

「でも……。子どもたちは母とオーストラリアに行ってしまうの。それなのに、私は主人を手伝うために、家を長く開けることができないの。どこにも行けないのよ」

 由里が嘆くと、

「由里さん……」
 
 同情した茉莉香がいたわるようにそっと寄り添う。

 そして二人の女は、もの言いたげに亘を見るのだ。

「……じゃあ、誰か他に車を出せる人を探してみます」

 この二人の前では、亘は折れるしかない。

「本当!」

 由里と茉莉香が同時に歓声をあげる。

「よかったですね! 由里さん!」

「ありがとう! 茉莉香ちゃん!」

 二人は手に手をとって喜び合った。


 しばらくして、亘は自分の言ったことを後悔することになる。

 車は、荒木にでも頼もうかと思っていたが、どこからかぎつけたのか、それを用意したのは彼の父親だった。

「お父さん困りますよ」

 亘は抗議するが、

「そう硬いことを言わないで楽しんできなさい」

 父がそれを取り合うことはない。




 当日、運転手付きのライトバンがマンションの前に止まった。

 茉莉香は白いフレンチ・スリーブのブラウスに若草色のスカートを身に着けている。ブラウスは張りのある綿で、全体にレースが施されている。袖口から茉莉香の細く長い腕がしなやかなシルエットを描く。
 由里は、ベージュのニットに、襞の入った茶のキュロットスカート。一見シフォンスカートに見えるフェミニンなデザインだ。



 車には、レジャーマット、ちょっとした遊び道具、湯を沸かすコンロやポット、コンパクトグリルも積み込まれている。

「これなら美味しいお茶が淹れられるわ」

 ピクニックバスケットを荷台に積みながら由里が言う。
 彼女はご機嫌だ。
 
 車内は新しく、広々としている。

「楽しいドライブになりそうですね!」

 これからの楽しい時間を思い、笑いさざめく。

 亘が助手席に座り、茉莉香が由里の隣に座った。
 
 出発してから二十分ほどで、目的地の公園に到着する。

 公園の入り口に入ると、三人は薔薇園に迎えられた。

「まぁ! 薔薇の花壇が! 今にも花が咲きそうだわ!」

 茉莉香は思わず駆け寄り、そっと花の蕾に手を添える。

「いい香り……」

 蜜をたたえた薔薇がほのかに香る。

「開花にはちょっと早かったみたいだね」

 亘はぐるりとあたりを見回す。
 見頃は来週末になるだろう。

「あら、蕾も素敵よ」

 由里も花壇に近づいて、蕾を愛でる。

 薔薇園を抜けると、見渡す限り緑豊かな芝生が広がる。
 
「いいお天気でよかったわ」

 茉莉香は、新緑と大地の匂いを含んだ空気を思いきり吸い込む。
 体中に新鮮な風が吹き込むようだ。

 ゆるやかな起伏をなす広場には、随所に樹木が植えられている。木陰に座ると、まるで草原でピクニックをしているような気分だ。
 
 五月の風が心地よい。
 
 枝ぶりのよい樹の下に亘が敷物を敷き、由里が湯を沸かし始めた。

「ステキなピクニックバスケットですね!」

 茉莉香がバスケットを開けると、菓子やサンドイッチ、皿にフォーク、カップが入っていた。
 茉莉香がそれを配る。

「お茶はジャワティーにしたわ。お食事に合わせやすいのよ」

 由里がカップにお茶を注いだ。

「このサンドイッチはマッシュポテトですか?」

 茉莉香がサンドイッチを口にする。
 コクがあって懐かしいような、それでいて由里らしい洗練された味付けだ。

「マッシュポテトにポークリエットを入れたの。『今日のサンドイッチ』の新しいメニューにしようと思って」

「こっちは、照り焼きチキンと半熟卵ですね」

 亘もバスケットに手を伸ばす。

「この豆とキャベツのサラダもどうぞ。カップに入っているのはキッシュよ」

 由里は張り切って、料理をすすめる。この日のために準備をしてきたのだろう。

 三人は、食事をしながらのんびりと話をしていた。
 会話と笑い声……。
 穏やかな時間がそよ風にのって流れていく。
 




――  ピ……ピピッ  ――



 亘の携帯が鳴った。

「えっ? お父さん?……いいえ別に……」

 亘は二人を振り返り、

「ちょっと失礼します。父から電話があって……」

 と、言って席をはずした。





 木陰に由里と茉莉香が残された。

「いい気持ち」

 風に吹かれて、茉莉香はふっと、深呼吸をする。
 
 茉莉香の艶のある黒髪が風になびく。 

「茉莉香ちゃんの髪は本当にきれいね」

 由里が見とれながら言う。

「私はウェーブがあってね。茉莉香ちゃんみたいなストレートに憧れていたのよ」

 由里の手は、今にも茉莉香の髪に触れそうだ。

「そんな……」

 茉莉香が恥ずかしそうに笑う。

「お天気のいい日に外でお茶をするのはいいわね」

「本当に」

 暖かな日差しの中、二人はたわいもない話を続けた。

 茉莉香の胸元で、夏樹から贈られたエメラルドのペンダントがささやかな光を放つ。細く繊細な金鎖と緑の石は、茉莉香の細く白い首によく似合った。
 由里が、茉莉香の胸元をチラリと見ながら言う。

「茉莉香ちゃん。夏樹クンから連絡ある?」

「はい! ……でも、電話代大丈夫かしら」

「いいのよ。そのぐらい払わせちゃいなさい」

 由里が笑う。

「でも、すごく忙しいみたい。お金を稼ぎたいって。仕事もしているんです」

「そうなの?……もしかしたら……」

「えっ……?」

 茉莉香が聞き返す。

「茉莉香ちゃん。彼は日本に帰ってきたら、卒論を書いて卒業して、そのあと、建築士の資格をとるつもりなんじゃないかしら」

 由里が躊躇いがちに続ける。

「そうだと思います」

 茉莉香は由里の意図を慮ろうとする。

「その翌年は、茉莉香ちゃんも卒業よね?」
 
 由里は言葉選びに逡巡しゅんじゅんしているようだ。

「はい……」
 
 由里の思いを図りかねぬまま、茉莉香は返事をする。

「そ、そのね、もしかしたら……彼が今働いているのは、そういうつもりなんじゃないかしら」

 由里は何かを思うところがあるようだ。
 だが、何だろう?

「そういうつもり?」

 茉莉香はしばらく考えこんだが、

「えっ、えぇ!?」

 驚きの声を小さく上げる。
 結婚と言うことだろうか? 夏樹からその言葉を聞いたことはない。
 だが、由里も大学卒業と同時に結婚をしたのだ。

 夏樹の時間は、ものすごく早く流れている。そして自分はそれに巻き込まれようとしているのかもしれない。
 茉莉香の心が騒ぐ。

「あら、ごめんなさい。驚かせちゃったわね。本当のところは本人に聞いてみないとわからないのに……。それより、お茶を淹れなおしましょうか? 今度はストロベリーティーにするわ」

 茉莉香の動揺を察した由里が、気持ちを変えようと茶を淹れ始める。

 湯が沸くのを待つ間、茉莉香は由里の言葉を心の中で思いめぐらせていた。
 茉莉香には夏樹の気持ちがわからない。
 彼はいつも一人で決め、行動するのだ。

 自分はどうしたらいいのだろうか?
 どう行動するべきなのか?
 いつかは決断しなくてはならない。

「茉莉香ちゃん。お茶がはいったわよ」

 由里が、そっとカップを差し出す。
 
「美味しい。甘酸っぱい香りが、外の空気にぴったりですね」

 苺の香りが心を静めてくれる。
 
「でしょう?」

 由里が微笑む。
 茉莉香は、何度もこの笑顔に救われてきたことを思い出す。
 由里は、いつもこうして自分を支えてきてくれていたのだ。

「あら、亘さんが戻ってきたわ。スコーンも頂きましょう。グリルがあるから温められるわ。コーテッドクリームとこれ……」

 そう言いながら、小さな瓶を取り出した。
 小さな瓶は赤い宝石のように輝いている。
 
「苺のコンフィチュールよ」

「まぁ、美味しそう。それにきれい!」

「これも手作りなのよ。ストロベリーティーに合うと思うわ」

「今度作り方を教えてください」

 茉莉香はコンフィチュールをパリに送ろうと思う。
 たとえ夏樹の気持ちがどうであれ、今、茉莉香はそうしたいのだ。

 由里は、甘くしたお茶を淹れ直した。









 ジャワティーは、インドネシアジャワ島で栽培される茶葉です。
 渋みが少なく、マイルドな口当たりとクセのない風味が特徴です。
 ホットにしてもアイスにしても美味しく、
 お食事に合わせやすいです。







しおりを挟む

あなたにおすすめの小説

♡蜜壺に指を滑り込ませて蜜をクチュクチュ♡

x頭金x
大衆娯楽
♡ちょっとHなショートショート♡年末まで毎日5本投稿中!!

マッサージ師にそれっぽい理由をつけられて、乳首とクリトリスをいっぱい弄られた後、ちゃっかり手マンされていっぱい潮吹きしながらイッちゃう女の子

ちひろ
恋愛
マッサージ師にそれっぽい理由をつけられて、乳首とクリトリスをいっぱい弄られた後、ちゃっかり手マンされていっぱい潮吹きしながらイッちゃう女の子の話。 Fantiaでは他にもえっちなお話を書いてます。よかったら遊びに来てね。

[R18] 激しめエロつめあわせ♡

ねねこ
恋愛
短編のエロを色々と。 激しくて濃厚なの多め♡ 苦手な人はお気をつけくださいませ♡

壁の薄いアパートで、隣の部屋から喘ぎ声がする

サドラ
恋愛
最近付き合い始めた彼女とアパートにいる主人公。しかし、隣の部屋からの喘ぎ声が壁が薄いせいで聞こえてくる。そのせいで欲情が刺激された両者はー

車の中で会社の後輩を喘がせている

ヘロディア
恋愛
会社の後輩と”そういう”関係にある主人公。 彼らはどこでも交わっていく…

寝室から喘ぎ声が聞こえてきて震える私・・・ベッドの上で激しく絡む浮気女に復讐したい

白崎アイド
大衆娯楽
カチャッ。 私は静かに玄関のドアを開けて、足音を立てずに夫が寝ている寝室に向かって入っていく。 「あの人、私が

幼なじみとセックスごっこを始めて、10年がたった。

スタジオ.T
青春
 幼なじみの鞠川春姫(まりかわはるひめ)は、学校内でも屈指の美少女だ。  そんな春姫と俺は、毎週水曜日にセックスごっこをする約束をしている。    ゆるいイチャラブ、そしてエッチなラブストーリー。

愛することをやめたら、怒る必要もなくなりました。今さら私を愛する振りなんて、していただかなくても大丈夫です。

石河 翠
恋愛
貴族令嬢でありながら、家族に虐げられて育ったアイビー。彼女は社交界でも人気者の恋多き侯爵エリックに望まれて、彼の妻となった。 ひとなみに愛される生活を夢見たものの、彼が欲していたのは、夫に従順で、家の中を取り仕切る女主人のみ。先妻の子どもと仲良くできない彼女をエリックは疎み、なじる。 それでもエリックを愛し、結婚生活にしがみついていたアイビーだが、彼の子どもに言われたたった一言で心が折れてしまう。ところが、愛することを止めてしまえばその生活は以前よりも穏やかで心地いいものになっていて……。 愛することをやめた途端に愛を囁くようになったヒーローと、その愛をやんわりと拒むヒロインのお話。 この作品は他サイトにも投稿しております。 扉絵は、写真ACよりチョコラテさまの作品(写真ID 179331)をお借りしております。

処理中です...