19 / 137
第一章 -リラの園の眠り姫ー
第11話 子夜の訪問者
しおりを挟む
北山夏樹は、ひとり部屋で悶々としていた。時間の無駄だとはわかっていても、やるべきことに手がつかない。時計の針が、もうすぐ深夜の一時を指そうとしていた。
将太の母親のことを考える。彼女は施設に将太をあずけた後も、思い出したように面会に来た。そのときの将太の喜ぶ姿と、帰った後の落胆する様子を何度も見てきた。
喜びがなければ失望もないだろう。夏樹には中途半端な優しさが残酷な行為に思えた。
その上、将太が働くようになってからは、金をせびりにくるようになった。受け取った金を何に使っているのだろうか? いつもちゃらちゃらと着飾っている。
あんな親ならばいなくてもいいのではないだろうか?
自分ならばそう考える。親がいなくて寂しいと感じたことはない。
だが、茉莉香なら怒るだろう。あの性格ならば容易に想像できる。
パリで身を挺して自分を庇ってくれた姿が、今もありありと目に浮かぶ。
ちょっと黙っていればよかったのだ。なぜ、言ってしまったのか?
悔やんでも悔やみきれない。
ドアのチャイムが鳴る。
「誰?」
ドア越しに尋ねる。
「俺です」
将太の声だ。
渋々ドアを開ける。
「なんだよ。こんな時間に」
不機嫌な顔と声色で言う。
「これ、お袋が」
旅行の土産物の包を差し出す。中身は菓子だという。
彼女に一緒に旅行に行くような友だちがいるのだろうか? こんな時間に将太が訪ねてくるのもおかしい。
「まぁ、入れよ」
「スミマセン」
夏樹はティーバッグの緑茶を湯のみ茶碗に入れたまま将太に差し出す。大学の給湯室から拝借した、どこにでもある湯のみだ。土産の包をチラリと見るが手は出さない。
「実はですね。お袋が結婚することになったんです」
夏樹は特に驚かなかった。彼女はまだ若いし、美人だ。結婚しても不思議はない。ただ、それが将太にどうかかわってくるかは気になる。
「へぇ」
先日カフェで見かけたことは口にしなかった。
「飲食店を経営しているらしくて、年はお袋より少し下だけど、お袋が幸せになってくれればと思って」
「なれそうな相手か?」
将太がうつむく。
(うんざりだ)
騙されて、貢いで……その繰り返し。将太にもとばっちりがくる。本来ならば、彼はもっといい生活ができるし、貯金もできるはずだ。
「もう、いい加減ほっといたら?」
「あの、今度はちょっとまずそうなんで」
「まずいのはいつものことだろ?」
「今までは、ただのだらしない人たちだったんですけど、今回は、始めから騙そうとしているみたいで」
「なんでそんな風に考える?」
「いろいろ買わせたり……あと、保険に入らせようとしたりして……」
「うーん。でもなぁ」
とにかく、あの女には関わりたくないのだ。気持ちを踏みにじられながら、母を慕い続ける将太の気が知れない。もっとも本人は、まったく悪気がないようだが……。
「アニキだったら、あいつの正体を突き止められると思うんです」
「なんで?」
わけがわからず夏樹が尋ねる。
「あの女の子のバイト先突き止めたじゃないですか」
夏樹はキリキリと何かが胸に刺さるのを感じた。鈍感さは時に強力な武器になる。将太の言葉には全く含みがない。そんな将太を夏樹は恨めしく思う。
「ああ、ああ、わかったよ!どうするか考えてみよう」
夏樹はなかばやけになって、将太の頼みを引き受けた。
将太の母親のことを考える。彼女は施設に将太をあずけた後も、思い出したように面会に来た。そのときの将太の喜ぶ姿と、帰った後の落胆する様子を何度も見てきた。
喜びがなければ失望もないだろう。夏樹には中途半端な優しさが残酷な行為に思えた。
その上、将太が働くようになってからは、金をせびりにくるようになった。受け取った金を何に使っているのだろうか? いつもちゃらちゃらと着飾っている。
あんな親ならばいなくてもいいのではないだろうか?
自分ならばそう考える。親がいなくて寂しいと感じたことはない。
だが、茉莉香なら怒るだろう。あの性格ならば容易に想像できる。
パリで身を挺して自分を庇ってくれた姿が、今もありありと目に浮かぶ。
ちょっと黙っていればよかったのだ。なぜ、言ってしまったのか?
悔やんでも悔やみきれない。
ドアのチャイムが鳴る。
「誰?」
ドア越しに尋ねる。
「俺です」
将太の声だ。
渋々ドアを開ける。
「なんだよ。こんな時間に」
不機嫌な顔と声色で言う。
「これ、お袋が」
旅行の土産物の包を差し出す。中身は菓子だという。
彼女に一緒に旅行に行くような友だちがいるのだろうか? こんな時間に将太が訪ねてくるのもおかしい。
「まぁ、入れよ」
「スミマセン」
夏樹はティーバッグの緑茶を湯のみ茶碗に入れたまま将太に差し出す。大学の給湯室から拝借した、どこにでもある湯のみだ。土産の包をチラリと見るが手は出さない。
「実はですね。お袋が結婚することになったんです」
夏樹は特に驚かなかった。彼女はまだ若いし、美人だ。結婚しても不思議はない。ただ、それが将太にどうかかわってくるかは気になる。
「へぇ」
先日カフェで見かけたことは口にしなかった。
「飲食店を経営しているらしくて、年はお袋より少し下だけど、お袋が幸せになってくれればと思って」
「なれそうな相手か?」
将太がうつむく。
(うんざりだ)
騙されて、貢いで……その繰り返し。将太にもとばっちりがくる。本来ならば、彼はもっといい生活ができるし、貯金もできるはずだ。
「もう、いい加減ほっといたら?」
「あの、今度はちょっとまずそうなんで」
「まずいのはいつものことだろ?」
「今までは、ただのだらしない人たちだったんですけど、今回は、始めから騙そうとしているみたいで」
「なんでそんな風に考える?」
「いろいろ買わせたり……あと、保険に入らせようとしたりして……」
「うーん。でもなぁ」
とにかく、あの女には関わりたくないのだ。気持ちを踏みにじられながら、母を慕い続ける将太の気が知れない。もっとも本人は、まったく悪気がないようだが……。
「アニキだったら、あいつの正体を突き止められると思うんです」
「なんで?」
わけがわからず夏樹が尋ねる。
「あの女の子のバイト先突き止めたじゃないですか」
夏樹はキリキリと何かが胸に刺さるのを感じた。鈍感さは時に強力な武器になる。将太の言葉には全く含みがない。そんな将太を夏樹は恨めしく思う。
「ああ、ああ、わかったよ!どうするか考えてみよう」
夏樹はなかばやけになって、将太の頼みを引き受けた。
0
お気に入りに追加
30
あなたにおすすめの小説
ちょっと大人な体験談はこちらです
神崎未緒里
恋愛
本当にあった!?かもしれない
ちょっと大人な体験談です。
日常に突然訪れる刺激的な体験。
少し非日常を覗いてみませんか?
あなたにもこんな瞬間が訪れるかもしれませんよ?
※本作品ではPixai.artで作成した生成AI画像ならびに
Pixabay並びにUnsplshのロイヤリティフリーの画像を使用しています。
※不定期更新です。
※文章中の人物名・地名・年代・建物名・商品名・設定などはすべて架空のものです。
サンタクロースが寝ている間にやってくる、本当の理由
フルーツパフェ
大衆娯楽
クリスマスイブの聖夜、子供達が寝静まった頃。
トナカイに牽かせたそりと共に、サンタクロースは町中の子供達の家を訪れる。
いかなる家庭の子供も平等に、そしてプレゼントを無償で渡すこの老人はしかしなぜ、子供達が寝静まった頃に現れるのだろうか。
考えてみれば、サンタクロースが何者かを説明できる大人はどれだけいるだろう。
赤い服に白髭、トナカイのそり――知っていることと言えば、せいぜいその程度の外見的特徴だろう。
言い換えればそれに当てはまる存在は全て、サンタクロースということになる。
たとえ、その心の奥底に邪心を孕んでいたとしても。
どうやら夫に疎まれているようなので、私はいなくなることにします
文野多咲
恋愛
秘めやかな空気が、寝台を囲う帳の内側に立ち込めていた。
夫であるゲルハルトがエレーヌを見下ろしている。
エレーヌの髪は乱れ、目はうるみ、体の奥は甘い熱で満ちている。エレーヌもまた、想いを込めて夫を見つめた。
「ゲルハルトさま、愛しています」
ゲルハルトはエレーヌをさも大切そうに撫でる。その手つきとは裏腹に、ぞっとするようなことを囁いてきた。
「エレーヌ、俺はあなたが憎い」
エレーヌは凍り付いた。
灰かぶり姫の落とした靴は
佐竹りふれ
ライト文芸
中谷茉里は、あまりにも優柔不断すぎて自分では物事を決められず、アプリに頼ってばかりいた。
親友の彩可から新しい恋を見つけるようにと焚きつけられても、過去の恋愛からその気にはなれずにいた。
職場の先輩社員である菊地玄也に惹かれつつも、その先には進めない。
そんな矢先、先輩に頼まれて仕方なく参加した合コンの店先で、末田皓人と運命的な出会いを果たす。
茉里の優柔不断さをすぐに受け入れてくれた彼と、茉里の関係はすぐに縮まっていく。すべてが順調に思えていたが、彼の本心を分かりきれず、茉里はモヤモヤを抱える。悩む茉里を菊地は気にかけてくれていて、だんだんと二人の距離も縮まっていき……。
茉里と末田、そして菊地の関係は、彼女が予想していなかった展開を迎える。
第1回ピッコマノベルズ大賞の落選作品に加筆修正を加えた作品となります。
古屋さんバイト辞めるって
四宮 あか
ライト文芸
ライト文芸大賞で奨励賞いただきました~。
読んでくださりありがとうございました。
「古屋さんバイト辞めるって」
おしゃれで、明るくて、話しも面白くて、仕事もすぐに覚えた。これからバイトの中心人物にだんだんなっていくのかな? と思った古屋さんはバイトをやめるらしい。
学部は違うけれど同じ大学に通っているからって理由で、石井ミクは古屋さんにバイトを辞めないように説得してと店長に頼まれてしまった。
バイト先でちょろっとしか話したことがないのに、辞めないように説得を頼まれたことで困ってしまった私は……
こういう嫌なタイプが貴方の職場にもいることがあるのではないでしょうか?
表紙の画像はフリー素材サイトの
https://activephotostyle.biz/さまからお借りしました。
東京カルテル
wakaba1890
ライト文芸
2036年。BBCジャーナリスト・綾賢一は、独立系のネット掲示板に投稿された、とある動画が発端になり東京出張を言い渡される。
東京に到着して、待っていたのはなんでもない幼い頃の記憶から、より洗練されたクールジャパン日本だった。
だが、東京都を含めた首都圏は、大幅な規制緩和と経済、金融、観光特区を設けた結果、世界中から企業と優秀な人材、莫大な投機が集まり、東京都の税収は年16兆円を超え、名実ともに世界一となった都市は更なる独自の進化を進めていた。
その掴みきれない光の裏に、綾賢一は知らず知らずの内に飲み込まれていく。
東京カルテル 第一巻 BookWalkerにて配信中。
https://bookwalker.jp/de6fe08a9e-8b2d-4941-a92d-94aea5419af7/
百合ランジェリーカフェにようこそ!
楠富 つかさ
青春
主人公、下条藍はバイトを探すちょっと胸が大きい普通の女子大生。ある日、同じサークルの先輩からバイト先を紹介してもらうのだが、そこは男子禁制のカフェ併設ランジェリーショップで!?
ちょっとハレンチなお仕事カフェライフ、始まります!!
※この物語はフィクションであり実在の人物・団体・法律とは一切関係ありません。
表紙画像はAIイラストです。下着が生成できないのでビキニで代用しています。
ユーザ登録のメリット
- 毎日¥0対象作品が毎日1話無料!
- お気に入り登録で最新話を見逃さない!
- しおり機能で小説の続きが読みやすい!
1~3分で完了!
無料でユーザ登録する
すでにユーザの方はログイン
閉じる