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十八話

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「本当かカテリーナ!? ほらサラン兄様、カテリーナも許すと言っていますし、寛大に……」




「すてぃぶ」




 赤子の泣き声。
 印象で例えるならそれでしょう。
 決して違うのは、ソレが発した言葉は赤子と違い怖気と狂気と戦慄が一気にやってきたような、冷や汗がどっと溢れ出て止まらなくなり、過呼吸になっているのに空気がまったく口に入ってくれないような。
 一声聞いただけで耳を犯され地獄の針山に磔にされたような、身体を刺すような恐ろしさに頭が掻き回されることです。
 皆はその場に固まりました。
 文字通り、氷づけにされたように。




「すてぃぶ」「すてぃぶ」




 聖女の加護があるとはいえ、私の全身も冷や汗が吹き出します。
 アレは、封印の穴から自ら這い出してきたのです。
 恐ろしいことです。そんなことは、あってはならないことです。
 それにしても……。
 いったい誰が誰を探しているのでしょう?

「かっ、カテリーナぁ……」

 ああ、そんなに涙目になって、顔中大粒の汗だらけになりながら私を見つめられても困りますよスティーヴ。
 私だって必死に皆を守っているのです。
 現に、私から遠い場所に立っている兵士は気絶して倒れました。
 もし私の聖女の守護が無ければ、ソレの瘴気を浴びて骨になって溶けています。
 私は皆を守るため、ここから動けませんよ。ええ。






「すてぃぶ……すてぃいいぃいいいぃいいぃぃぃいいいぶ」



「ひっ……!?!?」





 聖女の力の源は、想いの強さです。
 信じる心です。
 アンデッドの力も、反対に執着の心が反映するのでしょうか。
 私が聖女なら、
 彼女はノーライフ・クイーンとでも言いましょうか。
 産まれたばかりのおぞましいナニカは、まるで立て付けのいい引き戸を開け放つかのように封印を開け、今はスティーヴの背後に立っています。
 見てください、あのおぞましい姿を。
 聖なる加護なしでは目にしたら脳が壊れるでしょう。

「ぁぅううう!!! すてぃぶ、すてぃぶ」

 赤子のような金切り声で、スティーヴを探しています。
 いえ、もう見つけているのでしょう。
 振り向くのを待っているのです。
 振り向いた瞬間、封印の暗闇の中に連れ去るつもりです。
 二人っきり、という事でしょうか。
 利用され捨てられた恨み、苦しみ、無念。
 愛を含めた全ての情念をスティーヴにぶつけるつもりです。
 その為には、スティーヴが自ら振り向かないといけません。
 振り向いてはいけない。
 教えてあげたいですが、今喋るとアーサーやガリウス、両親たちの加護が弱まるかも知れないので口を開けません。
 本当は教えてあげたい。でも出来なくてごめんなさいスティーヴ。

「…………」

「…………」

 ソレと目を合わせました。
 本来ならソレと目を合わせたなら、瞬間で即死するのですが、私は大丈夫。
 シャイナだったソレは、私に敵意はまったくありませんでした。
 彼女はある意味、目的を達するためなら非常に合理的だったのです。
 命とか、財産にこだわりが無くなった今。
 シャイナが求めるものは目の前にあり、私はその男をなんとも思っていないのです。
 ある意味、女同士の不戦協定。
 最終決着でした。
 スティーヴは小刻みに小動物のように震え、股間を濡らし、か細い声で言いました。

「なあ……後ろにナニがいるんだカテリーナ。お願いだ。教えて。本当に、後生だから。お前のことを誤解してた。一生大事にするから、な?」

 わかっているくせに。
 言わなくても分かっているでしょう?
 良かったではないですか、また会えて。

「ああぁ嫌だぁ……肩に手が、乗ってる。助けてたすけ、たすけ……」




 すていぶ




「ギャアアアァ!? ぐぎゃあぁぁぁあ……ウギャアアアアアアァー!?」


 振り向いてしまったのですね。
 あまりの残酷さに目を背けます。
 穴に引き摺り込まれるスティーヴは、永遠に彼女と一緒です。

 彼女は律儀に、自ら封印の穴の中へ戻っていきました。
 二人っきりが良いのでしょう。
 お気持ち、尊重させて頂きます。



 私は、二度と封印が解けぬよう、何重にも封印を重ね、ザールの地を後にしました。

 全てが解決し、肩の荷が全て降りた気分です!
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