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【番外編②】5完
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去っていく2人に手を振り終え、その手を膝に下ろしたフローラ。彼女の髪を、ひと房手に取り滑らせた。
「ディナーをご一緒しても良かったのに、帰らせてしまって良かったのですか?」
心にも無い事を言った。2人が帰って喜んでいるのは私の方だ。
「今日は、プルトン様と喜びを分かち合いたいです。」
「賛成です。」
口元を緩め、彼女の隣に腰かけた。
するとフローラは何かを思い出したように、そういえば、とくるりと顔をこちらに向けた。
「どうしてワットを私の護衛から外したのですか?」
周りの音が全て消え、静寂のように感じた。随分と親しそうに名前を呼ぶ。
「プルトン様がそのように指示したと聞きました。」
私が外れろと言ったわけではないが、その罰に満足していることは確かだ。
「距離が…。」
フローラが小首を傾げる。
「貴女との距離が、近かったので。」
「距離、ですか?」
「はい。主に対する距離の取り方ではないように見えたので、騎士団長に処分を命じさせました。」
「そうでしょうか、気になりませんでしたが。ワットはよく働いてくれていましたよ?」
彼女が若騎士の名を呼ぶ度に、自然と拳に力が入る。
「あの男を…側に、置きたいのですか?」
身重の彼女に何を訊いているのか。これではまるで疑っているみたいな物言いだ。
急いで撤回しようとしたが、フローラは怒りも悲しみも見せず、ただきょとんとしていた。
「もしかして、嫉妬ですか?」
一気に顔が熱くなった。
分かっている。年甲斐もなくみっともない真似をした。
しかし、こちらにも言い分があるのだ。
「貴女が言いました。」
「え?」
「心から寄り添える相手なら、嫉妬くらい、したっていいと。」
私から離れようとした時の言葉だが、想いが通じ合った私たちには有効なはずだ。
とはいえ、多大な羞恥に襲われ、これ以上顔を上げていられない。
赤くなったであろう顔を隠すように、彼女の肩に頭を預け、ぼそりと溢した。
「確かに貴女が言ったのです。」
頭を預けているからよく分かる。だんだんフローラの肩が揺れてきた。きっと笑っているに違いない。
ますます顔を上げられなくなった。
そんな私の頭に、彼女の軽い手が乗せられた。頭を撫でるように左右に動き、もう1本の手も増え、10本の指で髪をくしゃくしゃに乱す。
「そうですか、嫉妬ですか。ふふふ。」
嬉しそうにするフローラにいじけて見せて、ぼさぼさに乱された髪もそのままに、弛んだ彼女の口元に軽く唇を押し付けた。
勘弁してくださいという意を込めて、彼女の瞳をじっと見つめたが、フローラの手は相変わらず私の髪を撫でている。
「彼とはそういう仲ではありませんよ。」
「分かっています。」
「そもそもあんな若者では、私の好みでないと知っていますよね。」
若騎士と言ってもフローラよりは年上だろうに。くすりとこぼれた。
「フローラにその気が無くても、男は優しくされると勘違いするものです。」
「いいえ。彼は私ではなく、アリスのファンです。」
言葉に詰まった。
若騎士はフローラに好意を持っていたわけではなかったということか?
「では昨日、楽しそうに話していたのはなんだったのですか?」
昨日?とフローラが首を捻る。
「午前中、花園で。」
「うーん、明日アリスが来る予定よとか、そんな感じだったと思います。そしたらぜひ近くでお供させてくださいと。」
「それなら罰を受けて当然です。」
「え、なぜですか?」
「主人を差し置いて、他の御令嬢を眺めたいからお供させてくれとは図々しい。騎士にあるまじき行為です。そばに置くにはもっと護衛業務に集中できる者の方が適しています。」
フローラは少し悩んだ後、確かにそうですねと頷いた。そして、彼にはしっかり罰を受けてもらいましょうとくすくす笑う。雑用をしている姿を親友に見せてやろうとでも企んでいるのかもしれない。
そうなると若騎士が少し哀れに思えた。
悪戯心が見え隠れする笑みに、口づけをした。
フローラに似た子が生まれたら、悪戯好きの可愛い小悪魔になるに違いない。
「子供部屋をつくらなければいけませんね。」
「あ、私が家具を選んでもいいですか?」
「もちろんです。私がコーディネートをすると重苦しくなるらしいですから。」
あははとフローラが口に手を当てて笑う。
「それは、使用人に言われたのですか?」
「以前、家令が下の者に話しているのを聞いてしまいました。」
どこもかしこも書斎になってしまったと。
ぷふっ、とフローラはますます笑った。
「プルトン様は子供時代からそのようなお部屋が好きですものね。」
言われてみれば、確かにそうだった。
私に宛がわれた子供部屋は母がファンシーかつカラフルに仕上げた部屋で、6歳の私はそのちかちかと眩しい部屋があまり好きではなかった。
母に模様替えを頼んだが、可愛いからだめだと断られ、仕方がないので、手初めに自分で壁紙を全部剥がし、母を酷く落ち込ませたことを覚えている。
しかし、なぜフローラがそれを知っているのか。
答えは1つしかない。彼女は使用人と気さくに話すのだ。
「誰から聞いたのですか?」
そう訊くと、しまったというような顔をした。あからさまに目が泳いでいる。
「ええと…誰だったか…。」
情報源を守る理由も1つしかない。
まだ情報を聞き出すつもりだということだ。
「…分かりました。」
「え、何がですか?」
フローラがそのつもりなら、私も同じ手法で彼女の情報を手に入れることにしよう。
「初めての妊娠、そして出産はとても心細いと思いますので、慣れ親しんだ者が近くにいた方がいいかと思います。」
「プルトン様…私を実家に追いやるおつもりですか…?」
「まさか。帰しませんよ。」
彼女に内緒で侯爵邸から人を送ってもらおう。乳母や、フローラの世話係だった者、10人ほど応援に来てもらって、存分にもてなし、彼女の子供時代の話を残らず聞き出してやろう。
考えるだけで笑みがこぼれた。
「プルトン様?何をする気ですか?」
私の作戦を聞き出そうと可愛く笑顔を作る彼女の口を、自身のそれで塞いだ。どうにか喋ろうと漏れる声に、余計にそそられる。
花に囲まれ、花のような色の髪を揺らし、唇を重ねるごとに色づく彼女自身が、春そのもののように感じられた。
そしてきっと来年には、新しい命が芽生えているのだ。
【番外編② 完】
「ディナーをご一緒しても良かったのに、帰らせてしまって良かったのですか?」
心にも無い事を言った。2人が帰って喜んでいるのは私の方だ。
「今日は、プルトン様と喜びを分かち合いたいです。」
「賛成です。」
口元を緩め、彼女の隣に腰かけた。
するとフローラは何かを思い出したように、そういえば、とくるりと顔をこちらに向けた。
「どうしてワットを私の護衛から外したのですか?」
周りの音が全て消え、静寂のように感じた。随分と親しそうに名前を呼ぶ。
「プルトン様がそのように指示したと聞きました。」
私が外れろと言ったわけではないが、その罰に満足していることは確かだ。
「距離が…。」
フローラが小首を傾げる。
「貴女との距離が、近かったので。」
「距離、ですか?」
「はい。主に対する距離の取り方ではないように見えたので、騎士団長に処分を命じさせました。」
「そうでしょうか、気になりませんでしたが。ワットはよく働いてくれていましたよ?」
彼女が若騎士の名を呼ぶ度に、自然と拳に力が入る。
「あの男を…側に、置きたいのですか?」
身重の彼女に何を訊いているのか。これではまるで疑っているみたいな物言いだ。
急いで撤回しようとしたが、フローラは怒りも悲しみも見せず、ただきょとんとしていた。
「もしかして、嫉妬ですか?」
一気に顔が熱くなった。
分かっている。年甲斐もなくみっともない真似をした。
しかし、こちらにも言い分があるのだ。
「貴女が言いました。」
「え?」
「心から寄り添える相手なら、嫉妬くらい、したっていいと。」
私から離れようとした時の言葉だが、想いが通じ合った私たちには有効なはずだ。
とはいえ、多大な羞恥に襲われ、これ以上顔を上げていられない。
赤くなったであろう顔を隠すように、彼女の肩に頭を預け、ぼそりと溢した。
「確かに貴女が言ったのです。」
頭を預けているからよく分かる。だんだんフローラの肩が揺れてきた。きっと笑っているに違いない。
ますます顔を上げられなくなった。
そんな私の頭に、彼女の軽い手が乗せられた。頭を撫でるように左右に動き、もう1本の手も増え、10本の指で髪をくしゃくしゃに乱す。
「そうですか、嫉妬ですか。ふふふ。」
嬉しそうにするフローラにいじけて見せて、ぼさぼさに乱された髪もそのままに、弛んだ彼女の口元に軽く唇を押し付けた。
勘弁してくださいという意を込めて、彼女の瞳をじっと見つめたが、フローラの手は相変わらず私の髪を撫でている。
「彼とはそういう仲ではありませんよ。」
「分かっています。」
「そもそもあんな若者では、私の好みでないと知っていますよね。」
若騎士と言ってもフローラよりは年上だろうに。くすりとこぼれた。
「フローラにその気が無くても、男は優しくされると勘違いするものです。」
「いいえ。彼は私ではなく、アリスのファンです。」
言葉に詰まった。
若騎士はフローラに好意を持っていたわけではなかったということか?
「では昨日、楽しそうに話していたのはなんだったのですか?」
昨日?とフローラが首を捻る。
「午前中、花園で。」
「うーん、明日アリスが来る予定よとか、そんな感じだったと思います。そしたらぜひ近くでお供させてくださいと。」
「それなら罰を受けて当然です。」
「え、なぜですか?」
「主人を差し置いて、他の御令嬢を眺めたいからお供させてくれとは図々しい。騎士にあるまじき行為です。そばに置くにはもっと護衛業務に集中できる者の方が適しています。」
フローラは少し悩んだ後、確かにそうですねと頷いた。そして、彼にはしっかり罰を受けてもらいましょうとくすくす笑う。雑用をしている姿を親友に見せてやろうとでも企んでいるのかもしれない。
そうなると若騎士が少し哀れに思えた。
悪戯心が見え隠れする笑みに、口づけをした。
フローラに似た子が生まれたら、悪戯好きの可愛い小悪魔になるに違いない。
「子供部屋をつくらなければいけませんね。」
「あ、私が家具を選んでもいいですか?」
「もちろんです。私がコーディネートをすると重苦しくなるらしいですから。」
あははとフローラが口に手を当てて笑う。
「それは、使用人に言われたのですか?」
「以前、家令が下の者に話しているのを聞いてしまいました。」
どこもかしこも書斎になってしまったと。
ぷふっ、とフローラはますます笑った。
「プルトン様は子供時代からそのようなお部屋が好きですものね。」
言われてみれば、確かにそうだった。
私に宛がわれた子供部屋は母がファンシーかつカラフルに仕上げた部屋で、6歳の私はそのちかちかと眩しい部屋があまり好きではなかった。
母に模様替えを頼んだが、可愛いからだめだと断られ、仕方がないので、手初めに自分で壁紙を全部剥がし、母を酷く落ち込ませたことを覚えている。
しかし、なぜフローラがそれを知っているのか。
答えは1つしかない。彼女は使用人と気さくに話すのだ。
「誰から聞いたのですか?」
そう訊くと、しまったというような顔をした。あからさまに目が泳いでいる。
「ええと…誰だったか…。」
情報源を守る理由も1つしかない。
まだ情報を聞き出すつもりだということだ。
「…分かりました。」
「え、何がですか?」
フローラがそのつもりなら、私も同じ手法で彼女の情報を手に入れることにしよう。
「初めての妊娠、そして出産はとても心細いと思いますので、慣れ親しんだ者が近くにいた方がいいかと思います。」
「プルトン様…私を実家に追いやるおつもりですか…?」
「まさか。帰しませんよ。」
彼女に内緒で侯爵邸から人を送ってもらおう。乳母や、フローラの世話係だった者、10人ほど応援に来てもらって、存分にもてなし、彼女の子供時代の話を残らず聞き出してやろう。
考えるだけで笑みがこぼれた。
「プルトン様?何をする気ですか?」
私の作戦を聞き出そうと可愛く笑顔を作る彼女の口を、自身のそれで塞いだ。どうにか喋ろうと漏れる声に、余計にそそられる。
花に囲まれ、花のような色の髪を揺らし、唇を重ねるごとに色づく彼女自身が、春そのもののように感じられた。
そしてきっと来年には、新しい命が芽生えているのだ。
【番外編② 完】
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