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【番外編②】4
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邸宅に着くなり、出迎えの執事にフローラの居場所を尋ねた。
「奥様は花園のガゼボでお茶の試飲をなさっておられます。」
「試飲?」
「はい。なんでも、に…、お体に良いお茶という物があると王子殿下とアリスお嬢様がお見えになり。」
この花園は結婚の記念にと、フローラが気に入っているアルヴィエ邸の花園を模して造らせた場所だ。
美しい花に囲まれて、恐らく有意義な時間を過ごしているのだろう。
しかしこちらも大事な話があるのだ。
私は構わず花園に向かった。
フローラが愛する花園のガゼボから、いかにも幸福そうなきらきらとした笑い声が漏れている。
不思議な光景だと感じた。
私の邸宅は、こんなに華やいだ場所だっただろうか。邸の雰囲気など気にしたこともなかったが、フローラが来る前は、もっと殺風景で陰鬱としていた気がする。
入り口のアーチを潜り、瑞々しい花たちを通り過ぎ、ガゼボの前で1度頭を下げた。
「マーセル王子殿下、ごきげんよう。ようこそお越しくださいました。」
「あぁ、公爵、戻ったのか。」
戻らなくても良かったのに、と皮肉のように感じてしまうのは、殿下がフローラに好意を持っていた経歴があるからだろうか。
お邪魔しておりました、とにこやかに挨拶をするレディ・アリスにも軽く会釈をした。
「プルトン様、お城に行かれていたのでは?陛下のご用件はもう済んだのですか?」
貴族らしく陛下を重んじるフローラに、途中で抜けてきたと言ったらまた青ざめるだろうか。
「後日にして頂きました。」
「えっ、陛下のご用件を後回しに?!」
気を使ったつもりだったが、結局青くさせてしまった。同様に殿下も歪な笑顔を浮かべている。
「ただ世間話をしたいだけのようでしたので。」
「そ、そうですか。」
「それよりも、大切なお話があるのですが、2人になれますか?」
膝を付き、フローラの両手を取って縋るように見つめると、彼女がレディ・アリスに視線を送った。
するとまるで会話でもしたかのように、「ではわたくしとマーセル様は、新たにできたウサギ小屋でも見物してきますね。」と席を立った。
空気を読んでくれてありがたい。
私は膝を付いたまま、顔を上げられずにいた。
話す場を作れたのはいいものの、まだ確証がないことだ。
そもそも、もし懐妊していたとして、なぜそれを私に隠すのか。もし本当に懐妊していたら、彼女だったら1番に私に報告をするのではないか。
しかし、もし2週間前に彼女が話そうとした内容がそれだとしたら、その機会を潰してしまったのは、他でもない私自身だ。
終わりの見えない自問自答が続く。
「プルトン様?どうかしましたか?」
もし違っていたら、それはフローラに圧力を掛けてしまう言葉なのではないか。
そんな恐怖もあったが、もう聞かずにはいられない。
勇気を振り絞って、彼女の風吹く草原のような瞳を見つめた。
「フローラ。」
「はい。」
「もし…もし、間違っていたらすみません。」
気のせいか、彼女の瞳に光が増したように見えた。
「もしかして。」
「はい。」
「…懐妊…されたのではありませんか?」
彼女の周りに花が咲き誇ったようだった。緑の瞳は朝露のように潤み、赤い唇が美しい弧を描いている。
それだけで十分伝わった。
「はい。」
彼女の頬をそっと撫でる。
「本当ですか…。」
「はい、本当です。」
愛しさのあまり勝手に頬が弛んだ。
フローラの両手をしっかり私の両手で包みこみ、そこに額を乗せる。
こんなに嬉しいことはない。人は嬉しすぎても胸が苦しくなるらしい。
「フローラ、ありがとうございます。本当にありがとうございます。」
パチパチパチパチ!
突如、拍手の音が鳴り、植木の影からレディ・アリスと殿下が姿を現した。フローラは分かっていたのか、彼女まで楽しそうに拍手をするものだから、何が何やらわけが分からなかった。
殿下は私の様子に引いているようで、顔を引きつらせていた。
レディ・アリスも殿下も自然に元座っていた席に戻った。
「お見事です、閣下。」
お見事?どういうことかとフローラを見ると、彼女も「やりましたね!」と意味の分からないことを言っている。
私は眉を潜めて立ち上がった。
「何がお見事なのですか?」
「わたくしとフローラ、実は、賭けをしておりました。」
事の次第はこうだ。
私が領地へと向かった2週間前、やはりあの時の診察で懐妊が発覚したらしい。
フローラはすぐに話してくれようとしたが、私はそれを聞かずに出立してしまった。
それで、愚痴を聞いてもらおうと、レディ・アリスを呼んだらしい。
その2日後、レディ・アリスが来た時にその話をすると、彼女の方が激怒をしたようだ。そうだろうとは思っていたが。
2人の間で、私を簡単に許してはいけないという話になり、聞く機会を逃して出て行ったのだから、私が自力で気がつくまで懐妊のことは知らせないようにしようと、ささやかな悪戯をすることになったと可愛く言うが、私からすればささやかどころか絶望的な不安地獄を味わった。
そこまでは両者わいわいと盛り上がったらしいが、私が気づくか気づかないかで意見が対立した。
いつも優しく尽くしてくれるから、すぐに気がつくだろうと主張するフローラと、懐妊の報告すらピンと来ないにぶい私は、言わなければ気がつかないだろうと主張するレディ・アリス。
正直、レディ・アリスの主張は、ちくりどころかぐっさりと刺さる。確かに、主治医の診察を受けて病ではないと言われた時に、ピンと来なければいけなかったのだ。
体調を崩して流産をしてしまったデボラを思い出し、恐怖ばかりが先行してしまった。
情けない。
賭けというのは、投資についての話だった。
レディ・アリスが持ちかけた案件で、東南方面への貿易航路を確立する事業らしく、フローラに2人で投資をしないかと誘った。
その投資の割合を賭けたというわけだ。
レディ・アリスほどではないにせよ、フローラも充分商魂たくましい。
私も投資先は多岐にわたるが、儲けというよりは国に、街に、人に必要かどうかで判断している。
「プルトン様のお陰で勝ちましたので、私が3割、アリスが7割、儲けは5:5という形になりました。」
にこにこと計算し、清々しく話すので、厭らしさが全くなく、その容姿に似つかわしくないギャップで、余計に可愛らしく感じてしまう。
「東南の国々には珍しい植物がたくさんあるらしいのです。タイタンアルムの自生地もそうなのですよね?もしこの航路が確立できれば、もっとたくさんの植物を目にすることができますよ。」
きゅっと心臓を掴まれた気分だった。彼女には本当に敵わない。
「私の、為ですか?」
フローラは頷く代わりにはにかんだ。上手く行けばいいですね、と。
2人きりならキスをするところだ。抱きしめて、髪を撫で、心の内を囁きたかった。
しかし、邪魔者が2人いる。
油断ならない2人を前に、感謝の言葉しか口にできなかった。
「本当に、夫人は公爵のことが好きなのだな。」
「というか、投資の話を持ってきたのはわたくしなのですが。」
見事に水を差す2人。この2人はいつ帰るのだろうか。
鋭いレディ・アリスがこの気持ちに気づいてくれまいかと視線を送ったが、意外にも私の意を汲んでくれたのはフローラだった。
「アリス、投資の詳しい話はまた後日でいいかしら?」
「ええ、もちろんよ。そうよね、今日はもう閣下と愛を語りたいわよね。」
レディ・アリスがにっこり笑うと、フローラは頬をほのかに染めて俯いた。
すると、困ったように笑う殿下が、くすくすと肩を揺らすレディ・アリスの手を引いた。
「ほらアリス、あまり夫人をからかったらだめだろう。」
「だって可愛いのですもの。」
立ってなお、レディ・アリスはくすくすと止まらない。
「公爵、夫人の懐妊を母上は知っているが、父上にはまだ話していないんだ。僕から話しても構わないか?」
別に構わなかったが、ふと、改めて参りますと言った時の、陛下の目の輝きを思い出し、気がついたら「いえ。」と答えていた。
「私の口からご報告させて頂きます。」
「分かった。では。」
フローラが立ち上がろうとし、それを殿下が肘を曲げて片手で制した。
「見送りは結構だよ。」
殿下はしっかりとレディをエスコートして去って行った。2人の後ろ姿が以前よりも親密に見えて微笑ましい。実直ながら謙虚で気弱な王子と、剛直で野心家な婚約者。きっとバランスの良い組み合わせなのだろうと思う。
ところで王妃殿下が知っているということは、私の愚痴大会に王妃殿下まで加わったということだろうか。
きっと次に会った時、耳が塞がるほどの小言を言われるに違いない。
想像するだけで耳が痛い。
「奥様は花園のガゼボでお茶の試飲をなさっておられます。」
「試飲?」
「はい。なんでも、に…、お体に良いお茶という物があると王子殿下とアリスお嬢様がお見えになり。」
この花園は結婚の記念にと、フローラが気に入っているアルヴィエ邸の花園を模して造らせた場所だ。
美しい花に囲まれて、恐らく有意義な時間を過ごしているのだろう。
しかしこちらも大事な話があるのだ。
私は構わず花園に向かった。
フローラが愛する花園のガゼボから、いかにも幸福そうなきらきらとした笑い声が漏れている。
不思議な光景だと感じた。
私の邸宅は、こんなに華やいだ場所だっただろうか。邸の雰囲気など気にしたこともなかったが、フローラが来る前は、もっと殺風景で陰鬱としていた気がする。
入り口のアーチを潜り、瑞々しい花たちを通り過ぎ、ガゼボの前で1度頭を下げた。
「マーセル王子殿下、ごきげんよう。ようこそお越しくださいました。」
「あぁ、公爵、戻ったのか。」
戻らなくても良かったのに、と皮肉のように感じてしまうのは、殿下がフローラに好意を持っていた経歴があるからだろうか。
お邪魔しておりました、とにこやかに挨拶をするレディ・アリスにも軽く会釈をした。
「プルトン様、お城に行かれていたのでは?陛下のご用件はもう済んだのですか?」
貴族らしく陛下を重んじるフローラに、途中で抜けてきたと言ったらまた青ざめるだろうか。
「後日にして頂きました。」
「えっ、陛下のご用件を後回しに?!」
気を使ったつもりだったが、結局青くさせてしまった。同様に殿下も歪な笑顔を浮かべている。
「ただ世間話をしたいだけのようでしたので。」
「そ、そうですか。」
「それよりも、大切なお話があるのですが、2人になれますか?」
膝を付き、フローラの両手を取って縋るように見つめると、彼女がレディ・アリスに視線を送った。
するとまるで会話でもしたかのように、「ではわたくしとマーセル様は、新たにできたウサギ小屋でも見物してきますね。」と席を立った。
空気を読んでくれてありがたい。
私は膝を付いたまま、顔を上げられずにいた。
話す場を作れたのはいいものの、まだ確証がないことだ。
そもそも、もし懐妊していたとして、なぜそれを私に隠すのか。もし本当に懐妊していたら、彼女だったら1番に私に報告をするのではないか。
しかし、もし2週間前に彼女が話そうとした内容がそれだとしたら、その機会を潰してしまったのは、他でもない私自身だ。
終わりの見えない自問自答が続く。
「プルトン様?どうかしましたか?」
もし違っていたら、それはフローラに圧力を掛けてしまう言葉なのではないか。
そんな恐怖もあったが、もう聞かずにはいられない。
勇気を振り絞って、彼女の風吹く草原のような瞳を見つめた。
「フローラ。」
「はい。」
「もし…もし、間違っていたらすみません。」
気のせいか、彼女の瞳に光が増したように見えた。
「もしかして。」
「はい。」
「…懐妊…されたのではありませんか?」
彼女の周りに花が咲き誇ったようだった。緑の瞳は朝露のように潤み、赤い唇が美しい弧を描いている。
それだけで十分伝わった。
「はい。」
彼女の頬をそっと撫でる。
「本当ですか…。」
「はい、本当です。」
愛しさのあまり勝手に頬が弛んだ。
フローラの両手をしっかり私の両手で包みこみ、そこに額を乗せる。
こんなに嬉しいことはない。人は嬉しすぎても胸が苦しくなるらしい。
「フローラ、ありがとうございます。本当にありがとうございます。」
パチパチパチパチ!
突如、拍手の音が鳴り、植木の影からレディ・アリスと殿下が姿を現した。フローラは分かっていたのか、彼女まで楽しそうに拍手をするものだから、何が何やらわけが分からなかった。
殿下は私の様子に引いているようで、顔を引きつらせていた。
レディ・アリスも殿下も自然に元座っていた席に戻った。
「お見事です、閣下。」
お見事?どういうことかとフローラを見ると、彼女も「やりましたね!」と意味の分からないことを言っている。
私は眉を潜めて立ち上がった。
「何がお見事なのですか?」
「わたくしとフローラ、実は、賭けをしておりました。」
事の次第はこうだ。
私が領地へと向かった2週間前、やはりあの時の診察で懐妊が発覚したらしい。
フローラはすぐに話してくれようとしたが、私はそれを聞かずに出立してしまった。
それで、愚痴を聞いてもらおうと、レディ・アリスを呼んだらしい。
その2日後、レディ・アリスが来た時にその話をすると、彼女の方が激怒をしたようだ。そうだろうとは思っていたが。
2人の間で、私を簡単に許してはいけないという話になり、聞く機会を逃して出て行ったのだから、私が自力で気がつくまで懐妊のことは知らせないようにしようと、ささやかな悪戯をすることになったと可愛く言うが、私からすればささやかどころか絶望的な不安地獄を味わった。
そこまでは両者わいわいと盛り上がったらしいが、私が気づくか気づかないかで意見が対立した。
いつも優しく尽くしてくれるから、すぐに気がつくだろうと主張するフローラと、懐妊の報告すらピンと来ないにぶい私は、言わなければ気がつかないだろうと主張するレディ・アリス。
正直、レディ・アリスの主張は、ちくりどころかぐっさりと刺さる。確かに、主治医の診察を受けて病ではないと言われた時に、ピンと来なければいけなかったのだ。
体調を崩して流産をしてしまったデボラを思い出し、恐怖ばかりが先行してしまった。
情けない。
賭けというのは、投資についての話だった。
レディ・アリスが持ちかけた案件で、東南方面への貿易航路を確立する事業らしく、フローラに2人で投資をしないかと誘った。
その投資の割合を賭けたというわけだ。
レディ・アリスほどではないにせよ、フローラも充分商魂たくましい。
私も投資先は多岐にわたるが、儲けというよりは国に、街に、人に必要かどうかで判断している。
「プルトン様のお陰で勝ちましたので、私が3割、アリスが7割、儲けは5:5という形になりました。」
にこにこと計算し、清々しく話すので、厭らしさが全くなく、その容姿に似つかわしくないギャップで、余計に可愛らしく感じてしまう。
「東南の国々には珍しい植物がたくさんあるらしいのです。タイタンアルムの自生地もそうなのですよね?もしこの航路が確立できれば、もっとたくさんの植物を目にすることができますよ。」
きゅっと心臓を掴まれた気分だった。彼女には本当に敵わない。
「私の、為ですか?」
フローラは頷く代わりにはにかんだ。上手く行けばいいですね、と。
2人きりならキスをするところだ。抱きしめて、髪を撫で、心の内を囁きたかった。
しかし、邪魔者が2人いる。
油断ならない2人を前に、感謝の言葉しか口にできなかった。
「本当に、夫人は公爵のことが好きなのだな。」
「というか、投資の話を持ってきたのはわたくしなのですが。」
見事に水を差す2人。この2人はいつ帰るのだろうか。
鋭いレディ・アリスがこの気持ちに気づいてくれまいかと視線を送ったが、意外にも私の意を汲んでくれたのはフローラだった。
「アリス、投資の詳しい話はまた後日でいいかしら?」
「ええ、もちろんよ。そうよね、今日はもう閣下と愛を語りたいわよね。」
レディ・アリスがにっこり笑うと、フローラは頬をほのかに染めて俯いた。
すると、困ったように笑う殿下が、くすくすと肩を揺らすレディ・アリスの手を引いた。
「ほらアリス、あまり夫人をからかったらだめだろう。」
「だって可愛いのですもの。」
立ってなお、レディ・アリスはくすくすと止まらない。
「公爵、夫人の懐妊を母上は知っているが、父上にはまだ話していないんだ。僕から話しても構わないか?」
別に構わなかったが、ふと、改めて参りますと言った時の、陛下の目の輝きを思い出し、気がついたら「いえ。」と答えていた。
「私の口からご報告させて頂きます。」
「分かった。では。」
フローラが立ち上がろうとし、それを殿下が肘を曲げて片手で制した。
「見送りは結構だよ。」
殿下はしっかりとレディをエスコートして去って行った。2人の後ろ姿が以前よりも親密に見えて微笑ましい。実直ながら謙虚で気弱な王子と、剛直で野心家な婚約者。きっとバランスの良い組み合わせなのだろうと思う。
ところで王妃殿下が知っているということは、私の愚痴大会に王妃殿下まで加わったということだろうか。
きっと次に会った時、耳が塞がるほどの小言を言われるに違いない。
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