塔の妃は死を選ぶ

daru

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「おぉ~!話には聞いてたけど高いなぁ~!」

 馬に跨りティテルが見上げて感心しているのは、フェリディルの国境に建設された防壁だ。遠くから見ても立派だと思ったが、間近で見るとその迫力に胸を打たれていた。そしてすぐ不安になってスヴェリオを振り返る。

「スヴェリオさん、防壁を超えるなんて言わないよね?」

「そんなことするかバカ。」

 スヴェリオは地図を見ながら考えこんだ。防壁を一度見ようとは思ったが、ここに来るまでに8日も経ってしまった。予定より遅くなった。ティテルがフェリディルは初めてだからいろいろ見たいと、フェリディルの中心都市ノウラで観光を許してしまったせいだ。

 もちろんノウラで仕入れられる情報もあったが、今のフェリディル地区を管理しているのが、ペテロスという元々フェリディル王家の家臣だということくらいだった。
 なぜ敵だったはずのフェリディル側の家臣に任されているのか疑問に思ったが、それ以外の情報は得られそうになかった為、スヴェリオはノウラを後にした。

 次にやってきたのがフェリディル地区北西に位置する防壁というわけだ。

 クァンザ族の住処になっている火山は、フェリディル地区の北西、アイローイから見ると西方面に位置するのだ。したがって、クァンザ族の被害があるとしたら、この周辺なのではないかとスヴェリオは考えた。

「スヴェリオさん、この後どうするの?」

「とりあえず、一番近くの村に行く。」

「その前に昼食にしない?」

「防壁の真ん前でピクニックでもする気か?」

 バカ、と言い捨てて馬を走らせたスヴェリオを、ティテルも慌てて追いかけた。

「えぇ~走るのぉ~?!」



 地図で見た通り南に向かって馬を走らせると、日が暮れる前には辿りついた。スヴェリオもティテルも辺境らしい田舎村を想像していたが、木の門をくぐれば、民家ばかりか立派な兵舎が建っており、管理の行き届いた治安の良い村だと一目で分かった。

「スヴェリオさん~お腹空いた~。」

 道中リンゴを見つけてかじっていたくせに、いつまでも同じセリフを言い続けるティテルにうんざりしたスヴェリオは、道行くおばさんに声をかけた。

「やぁ、この村に宿屋はあるかい?」

「この道を真っ直ぐ行くと食事処と一緒になった宿屋があるよ。」

「だってさ、良かったな。」

 ティテルは手を合わせて、飯屋、と目を輝かせた。

「こんな辺境の村に旅人とは、珍しいな。」

 突然声をかけられ振り向くと、こんな辺境の村には似つかわしくない立派ななりの騎士が部下をぞろぞろと連れてやってきた。
 道を教えてくれたおばさんがペリュグリス様、と頭を下げるものだから、スヴェリオも驚き咄嗟に馬を降りた。ティテルもそれに倣う。 

 ペリュグリスというのは、フェリディルの領主ペテロスの息子の名前だ。スヴェリオがノウラで聞いた名だった。

「どこから来た?」

 旅人に対して警戒心を見せるペリュグリスだが、それはスヴェリオも変わらない。領主の息子がこんな辺境の地で何をしているのか、スヴェリオも気になったのだ。

 ペリュグリスのふわふわと波打つ黒髪は、サイドを残して後ろで結び、精悍な顔つきからは思慮深さが感じられる。
 一方スヴェリオはというと、へらりと感情のない笑顔を纏った。

「王都から来ました。」

「何をしに。」

「気ままに観光の旅を。」

「こんな辺境にまで?」

「はい。牧歌的な雰囲気の村をイメージしていましたが、ずいぶんと兵士がいて驚きました。まさか領主様のご子息様にお会いできるとは。」

「フェリディル地区は王様のご下命により国境の防御を強化しているのだ。変に疑われたくなくば長居はするな。」

「はて、疑うとは?」

 目を点にして首を傾けるスヴェリオを見て、ペリュグリスは軽く息を吐いた。

「いや、なんでもない。気にするな。宿屋はこの先にある。一晩泊り、すぐに出ることだ。」

「よく分かりませんが、そうします。」

 スヴェリオはまたへらりと笑う。

 スヴェリオの返答に納得したのか、ペリュグリスが3人の前を通りすぎる。ぼそっとティテルが堅物そうだと呟いた声は、スヴェリオにしか聞こえなかった。

「ペリュグリス様!!!」

 突然ぞろぞろと並ぶ部下の後ろの方から早馬が駆けてきて、再びペリュグリスの乗った馬の足が止まった。

 スヴェリオも興味の無さそうなふりをしておばさんに礼を言いながら聞き耳を立てた。

「王様から、王都に来るようにとのご下命です。」

 早馬に乗った使者がそう言いながらペリュグリスに手紙を渡す。

 ペリュグリスはすぐに封を開け中を読んだ。さすがにその内容まではスヴェリオには分からなかったが、ペリュグリスは神妙な面持ちで手紙を封の中に戻した。

「急いで王都に向かわなければ。」

 ペリュグリスはそう言って、兵舎に向かって駆け出した。部下もぞろぞろとついて行くものだから砂埃が酷い。スヴェリオは気にならなかったが、ティテルはげほげほと咳き込んで涙を浮かべた。

「も~、急に走り出すなよな~!…王都で何かあったのかな?」

「…さぁな。」

 スヴェリオもニコが心配にはなったが、今は頼まれた情報を仕入れるのが最優先だと思い、げほげほとまだ咳き込むティテルを連れて宿屋に向かった。





 ニコの前には3人の子供。大きい順に、男の子、女の子、男の子。3人並んでソファにちょこんと座っている。
 どれもキートスそっくりで栗色の髪をふわふわとさせているから、ニコは思わず笑ってしまった。

「とても可愛いですね。」

「子供まで一緒にお招き頂いて、ありがとうございます。」

 一番小さい男の子を膝に乗せて座るキートスの妻レイシーは、オレンジ色の髪をキートスに負けず劣らずふわふわとさせ前に持ってきていた。明るい人柄がそのまま顔に出ているように、ニコニコとしている。

「こちらこそありがとうございます。お忙しくはなかったですか?」

「忙しいなんて!全然です!王妃様に会えると聞いてわくわくしていました!実は、去年からずっと、フェリディルの女神様と呼ばれる王妃様にお会いしたかったのですが、王妃様もいろいろ大変なお立場ですから、我慢するようにと夫から言われていて…。」

「フェリディルの女神、ですか?」

「御存知ないですか?王妃様の美しさは、ご結婚なさる前からそれはそれは有名だったのですよ!」

「そ、それは、初めて聞きました。」

 ニコは予想以上にパワフルに話すレイシーに圧倒され、眉間にしわを寄せたカルダを思い出して苦笑した。

「王様に、私とレイシーさんは歳が近いと聞いていましたが、子供たちはおいくつになるのですか?」

「上から7歳、6歳、3歳です。一番上の子は18の時に産みました。」

「じゅ…18。」

 とっくに過ぎている年齢に、ニコは目を丸くした。出産する年齢として決して珍しくはなかったが、一応自分も結婚している身として尊敬の念を抱いた。

「王妃様は今まで大変なご苦労をされたでしょうから、まずは心身共に健康になって、まだまだお若いのですから、これからですよ!」

 子供の両手を使ってガッツポーズをして見せるレイシー。という単語に、ニコは赤面してしまった。
 子供を授かるということは、つまり、そういうことなのだ。ニコには想像もつかなかった。

「最近は王様とどんどん良い雰囲気になっていると聞いています。今からお子が待ち遠しいですね!」

 あまりに気持ち良く言い切るので、ニコには、気が早すぎるのでは、という一言が口に出せなかった。

「あ、あの、誰からそのようなことを…?」

「夫です。」

 きょとんと悪気のない答えに、ニコは恥ずかしさのあまり両手で顔を覆い隠した。キートスさん!!!心の中でそう叫ぶ。

「王様って目つき悪いし、体は大きいし、声も低ければ、あんな無精髭まで生やして、正直怖いじゃないですか。」

 突然のカルダの悪口の羅列に、ニコがおどおどと慌てる。扉の前に立っている護衛に聞こえたら、不敬罪を問われるのではと焦ったのだ。

「でも、王妃様とお話しになる時は、とても穏やかになると聞きました。」

「え?」

「王妃様も複雑な思いをお持ちでしょうが、王様も寂しいお人です。お2人が支え合える良い関係を築かれることを心よりお祈りしています。」

 急にしおらしくなったレイシーに、ニコが言葉の意味を尋ねようとしたが、下の男の子が泣き始めそれ以上聞くことができなかった。

「すみません、子供たちも退屈でしたよね。どうぞお菓子を食べて好きに遊んでください。」

 ニコが子供たちにお菓子を勧めると、上の2人は元気よくお礼を言ってお菓子に手を伸ばした。

 愛らしいふわふわの髪を揺らしながらお菓子を食べる姿に癒されつつも、ニコにはレイシーの言葉が心に引っかかったままだった。
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