タウヌール辺境伯領の風情

daru

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作戦G

2.フェリシアン

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 やはり思っていた通り、刺客はロランの知人だった。ということは、キュース軍の人間ということだ。
 そして、ロランが捕らえられなかったということは、それだけ手練ということ。

 情報が欲しいだけなら、あんなに兵が揃っているタイミングで侵入するはずがない。
 狙いは殿下か。

 キュース王国は、未だにこの国を諦めていないようだな。
 とにかく、刺客の生死がはっきりしていない以上、警戒を強めた方が良さそうだ。

「それで、これからどこへ?」

 気まずそうに視線をそらすのを見るに、刺客を探しにでも行く気だろうか。

「誤解はしないで頂きたいのですが…。」

「うん。」

「ええと…森へ。」

 やっぱりね。

 ロランが父上を裏切るとは思わないが、キュース側の人間と会うことがロランの為になるとは思えない。いたずらに傷を負うだけだろう。

「あいつは簡単に死ぬような奴ではありません。もし生きていて、そしてこのタウヌールに害を及ぼすようであれば、その責任は私にあります。」

「別にロランの責任じゃないよ。むしろ暗殺を止めたんだから手柄だよ。」

 と言ってはみたものの、僕のフォローはあまり効果はなさそうだ。少し話の方向を変えてみるか。

「そもそもロランがあんなところにいたのは、主館に立入禁止になったからなんだろう?」

 それは僕にも責任がある。
 ここは元気のないロランの為に、ひと肌脱いであげよう。

「それならサボるなんてみみっちい反行などせずに、ジルに父上を説得してもらおうじゃないか。」

「しかしジルはとても怒っていました。協力してくれるでしょうか。」

 怒っていたというより、悔しかったのだろう。

 ジルはロランの為なのか、キュース人の名誉回復を切に願っている。
 殿下に、キュース人であるロランが重用されているところをお見せするのは、良いアピールになっただろう。
 当の本人は全く気にしていないようだが。

 それに、忙しくさせることで余計なことを考える隙を無くすというのも、ジルなりの優しさなのではないかな。

「大丈夫だと思うよ。」

 上手くいけば男女の仲も進展するかもしれないし。

「ロランの演技次第だけど。」

「私は何をしたらよろしいですか?」

 目をきらきらと輝かせて、ずいと身を乗り出してきたロランを落ち着かせるように、肩をぽんぽんと叩き、助言をしてあげる。

 場所は湖がいいだろう。
 どうせ森へ入り峡谷を見に行くというのならうってつけだ。雰囲気も良い。
 2人に雰囲気というものが通用するかは謎だけど。

「ちゃんと落ち込んでいる様子を見せるんだよ。」

「ちゃんと、とは?」

「ロランは平気なふりをする癖があるから。」

 ね、と首を傾けると、ロランは神妙な顔つきでこくりと頷いた。たぶん分かっていない。自覚がないのだろう。

 声のトーンを下げて、伏し目がちに喋るんだよ、と言ってあげると、真面目なロランはまたこくこくと頷いた。

「それで、主館に立入禁止になってしまって、自分はどうしようもない人間だって言ってごらん。」

「それだけで良いのですか?」

「うん。それだけでジルなら動くよ。」

 たぶんね。

「そしてジルに言われれば、父上も考え直してくださるだろう。」

 首を傾げるロラン。

「その、図々しいお願いということは重々承知なのですが。」

「何?」

「フェリシアン様が進言してくださるのではいけないのですか?」

 きっかけを作ってしまったのは僕だから、罪滅ぼしに、一応言ってはみたのだが、父上は考えるとだけ仰って、禁止令を取り下げてはくださらなかった。

 僕も面白がってオレリアに頼まれるままに服を仕立てていたから、オレリアを結婚から遠ざけた加担者と思われてしまったのかもしれない。

「ごめんね。」

 とりあえず笑顔でごまかした。

「でも、僕の言った通りにすれば、きっとジルが父上を説得してくれるよ。」

「はい、頑張ります!」

「ついでにジルにしだれかかってみなよ。」

「え…そ、それは、どのように…。」

「こんな感じにさ。」

 女性にしては背の高いロランの頭を僕の肩に引き寄せた。
 ジルは僕より大きいから、鎖骨か、胸板のあたりになるだろうか。

「こうやって頭を預けて、抱きしめてもらえたら、脈があると考えていいんじゃないかな。」

「だっ!抱きしめて…もらえるでしょうか…。」

 僕の肩から頭を離し、両の頬を押さえるロラン。
 薄暗くてその色の変化までは分からないが、こういう表情は女の子らしく、男心を擽る。
 これをジルに見せられたら苦労しないだろうに。

「男はギャップに弱いから。」

「なるほど。では作戦名は、作戦Gですね。」

「ああ…うん。」

 ご自由に。

 ぐっと拳を握るロランに若干の不安を覚えつつ、僕はロランを見送った。
 僕の役目はジルをロランの元へと向かわせることだ。
 ジルの庇護欲を煽るのは簡単だ。

 さっそく兵舎へ赴き、ジルの個室の戸をノックした。
 すると、すぐにラフな服装のジルが姿を見せ、頭を下げた。

「フェリシアン様、このような所までいかが致しましたか。」

「ロランのことで、ちょっとね。」

「ロランがどうかしましたか?」

「うん。さっき修練場で少し話したんだけど、どこか元気が無くて。」

 そうですかと俯くジルは、やはり当たりはついていそうだ。
 ロランから聞いた刺客の話をジルにも話すと、ジルの眉間のしわがどんどん深くなった。

「そのまま今度は森に行くって言い出して。」

「この時間にですか?」

「そうなんだ。僕もついて行ってやりたかったんだけど、勝手に殿下のお御身から離れるわけにはいかなくてね。心配だから、ジルが見に行ってあげてくれないかな?」

「はい、もちろんです。ご心配おかけして申し訳ありません。」

 保護者感。でも、この先はジルに任せるしかない。

「よろしくね。」

 そう言ってジルの部屋をあとにした。後の報告が楽しみで足取りが軽くなる。

 良いことをすると気持ちがいいな。

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