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作戦G
1.ロラン
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エック峡谷に流れる川の河口へと来ていた。
そこは水の透き通る美しい湖で、水面には満月には満たない月が揺らめいていた。
ダレンの遺体は上がっていないと報告は受けていたが、私は自分の目で確認したかった。
体に矢を3本も受け、谷底に落ちたのだ。助かる見込みはほとんど無い。
ほとんど無いが、ダレンは簡単に死ぬような奴でもない。
どこかに身を潜めているのではないか。この近くにいるのではないかと、生への希望を断ち切れなかった。
しかしそんな気配は微塵もなく、夜の湖は静かなものだった。
木々の囁きや波の音が流れる中で、近くに繋いだ馬の、ぶるるという鳴き声がやたらと大きく響く。
ぼうっと湖面を眺めていると、背後から物音が聞こえ、腰の剣に手をかけた。が、その姿を見てすぐ離す。
音の正体はジルだった。私を視認するなり馬から降り、その馬を私の馬と同じ場所に繋いだ。
「何やってんだ、こんな時間に1人で。」
「少し散歩に。」
歩いていたのは馬だが。
日中から説教続きで、もしかしてまた始まるかと警戒したが、怒り心頭だった昼間と違い、妙に静かだ。
ジルのくたびれ顔に月明かりで影が落ち、どきりと心臓が高鳴る。
私は焦って視線を湖に投げた。
「フェリシアン様から聞いた。あの刺客、知り合いだったんだってな。」
ダレンは知り合いなんていうレベルではなく、もはや家族に近かった。
「誰にも話してないから安心しろ。フェリシアン様も他には言っていないとお仰っていた。」
私は良くない誤解をされない為に、言っておくけど、と前置きをした。
「逃がそうとはしてないよ。」
「分かってる。お前がどれだけの覚悟でここにいるのか。」
ぽんと頭に手を置かれた。
大きくてごつごつとした温かい手。
せっかく湖面を見て気を落ち着けていたのに、、再び鼓動が早くなる。
私はそれを誤魔化すように声を出した。
「ダ、ダレンといって、ノリツッコミが得意な奴だった。」
「はぁ?ノリツッコミ?」
「よくふざけ合っていたってことだ。」
はははと笑って見せたが、ジルの表情は険しかった。
「兄、同然だった。」
「お前が俺たちの前に現れた時に、助けたいと言っていた内の1人か?」
「…うん。」
結局1人は死に、もう1人とはしこりを残して生き別れになった。
身が潰れそうなほどの罪悪感を紛らわせてくれたのは、ジルだった。
ジルは、そうかとしか答えなかった。
そろそろ頃合いだろうか。私は頑張って口角を上げた。
「仲間は裏切るし、フェルディナン様にはご迷惑をかけてしまうし、…私は本当にどうしようもないな。」
ジルはむっと眉を潜めた。
「どうしようもない人間に、俺の補佐が務まるわけねぇだろ。」
「けど、主館にも立入禁止になってしまったし…。」
「あれは…。」
はぁ、と苦々しくため息を吐いたジルは、短いグレーの前髪を掻き上げた。
「あれはオレリア様を想ってのことだ。お前は悪くねぇ。」
「でも…。」
「分かった。俺がフェルディナン様に掛け合ってやるから、だから、そんな風に気を落とすな。」
「ほ、本当に?」
「ああ。俺の業務に差し支えると訴えよう。そうすればきっと、別の方法を考えてくださる。」
不便なのは確かだしなと続けるジルに、じわじわと笑顔がこぼれ出る。
やはりジルは頼りになる。持つべきものはジル。一家に一台ジル。
ああ、しまった。そんなに上がりすぎるな、、私の口角。全て作戦通りだからって。
今日は朝から散々だった。
早朝から兵たちの修練の指導を命じられ、、日中は本来の業務に従事し、夕方、それらを終えた後、、ジルから個別指導という名目でひたすらに剣を交えてしごかれた。
2日前に王太子殿下へお見せする大規模訓練をサボったことが、、相当頭に来ているらしい。
私が悪いことに違いはないから、自業自得であることは認めるが、さすがに疲れた。
フェリシアン様がおいでになったのは、私が修練場の片付けを終えた時だった。
「やぁロラン。ジルに相当しごかれたんだって?」
「フェリシアン様。お恥ずかしい限りです。」
「とかなんとか言って、実は2人きりになれて喜んでいたんじゃないの?」
多少は。けれど、修練中はジルの剣幕がすごくてそれどころではなかった。
にこにことするフェリシアン様に、苦笑を返す。
「ロラン、今から時間ある?」
「あ、申し訳ございません。少し出かけようと思っておりまして。」
「え、もう日も沈んでるというのに、どこへ?」
2日前の刺客が知人という事実を隠している手前、森へ、とは答えにくい。
「あのさ、ロラン。僕は君を1番の親友だと思っているんだ。」
「そんな…恐れ多いです。」
「これは友人として訊くんだけどさ、あの刺客、知ってる人だったんじゃない?」
図星をつかれ、、どきりと心臓が跳ねた。
2日前はごまかしたが、ピンポイントに指摘されると、フェリシアン様に嘘をつくのはしのびない。
「どうして、そう思われるのですか?」
そう尋ねると、フェリシアン様は困ったように笑った。
「だって、ロランの様子がいつもと違うから。」
普通にしていたつもりだったが。フェリシアン様恐るべし。
「たぶん僕だけじゃないよ。父上もジルも感づいているんじゃないかな。」
「そんなに…分かりやすかったですか?」
「ボケる数がね、少なかったから。」
「判断基準がそれですか?」
フェリシアン様の怪しくも優しい笑顔に、私は弱い。
観念して、兄のように慕っていた人でしたと話すと、フェリシアン様は、「それは妬けるな。」と微笑んだ。
そこは水の透き通る美しい湖で、水面には満月には満たない月が揺らめいていた。
ダレンの遺体は上がっていないと報告は受けていたが、私は自分の目で確認したかった。
体に矢を3本も受け、谷底に落ちたのだ。助かる見込みはほとんど無い。
ほとんど無いが、ダレンは簡単に死ぬような奴でもない。
どこかに身を潜めているのではないか。この近くにいるのではないかと、生への希望を断ち切れなかった。
しかしそんな気配は微塵もなく、夜の湖は静かなものだった。
木々の囁きや波の音が流れる中で、近くに繋いだ馬の、ぶるるという鳴き声がやたらと大きく響く。
ぼうっと湖面を眺めていると、背後から物音が聞こえ、腰の剣に手をかけた。が、その姿を見てすぐ離す。
音の正体はジルだった。私を視認するなり馬から降り、その馬を私の馬と同じ場所に繋いだ。
「何やってんだ、こんな時間に1人で。」
「少し散歩に。」
歩いていたのは馬だが。
日中から説教続きで、もしかしてまた始まるかと警戒したが、怒り心頭だった昼間と違い、妙に静かだ。
ジルのくたびれ顔に月明かりで影が落ち、どきりと心臓が高鳴る。
私は焦って視線を湖に投げた。
「フェリシアン様から聞いた。あの刺客、知り合いだったんだってな。」
ダレンは知り合いなんていうレベルではなく、もはや家族に近かった。
「誰にも話してないから安心しろ。フェリシアン様も他には言っていないとお仰っていた。」
私は良くない誤解をされない為に、言っておくけど、と前置きをした。
「逃がそうとはしてないよ。」
「分かってる。お前がどれだけの覚悟でここにいるのか。」
ぽんと頭に手を置かれた。
大きくてごつごつとした温かい手。
せっかく湖面を見て気を落ち着けていたのに、、再び鼓動が早くなる。
私はそれを誤魔化すように声を出した。
「ダ、ダレンといって、ノリツッコミが得意な奴だった。」
「はぁ?ノリツッコミ?」
「よくふざけ合っていたってことだ。」
はははと笑って見せたが、ジルの表情は険しかった。
「兄、同然だった。」
「お前が俺たちの前に現れた時に、助けたいと言っていた内の1人か?」
「…うん。」
結局1人は死に、もう1人とはしこりを残して生き別れになった。
身が潰れそうなほどの罪悪感を紛らわせてくれたのは、ジルだった。
ジルは、そうかとしか答えなかった。
そろそろ頃合いだろうか。私は頑張って口角を上げた。
「仲間は裏切るし、フェルディナン様にはご迷惑をかけてしまうし、…私は本当にどうしようもないな。」
ジルはむっと眉を潜めた。
「どうしようもない人間に、俺の補佐が務まるわけねぇだろ。」
「けど、主館にも立入禁止になってしまったし…。」
「あれは…。」
はぁ、と苦々しくため息を吐いたジルは、短いグレーの前髪を掻き上げた。
「あれはオレリア様を想ってのことだ。お前は悪くねぇ。」
「でも…。」
「分かった。俺がフェルディナン様に掛け合ってやるから、だから、そんな風に気を落とすな。」
「ほ、本当に?」
「ああ。俺の業務に差し支えると訴えよう。そうすればきっと、別の方法を考えてくださる。」
不便なのは確かだしなと続けるジルに、じわじわと笑顔がこぼれ出る。
やはりジルは頼りになる。持つべきものはジル。一家に一台ジル。
ああ、しまった。そんなに上がりすぎるな、、私の口角。全て作戦通りだからって。
今日は朝から散々だった。
早朝から兵たちの修練の指導を命じられ、、日中は本来の業務に従事し、夕方、それらを終えた後、、ジルから個別指導という名目でひたすらに剣を交えてしごかれた。
2日前に王太子殿下へお見せする大規模訓練をサボったことが、、相当頭に来ているらしい。
私が悪いことに違いはないから、自業自得であることは認めるが、さすがに疲れた。
フェリシアン様がおいでになったのは、私が修練場の片付けを終えた時だった。
「やぁロラン。ジルに相当しごかれたんだって?」
「フェリシアン様。お恥ずかしい限りです。」
「とかなんとか言って、実は2人きりになれて喜んでいたんじゃないの?」
多少は。けれど、修練中はジルの剣幕がすごくてそれどころではなかった。
にこにことするフェリシアン様に、苦笑を返す。
「ロラン、今から時間ある?」
「あ、申し訳ございません。少し出かけようと思っておりまして。」
「え、もう日も沈んでるというのに、どこへ?」
2日前の刺客が知人という事実を隠している手前、森へ、とは答えにくい。
「あのさ、ロラン。僕は君を1番の親友だと思っているんだ。」
「そんな…恐れ多いです。」
「これは友人として訊くんだけどさ、あの刺客、知ってる人だったんじゃない?」
図星をつかれ、、どきりと心臓が跳ねた。
2日前はごまかしたが、ピンポイントに指摘されると、フェリシアン様に嘘をつくのはしのびない。
「どうして、そう思われるのですか?」
そう尋ねると、フェリシアン様は困ったように笑った。
「だって、ロランの様子がいつもと違うから。」
普通にしていたつもりだったが。フェリシアン様恐るべし。
「たぶん僕だけじゃないよ。父上もジルも感づいているんじゃないかな。」
「そんなに…分かりやすかったですか?」
「ボケる数がね、少なかったから。」
「判断基準がそれですか?」
フェリシアン様の怪しくも優しい笑顔に、私は弱い。
観念して、兄のように慕っていた人でしたと話すと、フェリシアン様は、「それは妬けるな。」と微笑んだ。
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