人の身にして精霊王

山外大河

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六章 君ガ為のカタストロフィ

26 現実主義と理想主義

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「勝手な事……か。確かにこれは俺の独断だよ。だがそうせざるを得ない状況に陥ったと判断した。まさかとは思うが俺がただ単に精霊が嫌いだから今此処でこうしているとでも思っていたのか?」

「んな事は思わねえ……と言いたい所だが、正直疑ってはいた。俺達魔術師にとってエルは相当にイレギュラーな存在なわけだ。だから色々と読めねえ事も多い。実際最悪お前がそういう風に動く可能性も危惧はしていた。強硬手段にはでねえだろうと思うがもしかするとってな」

 つまりその疑いの結果が、あの時聞かされた天野の話という事なのだろう。
 そして誠一の兄貴は言葉を続ける。

「でもまあそれは少し前の話。エルが暴走した。それでお前が動いた。そういうちゃんと理に適った動きをしてるってのは分かっているつもりだ。会話も色々と聞かせてもらったからな」

「聞いていた? ……お前、いつから此処にいた」

「お前と瀬戸がドンパチし始めた頃から」

「……そんな時から?」

 思わずそんな声が漏れ出した。
 そんな時から。そんな時から居たのなら。こうして助けには入ってくれるつもりでいたのなら……ここまで酷い状況になる前に、どうして助けてくれなかった?
 誠一の兄貴が今俺達を助けてくれているのは事実で、だから向けられるのは疑念よりも感謝の念が圧倒的に高いわけだけど、それでもそういう疑問が残ってしかたがなかった。
 そして俺と同じように天野もまた誠一の兄の発言に疑問点があるらしい。

「俺はてっきりお前がお前の弟や宮村の援軍として駆け付けたと思っていたのだがな」

「いや、そうじゃねえ。俺は完全に別動隊。ただエルの異常を感知して様子見に来てそしたらこの状況ってだけだ。アイツら俺に連絡寄越さず独断で行動してやがったっからな……まあ俺がアイツの立場だったら同じ事してたと思うが」

 そして生まれるもう一つの疑問。
 おそらく誠一の兄貴の言うとおり、誠一達は援軍を呼ぶような選択を取らなかったのだろう。あの二人は自分達で事を解決に導こうとしてくれた様に見えた。
 よくよく冷静になって考えてみれば、それすらも疑問に残る。
 多分誠一は勝ち目が薄い事を理解していた筈だ。
 だとすれば何故他の連中を呼ぶような真似をしなかった。
 現にこうしてこちらを助けてくれる存在がアイツの身近にいるのに。
 そして天野は自身の疑問のを口にする。
 俺の抱いた疑問とは違う、もっと根本的な疑問。
 そして俺の疑問の解。

「……まあいい。それより土御門。お前が本当にこの状況を理解しているのなら、何故俺を止める。本来俺とお前の目的は同じになるはずだろう。お前も俺と同じで現実主義者だ」

「……ッ!」

 そこで重大な思い違いに気付いた。
 改めて考えてみればどうして誠一の兄を始めとした、対策局の面々はエルの味方であれたのだろうか。
 その根本的な所にあるのは、エルが暴走しない特殊な精霊だったからという事が大きいだろう。
 誠一の兄貴がしてくれた忠告も、暴走しないエルに向けた忠告だ。
 そうでなければ成立しない事の筈で、その前提が覆った今。
 本来ならば誠一の兄貴は……土御門陽介は、こちらの敵に周ってもおかしくない。
 ……だからか。だから呼ばなかったのか?

「まあそうだな。今のエルはあまりにリスクが大きい。個人的な感情だとか、こんな言い方はしたくはないが研究材料としての価値を考慮しても………殺さないといけない状況だろうよ」

「……ッ!?」

 嫌な予感は的中した。明確にそういう状況だと公言した。
 だとすれば……天野だけでもどうしようもないのに、加えて誠一の兄貴まで敵だって事になる。きっと誠一が危惧していた状況をそのままなぞったという事になる。
 ……こんなの、一体どうすればいい。
 だけどそう考えた時、新たな疑問が生まれた。
 ……敵だとすれば、一体どうして天野を止めた?
 誠一の兄貴は天野とは違い精霊に対して悪印象を持っていない筈だ。だから自分が殺したいからなんて私怨にまみれた理由で天野を止めるような真似はしない筈だ。
 ……だったら、これはどういう事だ。
 そしてその疑問に答えるように、先の言葉から一拍空けて天野は言う。

「だが……もしそのリスクをケアする手段があったとすれば?」

「……ッ!」

 思わず息を飲んだ。
 ……あるのか、そんなもの。
 だとすればそれはこの状況を打開するだけじゃない。
 その先。エルを本当の意味で助ける事だってできるじゃないか。

「ハッタリだ。そんな手段があるならば、既に運用されている筈だ」

「それが普通の精霊にも通用する手段ならな。残念な事に俺の手にある手段ってやつは普通の精霊に使うには効果が薄すぎた、使い物にならなかった失敗作だ。どうにもならねえ程に失敗した試作品だよ。こんなもん運用どころか存在認知してる奴の方が少ねえ」

「だったらその精霊をどうこうする事もできないだろう」

「そうでもねえさ」

 誠一の兄貴はエルに視線を落として言う。

「エルは元の状態と暴走状態の境界線でうろうろしてるわけだ。つまりはまだ症状は薄い。だとすれば通常の精霊には効力が薄いその手段もきっと届くはずだ」

 ……確かにその通りかも知れない。
 エルと他の精霊では明らかに状態が違う。だからまだ希望は充分に持てるはずだ。

「だから今はこれ以上エルに手を出すのは止めろ。コイツは俺らがなんとかする。まだお前が動くには早いんだよ」

 その言葉に、一拍空けてから天野は言葉を返す。

「……分かった。だったらソイツを救ってやれ」

「……」

 やはりこの天野宗也という男は私怨とは違う所で動いていたのだろう。
 きっと精霊を助けたいなんて感情がそこにはなくとも、それでも誠一の兄貴の出した提案を天野は飲み込んでいた。
 飲み込んだうえで天野は誠一の兄貴に言う。

「だがそういう事なら何故もっと早くに出てこなかった。お前が何もせず傍観している間に俺はお前の弟と宮村に瀬戸。コイツらと戦う羽目になったんだぞ。しかも瀬戸は一般人だ。身内で揉めるならともかく、本来争っては行けない相手だ」

 それに加えてエルの大怪我だ。他力本願な話になるが、もっと早く来ていればエルは無傷。二度目の暴走にだって陥る事も無くその治療を受けられた筈なんだ。
 それに対して誠一の兄貴は言う。

「まあそれに関してはお前や瀬戸を含めた此処にいる全員に対して悪かったとは思うよ。実際結果論だけ見れば俺はすぐにこの場に出てきて事を進められたんだ」

「……どういう事だ」

「言っただろ。お前の行動が読めなかったって。あの状況でこうして俺がこの場に現れて、ああいう話をしたとする。だけど場合によってはそれでも強硬手段にでられる可能性を考慮してたんだ」

 強硬手段。それはつまり提案を跳ねのけ、誠一の兄貴を倒してでもエルを殺そうとするといった事だろう。

「お前相手に俺単騎じゃ精々勝率は贔屓目にみても3パーセント。そんで実を言うとな、一応俺の班の連中も一緒に来てて待機してもらってんだが、俺ら全員でも精々いいとこ2割ってとこだ。そんで瀬戸の奴か誠一と宮村。そのどちらかに加勢したとしても精々三割程。完全に博打だ。勝ち目が薄すぎる」

 聞きながら昨日聞いた言葉を思いだす。

『アイツは一応ウチの組織で一番強い魔術師だ。もしもアイツが本気で動く様な事態になったらそれこそ俺らじゃ止められねえ』

 恐らくあれは少しオーバーな話だったのだろう。実際に可能性があるのなら。
 だけど確実性が無い。不可能ではないが現実味がない。きっとあれはそういう話だったのだ。

「成程。神崎達が控えている訳か。だったら尚更早く出てくるべきだっただろう。明らかに出てくるタイミングがおかしい」

「いや、これでいいんだよ。博打ってのはこの位で勝てるっていう数値を叩き出しても案外それを簡単に下回る。だからこういう大事な時、もしも博打を打たないで済む可能性があるのなら、ギリギリまでそれを待っていたほうがいい」

 そして一拍空けてから誠一の兄貴は言う。

「呼んだんだよ。五番隊全員を」

「なに?」

 そして誠一の兄は耳元に手を当てながら言う。

「とりあえず全員出てきていいぞ」

 次の瞬間だった。

「……ッ」

 路地裏から。ビルの上から。建物の中から。マンホールの下から。とにかくいたる所から人間が現れる。その数、およそ40。
 その全てがロングコートを身に纏っている訳では無い。
 その半数が完全に私服だ。共通しているのは全員が何かしらの武器を携帯している事位。

「非番の連中を含め、出てこられる奴全員をこの場に招集した。皆エルを心配してたのかもな。この短期間で全員集まりやがったよ」

 ……そして察する。その五番隊の方々に特訓を付けてもらったから分かる。

「此処にいる全員があの九州の地獄を乗り切った精鋭だ。全員でお前と戦えば、お前が全力を出そうが99.9パーセント俺達は勝てる」

 この状況を誠一の兄貴はずっと待っていたんだ。
 戦闘に陥った場合、確実に勝利できる……いや、戦う前から天野を止められるだけの戦力の集結を。
 数の暴力がどれ程恐ろしい物かは異世界での戦いで何度も味わった。
 それも明らかに一人一人の練度や恐らく連携能力も、あの業者の連中を上回っている。
 それだけの戦力。場を制圧できるだけの戦力。
 つまりこの場はもう土御門陽介に支配されたのだ。
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