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六章 君ガ為のカタストロフィ
ex 彼女達の日常
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時刻は少し遡り午後2時半。
「おかしいよね。今日創立記念日で休みの筈なんだよ。なのに午前登校とは……卒業生だからって別に偉い政治家のお話なんて聞きたくないし。みんな目が死んでたよ。友達なんか誰やねんこのおっさんってぼやいてたよ……私もだよ。マジであのおっさん誰だよ……」
「まあ茜さんは普段から結構休んでるんだからいいじゃないですか」
「いやいやエルちゃん。お仕事だよお仕事。こっちの世界に来てまだ日が浅いエルちゃんのサポートというお仕事なんだよ。サボりじゃないんだよ」
「やったー堂々とサボれるぞーってノリノリでハイタッチしてたじゃないですか」
「あ、あれーそんなこと言ったかなー。……まあ、私からしたらもう普通に友達と遊んでるだけだし」
そんな会話をしながらエルと茜は茜の家にてテレビゲームを楽しむ。
プレイしているのは最近発売されたボードゲーム形式の対戦パーティゲーム。俗に友情崩壊ゲームとも呼ばれているソレを今のところは楽しくプレイできている。
そしてコントローラーを操作しながら茜はふとこんな話をエルに振る。
「それにしても、もう1ヶ月だね」
少し前に霞とも交わした会話。だが関係性が変われば会話の中身も変わってくる。
「そうですね。もう1ヶ月です。あっという間でしたね」
「そうだねー。ほんと、あっという間だったよ」
茜は少し感慨深そうにそう言って、コントローラーを操作するエルに視線を向ける。
「一か月前の私は、まさかこうして精霊とテレビゲームやってる様な事になってるなんて思いもしなかっただろうなー」
「私もこの世界に来る前はこんな生活を送る事になるなんで思いもしませんでした」
「送れて良かった?」
「そうですね。幸せだなぁとは思いますよ」
先の霞との会話の事もあって、とりあえずはちゃんと今の自分を幸せなんだと認める事にした。
ああそうだ。確かに今自分は幸せなのだ。
「そっか。良かった良かった。それに無事この世界の生活にも慣れてくれたみたいだしね」
「いえいえ、まだ分からない事ばっかりで」
「スマホの操作をあっという間にマスターして、文字も生活に困らない位は覚えて、その他現代機器使いこなしちゃってる人が言う事じゃないよそれ」
まあ確かに分からないと言いながらも、この世界の事は色々知れたなとは思う。
対策局の方から緊急の連絡用という名目もあってか最新のスマートフォンを頂いた。最初こそ操作は慣れなかったが、今ではフリック入力もマスターしている。それに大体この世界で分からない事画があればインターネットで調べられるので、この世界の知識を蓄積させる事にも一躍買っている。
「というかそもそも私が思う異世界から来た人って、テレビとか見て箱の中に人が! 的な反応をするかと思ったんだけどね、エルちゃんまずその段階から結構平常心保ってたよね」
「まあ凄いなーとは思いましたよ。でもまあ私の場合エイジさんから聞いた予備知識がある程度ありましたし、そうでなくとも薄型の液晶に人なんて入りませんから。どこかの光景を映しているんだろうなって想像位は付きます。それよりも本当にコンビニが24時間営業している事の方が驚きました」
「そっちの方が驚くんだ」
「はい。便利ですよね。いつ行っても開いてるって。ああ、そういえば近くのコンビニがいつ行っても同じ人がレジ打ってるんですけどそれも凄いですよね。なんか死にそうな顔してレジ打ってますけど、凄い頑張ってるなーって」
「それはそうせざるをえないだけだよ……人手不足って奴。アルバイト募集中だよ」
茜が苦笑いしながらそう言った。
そしてそんな茜の言葉に思う所があったように、エルは思わずつぶやく。
「……アルバイトかぁ」
「ん? どうしたの?」
エルが呟いた言葉に茜が食いついてくる。
「もしかしてそのコンビニでバイトしようとか思ってる?」
「あ、いや、そういう訳じゃないです。それはちょっと嫌です。私は今もこれからもお客様です」
そこまで正直に答えた後、でも、とエルは言う。
「何か始めようかなってのは少し思ってるんです」
「え? 急にどうしたの? アレかな? 何かお金とかで困ってる感じ?」
「あ、いえ、そっちは全然大丈夫なんです。お金なら十分頂いてますから」
今のエルの立ち位置は大雑把に言ってしまえば保護対象だ。対策局の方からこの世界で生きていくための補助金が支払われている。それに加えて研究に協力している事や情報提供への謝礼金など。正直に言ってお金に関しては今全くと言っていいほどに困っていない。
だけどだ。
「でもそれに頼り続けるのもよくないと思うんです。この世界で生きていこうと思えば、少しは自立しないといけないかなって。今のままじゃアレですよ。私俗にいうニートって奴ですよ」
「いや、別にそういうのじゃないと思うよ。というかエルちゃんから普通にそういう言葉が出てくるのがもう本当にびっくりだよ。この国に染まりすぎだよ」
茜は少し苦笑いを浮かべた後、まあ確かにと言葉を続ける。
「自立するって意思は大事だよ。なんというかこう……立派だよ!」
「いえいえ、立派も何も結構普通の事じゃないですか」
「その普通ができない人が結構いるからねこの世界……もっとエルちゃんみたいなもっと休んでていいような子がこんな事言ってるのにさぁ」
「まあもっと休んでていいというかもうちょっと休まないといけないというか、まだ何かをしようと思っても出来ないんですけどね」
「んーまあ確かにそうかもね」
エルはこの世界にとって特異な存在だ。
今はこうしてある程度の自由があるものの、そういう何かを始めようと思えば普通の人がアルバイトを申し込む程気軽に事は進められない。流石に対策局が慎重になる。
エルの立ち位置は保護対象であると同時に、監視対象でもある。
「でもまあそういう話をしてみれば結構すんなり通ったりもするんじゃないかな。今もこうして自由だし、エルちゃんの事情を何も知らない人と会ってもうまく馴染めるだろうし。エルちゃんが何かを初めて面倒な事が起きる未来が見えないんだよね」
「だったらいいんですけどね。まあとりあえず今度話だけでもしてみようかなと思います。どういう事をやろうかなんてのは何も考えてないですけど」
「何もじゃないでしょ。あのコンビニは却下でしょ」
「ああそうでした。却下です。お断りです。つまりはほぼ何も考えてないんです」
「まあ時間はいっぱいあるよ。ゆっくり考えようよ」
そんな会話をしながら二人はコントローラーを操作する。
画面内ではそんな明るめの会話とは裏腹にえげつない攻防が繰り広げられているが、それでもまだ今の所は会話のトーンは変わらない。
「エルちゃんは何かやりたい事ってないの? ああ、別にどんなアルバイトかとかそういう事じゃなくてさ、こう、将来的にやりたい事とか。将来の夢っていうのかな?」
「将来的に、ですか……」
そういえば今まであまりそういう事を考えてこなかった。
今までは今を生きるのに必死で、考えられてもその先の未来が幸せだったらいいなというような、そんな事を考えていただけで。
将来自分がどういう事をやりたいかなんて事を考えた事は、もしかするとなかったのかもしれない。
だから改めて考えてみた。
「……難しいですね。中々浮かばないです」
「そっか。じゃあ今やってる事で何か楽しい事ってある?」
「今やってる事で、ですか」
「例えばこう、熱中してる事とか」
それなら答えられる。
今この幸せな日常の中で、何か自分が熱を入れている様な事は確かにある。
「料理……ですかね」
茜にやり方を教わった。
まだ不手際でうまくいかない事だって多いけど、それでもおいしくできれば嬉しいし、おいしいと言ってもらえるともっと嬉しい。それだけで幸せな気分になれる。
だとすればそれが今の自分にとっての楽しい事だろう。
「なるほど料理かぁ。うんうん、だとしたら教えた甲斐があったね」
「はい、おかげさまでおいしいって言ってもらえました」
「それはよかったよ。一時はどうなるかと思ったけどね。本当に包丁振り下ろしてたもんね。実際見た時思わず戦慄したよ。マジでヤバイって思ったよ」
「そ、それは忘れてください」
「いやぁ、忘れようにも中々強烈で。あれは私の中でいい思い出として取っておこうと決めました」
「決めないでくださいよ、冷静に思い返すと本当に恥ずかしいんですよ!」
「駄目でーす、忘れませーん」
「茜さん!」
「あははは……まあそれは置いておいてね」
茜は笑いながら逸れ始めた話を元に戻す。
「料理が好きなんだったら、中々難しい事だけどそういうお仕事とかどうかな? 中々夢もあって現実的でもあっていいと思うんだ」
少し考えてみた。
将来自分がそういう仕事をしている様な光景。
だけどあまりその光景がしっくりくる感じがしない。
「ちょっとピンと来ないですね。アレですよ。なんというか、やっぱり料理は親しい人に食べてもらいたいって感じですかね。だからちょっと違うかなと」
「そっか、親しい人にか。まあ確かに料理好きな人が皆お店とかしたい訳じゃないもんね。なるほどなる程。じゃあさ、こんなのはどうかな?」
そして茜は冗談交じりにエルに言ってみる。
「将来私はお嫁さんになりたいです、的な。親しい人に作り放題だよ」
「……」
「なんか満更でもなさそうだね……」
ちょっと予想していた反応とは違うという風に茜はそう言って、その言葉にエルも言葉を返す。
「ええ、まあ……そうですね」
少し考えてみると妙な恥ずかしさが沸いてきたものの、そうした光景はきっと今の自分とエイジの関係性の延長線上に存在するものだ。
今の日々がこうして幸せならば、思い描く未来としては決して拒むようなものではない。
なんとなく本来の話の趣旨からずれてしまっている気がするし、色々と自分でも理解だとか整理だとかができていない部分もあるだろうけど、それもまた一つの答えなのかもしれない。
そうやって、少し未来の事を考えていた時だった。
「そんな反応されるとこっちが恥ずかしくなってくるよ……ちょっと待ってエルちゃん」
急に茜の声のトーンが変わり、コントローラーを握るエルの手に手を添えてきた。
「どうしましたか?」
「どうしたもこうしたも、このタイミングでそのアイテム使ったら駄目だよ。大変な事になるよ」
なるほどそういう事かとエルは理解して言葉を返す。
「そうですね。茜さんがここ暫く頑張ってきた功績が、この一撃で全て消し飛びます。少し前から狙ってましたが無事成功です」
「ちょっと待ってちょっと待って。それは流石にキツイ! ストップストップ! 御慈悲を!」
「えい」
「うわあああああああああああああ本当にやりやがったああああああああああああッ!」
思わず茜が絶叫する。なお部屋は魔術師という立場や色々な事が相まって防音である。
「酷い、これは酷いよエルちゃん!」
「勝負の世界は非情なんです。さあ茜さんの番ですよ」
「うぅ……どうしよう、どうしようもないよ……と見せかけてドーン!」
「え? えーっと……茜さん、とりあえず一旦落ち着きましょう。それは流石にないです」
「勝負の世界は非情だからねー」
「ちょ、え? いやいやいや、おかしいおかしいおかしい!」
「おかしくありませーん」
そして茜からのカウンターがエルへと届く。
だけどもそれでも、流石に喧嘩にはなりはしない。
この一か月、随分と茜と仲良くなった。
それはそう簡単には壊れない。
「ではでは茜さん、今日はこれで」
夕方。そろそろエイジが対策局での特訓を終える頃、二人の勝負も幕を閉じた。
最終的には僅差で茜の勝利。随分と酷い泥試合ではあったが終わってみれば結構楽しかったなとは思う。
また今度勝負する約束もした。次までに色々と戦術を練っておこう。
「じゃあ気を付けてね」
「はい」
そして茜の住むマンションの一室から茜に見送られて出ようとした次の瞬間だった。
「……ッ」
前触れもなく唐突に、エルの脳に痛みが響き渡った。
思わず額に手を触れて、壁に背を預ける。
この世界に辿り着いてから頻繁に起きている原因不明の頭痛だ。
「だ、大丈夫エルちゃん!」
「……大丈夫です。案外すぐに治りますから」
言っている時には既にその痛みは引いてきている。
この頭痛の痛みや痛みが引くまでの時間はムラがあるが、ムラがあるといっても長時間痛むという事は無い。こうしてすぐに痛みが引くこともよくある。
そういう事が分かる位にはここ一カ月頭痛に頭を悩ませている。
「ほら、もう大丈夫です」
ほぼ痛みが引き、元通り振舞って見せるが、茜は心配の眼差しを向けたままだ。
「本当に?」
「本当にです」
今に限って言えばの話だが。
(……なんなんだろ、この頭痛)
当面はこれに耐えていくしかない。
もし自分が人間ならばある程度手はあるかもしれないが、自分は精霊だ。多分人間の薬を処方してもらっても効果がなさそうだし、それより何か良く分からない副作用が出るかもしれない。
だから今は自然にこういう頭痛が起きなくなってくれることを祈るしかない。
一応原因を探ってもらっている霞にもそう言われた。
「どうする? 途中まで送ろうか?」
「いえ、大丈夫です。一度収まれば暫くは痛くならないですし」
「そっか……じゃあお気を付けて」
「はい」
そんなやり取りを交わして今度こそ茜の家を後にする。
これで今日三度目の頭痛だ。
「おかしいよね。今日創立記念日で休みの筈なんだよ。なのに午前登校とは……卒業生だからって別に偉い政治家のお話なんて聞きたくないし。みんな目が死んでたよ。友達なんか誰やねんこのおっさんってぼやいてたよ……私もだよ。マジであのおっさん誰だよ……」
「まあ茜さんは普段から結構休んでるんだからいいじゃないですか」
「いやいやエルちゃん。お仕事だよお仕事。こっちの世界に来てまだ日が浅いエルちゃんのサポートというお仕事なんだよ。サボりじゃないんだよ」
「やったー堂々とサボれるぞーってノリノリでハイタッチしてたじゃないですか」
「あ、あれーそんなこと言ったかなー。……まあ、私からしたらもう普通に友達と遊んでるだけだし」
そんな会話をしながらエルと茜は茜の家にてテレビゲームを楽しむ。
プレイしているのは最近発売されたボードゲーム形式の対戦パーティゲーム。俗に友情崩壊ゲームとも呼ばれているソレを今のところは楽しくプレイできている。
そしてコントローラーを操作しながら茜はふとこんな話をエルに振る。
「それにしても、もう1ヶ月だね」
少し前に霞とも交わした会話。だが関係性が変われば会話の中身も変わってくる。
「そうですね。もう1ヶ月です。あっという間でしたね」
「そうだねー。ほんと、あっという間だったよ」
茜は少し感慨深そうにそう言って、コントローラーを操作するエルに視線を向ける。
「一か月前の私は、まさかこうして精霊とテレビゲームやってる様な事になってるなんて思いもしなかっただろうなー」
「私もこの世界に来る前はこんな生活を送る事になるなんで思いもしませんでした」
「送れて良かった?」
「そうですね。幸せだなぁとは思いますよ」
先の霞との会話の事もあって、とりあえずはちゃんと今の自分を幸せなんだと認める事にした。
ああそうだ。確かに今自分は幸せなのだ。
「そっか。良かった良かった。それに無事この世界の生活にも慣れてくれたみたいだしね」
「いえいえ、まだ分からない事ばっかりで」
「スマホの操作をあっという間にマスターして、文字も生活に困らない位は覚えて、その他現代機器使いこなしちゃってる人が言う事じゃないよそれ」
まあ確かに分からないと言いながらも、この世界の事は色々知れたなとは思う。
対策局の方から緊急の連絡用という名目もあってか最新のスマートフォンを頂いた。最初こそ操作は慣れなかったが、今ではフリック入力もマスターしている。それに大体この世界で分からない事画があればインターネットで調べられるので、この世界の知識を蓄積させる事にも一躍買っている。
「というかそもそも私が思う異世界から来た人って、テレビとか見て箱の中に人が! 的な反応をするかと思ったんだけどね、エルちゃんまずその段階から結構平常心保ってたよね」
「まあ凄いなーとは思いましたよ。でもまあ私の場合エイジさんから聞いた予備知識がある程度ありましたし、そうでなくとも薄型の液晶に人なんて入りませんから。どこかの光景を映しているんだろうなって想像位は付きます。それよりも本当にコンビニが24時間営業している事の方が驚きました」
「そっちの方が驚くんだ」
「はい。便利ですよね。いつ行っても開いてるって。ああ、そういえば近くのコンビニがいつ行っても同じ人がレジ打ってるんですけどそれも凄いですよね。なんか死にそうな顔してレジ打ってますけど、凄い頑張ってるなーって」
「それはそうせざるをえないだけだよ……人手不足って奴。アルバイト募集中だよ」
茜が苦笑いしながらそう言った。
そしてそんな茜の言葉に思う所があったように、エルは思わずつぶやく。
「……アルバイトかぁ」
「ん? どうしたの?」
エルが呟いた言葉に茜が食いついてくる。
「もしかしてそのコンビニでバイトしようとか思ってる?」
「あ、いや、そういう訳じゃないです。それはちょっと嫌です。私は今もこれからもお客様です」
そこまで正直に答えた後、でも、とエルは言う。
「何か始めようかなってのは少し思ってるんです」
「え? 急にどうしたの? アレかな? 何かお金とかで困ってる感じ?」
「あ、いえ、そっちは全然大丈夫なんです。お金なら十分頂いてますから」
今のエルの立ち位置は大雑把に言ってしまえば保護対象だ。対策局の方からこの世界で生きていくための補助金が支払われている。それに加えて研究に協力している事や情報提供への謝礼金など。正直に言ってお金に関しては今全くと言っていいほどに困っていない。
だけどだ。
「でもそれに頼り続けるのもよくないと思うんです。この世界で生きていこうと思えば、少しは自立しないといけないかなって。今のままじゃアレですよ。私俗にいうニートって奴ですよ」
「いや、別にそういうのじゃないと思うよ。というかエルちゃんから普通にそういう言葉が出てくるのがもう本当にびっくりだよ。この国に染まりすぎだよ」
茜は少し苦笑いを浮かべた後、まあ確かにと言葉を続ける。
「自立するって意思は大事だよ。なんというかこう……立派だよ!」
「いえいえ、立派も何も結構普通の事じゃないですか」
「その普通ができない人が結構いるからねこの世界……もっとエルちゃんみたいなもっと休んでていいような子がこんな事言ってるのにさぁ」
「まあもっと休んでていいというかもうちょっと休まないといけないというか、まだ何かをしようと思っても出来ないんですけどね」
「んーまあ確かにそうかもね」
エルはこの世界にとって特異な存在だ。
今はこうしてある程度の自由があるものの、そういう何かを始めようと思えば普通の人がアルバイトを申し込む程気軽に事は進められない。流石に対策局が慎重になる。
エルの立ち位置は保護対象であると同時に、監視対象でもある。
「でもまあそういう話をしてみれば結構すんなり通ったりもするんじゃないかな。今もこうして自由だし、エルちゃんの事情を何も知らない人と会ってもうまく馴染めるだろうし。エルちゃんが何かを初めて面倒な事が起きる未来が見えないんだよね」
「だったらいいんですけどね。まあとりあえず今度話だけでもしてみようかなと思います。どういう事をやろうかなんてのは何も考えてないですけど」
「何もじゃないでしょ。あのコンビニは却下でしょ」
「ああそうでした。却下です。お断りです。つまりはほぼ何も考えてないんです」
「まあ時間はいっぱいあるよ。ゆっくり考えようよ」
そんな会話をしながら二人はコントローラーを操作する。
画面内ではそんな明るめの会話とは裏腹にえげつない攻防が繰り広げられているが、それでもまだ今の所は会話のトーンは変わらない。
「エルちゃんは何かやりたい事ってないの? ああ、別にどんなアルバイトかとかそういう事じゃなくてさ、こう、将来的にやりたい事とか。将来の夢っていうのかな?」
「将来的に、ですか……」
そういえば今まであまりそういう事を考えてこなかった。
今までは今を生きるのに必死で、考えられてもその先の未来が幸せだったらいいなというような、そんな事を考えていただけで。
将来自分がどういう事をやりたいかなんて事を考えた事は、もしかするとなかったのかもしれない。
だから改めて考えてみた。
「……難しいですね。中々浮かばないです」
「そっか。じゃあ今やってる事で何か楽しい事ってある?」
「今やってる事で、ですか」
「例えばこう、熱中してる事とか」
それなら答えられる。
今この幸せな日常の中で、何か自分が熱を入れている様な事は確かにある。
「料理……ですかね」
茜にやり方を教わった。
まだ不手際でうまくいかない事だって多いけど、それでもおいしくできれば嬉しいし、おいしいと言ってもらえるともっと嬉しい。それだけで幸せな気分になれる。
だとすればそれが今の自分にとっての楽しい事だろう。
「なるほど料理かぁ。うんうん、だとしたら教えた甲斐があったね」
「はい、おかげさまでおいしいって言ってもらえました」
「それはよかったよ。一時はどうなるかと思ったけどね。本当に包丁振り下ろしてたもんね。実際見た時思わず戦慄したよ。マジでヤバイって思ったよ」
「そ、それは忘れてください」
「いやぁ、忘れようにも中々強烈で。あれは私の中でいい思い出として取っておこうと決めました」
「決めないでくださいよ、冷静に思い返すと本当に恥ずかしいんですよ!」
「駄目でーす、忘れませーん」
「茜さん!」
「あははは……まあそれは置いておいてね」
茜は笑いながら逸れ始めた話を元に戻す。
「料理が好きなんだったら、中々難しい事だけどそういうお仕事とかどうかな? 中々夢もあって現実的でもあっていいと思うんだ」
少し考えてみた。
将来自分がそういう仕事をしている様な光景。
だけどあまりその光景がしっくりくる感じがしない。
「ちょっとピンと来ないですね。アレですよ。なんというか、やっぱり料理は親しい人に食べてもらいたいって感じですかね。だからちょっと違うかなと」
「そっか、親しい人にか。まあ確かに料理好きな人が皆お店とかしたい訳じゃないもんね。なるほどなる程。じゃあさ、こんなのはどうかな?」
そして茜は冗談交じりにエルに言ってみる。
「将来私はお嫁さんになりたいです、的な。親しい人に作り放題だよ」
「……」
「なんか満更でもなさそうだね……」
ちょっと予想していた反応とは違うという風に茜はそう言って、その言葉にエルも言葉を返す。
「ええ、まあ……そうですね」
少し考えてみると妙な恥ずかしさが沸いてきたものの、そうした光景はきっと今の自分とエイジの関係性の延長線上に存在するものだ。
今の日々がこうして幸せならば、思い描く未来としては決して拒むようなものではない。
なんとなく本来の話の趣旨からずれてしまっている気がするし、色々と自分でも理解だとか整理だとかができていない部分もあるだろうけど、それもまた一つの答えなのかもしれない。
そうやって、少し未来の事を考えていた時だった。
「そんな反応されるとこっちが恥ずかしくなってくるよ……ちょっと待ってエルちゃん」
急に茜の声のトーンが変わり、コントローラーを握るエルの手に手を添えてきた。
「どうしましたか?」
「どうしたもこうしたも、このタイミングでそのアイテム使ったら駄目だよ。大変な事になるよ」
なるほどそういう事かとエルは理解して言葉を返す。
「そうですね。茜さんがここ暫く頑張ってきた功績が、この一撃で全て消し飛びます。少し前から狙ってましたが無事成功です」
「ちょっと待ってちょっと待って。それは流石にキツイ! ストップストップ! 御慈悲を!」
「えい」
「うわあああああああああああああ本当にやりやがったああああああああああああッ!」
思わず茜が絶叫する。なお部屋は魔術師という立場や色々な事が相まって防音である。
「酷い、これは酷いよエルちゃん!」
「勝負の世界は非情なんです。さあ茜さんの番ですよ」
「うぅ……どうしよう、どうしようもないよ……と見せかけてドーン!」
「え? えーっと……茜さん、とりあえず一旦落ち着きましょう。それは流石にないです」
「勝負の世界は非情だからねー」
「ちょ、え? いやいやいや、おかしいおかしいおかしい!」
「おかしくありませーん」
そして茜からのカウンターがエルへと届く。
だけどもそれでも、流石に喧嘩にはなりはしない。
この一か月、随分と茜と仲良くなった。
それはそう簡単には壊れない。
「ではでは茜さん、今日はこれで」
夕方。そろそろエイジが対策局での特訓を終える頃、二人の勝負も幕を閉じた。
最終的には僅差で茜の勝利。随分と酷い泥試合ではあったが終わってみれば結構楽しかったなとは思う。
また今度勝負する約束もした。次までに色々と戦術を練っておこう。
「じゃあ気を付けてね」
「はい」
そして茜の住むマンションの一室から茜に見送られて出ようとした次の瞬間だった。
「……ッ」
前触れもなく唐突に、エルの脳に痛みが響き渡った。
思わず額に手を触れて、壁に背を預ける。
この世界に辿り着いてから頻繁に起きている原因不明の頭痛だ。
「だ、大丈夫エルちゃん!」
「……大丈夫です。案外すぐに治りますから」
言っている時には既にその痛みは引いてきている。
この頭痛の痛みや痛みが引くまでの時間はムラがあるが、ムラがあるといっても長時間痛むという事は無い。こうしてすぐに痛みが引くこともよくある。
そういう事が分かる位にはここ一カ月頭痛に頭を悩ませている。
「ほら、もう大丈夫です」
ほぼ痛みが引き、元通り振舞って見せるが、茜は心配の眼差しを向けたままだ。
「本当に?」
「本当にです」
今に限って言えばの話だが。
(……なんなんだろ、この頭痛)
当面はこれに耐えていくしかない。
もし自分が人間ならばある程度手はあるかもしれないが、自分は精霊だ。多分人間の薬を処方してもらっても効果がなさそうだし、それより何か良く分からない副作用が出るかもしれない。
だから今は自然にこういう頭痛が起きなくなってくれることを祈るしかない。
一応原因を探ってもらっている霞にもそう言われた。
「どうする? 途中まで送ろうか?」
「いえ、大丈夫です。一度収まれば暫くは痛くならないですし」
「そっか……じゃあお気を付けて」
「はい」
そんなやり取りを交わして今度こそ茜の家を後にする。
これで今日三度目の頭痛だ。
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