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五章 絶界の楽園
ex 無冠の英雄 Ⅰ
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荒川との話が終わった後、エルは再びエイジの居る病室へと戻ってきていた。
今この建物内に居ようと思えば必然的にこの場所に戻ってくる事になる。やる事があるならともかく、何もなければエイジの隣りに居る選択を何の違和感もなく選べた。
そんなエルが纏う衣服は戦闘で血塗れになっていた服から、清潔なグレーのスウェットへと変わっている。
此処に戻ってきた際に霞にシャワーを浴びるように言われて、その時に着替えたのだ。ひとまず元の恰好と比べればある程度は落着ける。
荒川との話を終えてエルに何か変わった事があるとすればその位だ。
一方のエイジも精々が些細な変化が訪れた位だ。
「……エイジさん」
ベッドの隣りに置かれた椅子に座りながらエイジに視線を向け続けるがやはり変化など何もなく、此処に運んできた直後と今の違いが何かあるとすれば、精々点滴を行っている事と衣服が病衣に変わっている位だ。意識を取り戻す気配はまだない。
「……」
この部屋に戻ってきてしばらく時間がかかった。だけど結局今だに目の前のエイジが目を覚ました時に掛けるべき言葉は見つからない。いつまで立っても伸ばした手に掠りもしない。
「本当に、どういう言葉ならエイジさんに届くんだろ……」
考えれば考える程、答えが端から容易されていない問題を解こうとしている様な錯覚に陥る。いや、そもそもそれが錯覚なのかどうかと言われれば、それは間違いでそれこそが現実にすら思えてくる。
結論としてエル個人の見解では、エイジは悪くないと思う。だけどエイジが悪くない事を悪いと思い、それをきっと曲げないであろうから、もう本当に答えなんてどこにもないのかもしれない。
何度も何度も同じ考えをループさせる。本当に同じような事を何度考えているのだろうか。
これで答えが出れば少しはマシだが、出てくるのは小さなため息だけだ。
そんな風にため息を付いて、思考を巡らせ、エイジを見つめ、静かに時間が過ぎてく。
病室の中は本当に静かだ。
音をたてる者は誰もいない。だってこの場には今エルとエイジしかいないのだから。
誠一はあの話の後にエルをこの場所まで送り届けた後、先程の話に出てきた宮村茜という人物を呼びに行くという言葉を残して姿を消した。
霞もシャワーを浴びるように勧めてきたり、どこからか服を容易してくれたりと世話を焼いてくれた後に、軽い会話の後他にやる事があるからとこの場を去った。
そんな風に、今この場に居てもおかしくない人物たちは席を外している。
だから起きているのはエル一人だ。とても静かで結論も出ない思考がとても回しやすい。
何かを集中して考えようと思えば、安全で静かな場所がとても集中できる。
そんな風に集中して思考を巡らせていたからかもしれない。そしてある程度この場所を安心できる場所と認識できたからかもしれない。僅かな物音に反応できなかった。
「えい」
「ひゃうッ!?」
突然首筋に冷たい感覚が走って、思わず変な声が出る。
慌てて振り向くとそこには、こちらの首筋に当てたであろう何かを両手で一本ずつ持つ、エイジや誠一と同年代程の少女が立っていた。
「へぇ、やっぱり精霊も同じような反応をするんだね」
そう言って微笑を浮かべた少女は右手に持っていた缶をエルに差し出してくる。
そして思わず流れでそれを受け取ったエルに目の前の少女は問う。
「あなたがエルちゃんだね?」
「あ、はい……あなたは?」
流れに押されるようにそう答えたが、とりあえずはエルの方からもそう訪ねておく。
「私は宮村茜。よろしくね」
もっとも、尋ねなくともその答えは何となく察していたけれど。
「誠一くんから話は聞いたよ。きっとこんな言葉で纏めちゃいけないんだろうけど……大変だったね」
病室の端に余っていたパイプ椅子をエルの隣りに置いて座った茜は、持ってきた缶ジュースのプルタブを空けながらエルにそんな言葉を掛ける。
そして一口それを飲んだ後、言葉を続ける。
「ごめんね、こんな世界で」
「なんで謝るんですか」
「此処が私達の世界だから。向こうの世界で起きたことを謝るのはおかしいかなって思うけど、この世界の事なら謝らないと。ほら、こういう世界じゃなかったら、きっと今頃エルちゃんは笑ってたのかなーって思って」
「そうですね。こういう世界でなければ多分笑ってたんじゃないかなって思います。私も、皆も、エイジさんも」
この世界が噂通りの世界だったら、確かにそうなっていただろう。
だけどこれは否定する。
「だけどそれを謝られるのは違うと思いますよ。別にこの世界の人が故意にこういう世界にしているんじゃないと思いますから」
荒川が向こうの世界の人間がして来た事を謝るのが間違いという事と同じで、茜がこの世界そのものについて謝るのもまたおかしな話だ。そんなものはきっと成り立たないし、成り立たせちゃいけないと思う。
そんなものを自分にまともな視線を向けてくれる相手に成り立たせては行けない。
「あの世界の人を除けばきっと、誰も悪くないんですよ」
「あ……うん、ありがと。そう言ってくれると気分が楽だよ。っておかしいな……なんで私が気ぃ楽にして貰ってるんだろ」
茜はそう言った後、再び謝りだす。
「ごめんね、なんかいきなり暗くなるような話しちゃって」
「いえ、いいんですよ」
「ううん良くない。私はこう、もっとエルちゃんを元気付ける様な、そんな意気込みで来たんだよ! よーし、ポジティブだ。暗いのは駄目だポジティブに行こう。という訳で私はこれからポジティブにいかせていただきますのでどうぞよろしく」
そんな風に一人で盛り上がりを見せる茜に、エルは思わず苦笑いを浮かべる。
だけど悪い気はしなかった。
とてもじゃないが明るい気分にはなれない。だけど重苦しい空間の中に身を置くよりは、少し気分が楽になる。楽になってもいいのだろうかなんて事をエイジに視線を向けながら考えるが、それが良いか悪いかはともかくとして、気分が悪くないのは否定しない。
「ど、どうぞ、よろしくお願いします……」
「うん、よろしく。ところでそれ飲まないの?」
そう言えば貰った飲み物に手を付けていなかった。
「すみません、頂きます」
「どうぞどうぞ」
向こうの世界にこういった代物はなかったが、それでも茜が開いた跡を見ればなんとなく仕組みは理解できる。エルは手にした缶のプルタブを開いてそれを一口飲む。
缶のデザインで察した通り、中身はオレンジジュースだ。
「……おいしい」
思えばこの世界にやってきてから一度も飲食をしていない。今まで喉が渇いている事もあまり気にならなかったのだが、こうして水分を通すと十分喉が渇いていた事が感じられる。
「うんうん、無難な所を選んで正解だった。炭酸選ぶとベタな事になってたかもしれない」
「ベタってのがどういう事かは分かりませんが、私炭酸飲めますよ」
「あ、向こうの世界でもちゃんとそういうのもあるんだ」
「食べ物に関しては色々とありますから。あとおいしいです。この世界の食べ物は知らないんで比較はできないですけど」
「なら比較する?」
「比較?」
「そ、比較。向こうのご飯とこっちのご飯、どっちがおいしいか。そう言う訳で、エルちゃんがお腹空いて無いんだったらいいけど、ご飯食べない?」
その誘いにはなんと答えるべきなのだろうか?
エルはとりあえず何かを隠す訳でもなく茜に言葉を返す。
「誘ってもらえるのは嬉しいんですけど……今はエイジさんを見てないと」
「まあ確かにそれは大切だけどね、そんな事言ってたら瀬戸君が起きるまでずっと何も食べられないよ?」
「私達精霊は食べなくても生きていけますから、それは大丈夫です」
「だとしても」
茜はエルの言葉に首を振る。
「どんな事にだってリフレッシュは大事だよ。多分ね、エルちゃんは今何かにすっごく悩んでいると思うんだ。見ていれば分かるよ。そういうのもね、一旦リフレッシュできれば何か答えが見つかるかもしれないよ?」
だから、と茜は言う。
「何か食べよ」
確かに今のままで答えが何も出ないなら、気分転換の一つや二つしておくべきなのかもしれない。
「分かりました。じゃあ何か食べますか」
そんな風にエルは茜に返答する。
「よーし、じゃあ何食べよっか」
そう言って茜は笑う。
精霊をまともな存在として捉えるその表情で。
今この建物内に居ようと思えば必然的にこの場所に戻ってくる事になる。やる事があるならともかく、何もなければエイジの隣りに居る選択を何の違和感もなく選べた。
そんなエルが纏う衣服は戦闘で血塗れになっていた服から、清潔なグレーのスウェットへと変わっている。
此処に戻ってきた際に霞にシャワーを浴びるように言われて、その時に着替えたのだ。ひとまず元の恰好と比べればある程度は落着ける。
荒川との話を終えてエルに何か変わった事があるとすればその位だ。
一方のエイジも精々が些細な変化が訪れた位だ。
「……エイジさん」
ベッドの隣りに置かれた椅子に座りながらエイジに視線を向け続けるがやはり変化など何もなく、此処に運んできた直後と今の違いが何かあるとすれば、精々点滴を行っている事と衣服が病衣に変わっている位だ。意識を取り戻す気配はまだない。
「……」
この部屋に戻ってきてしばらく時間がかかった。だけど結局今だに目の前のエイジが目を覚ました時に掛けるべき言葉は見つからない。いつまで立っても伸ばした手に掠りもしない。
「本当に、どういう言葉ならエイジさんに届くんだろ……」
考えれば考える程、答えが端から容易されていない問題を解こうとしている様な錯覚に陥る。いや、そもそもそれが錯覚なのかどうかと言われれば、それは間違いでそれこそが現実にすら思えてくる。
結論としてエル個人の見解では、エイジは悪くないと思う。だけどエイジが悪くない事を悪いと思い、それをきっと曲げないであろうから、もう本当に答えなんてどこにもないのかもしれない。
何度も何度も同じ考えをループさせる。本当に同じような事を何度考えているのだろうか。
これで答えが出れば少しはマシだが、出てくるのは小さなため息だけだ。
そんな風にため息を付いて、思考を巡らせ、エイジを見つめ、静かに時間が過ぎてく。
病室の中は本当に静かだ。
音をたてる者は誰もいない。だってこの場には今エルとエイジしかいないのだから。
誠一はあの話の後にエルをこの場所まで送り届けた後、先程の話に出てきた宮村茜という人物を呼びに行くという言葉を残して姿を消した。
霞もシャワーを浴びるように勧めてきたり、どこからか服を容易してくれたりと世話を焼いてくれた後に、軽い会話の後他にやる事があるからとこの場を去った。
そんな風に、今この場に居てもおかしくない人物たちは席を外している。
だから起きているのはエル一人だ。とても静かで結論も出ない思考がとても回しやすい。
何かを集中して考えようと思えば、安全で静かな場所がとても集中できる。
そんな風に集中して思考を巡らせていたからかもしれない。そしてある程度この場所を安心できる場所と認識できたからかもしれない。僅かな物音に反応できなかった。
「えい」
「ひゃうッ!?」
突然首筋に冷たい感覚が走って、思わず変な声が出る。
慌てて振り向くとそこには、こちらの首筋に当てたであろう何かを両手で一本ずつ持つ、エイジや誠一と同年代程の少女が立っていた。
「へぇ、やっぱり精霊も同じような反応をするんだね」
そう言って微笑を浮かべた少女は右手に持っていた缶をエルに差し出してくる。
そして思わず流れでそれを受け取ったエルに目の前の少女は問う。
「あなたがエルちゃんだね?」
「あ、はい……あなたは?」
流れに押されるようにそう答えたが、とりあえずはエルの方からもそう訪ねておく。
「私は宮村茜。よろしくね」
もっとも、尋ねなくともその答えは何となく察していたけれど。
「誠一くんから話は聞いたよ。きっとこんな言葉で纏めちゃいけないんだろうけど……大変だったね」
病室の端に余っていたパイプ椅子をエルの隣りに置いて座った茜は、持ってきた缶ジュースのプルタブを空けながらエルにそんな言葉を掛ける。
そして一口それを飲んだ後、言葉を続ける。
「ごめんね、こんな世界で」
「なんで謝るんですか」
「此処が私達の世界だから。向こうの世界で起きたことを謝るのはおかしいかなって思うけど、この世界の事なら謝らないと。ほら、こういう世界じゃなかったら、きっと今頃エルちゃんは笑ってたのかなーって思って」
「そうですね。こういう世界でなければ多分笑ってたんじゃないかなって思います。私も、皆も、エイジさんも」
この世界が噂通りの世界だったら、確かにそうなっていただろう。
だけどこれは否定する。
「だけどそれを謝られるのは違うと思いますよ。別にこの世界の人が故意にこういう世界にしているんじゃないと思いますから」
荒川が向こうの世界の人間がして来た事を謝るのが間違いという事と同じで、茜がこの世界そのものについて謝るのもまたおかしな話だ。そんなものはきっと成り立たないし、成り立たせちゃいけないと思う。
そんなものを自分にまともな視線を向けてくれる相手に成り立たせては行けない。
「あの世界の人を除けばきっと、誰も悪くないんですよ」
「あ……うん、ありがと。そう言ってくれると気分が楽だよ。っておかしいな……なんで私が気ぃ楽にして貰ってるんだろ」
茜はそう言った後、再び謝りだす。
「ごめんね、なんかいきなり暗くなるような話しちゃって」
「いえ、いいんですよ」
「ううん良くない。私はこう、もっとエルちゃんを元気付ける様な、そんな意気込みで来たんだよ! よーし、ポジティブだ。暗いのは駄目だポジティブに行こう。という訳で私はこれからポジティブにいかせていただきますのでどうぞよろしく」
そんな風に一人で盛り上がりを見せる茜に、エルは思わず苦笑いを浮かべる。
だけど悪い気はしなかった。
とてもじゃないが明るい気分にはなれない。だけど重苦しい空間の中に身を置くよりは、少し気分が楽になる。楽になってもいいのだろうかなんて事をエイジに視線を向けながら考えるが、それが良いか悪いかはともかくとして、気分が悪くないのは否定しない。
「ど、どうぞ、よろしくお願いします……」
「うん、よろしく。ところでそれ飲まないの?」
そう言えば貰った飲み物に手を付けていなかった。
「すみません、頂きます」
「どうぞどうぞ」
向こうの世界にこういった代物はなかったが、それでも茜が開いた跡を見ればなんとなく仕組みは理解できる。エルは手にした缶のプルタブを開いてそれを一口飲む。
缶のデザインで察した通り、中身はオレンジジュースだ。
「……おいしい」
思えばこの世界にやってきてから一度も飲食をしていない。今まで喉が渇いている事もあまり気にならなかったのだが、こうして水分を通すと十分喉が渇いていた事が感じられる。
「うんうん、無難な所を選んで正解だった。炭酸選ぶとベタな事になってたかもしれない」
「ベタってのがどういう事かは分かりませんが、私炭酸飲めますよ」
「あ、向こうの世界でもちゃんとそういうのもあるんだ」
「食べ物に関しては色々とありますから。あとおいしいです。この世界の食べ物は知らないんで比較はできないですけど」
「なら比較する?」
「比較?」
「そ、比較。向こうのご飯とこっちのご飯、どっちがおいしいか。そう言う訳で、エルちゃんがお腹空いて無いんだったらいいけど、ご飯食べない?」
その誘いにはなんと答えるべきなのだろうか?
エルはとりあえず何かを隠す訳でもなく茜に言葉を返す。
「誘ってもらえるのは嬉しいんですけど……今はエイジさんを見てないと」
「まあ確かにそれは大切だけどね、そんな事言ってたら瀬戸君が起きるまでずっと何も食べられないよ?」
「私達精霊は食べなくても生きていけますから、それは大丈夫です」
「だとしても」
茜はエルの言葉に首を振る。
「どんな事にだってリフレッシュは大事だよ。多分ね、エルちゃんは今何かにすっごく悩んでいると思うんだ。見ていれば分かるよ。そういうのもね、一旦リフレッシュできれば何か答えが見つかるかもしれないよ?」
だから、と茜は言う。
「何か食べよ」
確かに今のままで答えが何も出ないなら、気分転換の一つや二つしておくべきなのかもしれない。
「分かりました。じゃあ何か食べますか」
そんな風にエルは茜に返答する。
「よーし、じゃあ何食べよっか」
そう言って茜は笑う。
精霊をまともな存在として捉えるその表情で。
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