人の身にして精霊王

山外大河

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三章 誇りに塗れた英雄譚

21 彼らの思いを踏み躙る

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 俺とエルがそんな会話を交わしてから、しばらくしての事だった。

「エイジさん……もう、追手が来ます」

 今まで大人しく治療を受けていたエルが、ゆっくりと立ち上がりながらそう言った。

「……分かるのか?」

「体に負担がかからない程度に、風を流してました。もうすぐそこまで来てます」

「そうか。くそ……分かっていた事だけど、本当に申し分程度の治療しかできなかったな。大丈夫か?」

 流石にこの短期間で折れた腕を治すことは不可能だし……まだまだ痛々しさが伝わってくる。
 はっきり言って大丈夫ではない。こんな事を聞くこと自体がおかしいのかもしれないと思う位に、本来なら絶対安静にしておかなければならない怪我を、エルは負っている。

「大丈夫、ではないですけど、おかげでマシにはなりましたよ。エイジさんは大丈夫ですか?」

「俺はお前よりは怪我が浅かったからな。俺は大丈夫だ」

 まあ比較的浅いというだけで、俺の怪我も非常に重い事は間違いないのだけど。

「じゃあ、行きましょうか。捕まっている精霊を助けに」

 エルは無事な左手で俺の手を掴む。握る手の力は、いつもより強い物に感じた。
 そして強く手を握られることに、俺は背徳感を覚える。

「……悪いな、そんな状態で付き合わせて。こっちは約束も守れねえのによ」

 エルが付き合ってくれると言ってくれた際に提示された約束を、俺は守れない。俺はこれからも、きっとこういう事をやり続ける。
 それなのにこうしてエルは俺に付き合ってくれる。それに、そんな怪我でだ。
 その事に関して、何も思わない筈がない。エルに対して、本当に申し訳ない気持ちになる。

「いいんですよもう」

 だけどエルはそんな事を言った。

「どんな状態だって。どういう状況だって。もう関係ないんです。だから……約束してくれますか?」

 そしてもう一度、約束は提示される。

「……私から、離れないでください」

 その言葉に、どういう意図があるのかは分からない。
 分からなくなる位に、その言葉には、色々な感情が混じっている様に思えた。
 まあそれにどういう意図が、感情があったとしても、俺の解が変わらない。

「……それで、お前がいいのなら」

 もっともエルがいる限り、きっとこういう事は今回限りだ。その約束はきっと守れる。
 どこかで俺が、野たれ死んだりしない限りは。
 エルがこんな俺に、愛想を尽かしていなくなったりしない限りは。

「約束、ですよ?」

「ああ……約束だ」

 そして約束を交わした俺は、エルの手を握り返す。

「いくぞ、エル」

「はい、エイジさん」

 エルの声を聞いた直後、俺はエルを剣へと変えて走り出す。
 勢いよくこの部屋を飛び出そうとした直前、部屋の中に警備員と精霊のペアが入ってきた。
 そして俺の姿を確認した精霊が、持っていた槍を突き出してくるが、それを走りながらギリギリで躱し、そして精霊術を容いて何かをしようとしていた警備員と一緒に薙ぎ払って、そのまま殆ど減速する事無く走り出す。
 途中何かしらの手段で俺達の位置を特定した警備員たちが立ちふさがるが、それらは全て薙ぎ払う。あの部屋での戦いの様に、徒党を組まれればまだ分からないが、近くにいる奴が駆け付けている今の状態ならば、その徒党を無傷でなぎ倒した今の俺達は、止められない。
 何人も。何人も。何人も。出会う敵を全てなぎ倒し、蹴り倒し。そうしてあの時カイルと邂逅した地点も突破して、一気に下層階。精霊達が捕まっている場所を目指す。
 その、途中だった。

「これは……」

 地下三階に降りてすぐの所。やや大きめの扉の隣には、半透明の窓ガラスが張られていた。
 そこに映るのは先程の広いただっぴろい会議室よりもさらに広い、この工場の核となる所。
 ……言わば加工場。精霊をドール化する工程で、もっとっも重要となってくるであろう、そんな場所。

「なぁ……エル」

 俺はその場に立ち止まって、窓ガラスの先に映る見慣れない機械や人を拘束できる様に作られたベルトコンベアを見据えながら、エルに問う。

「この工場は、機械の老朽化による部品の欠損で、稼働が停止していた。それで新しい機械を入れれたり、メンテナンスが終わったからこうして稼働が再開される手筈になってる。つまり、というか当たり前の話だけどさ……ここの機械がイカれちまえば、またこの工場は稼働停止になるって事だよな?」

『そう……だと思いますけど。まさか……破壊するつもりですか?』

「そのつもり」

 そうすれば、それだけドール化される精霊の数も減る。だからこの諸悪の根源とも言える機械達は、ぶっ壊した方がいいと思う。

「……反対か?」

 なんとなく、エルの声が浮かなさそうだったので、そう聞いてみた。

『いえ……賛成です。きっと壊しておいた方が精霊の為になりますし……それに、壊そうが壊すまいが、きっともう、たいして変わりませんから』

 ああ、そういう事か。
 俺のやっている事は、この世界の人間からすればテロ行為だ。こうして国営の工場を襲撃して、そこにある大切な資源を根こそぎ奪い取る。大悪党もいい所だ。当然、法で裁かれればその罪は重いのだろう。
 もうその時点で取り返しがつかないレベルで重い。そしてここを壊せば、更に罪の重さが増してくる。
 きっとエルはそんな事を心配してくれたのだろう。心配してくれて、その上でもう何も変わらないと判断した。
 ……もっとも、軽かろうが重かろうが関係無い。大事なのは、それが正しい事か間違っている事かだ。

「分かった。だったら、早く終わらせちまおう」

 こんな所で立ち止まっている暇も、考え込んでる暇もない。だから早々と、もったいぶらずに終わらせる。
 俺は剣を振るって窓ガラスをかち割る。そして中に侵入して、剣を構えた。
 そして、きっとデリケートであろうその機々に。全力で斬撃を放った。
 四方八方に。何発も。この工場が再起不能になるレベルまで。

「……よし」

 俺は肩で息をしながら、周囲を見渡す。
 僅か十数秒。十数秒で、この工場の稼働を止めた。止められた。
 これでこの場所で精霊がドール化されるなんてことは、少なくとも暫くは無いだろう。

「おい、てめえ……なんて事しやがるんだ!」

 ようやく駆け付けた一人の警備員が、武器を構えながら声を荒げる。

「ソイツを直すのに、一体いくら税金がかかってると思ってんだ。ソイツが一体どれだけの人間の生活を支えてんのか分かってんのか! そいつら一台一台で……っそ、この外道がアアアアアアアッ!」

 余程激情家で。そしてこの機械に純粋な希望を抱いていたのかもしれない。誰かの為を思って働いているような人間が、それを踏みにじられた様な。そんな怒りに満ちた様な表情で、勢いよく此方に飛びかかってきた。

「なんて事?」

 だけどコイツらの歪んだ希望を踏み躙ることは、なんとも思わない。
 俺はその攻撃を躱し、剣を握りしめた。

「……正しい事だよ」

 そして剣を勢いよく振り抜き、警備員を壁に叩きつけさせた。

「……外道はてめえらだろうが」

 その言葉を、もう意識を失っている警備員に言い残し、俺はその場を後にした。
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