人の身にして精霊王

山外大河

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三章 誇りに塗れた英雄譚

ex 風神の如く 下

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 相手はこちらが自分たちでも優に倒せる存在だと思っている。
 そこから突然力を上げられて瞬時に対応できるかといえば、それは否だ。少なくとも、目の前の男にはそれができない。

「ぐふ……ッ」

 故に叩き込まれる。右腕が動かないことにより、威力は落ちているが、それでも張り倒す事位なら容易にできる程の威力の拳。
 そしてそれでは終わらない。
 四人同時に相手をすれば勝機は薄い。だから早く突破する。早く突破して、エイジの元へと辿り着く。
 その為にも……もっと、速さがいる。
 そして、潰せる相手は潰しておく。
 警備員の男を張り倒した直後、エルは碌に動かない右手から風を噴出させ、僅かに加速し、男の真上に体を持っていく。
 そしてそのまま踏み抜いて跳躍するか。否、それでは威力も速度も足りやしない。
 故に彼女は風の塊を作った。自らの足と男の腹部の間に。
 そして踏み抜く。
 そして次の瞬間、彼女は加速する。後ろがどうなったかなんて知らない。知ろうとも思わない。
 だけどそれは知らされる。
 跳躍の着地地点。そこに合わせるように、エネルギー弾の様な物が打ち込まれる。

「……ッ!」

 直撃。だが威力はさほどない。おそらくは威力を犠牲にして、速度や精度を高めた様な精霊術。
 だがしかし、着地を失敗させるだけの効果はある。

「グァ……ッ」

 そのままの勢いで地面を転がる。それでもなんとか体勢を立て戻し、その流れで警備員たちの方に視線を向ける。
 そこには再び次の何かを撃とうとする精霊と、こちらに突っ込んでくる精霊。そして血まみれで倒れる警備員に、その警備員に必死に声をかけるその仲間。
 ……人は慢心するし訪れる事態に動揺だってする。
 だけどドール化した精霊にはそれが無い。ただ迅速に、命令を遂行しようとする。
 でも大丈夫だ。速度じゃこちらが勝る。あの壁を超えてまだこちらが動けるのであれば、通過したも同然。
 それでも念には念を入れる。
 エルは転がった勢いをそのまま利用する様に、その壁から離れるように大きく跳躍。
 そして迫りくる精霊目掛けて、風の槍を打ち込もうとした。
 その時だった。

「……え?」

 その奥で、何かを放とうとしていた精霊の精霊術が発動して……その瞬間、迫ってきていた精霊の姿が消えた。
 その解を求めるのに、一拍の時間を要する。
 ……それでは遅い。
 瞬時に振り返った先には、消えた精霊が居た。
 テレポート。そこには自分に攻撃を加えようとする、目の死んだ精霊の姿がある。
 そして腕をへし折られた時と同じだ。
 もうそうなってしまえば回避などできない。そして違う事があるとすれば……咄嗟に動かそうとした腕は、もう動かない。
 次の瞬間、顔面に裏拳を叩き込まれた。
 しかもよりにもよって、右目にもろに。

「ウァ……ッ!」

 自らの勢いと拳の勢い。それらが重なりそのまま壁に叩きつけられる。
 そして次の瞬間、左目には開ききった手のひらが見え、跳ね返ってきた頭部をつかまれる。
 そしてそのまま、壁に叩きつけられた。

「うぐ……ぁ……ッ」

 頭が割れるような激痛が走る。気を失うほどの激痛だ。
 だけどそれでも……彼女は倒れない。
 彼女の契約者は、強者に化け物と言われる程の耐久力を持っていた。
 ではその力を供給している彼女はどうだろうか?
 当然、死ぬような思いをしても、そう簡単には倒れない。それこそあの路地裏のように、全身が麻痺する様な事がなければ、止まらない。
 だから、歯を食いしばった。
 追撃を加える様に振りあげられた目の前の精霊の腕に……風を操作し彼女の腕付近に作った風の槍を突き刺す。
 すると血飛沫と共に拳は止まり、割れるような強さで頭部を握っていたその手も緩んだ。
 その隙に精霊を引き離し、鳩尾に蹴りを叩き込み、今度はその精霊を壁に叩きつける。

「……ハァ……ハァ……」

 息が荒い。その荒い息で再び動き出そうとしたその時には、既に動揺していたもう一人の警備員が動き出していた。
 その手に握るはバタフライナイフ。ただし刀身からオーラの様な物が発せられており、それにより象られる形状は、日本刀のソレに近い。
 幸い正面突破。まだ回避できる。
 反射的にバックステップで回避。そして着地地点に風の塊を作り出し、踏み抜き、一気に距離を離す。そういう算段。
 だがそううまくはいかない。

「……よくやってくれたな、精霊のくせに」

 僅かに刀身が細くなった。そしてその分刀身が伸びる。

「……ッ!」

 そしてその刃はエルに届く。
 深くは無い。だが致命傷一歩手前。
 そしてそんな傷を負えばバランスが崩れ……更にそれに追い打ちをかけるように、足元に再びあのエネルギー弾が着弾する。
 そして完全にバランスを崩したまま、足が風の塊に触れた。
 幸い目的の方向には飛ぶ。だけど何度もバウンドし、止まった頃にはそこら中が痣だらけになる。
 それでも……止まってはいられなかった。
 再び追撃をかけてくる警備員達から、逃げなければいけない。
 エルはフラリと立ち上がり、足元に風の塊を作り出した。
 まともに走れるかどうかなんて分からない。だったら着地できるかどうかは分からなくても、前へと進むしかない。

 止まっていれば追いつかれる。そして、きっと援軍も来る。今のままあの二人を相手にするのも、難しいのに、そうなれば本当に終わる。
 そうさせない為にエルは風の塊を踏み抜いた。
 前方へ大きく加速その先にあるのは階段だ
 それを転がるように降り、再び風の塊を踏み抜く。
 幸い追いつかれてはいない。だからこのまま何度転がってでも、最高速を維持する。何度転がってでも、意識を途切れさせない。
 その為に、歯を食いしばり続けた。
 敵が目の前に現れたって、止まらない。
 出会いがしらに拳を叩き込み、それが外れてその背に刃を浴びてでも、再び転がり、風を踏み抜き加速した。
 気が付けば全身が血に塗れていて、しかもそれはほぼ返り血ではなく自分の血液。いつ倒れたっておかしくない。
 何度も何度も自分を負うように飛んでくる遠距離攻撃による追撃に耐えながら、それでも倒れない。

 そして辿り着く。
 エイジが居る、その部屋に。
 そして彼女は力を振り絞って、道を塞ぐ精霊に飛びかかった。
 そして此方に反応してくる前に、左手に風の塊を形成。ドール化した精霊の背に叩き込む。
 これで道は開かれた。
 そしてふらつき壁に寄りかかりながらも、確かに見据える。
 全身ズタボロのエイジと……きっとそうさせた赤髪の少年を。

「エイジさんから……離れろ」

 声を絞り出し、一歩前へと進む。
 追っ手はすぐそこまで来ている。戦う力はもう殆ど残されていない。
 だけどそれでも、打開の策はある。
 二人で力を合わせれば、なんとかなる。なんとかしてみせる。
 その思いで彼女は、足元に風の塊を形成。
 少年と、そしてエイジの元へと飛びかかった。
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