人の身にして精霊王

山外大河

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二章 隻腕の精霊使い

ex 彼が纏う違和感

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 エイジと契約を交わしてからの半日。何度も戦闘を重ね、エイジが何度も死にかけて。それでも隣に居てくれて。そんな半日を送ってきたエルには、様々な感情が降り積もっていた。
 例えばその一つはストレス。
 当然だ。自分やエイジが何度も危険に晒されて、そうでなくても嫌な視線を感じ続ける。そんな中でストレスが溜まらない筈が無い。
 だけどそんなストレスも、シャワーを浴びれば、血液と共に多少なりとも流れ落ちた気はした。
 ようやく新しい服に着替えたエルは、コップに注いだ水を一口飲んでから一息付く。
 隣にエイジはいない。エルと入れ替わりにシャワーで血を洗い流している。
 そんなエイジを待つエルだが、そんな彼女を睡魔が襲う。
 別に飲んでいた水に何かが入っていたとか、そういう事では無い。
 ただ単純に夜である事。そして疲れが溜まっている事。それが睡魔を呼び寄せる。話相手でもいなければ何時眠ってしまってもおかしくない。
 逆に言えば誰かがいればまだ起きていられる。
 つまりはまだ眠らない。

「……キミ一人か?」

 この部屋を借りている主である、シオンが部屋へと戻ってきた。
 その傍らには金髪の精霊が相変わらずの無表情で立っている。そんな二人を目にしたエルは、思わず立ち上がって警戒心を強めた。

「……まあいいよ、別に」

 言いながらシオンと、金髪の精霊は部屋の中へと足を踏み入れる。

「エイジ君はシャワーでも浴びてるのか。まあ彼がキミを一人にして部屋を出て行くとは思わないし、それで正解だろうね」

 そう言った後、一拍空けてからシオンは言う。

「なんにしても今この場にエイジ君が居ないのならば、好都合だ」

「……え?」

 好都合……エイジがいない事の、何が好都合なのだろうか。
 エルにとってその言葉は、悪いイメージしか浮かばせない。
 そしてシオンは言葉の続きを口にする。

「キミに、言っておきたい事がある」

「……なんですか」

 一応は助けられた身だ。本人に自覚があるのかどうかは分からないが、その声音は本当に知らない人間に向ける物と比べれば、ほんの少しだけ和らいだ物となる。

「エイジ君。キミの契約者の事についてだ」

「エイジさんが……どうかしたんですか?」

 シオンの表情は至って真剣だ。
 そしてその真剣な表情で彼は告げる。

「彼から、目を離すな」

 それは強い忠告の様にも聴こえた。

「……どういう事ですか」

「色々と話を聞いた。聞いた上で思ったよ。彼の行動はどこまでも異質なんだ」

「……何が言いたいんですか」

 そう返したエルの言葉に、先程の様な和らいだ感じは無い。
 それどころか完全にその声には敵意が混じっている。

「キミは違和感を感じないか。彼の行動に」

 言われて思い返してみる。
 そうして辿りついたのは、あの森で抱いた疑問。
 自分を半殺しにまでしてきた精霊を、どうして助けてくれたのかという疑問。
 確かにそれは違和感だ。考えてみるが、やっぱりどうしてあそこまでしてくれたのか、明確な答えが出てこない。
 そしてエルが何かに思い至ったのを、シオンは察したのだろう。彼は言葉の続きを口にする。

「彼は言っていたよ……正しいと思うからやるといった風の事をね」

「……それが何か問題なんですか」

「そうだね。一見すればそれは悪い事の様には思えない。だけど度が過ぎれば、十分に問題なんだ」

 その言葉の続きを言う事に抵抗でもあるかの様に、シオンはそこで押し黙ってしまう。だけどそれでも……意を決した様に、彼はその口を開いた。

「キミは自分が助けられた事に、なんの違和感も感じないのか」

 その言葉でシオンの言わんとしている事が、理解できた。
 理解できたからこそ、募るのは怒りだ。

「……止めてください」

 その声には静かな、しかし確かな怒りが乗せられる。

「エイジさんがやってくれた事がおかしいみたいな事を……そんな事を言うのは、止めてください」

 例えば、自分のした事について咎められるのであれば、それは仕方が無い事だと思う。
 実際それだけの事をしてしまっている。色々と事情があったとはいえ、そればかりは反論が出来ない事だ。
 だけど……こればかりは違う。
 確かに違和感はある。正しいと思うだけでその行動を取れた事に、違和感は確かにある。
 それでも彼の行動を。自分みたいな精霊を助けようとしてくれたあの行動を否定する事は……その行動を無碍にする事と同義だ。
 彼自身を否定する事と、なんら変わりはない。
 ……そんな事、出来る訳が無い。
 そんな事はしたくない。

「……まあ助けられた精霊に、そういう事を言っても納得はしてくれないか」

 残念なのか、それとも精霊が人間の行動を否定しない事を嬉しく思ったのか、彼は複雑な表情でそう述べ……そういう反応を見た後でも、言葉の続きを絞り出した。

「とにかく彼は危ういよ。今後何をしでかすか分からない」

 反論しようとした。
 だけどその文面を構築しきる前に、シオンはエルに頼みこむ。

「だからもう一度言う……彼から目を離すな。離さないでくれ。もしその時が来た時、彼を止められるのは……彼を助けられるのは、キミだけなんだから」

 何が言いたいのか、良く分からなかった。
 もしかすると……もう少し話をすれば、その真意に気付く事が出来たのかもしれない。
 だけどそこで話は打ち切られる。それがシオンにとって、本位なのか不本意なのかは分からない。何しろ打ち切られたのは、第三者の登場によるものだからだ。

「あ、シオン。戻ってたのか。遅かったな」

 件の少年。エルの契約者である瀬戸栄治が、脱衣所から出てきた。
 その姿が視界に入るだけで安心感が込み上げてくる。
 込み上げてくるからこそ思える。思えてしまう。
 誰だって、親しい誰かには盲目になる。
 あるいは逆もあるだろうが、今の彼女はそうだった。

(大丈夫……エイジさんに、おかしい所なんて、何も無い)

 この時エルは確かにそう思った。

 エルがエイジの中の歪みを知るのは、もう少し先の事だ。
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