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二章 隻腕の精霊使い
7 とある天才の末路 上
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「十四年……」
「そう、十四年間だ。それまで僕は当たり前の様に精霊は人間が生活していくための資源だと思っていたし……そうやって精霊を虐げて得た力を人よりうまく扱える事を誇りにすら思ってたよ。誇りに思っていたから研究を重ねた。重ね続けた。誰よりもうまくなってやろうと思ってね。そうなるために精霊という存在そのものを誰よりも知り尽くしてやるんだって。気が付けば僕は、精霊学の神童だとかもてはやされていたよ」
そう語るシオンの表情は、まるで過去の栄光をゴミだと言わんばかりの冷めた表情を浮かべていた。
「神童と呼ばれるだけあって、僕はそれまで誰も成しえなかった事を成し得たよ。例えばキミが倒れていた場所に現れた時、僕は気配を消す精霊術を要いていたんだけどその点は理解しているかい?」
思い返す。確かにシオンは、まるであの場に沸いて出た様にいつの間にかそこにいた。
つまりそれはそこに辿りつくまでの気配を立ち切っていたからなのだろう。
「異世界から来たというキミがどこまで精霊術という力の事を知っているかは分からないけどね、基本的に扱える精霊術の種類や出力は契約した精霊に依存する……言ってしまえば同じ物しか使えないんだ。だけどね……あの子は僕がした様な術は使えない」
言いながらシオンは、椅子に座る金髪の精霊に視線を向ける。
「じゃあなんでお前は気配を消す力なんてのを……」
「それが僕の成し得た事の一つだよ。かつて契約していた違う精霊の術を、その時の感覚と知識で再現するんだ。流石に完全再現とまではいかないけれど……これは世界中で賞賛されたよ。教えても誰も真似出来なかったけどね」
つまりは研究という分野以外の実戦においても、シオンが天才だったという事だろう。
「そんな風に僕は色々と研究を重ねた。他の誰かが僕の考えを真似出来た事が少ないから、社会的な貢献度は少なかったけれどそれでも賞賛された。精霊を踏み台にして、精霊を踏み台にして、精霊を踏み台にして……僕は研究による自己満足と、賞賛される優越感に浸ってたんだ」
その口を塞いでやりたかった。
別にシオンの話に不快感を覚えたからとか、そういう事じゃない。
あまりに自分自身を嫌悪しようとするその言葉が、その表情が、あまりにもいたたまれなかったからだ。
「でもね、そんな僕に転機が訪れた」
「転機?」
「僕はね、一人の精霊を使い潰した。さっき言っていた気配を消す事が出来る精霊をだ」
「……ッ」
「いいね、そういう表情。僕の周りは僕も含めて、そういう表情を誰も浮かべやしなかった。新しいのを買えばいいんだって皆が言っていた」
その言葉を口にした後、しばし場が静まり返る。
だけど、話を戻すよ、と辛そうにシオンは話を元に戻す。
「その時丁度使い潰してしまったタイミングが、私用で山に潜っていた時だった。あの時の僕は、動かなくなった精霊と手から消えた刻印を見て、精霊の管理不足を反省したよ。そして、また新しいのを買えばいいかなんて馬鹿みたいな事を考えていた。だけどあの時僕は、そんな考えの天罰を受けたんだ」
「天罰?」
「街に戻る途中で、足を踏み外して崖から落ちた。精霊術も何も使えない。無防備にも程がある様な状態でね。結果的に両足と右腕が変な方向を向いていたし、それだけのダメージを負っていれば当然意識も失った。そこから目が覚めるのかも分からないし、覚めた所で動けない。そういう絶望的な状況だったよ」
「でも今、お前は生きている」
「ああ、その通り。僕はね、助けられたんだよ」
「助けられたって……通りすがりの人間にか?」
「……精霊にだよ」
シオンは微笑を浮かべながら続ける。
「目が覚めた時、僕の前には精霊がいた。僕が目を覚ました事に気付くと、慌てて逃げてしまったからなんの話も聞いていないけれど、両手足が治っていた事と、崖の上に戻ってきていた事。それを考えれば、精霊に助けられた事は明白だった」
精霊が人を助けた。
それがどれだけ珍しい状況なのかは、なんとかく察せられる。
こうして俺の事を信じてくれるに至ったエルですら、近寄って来た人間を脅して、最終的に精霊術を放った。この世界の精霊の扱いの酷さを考えて、それが一番人間にとってマシな行動だったのだろうと思ったけれど、その精霊は死にかけていた人間を助けたんだ。
……この世界に来て殆ど時間が立っていない俺でも、それは一種の奇跡なんじゃないかとさえ思う。
それはシオンも同じ事だった。
「僕はあの時、精霊に助けられた事を奇跡だと思ったよ。でもね、思っただけだった。別に感謝したりもせず、ただ自分が助かったという事を喜んでいたんだ。もし僕を助けたのが人間だったら、それこそ感謝し続けていたと思うんだけどね。でも確かにその時、僕の価値観にほんの僅かだけど綻びが出来ていたんだと思う。そうでもなければあの状況でも僕はいつもの様に振る舞えた筈だ」
「……なにが有った?」
「売られていたんだよ。新しい精霊を買って、また使い潰して。そして再び市場に買いに行った時に……あの時の精霊がね。僕は思わずその場に立ちつくしたよ。どうして自分がそんな風になっているのかも分からずに、ただその場に立ちつくしていたんだ」
「今は……分かってんのか?」
「分かってる。あの時の僕は純粋に悲しかったのだと思う。自分の命を助けてくれた存在がそんな事になっている光景が、いたたまれなく思えたのだと思う。だけどそれに気付くのには一週間も掛ったし、それに気付いた所で、どうして精霊相手にそんな感情を抱いているのかが僕には分からなかった。だけどそれでも考え続けたんだ。まあそれでも答えは出なかったのだけれど、それでも一つのやりたい事が見つかった」
「やりたい事?」
「あの精霊を助けたいと思えた。その動機は解らなかったけれど、それでも動く事は出来たよ。だからまずはその精霊を買って身柄を確保した。そしてきっと助ける為に必要な異能の力……精霊術を手に入れる為に、僕はその精霊と一方的に契約を結んだ。それがこの刻印の一件だ」
確かに……きっとそういう状態になった精霊を元に戻そうと思えば、精霊術を使える状態でなければ、どうにもならないと思う。それに、買わなければ誰かが買ってしまうかもしれない。
だとすれば……自分で買った方が良い。
そうして買った後、助けたいと思った精霊を使い潰していなかったとすれば。
「あの子……なのか?」
「ああ」
俺達は椅子に座る無表情な精霊に視線を向ける。
あの子がシオンを助けた精霊。
表情が死んでしまっている、ドール化された精霊。
……という事はだ。
「助け……られなかったのか?」
「……見ての通りだよ。あれだけ精霊研究の神童と呼ばれた僕でも、ドール化された精霊を元に戻す方法は全く分からなかったんだ。契約して二年も経っているのに、今だその片鱗すら掴めちゃいない」
エルの言った通りだ。
『一度ドール化した精霊はもう二度と元には戻らない』
例えそれが神童でも……それは覆らないんだ。
「この二年間で僕は精霊を助けようとした動機は理解できたよ。生れて来た小さな亀裂は、徐々に大きくなっていってね。最初の奇跡……悲しいと思えたという異常は自然と大きくなっていった。大きくなって、徐々に色々な事に気付けた今の僕が出来上がっていった。だけど起きた奇跡はそういう誰も気付けなかった事に気付けた事。それだけだったんだ」
もう一度、一拍開けてからシオンは呟く。
「徐々に気付いていった裏側にあったのは、何も変わらない現状と拒絶と片腕の消滅。奇跡なんてのが何も起きちゃくれない、どうしようもない日々だったよ」
そうしてシオンは苦笑を浮かべながら自らそれを語る。
「そう、十四年間だ。それまで僕は当たり前の様に精霊は人間が生活していくための資源だと思っていたし……そうやって精霊を虐げて得た力を人よりうまく扱える事を誇りにすら思ってたよ。誇りに思っていたから研究を重ねた。重ね続けた。誰よりもうまくなってやろうと思ってね。そうなるために精霊という存在そのものを誰よりも知り尽くしてやるんだって。気が付けば僕は、精霊学の神童だとかもてはやされていたよ」
そう語るシオンの表情は、まるで過去の栄光をゴミだと言わんばかりの冷めた表情を浮かべていた。
「神童と呼ばれるだけあって、僕はそれまで誰も成しえなかった事を成し得たよ。例えばキミが倒れていた場所に現れた時、僕は気配を消す精霊術を要いていたんだけどその点は理解しているかい?」
思い返す。確かにシオンは、まるであの場に沸いて出た様にいつの間にかそこにいた。
つまりそれはそこに辿りつくまでの気配を立ち切っていたからなのだろう。
「異世界から来たというキミがどこまで精霊術という力の事を知っているかは分からないけどね、基本的に扱える精霊術の種類や出力は契約した精霊に依存する……言ってしまえば同じ物しか使えないんだ。だけどね……あの子は僕がした様な術は使えない」
言いながらシオンは、椅子に座る金髪の精霊に視線を向ける。
「じゃあなんでお前は気配を消す力なんてのを……」
「それが僕の成し得た事の一つだよ。かつて契約していた違う精霊の術を、その時の感覚と知識で再現するんだ。流石に完全再現とまではいかないけれど……これは世界中で賞賛されたよ。教えても誰も真似出来なかったけどね」
つまりは研究という分野以外の実戦においても、シオンが天才だったという事だろう。
「そんな風に僕は色々と研究を重ねた。他の誰かが僕の考えを真似出来た事が少ないから、社会的な貢献度は少なかったけれどそれでも賞賛された。精霊を踏み台にして、精霊を踏み台にして、精霊を踏み台にして……僕は研究による自己満足と、賞賛される優越感に浸ってたんだ」
その口を塞いでやりたかった。
別にシオンの話に不快感を覚えたからとか、そういう事じゃない。
あまりに自分自身を嫌悪しようとするその言葉が、その表情が、あまりにもいたたまれなかったからだ。
「でもね、そんな僕に転機が訪れた」
「転機?」
「僕はね、一人の精霊を使い潰した。さっき言っていた気配を消す事が出来る精霊をだ」
「……ッ」
「いいね、そういう表情。僕の周りは僕も含めて、そういう表情を誰も浮かべやしなかった。新しいのを買えばいいんだって皆が言っていた」
その言葉を口にした後、しばし場が静まり返る。
だけど、話を戻すよ、と辛そうにシオンは話を元に戻す。
「その時丁度使い潰してしまったタイミングが、私用で山に潜っていた時だった。あの時の僕は、動かなくなった精霊と手から消えた刻印を見て、精霊の管理不足を反省したよ。そして、また新しいのを買えばいいかなんて馬鹿みたいな事を考えていた。だけどあの時僕は、そんな考えの天罰を受けたんだ」
「天罰?」
「街に戻る途中で、足を踏み外して崖から落ちた。精霊術も何も使えない。無防備にも程がある様な状態でね。結果的に両足と右腕が変な方向を向いていたし、それだけのダメージを負っていれば当然意識も失った。そこから目が覚めるのかも分からないし、覚めた所で動けない。そういう絶望的な状況だったよ」
「でも今、お前は生きている」
「ああ、その通り。僕はね、助けられたんだよ」
「助けられたって……通りすがりの人間にか?」
「……精霊にだよ」
シオンは微笑を浮かべながら続ける。
「目が覚めた時、僕の前には精霊がいた。僕が目を覚ました事に気付くと、慌てて逃げてしまったからなんの話も聞いていないけれど、両手足が治っていた事と、崖の上に戻ってきていた事。それを考えれば、精霊に助けられた事は明白だった」
精霊が人を助けた。
それがどれだけ珍しい状況なのかは、なんとかく察せられる。
こうして俺の事を信じてくれるに至ったエルですら、近寄って来た人間を脅して、最終的に精霊術を放った。この世界の精霊の扱いの酷さを考えて、それが一番人間にとってマシな行動だったのだろうと思ったけれど、その精霊は死にかけていた人間を助けたんだ。
……この世界に来て殆ど時間が立っていない俺でも、それは一種の奇跡なんじゃないかとさえ思う。
それはシオンも同じ事だった。
「僕はあの時、精霊に助けられた事を奇跡だと思ったよ。でもね、思っただけだった。別に感謝したりもせず、ただ自分が助かったという事を喜んでいたんだ。もし僕を助けたのが人間だったら、それこそ感謝し続けていたと思うんだけどね。でも確かにその時、僕の価値観にほんの僅かだけど綻びが出来ていたんだと思う。そうでもなければあの状況でも僕はいつもの様に振る舞えた筈だ」
「……なにが有った?」
「売られていたんだよ。新しい精霊を買って、また使い潰して。そして再び市場に買いに行った時に……あの時の精霊がね。僕は思わずその場に立ちつくしたよ。どうして自分がそんな風になっているのかも分からずに、ただその場に立ちつくしていたんだ」
「今は……分かってんのか?」
「分かってる。あの時の僕は純粋に悲しかったのだと思う。自分の命を助けてくれた存在がそんな事になっている光景が、いたたまれなく思えたのだと思う。だけどそれに気付くのには一週間も掛ったし、それに気付いた所で、どうして精霊相手にそんな感情を抱いているのかが僕には分からなかった。だけどそれでも考え続けたんだ。まあそれでも答えは出なかったのだけれど、それでも一つのやりたい事が見つかった」
「やりたい事?」
「あの精霊を助けたいと思えた。その動機は解らなかったけれど、それでも動く事は出来たよ。だからまずはその精霊を買って身柄を確保した。そしてきっと助ける為に必要な異能の力……精霊術を手に入れる為に、僕はその精霊と一方的に契約を結んだ。それがこの刻印の一件だ」
確かに……きっとそういう状態になった精霊を元に戻そうと思えば、精霊術を使える状態でなければ、どうにもならないと思う。それに、買わなければ誰かが買ってしまうかもしれない。
だとすれば……自分で買った方が良い。
そうして買った後、助けたいと思った精霊を使い潰していなかったとすれば。
「あの子……なのか?」
「ああ」
俺達は椅子に座る無表情な精霊に視線を向ける。
あの子がシオンを助けた精霊。
表情が死んでしまっている、ドール化された精霊。
……という事はだ。
「助け……られなかったのか?」
「……見ての通りだよ。あれだけ精霊研究の神童と呼ばれた僕でも、ドール化された精霊を元に戻す方法は全く分からなかったんだ。契約して二年も経っているのに、今だその片鱗すら掴めちゃいない」
エルの言った通りだ。
『一度ドール化した精霊はもう二度と元には戻らない』
例えそれが神童でも……それは覆らないんだ。
「この二年間で僕は精霊を助けようとした動機は理解できたよ。生れて来た小さな亀裂は、徐々に大きくなっていってね。最初の奇跡……悲しいと思えたという異常は自然と大きくなっていった。大きくなって、徐々に色々な事に気付けた今の僕が出来上がっていった。だけど起きた奇跡はそういう誰も気付けなかった事に気付けた事。それだけだったんだ」
もう一度、一拍開けてからシオンは呟く。
「徐々に気付いていった裏側にあったのは、何も変わらない現状と拒絶と片腕の消滅。奇跡なんてのが何も起きちゃくれない、どうしようもない日々だったよ」
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