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一章 人尊霊卑の異世界
8 辿り着いた領域
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「で、こっからどうするか……」
精霊術の大雑把な使い方は、どういう訳か契約と同時に流れ込んで来た。多分完璧に使いこなすことは出来なくても、ある程度使う事は出来るのだと思う。
でも、ある程度使えるだけでどこまでやれる?
単純な頭数で考えて二体八。それにあちらは恐らく、精霊術の扱いに長けていて、対する俺は素人と来た。まともに正面からぶつかれば間違いなく勝ち目がない。
「多分逃げるのが一番良さそうだとは思いますけど……でも、そううまくは行かないと思います」
「どういう事だ? その……テリトリー云々の話か?」
「いえ、そういう事では無いです。あくまでテリトリーは、契約しない精霊にのみ適応される条件みたいで。今の私には関係ないですよ」
では、違う理由。
「単純に、囲まれています」
「分かるのか?」
「一応そういう結界をこの森に張ってましたから。あの時、あなた達の一部始終を見たのも、まだ森にいたあなたを追い払う為です」
「それじゃあまるでエルドさん……いや、あの人達があそこに居る事は分かって無かったみたいな言草だな」
「ええ。多分何かしらの対策をされたんだと思います。だから、あなたがあの場で止めていてくれなければ、多分私は奇襲にあってました」
そうか……あんなに情けない格好晒しても、俺はちゃんとエルを助けられてたのか。
思い返せば正しいと思った事を行っても、俺の力不足の為にそれが達せられた事はとても少ない。あんな無茶苦茶な状況だったのに、希少な成功例となった訳だ。
でもまあ俺がそういった自己満足に浸るのはこの状況からエルを救ってからでいい。
俺は一つ沸いてきた疑問をエルに投げかける。
「対策されてるんなら……どうして今、囲まれてるって分かるんだ?」
「一度そこにいると認識出来れば、なんとか対応は出来ます。それにあの人間達が気付いているかは解りませんが……どちらにせよ逃げるのは難しいかと」
「でもちょっと待て。お前が俺達の一部始終を見ていたのだとすれば、こうして俺達を囲んでくる程度には策敵能力があるあの人達にどうして気付かれなかった? そうする為に何かしたんだったら、今度も同じ事ををすれば――」
「私は何もしていませんよ。多分それはただ単純に、あの人達の策敵能力がこの森の中にいるという類の大雑把な物だったのだと思います」
「じゃあ今囲まれているのは?」
「多分、コレが原因です」
エルが自身の右肩に視線を向ける。
「……ああ、そういう事か」
エルの言葉の続きを待たなくても理解した。
さっきの光の矢で受けた傷口が、発信器の様に位置情報をエルドさん達に伝えてしまっているんだ。
「そうなってくると、確かに逃げるのは難しいだろうな」
逃げようとしても誰かとぶつかり、対処している間に他の誰かが駆け付けるだろうし。
「でも難しくても、それやるしかねえだろ」
八人纏めて戦うのは低いを通り越して無理だ。だったら二体二で速効で突破するしか方法は無い。
「……ですね。確かに他に方法はありません」
「じゃあもたもたしている場合じゃねえな」
たとえ難易度は高くても方針は決まった。だったらそれを早く実行に移さねえと。
「どっちに逃げる?」
「このまま北に真っすぐ。此処から先は私のテリトリーではありませんから……多分、私がテリトリーの外でも力が使える様になった事、そしてあなたが精霊術を使える事を想定されていないと考えれば、意表を突けるかもしれない」
確かにエルドさん達にとってドール化されていない精霊との契約は異例とも言える様な行為の筈だ。だったら弱体化して出てきた所を叩けると思っているかもしれない。
「了解。じゃあ……行くぞ!」
脳裏に浮かんできた使い方に従い、精霊術を発動させ肉体強化を使って俺達は走りだす。
ただし全力では無い。弱体化したエルが出せる速度。相手が想定している速度で。
そして、見つけた。
「来やがったな!」
その先で金髪の青年と、ドール化された精霊のペアが待ちかまえていた。
此方の位置情報を把握していた彼らは当然、すでに臨戦態勢だ。
そんな相手に……手を抜いていた俺達は一気に全力を引き出す。
肉体強化を限界まで引き上げ、足元に風の塊を出現させ……踏み抜く!
「……ッ」
一瞬とも思える速度で青年の元へ辿りつき、顔面に拳を叩きつける。
「グァッ!」
そんな声を上げる青年に追撃を掛ける。
振り抜いた右手から後方に向けて風を噴射。その勢いで左肘による肘打ちを打ちこむ。
だが青年はそこでなんとか立て直す。肘打ちでふらつきながらも、右手を此方に向けた。
……それは目に見える衝撃波。
咄嗟に防御態勢を取る。
両腕に痛みが走った。だけどそれで動かなくなる程、今の俺の腕は脆くは無い。
だけども連撃はそこで止められた。俺は止まり青年はその勢いで距離を取る。
だけど青年は、肩で大きく息をしていた。
……行ける。
間違いなくここまでうまく事が進んだのは意表を突けたおかげだ。今体制を立て直された様に、普通にぶつかっていれば手強い相手かもしれないけれど、だけどここまで疲弊させられれば、もう正面からでも倒して突破できる筈だ。
そう思って次の攻撃を繰り出そうとした時……俺はようやく自分の無知さに気付いた。
多分最初の連撃で倒して突破するべきだった。
もっといえば、意表を突く事など考えずに、全力疾走でこの場に辿りつくべきだったのかもしれない。
「う……ッ」
そんな鈍い声と共に……エルが俺の足元に転がってきた。
初めはあの青年と契約している精霊にやられたんだと思った。
だけど一瞬、ちらりと視線を後方に向けると、そこにいたのは……ルキウスだった。
……時間切れ。そんな言葉が脳裏を過る。
ルキウスが連れている精霊も含めて四体二。ルキウスが到着したのならば、エルドさんや眼鏡の青年もやがて到着する。
「……どういう理屈だよこれはよぉ」
ルキウスはこちらに歩み寄りながら口を開く。
「なんでてめぇは戦う力手に入れて、その精霊はテリトリー外でまともに力使ってんだ」
その言葉に、言葉を返せる程の心理的余裕が無い。
隣でゆっくりとエルが立ち上がる。
「……マズイ、ですね……」
結果的に俺達は背中合わせとなる。
俺の前には疲弊しきった……だけど状況の好転に笑みを浮かべる金髪の青年と、ルキウス達と挟み撃ちにする為か、こちらに回り込んできたエルと戦っていた精霊。
エルの前には、エルに殴られたダメージはあるだろうけど、それでもまだまだ戦闘に支障が出ない程の気力が残っているルキウスとその精霊。
これだけで絶望的なのに、更に増援が来る。
「……クソ」
必死に思考を巡らせる。
どうすればこの状況を打破出来る?
俺が使える精霊術の一体どれをどう使えばいい?
考える。だかしがしどれをどう使おうと、一対一以上の戦いになれば厳しい。どうする?
そうやって、ひたすら自分の使える精霊術を思い浮かべ続けたその時、一瞬エルの手が俺に触れた。
「……ッ」
その瞬間。その一瞬だけ。使い方も効力も全く分からない精霊術が脳裏を過った。
齎すのがメリットかデメリットか。それすらも分からない……ただ分かるのが、エルに触れているその時だけ、使用できるんじゃないかという事だけ。
それだけしか分からない術を、こういう状況で使うとすればそれは博打だ。
だけど思い付く正攻法ではどうにもならない今、不確定要素に身を任せるしかない。
「なぁ、エル」
「な、なんですか?」
俺は背中合わせの状態で、同じくどうするかを考えているであろうエルに問う。
「博打。一緒に乗っかってくれねえか?」
説明する猶予も無いけど、この位は聞いておきたい。
エルに触れていないと使えない以上、エルに何かしらの影響を与えてしまうかもしれないから。
そして俺の問いに、一瞬考える様な間を空けた後、静かにエルは答えてくれる。
「何をするのかは分かりませんが……いいですよ。乗って上げます」
そうして背中合わせになっているエルは、俺の背を押してくれた。
「……ありがとう、エル」
ただ一言。そう礼を言って……俺は右手でエルの手を握りしめる。
突然のその行動に、エルがビクリとしたのを感じた。それを感じるのとほぼ同時、先程も浮かんできた博打の精霊術が浮かんできて、そしてそれを発動させた次の瞬間だった。
「……」
次の瞬間……全身が軽くなった。それはまるで外部から力を供給されているかのように。
そして……握っていた手の感触が変わった。
そこにあるのは、もう女の子のか弱い手では無い。
「……剣?」
気が付けば俺は、柄を含めれば二メートル近い全長を誇る、まるで美術品の様に美しい大剣を手にしていた。
『なん……ですか、これ?』
エルの困惑した様な声が脳裏に響く。
この大剣が……エル、なのか?
「おいおい……なんだよそりゃ……」
ルキウスのそんな声が背後から聴こえて来て、正面の金髪の青年もまた口を開けて呆然としている。
それで分かった。
エルのこの状態は、精霊術を使う事に慣れているルキウス達ですら知らない様だ。
もしかすると普通の契約を行った俺達だからこそ、辿り付けた領域なのかもしれない。
「なんだ。何が起きている!」
その声は、眼鏡の青年の物たった。どうやら今辿り着いたらしい。
これで六体二。いや、六体一だ。
でも、不思議と……負ける気がしなかった。
「何が起きてる? しらねえよ。何か起きてるのは間違いねえが……それでも、やる事は変わらねえよ」
そう言いながらルキウスは柏手を打つ。
「アイツがあの精霊を武器に変えた。だからあの精霊を捕まえる為にも、アイツの目を覚まさせる為にも……倒すしかねえだろ」
振り返ると、そう言ったルキウスの頭上高くに魔法陣が出現していた。
「一応精霊生け捕りにする為の術だ。死にはしねえだろうが……死ぬ程の痛みは覚悟しろよ!」
そう言って手を離すとそこから今のエルと同じ様な大きさの大剣が出現する。
そしてルキウスが手を振りかざすと……それが勢いよく此方へと向かってきた。
だけどそれだけでは終わらない。
飛んでくる瞬間、ルキウスが連れていた精霊が柏手を打ち、大剣の前に魔法陣が出現。そしてそれを突き破った剣は……その大きさを保ったまま、まるで複製する様に分散。
雨の様に降り注いでくる。
「……」
そこから先は、直感の勝負だった。
逃げるにはもう遅いし、そもそも逃げ場なんてのはない。
だから剣を振るった。
まるでエルと息を合わせる様に大剣に力を込め、降り注いで来る剣に全力で。
次の瞬間、無数の鉄が砕け散る音と、地面に突き刺さる音が聞こえてきた。
そう。突き刺さる音を聞いた。聞けた。つまり……まだ俺達の意識はまだ此処にある。
「ふざけんなよ……冗談じゃねえぞ」
ルキウスの表情が驚愕の色に染まる。
無数の剣は、俺を中心とした半径一メートルにも満たない円の外に大量に突き刺さっていて……円の内側に来る筈の剣は砕け、鉄屑と化している。
『だ、大丈夫ですか?』
エルの心配する声が聞えた。
「ああ、大丈夫だ」
俺が負った傷は、右手と左足と左肩に砕いた鉄屑が刺さっただけだ。
確かに死ぬほど痛いけれど……まだ動ける。
「それよりエル。作戦変更しねえか?」
俺はエルに提案する。
『変更?』
「今なら正面からぶつかっても、倒せるだろ」
『……了解です』
エルは俺の考えに賛同してくれた。
今の一撃で確信した。
一体八。上等だ……今なら、勝てるぞ。
下手に背を向けて逃げるよりもきっといい。
そうした方が隙を見せづらい分、この状況を切り抜けやすいかもしれないし……そしてなにより、逃げなくていいのなら真っ正面から立ち向かいたかった。
立ち向かって四方八方の正しさを否定して……自分の正しさを貫き通す。
俺は剣の柄を握り締めながら目の前のルキウスを見据え……そしてこの場に居る全員に意識を向ける。
「今度は、こっちからいくぞ」
そうして俺は地を蹴った。
精霊術の大雑把な使い方は、どういう訳か契約と同時に流れ込んで来た。多分完璧に使いこなすことは出来なくても、ある程度使う事は出来るのだと思う。
でも、ある程度使えるだけでどこまでやれる?
単純な頭数で考えて二体八。それにあちらは恐らく、精霊術の扱いに長けていて、対する俺は素人と来た。まともに正面からぶつかれば間違いなく勝ち目がない。
「多分逃げるのが一番良さそうだとは思いますけど……でも、そううまくは行かないと思います」
「どういう事だ? その……テリトリー云々の話か?」
「いえ、そういう事では無いです。あくまでテリトリーは、契約しない精霊にのみ適応される条件みたいで。今の私には関係ないですよ」
では、違う理由。
「単純に、囲まれています」
「分かるのか?」
「一応そういう結界をこの森に張ってましたから。あの時、あなた達の一部始終を見たのも、まだ森にいたあなたを追い払う為です」
「それじゃあまるでエルドさん……いや、あの人達があそこに居る事は分かって無かったみたいな言草だな」
「ええ。多分何かしらの対策をされたんだと思います。だから、あなたがあの場で止めていてくれなければ、多分私は奇襲にあってました」
そうか……あんなに情けない格好晒しても、俺はちゃんとエルを助けられてたのか。
思い返せば正しいと思った事を行っても、俺の力不足の為にそれが達せられた事はとても少ない。あんな無茶苦茶な状況だったのに、希少な成功例となった訳だ。
でもまあ俺がそういった自己満足に浸るのはこの状況からエルを救ってからでいい。
俺は一つ沸いてきた疑問をエルに投げかける。
「対策されてるんなら……どうして今、囲まれてるって分かるんだ?」
「一度そこにいると認識出来れば、なんとか対応は出来ます。それにあの人間達が気付いているかは解りませんが……どちらにせよ逃げるのは難しいかと」
「でもちょっと待て。お前が俺達の一部始終を見ていたのだとすれば、こうして俺達を囲んでくる程度には策敵能力があるあの人達にどうして気付かれなかった? そうする為に何かしたんだったら、今度も同じ事ををすれば――」
「私は何もしていませんよ。多分それはただ単純に、あの人達の策敵能力がこの森の中にいるという類の大雑把な物だったのだと思います」
「じゃあ今囲まれているのは?」
「多分、コレが原因です」
エルが自身の右肩に視線を向ける。
「……ああ、そういう事か」
エルの言葉の続きを待たなくても理解した。
さっきの光の矢で受けた傷口が、発信器の様に位置情報をエルドさん達に伝えてしまっているんだ。
「そうなってくると、確かに逃げるのは難しいだろうな」
逃げようとしても誰かとぶつかり、対処している間に他の誰かが駆け付けるだろうし。
「でも難しくても、それやるしかねえだろ」
八人纏めて戦うのは低いを通り越して無理だ。だったら二体二で速効で突破するしか方法は無い。
「……ですね。確かに他に方法はありません」
「じゃあもたもたしている場合じゃねえな」
たとえ難易度は高くても方針は決まった。だったらそれを早く実行に移さねえと。
「どっちに逃げる?」
「このまま北に真っすぐ。此処から先は私のテリトリーではありませんから……多分、私がテリトリーの外でも力が使える様になった事、そしてあなたが精霊術を使える事を想定されていないと考えれば、意表を突けるかもしれない」
確かにエルドさん達にとってドール化されていない精霊との契約は異例とも言える様な行為の筈だ。だったら弱体化して出てきた所を叩けると思っているかもしれない。
「了解。じゃあ……行くぞ!」
脳裏に浮かんできた使い方に従い、精霊術を発動させ肉体強化を使って俺達は走りだす。
ただし全力では無い。弱体化したエルが出せる速度。相手が想定している速度で。
そして、見つけた。
「来やがったな!」
その先で金髪の青年と、ドール化された精霊のペアが待ちかまえていた。
此方の位置情報を把握していた彼らは当然、すでに臨戦態勢だ。
そんな相手に……手を抜いていた俺達は一気に全力を引き出す。
肉体強化を限界まで引き上げ、足元に風の塊を出現させ……踏み抜く!
「……ッ」
一瞬とも思える速度で青年の元へ辿りつき、顔面に拳を叩きつける。
「グァッ!」
そんな声を上げる青年に追撃を掛ける。
振り抜いた右手から後方に向けて風を噴射。その勢いで左肘による肘打ちを打ちこむ。
だが青年はそこでなんとか立て直す。肘打ちでふらつきながらも、右手を此方に向けた。
……それは目に見える衝撃波。
咄嗟に防御態勢を取る。
両腕に痛みが走った。だけどそれで動かなくなる程、今の俺の腕は脆くは無い。
だけども連撃はそこで止められた。俺は止まり青年はその勢いで距離を取る。
だけど青年は、肩で大きく息をしていた。
……行ける。
間違いなくここまでうまく事が進んだのは意表を突けたおかげだ。今体制を立て直された様に、普通にぶつかっていれば手強い相手かもしれないけれど、だけどここまで疲弊させられれば、もう正面からでも倒して突破できる筈だ。
そう思って次の攻撃を繰り出そうとした時……俺はようやく自分の無知さに気付いた。
多分最初の連撃で倒して突破するべきだった。
もっといえば、意表を突く事など考えずに、全力疾走でこの場に辿りつくべきだったのかもしれない。
「う……ッ」
そんな鈍い声と共に……エルが俺の足元に転がってきた。
初めはあの青年と契約している精霊にやられたんだと思った。
だけど一瞬、ちらりと視線を後方に向けると、そこにいたのは……ルキウスだった。
……時間切れ。そんな言葉が脳裏を過る。
ルキウスが連れている精霊も含めて四体二。ルキウスが到着したのならば、エルドさんや眼鏡の青年もやがて到着する。
「……どういう理屈だよこれはよぉ」
ルキウスはこちらに歩み寄りながら口を開く。
「なんでてめぇは戦う力手に入れて、その精霊はテリトリー外でまともに力使ってんだ」
その言葉に、言葉を返せる程の心理的余裕が無い。
隣でゆっくりとエルが立ち上がる。
「……マズイ、ですね……」
結果的に俺達は背中合わせとなる。
俺の前には疲弊しきった……だけど状況の好転に笑みを浮かべる金髪の青年と、ルキウス達と挟み撃ちにする為か、こちらに回り込んできたエルと戦っていた精霊。
エルの前には、エルに殴られたダメージはあるだろうけど、それでもまだまだ戦闘に支障が出ない程の気力が残っているルキウスとその精霊。
これだけで絶望的なのに、更に増援が来る。
「……クソ」
必死に思考を巡らせる。
どうすればこの状況を打破出来る?
俺が使える精霊術の一体どれをどう使えばいい?
考える。だかしがしどれをどう使おうと、一対一以上の戦いになれば厳しい。どうする?
そうやって、ひたすら自分の使える精霊術を思い浮かべ続けたその時、一瞬エルの手が俺に触れた。
「……ッ」
その瞬間。その一瞬だけ。使い方も効力も全く分からない精霊術が脳裏を過った。
齎すのがメリットかデメリットか。それすらも分からない……ただ分かるのが、エルに触れているその時だけ、使用できるんじゃないかという事だけ。
それだけしか分からない術を、こういう状況で使うとすればそれは博打だ。
だけど思い付く正攻法ではどうにもならない今、不確定要素に身を任せるしかない。
「なぁ、エル」
「な、なんですか?」
俺は背中合わせの状態で、同じくどうするかを考えているであろうエルに問う。
「博打。一緒に乗っかってくれねえか?」
説明する猶予も無いけど、この位は聞いておきたい。
エルに触れていないと使えない以上、エルに何かしらの影響を与えてしまうかもしれないから。
そして俺の問いに、一瞬考える様な間を空けた後、静かにエルは答えてくれる。
「何をするのかは分かりませんが……いいですよ。乗って上げます」
そうして背中合わせになっているエルは、俺の背を押してくれた。
「……ありがとう、エル」
ただ一言。そう礼を言って……俺は右手でエルの手を握りしめる。
突然のその行動に、エルがビクリとしたのを感じた。それを感じるのとほぼ同時、先程も浮かんできた博打の精霊術が浮かんできて、そしてそれを発動させた次の瞬間だった。
「……」
次の瞬間……全身が軽くなった。それはまるで外部から力を供給されているかのように。
そして……握っていた手の感触が変わった。
そこにあるのは、もう女の子のか弱い手では無い。
「……剣?」
気が付けば俺は、柄を含めれば二メートル近い全長を誇る、まるで美術品の様に美しい大剣を手にしていた。
『なん……ですか、これ?』
エルの困惑した様な声が脳裏に響く。
この大剣が……エル、なのか?
「おいおい……なんだよそりゃ……」
ルキウスのそんな声が背後から聴こえて来て、正面の金髪の青年もまた口を開けて呆然としている。
それで分かった。
エルのこの状態は、精霊術を使う事に慣れているルキウス達ですら知らない様だ。
もしかすると普通の契約を行った俺達だからこそ、辿り付けた領域なのかもしれない。
「なんだ。何が起きている!」
その声は、眼鏡の青年の物たった。どうやら今辿り着いたらしい。
これで六体二。いや、六体一だ。
でも、不思議と……負ける気がしなかった。
「何が起きてる? しらねえよ。何か起きてるのは間違いねえが……それでも、やる事は変わらねえよ」
そう言いながらルキウスは柏手を打つ。
「アイツがあの精霊を武器に変えた。だからあの精霊を捕まえる為にも、アイツの目を覚まさせる為にも……倒すしかねえだろ」
振り返ると、そう言ったルキウスの頭上高くに魔法陣が出現していた。
「一応精霊生け捕りにする為の術だ。死にはしねえだろうが……死ぬ程の痛みは覚悟しろよ!」
そう言って手を離すとそこから今のエルと同じ様な大きさの大剣が出現する。
そしてルキウスが手を振りかざすと……それが勢いよく此方へと向かってきた。
だけどそれだけでは終わらない。
飛んでくる瞬間、ルキウスが連れていた精霊が柏手を打ち、大剣の前に魔法陣が出現。そしてそれを突き破った剣は……その大きさを保ったまま、まるで複製する様に分散。
雨の様に降り注いでくる。
「……」
そこから先は、直感の勝負だった。
逃げるにはもう遅いし、そもそも逃げ場なんてのはない。
だから剣を振るった。
まるでエルと息を合わせる様に大剣に力を込め、降り注いで来る剣に全力で。
次の瞬間、無数の鉄が砕け散る音と、地面に突き刺さる音が聞こえてきた。
そう。突き刺さる音を聞いた。聞けた。つまり……まだ俺達の意識はまだ此処にある。
「ふざけんなよ……冗談じゃねえぞ」
ルキウスの表情が驚愕の色に染まる。
無数の剣は、俺を中心とした半径一メートルにも満たない円の外に大量に突き刺さっていて……円の内側に来る筈の剣は砕け、鉄屑と化している。
『だ、大丈夫ですか?』
エルの心配する声が聞えた。
「ああ、大丈夫だ」
俺が負った傷は、右手と左足と左肩に砕いた鉄屑が刺さっただけだ。
確かに死ぬほど痛いけれど……まだ動ける。
「それよりエル。作戦変更しねえか?」
俺はエルに提案する。
『変更?』
「今なら正面からぶつかっても、倒せるだろ」
『……了解です』
エルは俺の考えに賛同してくれた。
今の一撃で確信した。
一体八。上等だ……今なら、勝てるぞ。
下手に背を向けて逃げるよりもきっといい。
そうした方が隙を見せづらい分、この状況を切り抜けやすいかもしれないし……そしてなにより、逃げなくていいのなら真っ正面から立ち向かいたかった。
立ち向かって四方八方の正しさを否定して……自分の正しさを貫き通す。
俺は剣の柄を握り締めながら目の前のルキウスを見据え……そしてこの場に居る全員に意識を向ける。
「今度は、こっちからいくぞ」
そうして俺は地を蹴った。
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