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二章 ごく当たり前の日常を掴む為に

23 不運の形 不幸の形

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 それからも、俺達はアリサのスキルがどういったものなのかを考え続けた。
 会話の切り口となった俺のスキルの不調の話は完全に主題から逸れ、アリサの話。
 もっともそこから先殆ど進展はなく、ただ時間だけが過ぎていく。
 それでも俺達がソレを考えるのを止めなかったのは……それを知らないといけない事だと思ったからだろう。

 ……知れば何かを変えられるかもしれないと思ったからだろう。

 だけどそもそも俺達は人間が持つスキルを研究しているような研究者ではない。リーナが何故か若干そういう分野に詳しい節があったが、それでも一般的な観点から見てそれよりも少しはという所だ。
 自分の物ではないスキルの詳細を紐解くのは難しい。
 何しろ自分のスキルですら満足に知る事ができないのだから」

「……全然分かんないっすね」

「……なんで俺がスキルの影響を受けてるのか。周りに影響を与える条件はなんなのか。あげくの果てにそもそも不運スキルって本当に不運を引き起こす様なスキルなんだっけってことも分かんなくなってる始末だし」

「わっかんないっすねぇ」

「わっかんねえなぁ」

「あ、先輩。チキングリル一口貰っていいっすか? 私ブロッコリーあげるんで」

「お前それマジで言ってんの?」

 まあとにかく。
 今答えに辿り着くには判断材料が少な過ぎて、仮に何か分かっても、どこまで行っても仮説でしかなくて。
 というかそもそもこういう話をするならばアリサを交えた方がいい気もするわけで。
 ……やっぱり簡単にはいかないなって思う。

 そしてそう考えながらリーナからチキングリルを死守していた時だった。

「おいしいね、パパ!」

「ははは、そうだなぁ」

 俺達の隣に座る小さな女の子が父親に対してそんな事を言っているのが耳に届いた。
 ちらりと視線を向けると、そこには幸せそうな家族団欒の光景が広がっている。
 ……本当に微笑ましい光景だと思った。
 子供が幸せそうに料理を頬張るのも……そんな自分の娘を見て幸せそうな笑みを浮かべている父親。

 ……その笑みは、子供の幸せが本当に嬉しいというのが伝わってくる。

 伝わってきて……足りなかったピースが埋まった様な感覚がした。

「……先輩。私分かったかもしんないっす」

 どうやらリーナも同じ様に何かしらの答えに辿りついたらしい。
 俺もリーナの方に視線を戻してから言う。

「奇遇だな、俺もだよ。分かった気がする……アリサのスキルがどういった物なのか」

 もっとも……それが本当なのだとすれば、今まで俺達が誤認していた物よりも遥かに酷い物になるわけだけれど。
 多分リーナも同じ答えに辿りついたのかもしれない。
 それ故に……表情が重い。
 隣のテーブルとは別世界の空気を纏っている様だった。

 リーナは言う。
 リーナが導き出した仮説を。

「……これ、単純にアリサちゃんに不運とか不幸を運んでくる様なスキルっすね」

「……そんな感じだろうな。仮説って言うか、もうその説が濃厚だと俺も思う」

 自分とその周囲の運気を低下させ、不幸な事を発生させるスキル。
 自身に不運や不幸を運んでくるスキル。
 それは一件前者が後者の上位互換に思えなくもない。だけど俺達の推測が正しければ、後者……恐らくアリサのスキルの本来の性質の方が圧倒的に酷いスキルだ。

 何が酷いって……アリサにとってだ。

 もし自分やその周りの人間の運気を低下させるのならば、そこにアリサの意思は関わっていない。関わっても周りを巻き込まない為に集団から離れるという、全体的に見ればいい風に作用する意思しか物事に反映されない。
 だけど後者なら……そういう人を思う気持ちそのものが、最悪な形で反映される。

 はたしてアリサという優しい女の子にとって、不運な事。不幸な事とはなんなのだろう。

 そしてリーナは少し皮肉を言うように、俺に言う。

「先輩良かったじゃないっすか。先輩の幸運スキルを相殺できる位に、アリサちゃんに良く思われてるっすよ」

「……喜んでいいのかそれ」

 本来であればそれは喜ばしい事なのだろうけど、どうしたって素直にそれを喜べない。
 喜べる筈がない。

「喜んでいいんじゃないっすか。アリサちゃんにとっては笑えない話かもしんないっすけど」

「……」

 そうだ、笑えない。

 言われながら、改めて自分に当てはめて事を考えてみる。
 俺はアリサという女の子に幸せになって欲しいと思っている。
 だから俺にとって不運な事。不幸な事が何かと言われれば……自分の身に何か起きる事。

 そして、アリサの身に何かが起こる事である。

 つまりはそういう事だ。

「……笑えねえな。誰かを大事に思えば思う程、結果的にその相手に良くない事が起きるって」

「自分と自分の周囲って思っていたのもアレでしょ……結局、顔も名前も知らない人がどうなってるかなんて分かんないっすから。分かるのは自分と親しい間柄の人だけで、目に映るのは自分の周りだけっす」

「……ほんと、笑えねえ」

 あまりにも、アリサに残酷すぎる。

 だけどそこでふと違和感に気付いた。

 俺達が立てた仮説が正しければ、俺はアリサにある程度、そういう不運や不幸な目にあってほしくない対象として見られている事になる。
 それ故に俺の幸運スキルは相殺され、実質的に俺に対する効力を失っている。だから俺の運気はそれ以外の誰かと殆ど同等なんだ。

 ……では、リーナは?

 リーナもまたアリサにとっては不運や不幸な目に合わせたくない対象の一人の筈だ。
 今のリーナは俺のスキルの効果で運気が底上げされている。だから俺と同じように何ともない。

 では……今日俺と出会うまでは?

 少なくともアリサに逃げられた以外で、リーナが嫌な目にあった様な素振りはみていない。
 それは……言い方は悪いがおかしいんだ。

「……なあリーナ」

 そして俺は問いかける。

「なんすか?」

「昨日俺達と別れてから今日俺と出会う前……なんか不運な事、あったか?」

「いや、特には……ってちょっと待って。なんで?」

 リーナもその事に気付く。
 アリサはリーナと仲良くしたい。それこそリーナに不運が振りかからないように逃げる程には。

 だとしたら。俺達の仮説が正しければ。

 昨日別れてから今日再会するまでの間に、超高確率で不運な事が起きていなければおかしいんだ。
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