夏の日

すごろく

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夏の日

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 だらんと過ごしていた。部屋には水が一瞬で沸騰しそうなくらいの熱気が満ちていて、それが身体の毛穴という毛穴から、汗を絞った雑巾の如く噴きださせ、私の全身をぬらりと濡らしていた。
 時計は見ていなかったが、窓から差し込む強い西日の光で、夕暮れ時なのだということは何となくわかった。
 部屋に取り付けられている、もう何年も前の型の古いエアコンなんぞはほとんど効いてなんていなくて、手を送風口にかざしてみても生ぬるい風が吹きだしているばかりだった。扇風機も開け放った窓から流れこんでくる風も役立たずなもので、私はトランクスのパンツ以外をすべて脱ぎ捨てて、ほぼ生まれたまんまの姿で固い板間の床に仰向けになり、力なく身を投げ出していた。
 最初のうちは文明の利器に頼ってスマホなんぞを操り、いっちょ前に登録してあるSNSを覗いたり、無料漫画アプリで図々しく金も払わずに漫画を読んだりしていたが、そのうち目がちかちかしてきて、文字を目で追っているのが嫌になった。それでそのあとはイヤホンを耳に嵌めて、お気に入りのアニソンなんかを聴いていたが、それにも飽きて、とうとうスマホを手離し、かといってその場から動いて別のことをするのも億劫で、ただ気怠さに任せて何もない天井を見つめているだけなのだった。
 こうやって貴重な時間の一部を無にしていっていると、どうでもいいことばかりが脳裏を泳ぎ回る。今日だか昨日だかの講義で教授が披露していた無駄話だとか、テレビで観た一生役に立たなさそうな雑学だとか、暇潰しに観たゲーム実況動画で知ったやりもしないゲームの攻略法とか、興味もないアニメのネタバレとか、泉鏡花の命日とか。そういう、思い出すだけ無駄な記憶がおぼろけに浮かんできては、まだ潜るのを繰り返している。
 ここがどこなのかがよくわからない。自分の家の自分の部屋だ、それは確かなはずなのだけれど、こうやって床に貼りついて薄ぼんやりした記憶の残滓を眺めていると、なんだかもう死にかけになってしょぼい走馬燈を見ているような気分で、今本当に生きているのかすらはっきりしない。噴きだし続ける汗によって身体の水分がほとんど体外に排出されて、そのまま自分というものは空気中に蒸発するのではないかという突拍子もない妄想をして、そんなことが実際に起こったらなんて素敵だろうと思う。毎日感じる身体の不調や痛み、気怠さや虚しさ、感情とか感覚とか、あとは社会的な義務やら地位やら常識やら固定概念やら、そういった人間に関する一切合切のものを捨てて、気体として存在できたらと。
 幼稚な妄想に囚われているうちに、窓の外の光がだんだんと薄らいでいく。
 私はひたすら力も気も抜けきっていって、瞼を上げているのも面倒くさくて。
 生ぬるい風を送るおんぼろなエアコンの、動作音だけがやけにうるさい。
 二度と思い出すこともない、間抜けな夏の日だった。
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