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Ⅶ
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「ッ!?」
翌朝、夏井はベッドから飛び起きる。つい先程まで大切な局面に居合わせていた気がしたのに、それすらも夢だったのかと不安に駆られ周囲を見渡すが、そこは間違いなく見慣れた自身の部屋だった。
「俺の部屋……?」
夏井が覚えている限り昨晩自分の足で部屋に戻ってきた記憶は無い。布団を捲れば確かに昨日着た覚えのある服でおまけに靴下も履いたままであったことから少なくとも自分の意思で部屋に戻ってきた訳では無いことが夏井にも想像付いた。
可能性のひとつとして同居人の秋瀬が部屋まで運んだということが考えられたが、秋瀬は昨晩深夜勤であり尚且つ秋瀬が運んだ場合丁寧に布団を上に掛けるなんてことはしない。
次に思い浮かんだ可能性としては冬榴が運んだ場合だったが、そこまで辿り着いた時一度夏井の思考が止まった。
もし冬榴が運んだとしたら、今この部屋に居ないということが考えられなかった。好いた相手が部屋に来て何もせずに帰宅させる訳が無いと夏井は自分自身を良く理解していた。
冬榴に対してそういった感情を持っていいと思える何かの確証があったはずだと夏井は両手で顔を覆い再び思考を巡らせる。
その時夏井が気付いたのは自身が眼鏡を掛けていないことで、普段ならばベッドサイドに置いてあるはずの眼鏡だけが無かった。眼鏡を外したのだとしたらそれを何処に置いてきたのか、眼鏡を外す局面などそう無いはずだと眼鏡を外すタイミングに絞って考えることにした。
フラッシュバックのように蘇る記憶は断片的なものだったが、苦しそうで辛そうで――それでも自分を受け入れようとしてくれた冬榴の控えめな笑顔だった。
夏井の中に確かに冬榴を抱いたという記憶が蘇ってきた。咄嗟に夏井が確認したのは下着の中で、しかしそこには何の痕跡も残されていなかった。
冬榴を抱いてからこの部屋に戻ってくる間にきっと何かがあったのだと考えた夏井は幾ら考えを巡らせても辿り着かない結論を憂い、直接冬榴の部屋に向かうことを決めた。きっと外した眼鏡もそこにあり、冬榴が何かを知っているという確信が夏井にはあった。
たまたま深夜勤から帰宅した秋瀬の腕を掴み、強引に秋瀬も連れて夏井は徒歩十分の距離にある冬榴の部屋へと向かう。秋瀬は文句を告げていたが、恐らくこれは秋瀬にも関係する問題であると本能的に感じていた。
冬榴のアパート前に到着した時、夏井は確かに自分は昨日ここに来たという確信があった。だからこそ部屋番号も覚えていた夏井は早朝であるにも関わらず躊躇わずに部屋の呼び鈴を押した。
しかし、中からの返事は無い。早い時間だから当然かと考える夏井だったが、何気なくドアノブに手を掛けて回すと容易に開いた。変質者に襲われたこともあるのに無用心だと込み上げる怒りを抑えながらも夏井は部屋の中へと呼び掛ける。
「冬榴さん……?」
しかし夏井の目に飛び込んでいたのは、とても誰かが住んでいるとは思えないがらんどうの空き室だった。
夏井は靴も脱がずに部屋へと上がり込みそこが確かに冬榴の部屋であった形跡を探す。そこには家具のひとつも無く、第一に施錠されていなかったことがその部屋に住人が居ないことを物語っていた。端から見ていた秋瀬からすれば夏井が錯乱しているようにも見えた。
「あっきー、春杜さんに電話」
「え? あ、おう……」
欠伸をしかけていた秋瀬は夏井の言葉に端を発しポケットに入れたままのスマートフォンを取り出し最愛の恋人へ発信する。元々朝に強くない春杜がこんな時間に応じる訳が無いと分かっていた秋瀬だったが、今目の前に居る夏井を怒らせることも怖いと知っていた。
『お客様がお掛けになった電話番号は現在、――』
「繋がんねぇ……」
しかし聞こえてきたのは無機質な機械音声であり、幾度も架けたその電話番号が春杜のものであると知っている秋瀬にとっても青天の霹靂だった。
翌朝、夏井はベッドから飛び起きる。つい先程まで大切な局面に居合わせていた気がしたのに、それすらも夢だったのかと不安に駆られ周囲を見渡すが、そこは間違いなく見慣れた自身の部屋だった。
「俺の部屋……?」
夏井が覚えている限り昨晩自分の足で部屋に戻ってきた記憶は無い。布団を捲れば確かに昨日着た覚えのある服でおまけに靴下も履いたままであったことから少なくとも自分の意思で部屋に戻ってきた訳では無いことが夏井にも想像付いた。
可能性のひとつとして同居人の秋瀬が部屋まで運んだということが考えられたが、秋瀬は昨晩深夜勤であり尚且つ秋瀬が運んだ場合丁寧に布団を上に掛けるなんてことはしない。
次に思い浮かんだ可能性としては冬榴が運んだ場合だったが、そこまで辿り着いた時一度夏井の思考が止まった。
もし冬榴が運んだとしたら、今この部屋に居ないということが考えられなかった。好いた相手が部屋に来て何もせずに帰宅させる訳が無いと夏井は自分自身を良く理解していた。
冬榴に対してそういった感情を持っていいと思える何かの確証があったはずだと夏井は両手で顔を覆い再び思考を巡らせる。
その時夏井が気付いたのは自身が眼鏡を掛けていないことで、普段ならばベッドサイドに置いてあるはずの眼鏡だけが無かった。眼鏡を外したのだとしたらそれを何処に置いてきたのか、眼鏡を外す局面などそう無いはずだと眼鏡を外すタイミングに絞って考えることにした。
フラッシュバックのように蘇る記憶は断片的なものだったが、苦しそうで辛そうで――それでも自分を受け入れようとしてくれた冬榴の控えめな笑顔だった。
夏井の中に確かに冬榴を抱いたという記憶が蘇ってきた。咄嗟に夏井が確認したのは下着の中で、しかしそこには何の痕跡も残されていなかった。
冬榴を抱いてからこの部屋に戻ってくる間にきっと何かがあったのだと考えた夏井は幾ら考えを巡らせても辿り着かない結論を憂い、直接冬榴の部屋に向かうことを決めた。きっと外した眼鏡もそこにあり、冬榴が何かを知っているという確信が夏井にはあった。
たまたま深夜勤から帰宅した秋瀬の腕を掴み、強引に秋瀬も連れて夏井は徒歩十分の距離にある冬榴の部屋へと向かう。秋瀬は文句を告げていたが、恐らくこれは秋瀬にも関係する問題であると本能的に感じていた。
冬榴のアパート前に到着した時、夏井は確かに自分は昨日ここに来たという確信があった。だからこそ部屋番号も覚えていた夏井は早朝であるにも関わらず躊躇わずに部屋の呼び鈴を押した。
しかし、中からの返事は無い。早い時間だから当然かと考える夏井だったが、何気なくドアノブに手を掛けて回すと容易に開いた。変質者に襲われたこともあるのに無用心だと込み上げる怒りを抑えながらも夏井は部屋の中へと呼び掛ける。
「冬榴さん……?」
しかし夏井の目に飛び込んでいたのは、とても誰かが住んでいるとは思えないがらんどうの空き室だった。
夏井は靴も脱がずに部屋へと上がり込みそこが確かに冬榴の部屋であった形跡を探す。そこには家具のひとつも無く、第一に施錠されていなかったことがその部屋に住人が居ないことを物語っていた。端から見ていた秋瀬からすれば夏井が錯乱しているようにも見えた。
「あっきー、春杜さんに電話」
「え? あ、おう……」
欠伸をしかけていた秋瀬は夏井の言葉に端を発しポケットに入れたままのスマートフォンを取り出し最愛の恋人へ発信する。元々朝に強くない春杜がこんな時間に応じる訳が無いと分かっていた秋瀬だったが、今目の前に居る夏井を怒らせることも怖いと知っていた。
『お客様がお掛けになった電話番号は現在、――』
「繋がんねぇ……」
しかし聞こえてきたのは無機質な機械音声であり、幾度も架けたその電話番号が春杜のものであると知っている秋瀬にとっても青天の霹靂だった。
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