魔法青年

椎玖あかり

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「せーいぎ」
 その日の仕事はやる気が起きず、昼飯と称し逃げるように近くの公園で一人時間を持て余していた。すると背後から突然声を掛けられる。
 振り返るとそこに居たのはいつも通りの総次。上着こそは違ったが、何も無かったかのように着衣は整っており、付近のファーストフード店で購入した紙袋を持っていた。
 つい先程正義が見たものは夢ではないかと思うほどで、ベンチの隣に座った総次の首筋に赤い痕を見るまでは正義は自分の記憶を疑っていた。
「昼飯、食うだろ?」
「はい……頂きます」
 ベンチに二人並び特に会話も無くファーストフードを食べる。
 正義はちらちらと隣に座る総次を気にするが言葉はかけないままだった。正直、あんなものを見た直後に何と声をかけたら良いのかが分からなかった。考え無く発する言葉が相手を傷付けるものである事を正義は知っていた。
「……辞めたくなった?」
 口火を切ったのは総次の方だった。一瞬聞き間違いかとも思ったその言葉に驚いた正義が隣に座る総次を振り向くと、総次は苦笑いを浮かべながら正義を見ていた。
「嫌になったなら、俺から二人には言っとくよ?」
「あのいえ……嫌になったとか、辞めたいとかそういうのは無いです……ただちょっと驚いただけで……」
「そっか」
 言いながら正義が俯くと、総次は特にそれ以上触れようとはせずに、紙袋から取り出したドリンクのストローを口に含む。
 横目でそれが視界に入った正義は唇の僅かな動きだけに対してもぎくりと固唾を呑んでしまう。
「あの……身体はもう大丈夫なんすか?」
 思わず無意識に口から出てしまった言葉。正義は慌てて片手を使い自らの口元を覆うが、一度口から出てしまった言葉は撤回出来ない。
 ただ、先程見た正義の姿が脳裏から離れず、総次の行動の一つ一つが全てその時の光景にリンクしてしまうのだった。
「平気平気。魔法使いだから。気にしてくれたの? ありがとうねー」
 正義が漸く自分から話し掛けてくれた事を嬉しく思った総次は、心無しか笑みを浮かべながら子供をあやすように正義の頭を撫でる。
 澄みきった青空に、その青の中を泳ぐ雲。視界の中には公園の樹木からなる緑も入り、そんな優しい色の中、総次は太陽の暖かさを感じるように目を閉じた。
「綺麗だね……」
「綺麗ですね……」
 正義の視線は総次の横顔に向けられていた。
 もし、自分にも魔法が使えるようになれば、この時間を永遠のものに出来るのだろうか。正義はじっと総次の横顔を見つめる。
「……総次さん」
「うん?」
 正義の言葉に総次は目を開け、一つ大きな欠伸をする。
「……俺、もうすぐ三十になるんです」
「へーそれはそれは」
「俺も魔法使いになれますか?」
「……うん?」
 正義の話を笑顔で聞いていた総次は、笑みを浮かべたまま首を傾げる。
「彼女居たんじゃなかった?」
「居ましたけど……」
「今まで彼女何人?」
「……三人、です」
 総次の頭には疑問符が浮かぶ。正義の言葉と現実が噛み合わないのだ。
「え?三人いて一回も?」
「一回も、です」
「三十になるんだよね?」
「……はい」
「馬鹿なの?」
「総次さん酷い」
 正義からすると総次の反応は当たり前のものだった。三十を越えて童貞であるという事が非難されるべき事なのならば、総次自身もそれに該当する。しかし総次はまた事情が違い、正義のように相手がいてもする事が出来なかったという訳では無く、立場は違えど性行為自体は経験済みなのだから。勿論、正義は今までそういった経験も無いし、興味を持った事も一度足りとも無い。
「え、お前本当にそれでいいの?」
「良くは無いですけどぉ……」
「出張とか使う?あの二人ならその辺詳しいと思うけど」
「いやデリは流石に……」
 総次の優しさが傷に痛い正義だった。
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