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南部辺境遠征編

081 カナタ、冷蔵庫を作る

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 カナタ自身も気付いていなかったが、深夜の現場は月明かりしかなかった。
ニクが行動出来たのは暗視装置があったからだが、カナタがザイードを見つけられるほどの視界を得たのは、【遠見】スキルのオプション機能によるものだった。
視力を強化する【遠見】スキルは、実は夜間の暗闇でも見やすくする機能があった。
それを気付かずに使っていたため、まるで昼間だったかのように動くことが出来た。
深夜の闇に紛れて行動しようとした犯罪組織と、隠れて現場を見ていたザイードにとっては暗闇の利点を全く得られず、こんなはずじゃなかったと首を捻ることになった。

 一夜明け、衛兵による捜査が終了した。
件の犯罪組織はカナタが討伐した盗賊団に繋がる組織でもあり、衛兵によって拠点が急襲されて壊滅した。
これにより機嫌を良くしたオレンジ男爵が、カナタに面会を求めるという一幕もあった。
一晩中捜査に協力していたカナタは、流石に眠さが限界だったため、面会は丁重に断られ先延ばしとなった。
まあ、オレンジ男爵も睡眠を邪魔されたのは同様だったので、先延ばしはすんなり受け入れられた。
カナタが国の英雄であるアラタの息子だということを差し引いても、オレンジ男爵は貴族らしくない腰の低い珍しい人物だった。



 犯罪組織の残党も壊滅し、襲撃を画策した主犯のザイードも捕まり処罰されたので、カナタは警戒することなくぐっすり眠ることができた。
相変わらずニクが護衛してくれるので、例えまた襲われたとしても安心ということもあっただろうけど。
そんなことで、カナタは昼近くになってもまだ横になっていた。

「ご主人さま! いつまで寝ているんですか! 起きてください!
あー。朝限定スイーツがーーーーーーー!!」

 サキ本人も昼まで寝過ごしたはずなのだが、そんなことは棚に上げたサキがカナタを揺さぶって起こした。
ご主人さまに対する仕打ちではないが、これがサキのキャラクターであり、あまり身分に拘りの無いカナタの好むところでもあった。
カナタは窓から差し込む日の光で、もう昼であることを確認して返事をした。

「こら揺するな。僕は昨日、朝まで寝られなかったんだからな」

 カナタは疲れた顔を隠さずに二度寝しようと横になる。
しかし、睡眠薬で眠らされていたサキは、いつも以上に元気でありカナタを揺する。

「でも~。朝限定スイーツがもう売り切れちゃいますよ~」

 スイーツのためならとことん残念になれるサキの必死さに、カナタは【お財布】から金貨2枚を出すとサキに渡した。

「これで好きなのを買って食べてていいから」

 サキはカナタから金貨を受け取ると、今までの残念さが何処に行ったのかという素早さでスイーツ店へと駆けて行った。
この世界、何度も異世界人の転生が起こっている関係から、生クリームやカスタードが存在している。
だが魔導具の値段が高いために、スイーツを保管する冷蔵設備あるいは時間停止機能のついたマジックバッグを備えたスイーツ店など例外中の例外だった。
つまり暑さに弱い素材を使ったスイーツは、朝の涼しい時間帯か夕方になってからの限定販売となっていた。
このオレンジタウンは、名前の通りオレンジなどの果樹が特産で、その果実を使ったスイーツはこの街では名物となっている。
それを食べるなら朝一か夜しかない。それがこの街を訪れる食通の常識だった。
既に昼近く、サキが焦った原因がまさにそれだった。

 カナタは寝ぼけていたとはいえ、サキに金貨を2枚も渡してしまった。
金貨2枚といえば20万DGという高額になる。
スイーツが高級品だとはいえ、この街でもせいぜい高くて1つ3千DGだった。
つまり全額継ぎ込んで買い込んだとしても、サキ1人で食べられる量ではない。
カナタがサキにマジックバッグをあげているので、そこに保管するだろうとはいえ、サキのバッグはまだシフォンマークのついた時間停止機能付きではなかった。
大量のスイーツを運ぶ事は出来ても、時間で劣化するのでスイーツの保管向きではない。


 カナタが目を覚ますとスイーツが購入出来て満足げな顔と焦りにソワソワする顔を行ったり来たりしているサキが目に入った。
さすがにサキもカナタを起こすのは拙いと冷静になったらしく、カナタが起きるまで待っていたようだ。
しかし、満足げなのは朝限定スイーツが買えて既に食したからだと判るが、サキの焦りの原因とはいったいなんなのだろう?

「ご主人さま、お待ちしておりました!」

 カナタが目を覚ましたことに気付いたサキが、待ってましたという感じでカナタの前にやって来た。

「どうしたんだよ、サキ。
そうだ、スイーツは買えたのか?」

 そのカナタの問いにサキはサッと目を逸らした。
どうやら何かをやらかしたらしい。

「買えたのですが、買い過ぎちゃいました」てへぺろ。

 サキがてへぺろっとあざとく笑う。
話を訊くと、スイーツ店を梯子して、金貨2枚を丸っと使ってスイーツを買って来たらしい。
そのスイーツを1種1つずつ食べたところで、自分のマジックバッグに時間停止機能がまだ無い事にはたと気付いたらしい。

「つまり、僕の【ロッカー】にしまうか、時間停止機能付きのマジックバッグを貸して欲しいということだね?」

 昼近かったために、スイーツは販売限界ギリギリだったそうで、サキはそれを全て根こそぎ購入して来たらしい。
既に生クリームがデロっと形を失いつつあるんだそうだ。
細菌が繁殖していたら食中毒の危険もある。
本来なら廃棄に回りそうなところをサキが強引に奪って来たと言っても良い。

「わかった。とりあえす僕の【ロッカー】に入れておこう」

 カナタがスイーツを引き受けたものの、今後もこの街のスイーツにはお世話になるはずだった。
屋敷での保管ももっと簡単に行いたいところだった。
いつもカナタかシフォンマーク付きのマジックバッグを持っているメンバーがいるとは限らないからだ。
カナタは思案したあげく、冷蔵庫を作ろうと思い立った。

 元々この世界には冷蔵の魔導具が存在している。
しかし、やたら高価で低性能なため、流行っていると言われるこの街のスイーツ店でも使っている店は稀だった。
冷蔵の魔導具があれば、商売時間も伸び、商品も保管出来て長持ちさせられるが、それだけの高額商品を買うメリットがあるかと言えばそうでもなかった。
魔導具の購入資金をペイするまでに無駄に働く時間が長くなるだけという結果も見えていた。
つまり、問題なのは魔導具が高額なことであり、誰も使いたくないわけでないのだ。

 カナタはこの世界の冷蔵の魔導具に3つの欠点があると思っていた。
1つ、断熱性能。
この世界では、箱状の物を作ろうと思ったら木か石を使うのが当たり前だった。
冷蔵の魔導具も構造材がほぼ木であり、冷気が逃げやすいという欠点があった。
これは断熱効果の高い素材を開発すれば、劇的に効果が出るはずだった。
2つ、冷却性能。
冷却を実現するために、古い時代から使い続けられて来た冷却の魔法陣を使用しているようなのだが、その魔法陣がいただけなかった。
カナタが【陣魔法】のスキルで調べたところ、間違った記述とそれを打ち消そうという記述でつぎはぎだらけであり、非効率な魔法陣となっていた。
これは簡略化した魔法陣を使えば効率がアップして、さらに性能もあがるはずだった。
3つ、高価。
冷蔵の魔導具は高価な魔宝石を使用することで高額化していた。
しかも魔法陣が非効率なため、燃料石の魔力消費が激しい。
ランニングコストも高く、さらに費用を嵩ませていた。
これは、魔法陣の簡略化による省エネと、属性石を使うことが出来れば安価にできるはずだった。

 カナタはサクっと冷蔵庫を完成させた。
【錬金術】やら【陣魔法】やらのスキルを動員した結果簡単に創れてしまった。
ステンレスの筐体を二重構造にして板と板の間に断熱材を入れた。
断熱材はガラス系のグラスウールを充填した。
ステンレスとグラスウールは、この世界の素材と【錬金術】でどうにか実現しそうだったのがそれだっただけなのだが、カナタは知らないはずの知識からそれを引っ張り出して使用していた。
そこに【陣魔法】で最大効率の魔法陣を描き、属性石に【氷魔法】を付与して、ミスリルの魔力線を繋げて交換可能な形にして完成だった。
この属性石は氷の属性石という稀なものだったのだが、カナタは気付かずに自力で錬成してしまっていた。
カナタはこれを水の属性石だとばかり思っていた。

「よし出来た。中も順調に冷えているな」

 カナタは自分の作品に満足していた。
この冷蔵庫は使用しているのが属性石なので、高性能でありながら魔道具に分類されるものだった。

「サキ、スイーツは冷蔵庫こっちに移すからね。
こっちの方が冷たくて美味しくなるはずだぞ」

 また知らない知識による冷却効果の効能だったのだが、カナタは美味しくなるという漠然とした認識があるだけで、その理由には気付いていなかった。


◇  ◇  ◇  ◇  ◇  ◇  ◇  ◇


 夕方、カナタたちが泊っている宿屋の前に豪華だが過剰でない装飾の馬車が横付けされた。

コンコン

 カナタたちの部屋のドアがノックされる。
サキが一応護衛の役目としてドアに向かい応対した。
ドアを開けると、そこには宿屋の女将さんがいた。

「領主様がお越しなのですが、お通ししてもよろしいでしょうか?」

 それはカナタに面会したいと言っていたオレンジ男爵の突然の訪問だった。
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