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エピローグ

最終話  死神の憂鬱

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 病院前の車寄せに歩いていくと、そこに一台の黒塗りの高級車が止まっていた。イツカは助手席ではなく、当たり前のように後部座席に乗り込んだ。

「お話は済んだのですか?」

「ええ、終わったわ」

「お顔がすぐれないようですが。もしかして、あの少年になにか言われ――」

「あなたの仕事は私の心を覗くことだったかしら?」

「あっ、いえ、すみませんでした。出過ぎた口を利いてしまいました」

「車を出してくれる」

「はい、分かりました」

 運転席に座る男が車を優雅に発進させる。サラリーマン然とした男は紫人である。

 紫人――つまり、死人しびとというわけだ。

 あるときは死神の代理人であり、またあるときは、イツカのお抱え運転手ショーファーであったりする。

 イツカは後部座席の背もたれに深く体を預けた。目を閉じて瞑想する。再び目を開けたとき、その表情は一変していた。さきほどまでの苦悩の色はすっかりと消え失せ、今は怖いくらいの冴え冴えとした表情を浮かべている。

「そういえば、役所から連絡はあったかしら?」

「はい、さきほど病院工事の件で、お礼の連絡がありました」

「そう」

「病院の工事というのは、先日のゲームの舞台になった病院のことですか?」

「そうよ。耐震補強の工事なんかよりも、建物を新築で作り直す方が何十倍も費用がかかるでしょ。建築関係者はそっちの方が大喜びよ。もちろん、公立の建物だから建設の入札に絡んで、役所の人間にもいろいろと臨時収入が入るでしょうね。いろいろな所から、それなりの謝礼が届くわよ」

「そこまで考えて、あの病棟崩壊のデストラップを考えていたんですね。最近の死神の仕事というのは、いろいろとやらないといけないんですね」

「なにも最近に始まったわけじゃないわ。昔から言うでしょ、地獄の沙汰も金次第ってね。死神だからといって、人間の魂ばかり集めていればいいってもんじゃないのよ。漫画やアニメの世界ならそれでもいいけど、現実の世界はお金を中心として回っているのよ」

「イツカさんといるといろいろと勉強になります」

「――それはそうと、私が頼んでおいた件はどうなったかしら?」

「それでしたら、非常にいい物件が見付かりました。十日ほど前に廃業した地方の遊園地です」

「遊園地?」

「はい。今回の病院とは比べ物にならないくらいに、広大な規模の敷地面積があります。ゲームを実施するには最適なんじゃないかと」

「面積が広いだけじゃ、かえってゲームが散漫になるんじゃないの?」

「それがですね、遊園地に付き物のアトラクション施設、及び乗り物類が、電気さえ通せば、すぐにでも稼動できる状態なんです」

「アトラクションに乗り物まで付いているのならばおもしろそうね。ここからその遊園地まで、どれくらいの時間がかかるの?」

「そうですね、約二時間弱といったところです」

「分かったわ。それじゃ、今からそこに向かってくれる」

「はい、分かりました」

 紫人がアクセルを踏み込み、車のスピードを上げる。

「建物が壊される前に、持ち主や役所関係に良い条件で話を付けて確保しておこうかしら」

 イツカはシートに背中を預けた。遊園地のアトラクションを使ったデストラップについて、さっそく考え始める。


 観覧車、ゴーカート、メリーゴーランド、巨大迷路、お化け屋敷。さらには絶叫系といわれる、ジェットコースター、フリーフォール、バンジージャンプ。


 面白そうなデストラップがいくつも作れそうである。

 そんなことを考えていると、ある少年の顔が思い浮かんできた。

 
  あの少年ならば、いかにして遊園地を舞台にしたデストラップをクリアするだろうか? 


 なんとなく簡単にクリアしてしまうような気がした。


 ふっ、甘いな、私も――。


 イツカは心の中でひとりごちた。イツカ本人は気付いていなかったが、イツカの口元には苦笑にも似た笑みがひっそりと浮いていた。


 ――――――――――――――――


 紫人はルームミラー越しにご主人様の笑みに気付いたが、運転という職務に忠実に従事していたので、そのことについて敢えてご主人様に問うたりすることはなかった。


 苦笑を浮かべる死神と、しかつめらしい顔をした運転手という、おかしな二人組によるドライブは現地に到着するまで続く――。


                                   終わり
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