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第二部 死闘
第47話 死神との死闘 その1
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――――――――――――――――
残り時間――3時間28分
残りデストラップ――2個
残り生存者――3名
死亡者――6名
重体によるゲーム参加不能者――4名
――――――――――――――――
紫人からのメールが届いた。
『 ゲーム退場者――1名 瓜生
残り時間――3時間28分
残りデストラップ――2個
残り生存者――3名
死亡者――6名
重体によるゲーム参加不能者――4名 』
スオウは右脇の下で器用に鉄パイプを挟み込んで、素早くメールをチェックした。そこに絶対に見たくない名前が載っていた。
「そんな……瓜生さん……瓜生さん……」
瓜生の笑顔が頭に思い浮かんでくる。必ず再会すると約束したはずなのに。
「ちゃんと……約束したじゃないですか……。大人なのに……大人なのに……約束を破るなんて……ずるいですよ……ずるいじゃないですかっ!」
その場に崩折れた。
「――スオウ君、今は病院から遠ざかるのが先決だよ!」
イツカがスオウの左手を引っ張る。
「でも、瓜生さんは再会するって、約束してくれたんだ……。それなのにさ……それなのにさ……」
「いいから、早く起きてっ!」
「なんだよ、イツカは悲しくないのかよっ!」
行き場のない悲しみを、イツカにぶつけてしまった。それが八つ当たりだということは、スオウ自身が一番分かっている。
「スオウ君!」
イツカが声を張り上げた。
「病気で苦しんでいる妹さんが待っているんでしょ!」
それはスオウのことを思いやるイツカの優しい叱責の声だった。
「――そうだ……妹が、妹が……待っているんだ……」
スオウはイツカの手に引かれてゆっくりと立ち上がった。イツカの目を見て、静かに一回うなずいた。今やらなければいけないことがなんなのか再確認する。
おれはここで落ち込んでいてはいけないんだ。ゲームに勝たないとならないんだ! 妹の為にも生き残らないといけないんだ!
イツカの一喝のおかげで、混乱していた頭に冷静さが戻った。
「――ありがとう、イツカ。瓜生さんには悪いけど、今は逃げることに専念しよう」
「そうだよ。スオウ君、今は目の前のやれることをしないと」
「よし、駐車場まで急ごう」
スオウは鉄パイプを右手で力強く握り締めた。銃で撃たれた傷口の痛みに耐えながら、前を向いて歩いていく。
ときおり耳の横を通り過ぎていく強風の音。反対に遠くから聞こえる雷鳴の音。
どうやらゲーム開始当初に五階ロビーで見た天気予報が当たったらしい。大雨と暴風が市内で発生しているみたいだ。今はこれ以上天候が悪化しないことを祈るばかりである。
地震による緊急出動なのだろうか、けたたましいサイレンが何十にも重なって聞こえてくる。それだけ多くの緊急車両が出動しているのだろう。
「とりあえず救急車を呼んでみようか。この状況じゃ、いつ来てくれるか分らないけれど、おれたち二人じゃ重体のゲーム参加者を外へ運び出せないからな」
「うん、それが一番安全な方法かもしれないね」
スオウはイツカに確認してから、スマホで119番に連絡を入れた。
「はい、消防です。火事ですか? それとも救急ですか?」
地震の影響による回線の混雑を予想していたが、電話はすぐに消防署につながった。
「救――」
『急』と言いかけたとき、突然、まばゆい光に顔を照らされた。咄嗟に光の方に視線を向けたが、まぶしすぎて視界がまったく利かない。
ギュルルンという獣の咆哮じみた音が前方からした。
「スオウ君、危ないっ!」
イツカの驚いた声を聞くまでもなく、その音が車のエンジン音だと分かった。さっき見た入り口付近に止まっていたルーフが壊れた車だろう。
それが意味することは――。
車の屋根に落ちたのは人間だったに違いない。しかも、その人物はまだ生きているのだ。そして、車を運転しているのだろう。
今このゲーム内で生き残っている人間は三人しかいない。スオウと、イツカと、もうひとり――。
光芒を放つ人工的な獣が、猛烈なスピードで近付いてくる。
「イツカは早く逃げるんだっ!」
スオウは考えるよりも先に行動していた。隣に立つイツカの背を手で力強く押す。車のヘッドライトの中に自分だけが残る。
「スオウ君!」
イツカの絶叫。
くそっ、なにか策はないか……?
ヘッドライトの光が間近に迫ったところで、ようやく車の輪郭が目で把握できた。そのとき、別の物がスオウの視界に入った。
これだ! これしかない!
スオウは地面に右手を付き、『それ』を掴んだ。光に向かって『それ』を大きく持ち上げる。
ちょうどそのとき、良い具合に一陣の風が吹き抜けた。
スオウが手にした『それ』――足場を覆っていた巨大なシートが、風の力で舞い上がり、猛スピードで接近してきた車に飛んでいき、フロントガラスを一面覆い隠した。
よし、今だっ!
スオウは一か八かのタイミングを見計らって、真横に飛んだ。同時に、下半身に非常に重たい衝撃が走った。そのまま地面に飛ばされて転がっていく。
だが、ここで気を失う訳にはいかない。車の行方を必死に確認する。
フロントガラスをシートで閉ざされた車は左右に蛇行しつつ、体勢を整えるためか急ブレーキを踏んだ。切り裂くような音とともに、車体がグリップを失い、スピンをした。そのまま、スピードを落とすことなく病院の外壁に激突する。
コンクリートの塊と鉄の塊がぶつかり合う衝撃音。
「やった……のか……?」
変形した車が薄闇の中にぼんやりと見える。白い煙が闇の中を、空へと立ち上っていく。
「スオウ君、大丈夫なの?」
イツカが駆け寄ってきた。
「――ああ、ちょっとかすっただけだから平気さ」
スオウは強がってみせたが、実際のところ、左わき腹の辺りにじんじんとした痛みがあった。車をよけるのが一瞬遅れてしまったのだ。
「早くここから逃げよう!」
「そうだな……」
スオウは答えながらも、車からまだ目を離すことが出来なかった。
そのとき、車の一部から赤い光が生まれた。それがたちまち車全体に広がっていく。どうやらガソリンに引火したらしい。
「車が燃え始めたみたいだね」
イツカも車の様子に目を奪われている。
「このまま爆発するかも知れないな」
「ここから離れなくていいの?」
「これくらい距離があれば大丈夫だと思うけど」
スオウたちと車とは、10メートル以上距離が離れている。かりに車が爆発しても、被害は被りそうにはなかった。それよりも、スオウはその目でしっかりと最後を確認したかった。車に乗っていたであろう、あの男の最後を――。
「――ねえ、スオウ君、これで終わったんだよね?」
「だと思いたいけどな。この体じゃ、これ以上やつの相手を続けるのは――」
二人の話し声をかき消すように、爆音が轟き渡った。ついに車が爆発したのだ。
病院の三階近くまで、昇り竜のごとく炎が立ち上っていく。爆発の衝撃によって、車の破片がそこらじゅうに飛び散っていく。ガソリン特有の鼻をつくニオイと、焦げ臭いニオイがあたりに立ち込めていく。
爆発によって、車は完全に破壊されていた。
「この炎で全部燃やし尽くしてくれよな……」
だが、スオウの願いは届かなかった。ガジャンという音が車の付近でしたのだ。
そこに炎を背にまとった人影が立っていた。
「う、う、うそ……うそ……うそ、でしょう……」
イツカが声を震わせた。スオウも目の前の光景が信じられなかった。あれだけの規模の爆発だったにも関わらず、その男は生きていたのだ。
「あいつ……不死身なのかよ……。まるで……死神そのものじゃないか……」
地獄の炎の中から姿をあらわした死神を思わせる男――瑛斗。
残り時間――3時間28分
残りデストラップ――2個
残り生存者――3名
死亡者――6名
重体によるゲーム参加不能者――4名
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紫人からのメールが届いた。
『 ゲーム退場者――1名 瓜生
残り時間――3時間28分
残りデストラップ――2個
残り生存者――3名
死亡者――6名
重体によるゲーム参加不能者――4名 』
スオウは右脇の下で器用に鉄パイプを挟み込んで、素早くメールをチェックした。そこに絶対に見たくない名前が載っていた。
「そんな……瓜生さん……瓜生さん……」
瓜生の笑顔が頭に思い浮かんでくる。必ず再会すると約束したはずなのに。
「ちゃんと……約束したじゃないですか……。大人なのに……大人なのに……約束を破るなんて……ずるいですよ……ずるいじゃないですかっ!」
その場に崩折れた。
「――スオウ君、今は病院から遠ざかるのが先決だよ!」
イツカがスオウの左手を引っ張る。
「でも、瓜生さんは再会するって、約束してくれたんだ……。それなのにさ……それなのにさ……」
「いいから、早く起きてっ!」
「なんだよ、イツカは悲しくないのかよっ!」
行き場のない悲しみを、イツカにぶつけてしまった。それが八つ当たりだということは、スオウ自身が一番分かっている。
「スオウ君!」
イツカが声を張り上げた。
「病気で苦しんでいる妹さんが待っているんでしょ!」
それはスオウのことを思いやるイツカの優しい叱責の声だった。
「――そうだ……妹が、妹が……待っているんだ……」
スオウはイツカの手に引かれてゆっくりと立ち上がった。イツカの目を見て、静かに一回うなずいた。今やらなければいけないことがなんなのか再確認する。
おれはここで落ち込んでいてはいけないんだ。ゲームに勝たないとならないんだ! 妹の為にも生き残らないといけないんだ!
イツカの一喝のおかげで、混乱していた頭に冷静さが戻った。
「――ありがとう、イツカ。瓜生さんには悪いけど、今は逃げることに専念しよう」
「そうだよ。スオウ君、今は目の前のやれることをしないと」
「よし、駐車場まで急ごう」
スオウは鉄パイプを右手で力強く握り締めた。銃で撃たれた傷口の痛みに耐えながら、前を向いて歩いていく。
ときおり耳の横を通り過ぎていく強風の音。反対に遠くから聞こえる雷鳴の音。
どうやらゲーム開始当初に五階ロビーで見た天気予報が当たったらしい。大雨と暴風が市内で発生しているみたいだ。今はこれ以上天候が悪化しないことを祈るばかりである。
地震による緊急出動なのだろうか、けたたましいサイレンが何十にも重なって聞こえてくる。それだけ多くの緊急車両が出動しているのだろう。
「とりあえず救急車を呼んでみようか。この状況じゃ、いつ来てくれるか分らないけれど、おれたち二人じゃ重体のゲーム参加者を外へ運び出せないからな」
「うん、それが一番安全な方法かもしれないね」
スオウはイツカに確認してから、スマホで119番に連絡を入れた。
「はい、消防です。火事ですか? それとも救急ですか?」
地震の影響による回線の混雑を予想していたが、電話はすぐに消防署につながった。
「救――」
『急』と言いかけたとき、突然、まばゆい光に顔を照らされた。咄嗟に光の方に視線を向けたが、まぶしすぎて視界がまったく利かない。
ギュルルンという獣の咆哮じみた音が前方からした。
「スオウ君、危ないっ!」
イツカの驚いた声を聞くまでもなく、その音が車のエンジン音だと分かった。さっき見た入り口付近に止まっていたルーフが壊れた車だろう。
それが意味することは――。
車の屋根に落ちたのは人間だったに違いない。しかも、その人物はまだ生きているのだ。そして、車を運転しているのだろう。
今このゲーム内で生き残っている人間は三人しかいない。スオウと、イツカと、もうひとり――。
光芒を放つ人工的な獣が、猛烈なスピードで近付いてくる。
「イツカは早く逃げるんだっ!」
スオウは考えるよりも先に行動していた。隣に立つイツカの背を手で力強く押す。車のヘッドライトの中に自分だけが残る。
「スオウ君!」
イツカの絶叫。
くそっ、なにか策はないか……?
ヘッドライトの光が間近に迫ったところで、ようやく車の輪郭が目で把握できた。そのとき、別の物がスオウの視界に入った。
これだ! これしかない!
スオウは地面に右手を付き、『それ』を掴んだ。光に向かって『それ』を大きく持ち上げる。
ちょうどそのとき、良い具合に一陣の風が吹き抜けた。
スオウが手にした『それ』――足場を覆っていた巨大なシートが、風の力で舞い上がり、猛スピードで接近してきた車に飛んでいき、フロントガラスを一面覆い隠した。
よし、今だっ!
スオウは一か八かのタイミングを見計らって、真横に飛んだ。同時に、下半身に非常に重たい衝撃が走った。そのまま地面に飛ばされて転がっていく。
だが、ここで気を失う訳にはいかない。車の行方を必死に確認する。
フロントガラスをシートで閉ざされた車は左右に蛇行しつつ、体勢を整えるためか急ブレーキを踏んだ。切り裂くような音とともに、車体がグリップを失い、スピンをした。そのまま、スピードを落とすことなく病院の外壁に激突する。
コンクリートの塊と鉄の塊がぶつかり合う衝撃音。
「やった……のか……?」
変形した車が薄闇の中にぼんやりと見える。白い煙が闇の中を、空へと立ち上っていく。
「スオウ君、大丈夫なの?」
イツカが駆け寄ってきた。
「――ああ、ちょっとかすっただけだから平気さ」
スオウは強がってみせたが、実際のところ、左わき腹の辺りにじんじんとした痛みがあった。車をよけるのが一瞬遅れてしまったのだ。
「早くここから逃げよう!」
「そうだな……」
スオウは答えながらも、車からまだ目を離すことが出来なかった。
そのとき、車の一部から赤い光が生まれた。それがたちまち車全体に広がっていく。どうやらガソリンに引火したらしい。
「車が燃え始めたみたいだね」
イツカも車の様子に目を奪われている。
「このまま爆発するかも知れないな」
「ここから離れなくていいの?」
「これくらい距離があれば大丈夫だと思うけど」
スオウたちと車とは、10メートル以上距離が離れている。かりに車が爆発しても、被害は被りそうにはなかった。それよりも、スオウはその目でしっかりと最後を確認したかった。車に乗っていたであろう、あの男の最後を――。
「――ねえ、スオウ君、これで終わったんだよね?」
「だと思いたいけどな。この体じゃ、これ以上やつの相手を続けるのは――」
二人の話し声をかき消すように、爆音が轟き渡った。ついに車が爆発したのだ。
病院の三階近くまで、昇り竜のごとく炎が立ち上っていく。爆発の衝撃によって、車の破片がそこらじゅうに飛び散っていく。ガソリン特有の鼻をつくニオイと、焦げ臭いニオイがあたりに立ち込めていく。
爆発によって、車は完全に破壊されていた。
「この炎で全部燃やし尽くしてくれよな……」
だが、スオウの願いは届かなかった。ガジャンという音が車の付近でしたのだ。
そこに炎を背にまとった人影が立っていた。
「う、う、うそ……うそ……うそ、でしょう……」
イツカが声を震わせた。スオウも目の前の光景が信じられなかった。あれだけの規模の爆発だったにも関わらず、その男は生きていたのだ。
「あいつ……不死身なのかよ……。まるで……死神そのものじゃないか……」
地獄の炎の中から姿をあらわした死神を思わせる男――瑛斗。
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