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第二部 死闘
第31話 タバコは寿命を縮めます 第五、第六の犠牲者
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――――――――――――――――
残り時間――6時間16分
残りデストラップ――7個
残り生存者――9名
死亡者――2名
重体によるゲーム参加不能者――2名
――――――――――――――――
拳銃を手にしたヒロユキは、下半身がガレキの下敷きになって動けなくなっているヒロトの姿を見つけだした。ヒロトはまだ意識がはっきりしないのか、目元がぼんやりとしている。
「おいおい、ざまーねえ格好だな」
バカにしたように言った。
「まだ起きてねえのか? じゃあ、オレが起こしてやるよ」
ヒロトの下半身が埋まっているであろうガレキを、体重をかけた足で強く押し込んだ。
「うぐ、ぐ……ぐ……」
ガレキの重みにさらにヒロユキの足の力が加わって、ヒロトの体を苛む痛みが増したらしい。
「手も足もでないっていうのは、まさにこういうことを言うんだな」
ヒロユキは勝ち誇ったようにせせら笑う。そして手にした拳銃の先を、ゆっくりとヒロトの顔にポイントした。ほんの少しでも強く引き金をひけば銃弾は発射され、間違いなくヒロトは死ぬはずだ。
――――――――――――――――
四階の廊下でスオウたちは円城と分かれた。スオウとイツカは院内案内図をみて、リハビリルームの場所を確認すると、そちらに向かって歩き出した。
「都合よく車イスが置いてあればいいんだけどな」
「きっと大丈夫だよ。こんなに大きな病院なんだからね」
「イツカは楽天的だよな」
「だって、悲観していてもはじまらないでしょ?」
「それもそうだけどさ。でも、まだデストラップは7個も残ってるんだぜ。この病院を出る前に、次のデストラップが発動する可能性だってあるしさ」
「そうなったら、スオウ君の出番でしょ」
「えっ、おれ? なんで?」
「さっきだって、デストラップの前兆をちゃんと読み取ってくれたでしょ?」
「あれは完全にまぐれだよ」
「でも勘が鋭い人っているでしょ? だから、わたしはそばにスオウ君がいるだけで安心しているんだよ」
凄く遠まわしにイツカから告白をされたみたいで、顔を赤らめて照れてしまうスオウだった。
「そこまで言われたら、デストラップの前兆は必ず見逃さないようにしないとな」
「スオウ君、期待しているからね」
イツカがスオウの顔をじっと見つめてきたので、スオウは慌てて視線を外して、あらぬ方を見つめるのだった。
――――――――――――――――
五階のホール内は、ミネのか細い呼吸音だけが聞こえるだけの静かな状況だった。円城がホールに入っていくと、ぼんやりとした表情を浮かべて座っていた五十嵐がさっと立ち上がり、こちらに近寄ってきた。
「円城さん、どうしたんですか? あの高校生二人が瓜生さんのところに行くと言って出て行ったんですが……」
「それなら本人たちに聞いている。あの二人が私たちのいるところに来てくれんだ。そこで話し合って、この病院から出ようという結論になった。それで五階にいる参加者にも連絡しなといけなくなって、私が来たんだ。あの二人は別の用事があって、動いてもらっている」
「そうだったんですか。それなら良かった。もしかしたら、あの二人もって気が気がじゃなかったんですよ」
円城の話を聞いた五十嵐は安心したのか、ほっと肩の力を抜いた。
「五十嵐さん以外のほかの参加者の様子はどうかな?」
五十嵐に訊きながら、円城はホール内をぐるっと見回した。
「ミネさんは相変わらずの状態のままですね。薫子さんは地震の直後は恐怖で混乱していたけど、今は逆に落ち着いています」
「それであの男は?」
円城は瑛斗本人には気付かれないように五十嵐に目配せした。
「ああ、彼は最初から変わらず、あのまんまですよ。なにか気になることでも?」
「いや、このゲームの参加者の人となりはあるていど把握したが、あの男だけは正体が掴めないままなんで、少し気になっていてね」
「うーん、ただの人見知りにしか見えないけど……」
「それならそれに越したことはないんだけどな」
円城は瑛斗を観察するように見つめた。瑛斗は薫子のお腹の辺りにじっと視線を向けている。お腹の赤ちゃんのこと心配しているのか。それとも――。
その視線がなにを意味するものなのか、円城には分からなかった。
――――――――――――――――
誰かの声が聞こえる。始めは遠くから聞こえていた声が、徐々に近くで聞こえてきた。それにともなって意識もはっきりとしてきた。
ゲーム……そうだ……オレは、命をかけたゲームをしていたんだ!
瞬間的に完全に覚醒した。とたんに、体に痛みが走った。意識が戻ったことで、感覚も戻ってきたのである。しかし不思議とその痛みは上半身のみで、下半身に痛みは感じなかった。
「うぐ……ぐ、ぐ、ぐ……」
歯を食いしばっていても、勝手にもれてきてしまう呻き声。
「ようやく起きたみたいだな。ったく、待ちくたびれたぜ」
頭上から声が降ってきた。すぐにその声の主が誰であるか思い出した。
「お前か……」
汗と埃が目に入ってくるせいでよく見えなかったが、自分の親友をナイフで刺した男の顔を忘れるはずがなかった。
「お前は……絶対にゆるさねえからな……」
「その格好でよくそんなことが言えるな。それとも冗談でも言ってるつもりか? だとしたら笑えねえ冗談だな」
ヒロユキが嘲笑した。
ヒロトは辺りに目を向けようとしたが、顔はほんの少しだけ持ちあげるので精一杯だった。それでも、辛うじて自分の置かれている状況だけは把握することが出来た。
胸から下の部分が、あの地震の揺れによって落ちてきた天井の下敷きになっていた。天上のガレキはかなりの重量らしく、全身に力をいれてもビクともしない。
そのガレキの上に、鼻血をたらしながらも、勝ち誇った顔をしたヒロユキが立っている。右手には拳銃。その銃口は一直線にヒロトの顔に向けられている。
「ようやく自分の状況を理解したみたいだな。その格好でも、まだほざいていられるのか?」
「そっちこそ……これで……勝った、つもりか……?」
それだけようやく言い返した。
「この状況じゃ負ける気はしねえよ。オレもガレキの下敷きになったが、簡単に抜け出した。しかも、これを見ろよ! あんだけの地震の後に、この銃を見つけ出したんだぜ! 幸運の女神さまはお前じゃなく、オレに微笑んでくれたみてえだな!」
ヒロユキの野卑な声。その声に重なるようにして――。
電気配線から聞こえるジジジという電流の音。
空気が抜けるようなシューシューという音。
天井の穴に引っかかっていたガレキがときおり落ちる音。
ヒロトは銃口に注意を払いつつ、限られた視界の中で、この絶体絶命の状況を打破できるなにかを探し始めた。頭をフル回転させる。同時に、動かせる体の部分を最大限に動かしてみる。
電気配線をなんとかして感電させることは出来ないか?
天井の穴に引っかかっているガレキを、どうにかしてこいつの頭上に落とせないか?
だが考え付くものはすべて出来そうになかった。
「どうした? 急にダマっちまってよ。なにか名案でも考えてるのか? だとしてら、もう時間切れだぜ」
ヒロユキが拳銃の引き金に掛けた指に力を入れる。この男は本気で撃つ気なのだ。
「――お前にオレが撃てるのか? ホールではビビって撃てなかったんじゃないのか?」
ヒロトは時間稼ぎの為に必死に言葉を発していく。
「心配するな。さっきとは違うからな。今はしっかりと撃ってやるよ!」
「…………」
こちらの挑発にのらないヒロユキに対して、ヒロトの方が焦り始めてしまった。そのとき必死に動かしていたヒロトの右手に触れるものがあった。いつもズボンの後ろポケットに入れているタバコである。一服して頭を休ませたいが、むろんそんな余裕はない。
「おい、タバコでも吸って、一回頭を落ち着けたらどうだ?」
ヒロトは体の下から苦労してタバコの箱を引っ張り出した。それをヒロユキに見せ付ける。
ヒロユキの目がタバコの箱に泳いだ。予想通りの反応だった。捕まって護送中の身だったのだから、きっとしばらくの間タバコを吸っていないと踏んだのだ。これで少しは時間が稼げるはずである。
「どうした? いらねえのか?」
ヒロトは唇だけを起用に使って、箱からタバコを一本取り出すと、痛みに顔をしかめながら口にくわえた。
「…………」
ヒロユキの喉がごくりと大きく動く。
「なんだ、そのナリしてまさか禁煙中とか言うんじゃねえよな?」
ヒロトはさらにけしかける。タバコの箱からライターをなんとか取り出した。火をつけようとしたとき、箱に書かれている文字が目に入った。慌ててライターのスイッチから指を外す。
「まさか……これって『そういう意味』なのか……?」
ヒロユキには聞こえない小さな声でつぶやいた。そういえばさっきからずっと、部屋のどこかで空気が抜けるようなシューシューという音がしている。
「おい、そいつを一本よこせ!」
タバコを我慢出来なかったのか、ヒロユキが大きな声を出した。
「――――」
しかし、ヒロトは返事をするどころではなかった。頭の中にある考えが浮かんでいて、そのことで頭が一杯だったのである。
「一本よこせって言ってんだろうっ! それともお前を殺してから奪ってもいいんだぜっ!」
ヒロユキが怒鳴り声を張り上げた。よっぽどタバコの誘惑に飢えていたらしい。
こうなったらやるしかないか……。
ヒロトはある考えを実行する覚悟を決めた。ヒロトの脳裏に親友の顔が思い浮かぶ。
ハルマ、今からお前の仇を討ってやるからな。
それで気持ちの踏ん切りはついた。
「ほらよ、そんなに欲しいのなら、箱ごとくれてやるよ!」
ヒロトはタバコの箱をヒロユキの足元に放り投げた。
空気が抜けるような『シューシュー』という音がしている。
ヒロユキは鼻血を流していて、その『ニオイ』にまだ気が付いていない。
ヒロユキがタバコの箱に飛び付く。すぐに箱から一本取り出して、口にくわえる。
「おい、火だよ、火。そのライターをよこせ!」
「その前に箱をよく見てみろよ」
「はあ? なにくだらねえこと言ってんだ!」
タバコの箱には『タバコはあなたの寿命を縮めます』と書かれている!
空気が抜けるような『シューシュー』という気体の音がしている!
ヒロユキはその『ニオイ』の正体に気付いていない!
「分かんねえのかよ。じゃあ、オレが教えてやるよ。――お前は幸運の女神様じゃなく、死神に好かれたんだよっ!」
ヒロトは手にしていたライターの着火ボタンを強く押し込んだ。
次の瞬間――。
二人がいるガレキの山で覆われていたレストラン内で、凄まじい轟音を伴って大爆発が起こった。
部屋中に充満していた『ガス』に引火したのだった!
ヒロユキが炎と爆風の両方を受けて体ごと吹き飛ばされた――。
残り時間――6時間16分
残りデストラップ――7個
残り生存者――9名
死亡者――2名
重体によるゲーム参加不能者――2名
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拳銃を手にしたヒロユキは、下半身がガレキの下敷きになって動けなくなっているヒロトの姿を見つけだした。ヒロトはまだ意識がはっきりしないのか、目元がぼんやりとしている。
「おいおい、ざまーねえ格好だな」
バカにしたように言った。
「まだ起きてねえのか? じゃあ、オレが起こしてやるよ」
ヒロトの下半身が埋まっているであろうガレキを、体重をかけた足で強く押し込んだ。
「うぐ、ぐ……ぐ……」
ガレキの重みにさらにヒロユキの足の力が加わって、ヒロトの体を苛む痛みが増したらしい。
「手も足もでないっていうのは、まさにこういうことを言うんだな」
ヒロユキは勝ち誇ったようにせせら笑う。そして手にした拳銃の先を、ゆっくりとヒロトの顔にポイントした。ほんの少しでも強く引き金をひけば銃弾は発射され、間違いなくヒロトは死ぬはずだ。
――――――――――――――――
四階の廊下でスオウたちは円城と分かれた。スオウとイツカは院内案内図をみて、リハビリルームの場所を確認すると、そちらに向かって歩き出した。
「都合よく車イスが置いてあればいいんだけどな」
「きっと大丈夫だよ。こんなに大きな病院なんだからね」
「イツカは楽天的だよな」
「だって、悲観していてもはじまらないでしょ?」
「それもそうだけどさ。でも、まだデストラップは7個も残ってるんだぜ。この病院を出る前に、次のデストラップが発動する可能性だってあるしさ」
「そうなったら、スオウ君の出番でしょ」
「えっ、おれ? なんで?」
「さっきだって、デストラップの前兆をちゃんと読み取ってくれたでしょ?」
「あれは完全にまぐれだよ」
「でも勘が鋭い人っているでしょ? だから、わたしはそばにスオウ君がいるだけで安心しているんだよ」
凄く遠まわしにイツカから告白をされたみたいで、顔を赤らめて照れてしまうスオウだった。
「そこまで言われたら、デストラップの前兆は必ず見逃さないようにしないとな」
「スオウ君、期待しているからね」
イツカがスオウの顔をじっと見つめてきたので、スオウは慌てて視線を外して、あらぬ方を見つめるのだった。
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五階のホール内は、ミネのか細い呼吸音だけが聞こえるだけの静かな状況だった。円城がホールに入っていくと、ぼんやりとした表情を浮かべて座っていた五十嵐がさっと立ち上がり、こちらに近寄ってきた。
「円城さん、どうしたんですか? あの高校生二人が瓜生さんのところに行くと言って出て行ったんですが……」
「それなら本人たちに聞いている。あの二人が私たちのいるところに来てくれんだ。そこで話し合って、この病院から出ようという結論になった。それで五階にいる参加者にも連絡しなといけなくなって、私が来たんだ。あの二人は別の用事があって、動いてもらっている」
「そうだったんですか。それなら良かった。もしかしたら、あの二人もって気が気がじゃなかったんですよ」
円城の話を聞いた五十嵐は安心したのか、ほっと肩の力を抜いた。
「五十嵐さん以外のほかの参加者の様子はどうかな?」
五十嵐に訊きながら、円城はホール内をぐるっと見回した。
「ミネさんは相変わらずの状態のままですね。薫子さんは地震の直後は恐怖で混乱していたけど、今は逆に落ち着いています」
「それであの男は?」
円城は瑛斗本人には気付かれないように五十嵐に目配せした。
「ああ、彼は最初から変わらず、あのまんまですよ。なにか気になることでも?」
「いや、このゲームの参加者の人となりはあるていど把握したが、あの男だけは正体が掴めないままなんで、少し気になっていてね」
「うーん、ただの人見知りにしか見えないけど……」
「それならそれに越したことはないんだけどな」
円城は瑛斗を観察するように見つめた。瑛斗は薫子のお腹の辺りにじっと視線を向けている。お腹の赤ちゃんのこと心配しているのか。それとも――。
その視線がなにを意味するものなのか、円城には分からなかった。
――――――――――――――――
誰かの声が聞こえる。始めは遠くから聞こえていた声が、徐々に近くで聞こえてきた。それにともなって意識もはっきりとしてきた。
ゲーム……そうだ……オレは、命をかけたゲームをしていたんだ!
瞬間的に完全に覚醒した。とたんに、体に痛みが走った。意識が戻ったことで、感覚も戻ってきたのである。しかし不思議とその痛みは上半身のみで、下半身に痛みは感じなかった。
「うぐ……ぐ、ぐ、ぐ……」
歯を食いしばっていても、勝手にもれてきてしまう呻き声。
「ようやく起きたみたいだな。ったく、待ちくたびれたぜ」
頭上から声が降ってきた。すぐにその声の主が誰であるか思い出した。
「お前か……」
汗と埃が目に入ってくるせいでよく見えなかったが、自分の親友をナイフで刺した男の顔を忘れるはずがなかった。
「お前は……絶対にゆるさねえからな……」
「その格好でよくそんなことが言えるな。それとも冗談でも言ってるつもりか? だとしたら笑えねえ冗談だな」
ヒロユキが嘲笑した。
ヒロトは辺りに目を向けようとしたが、顔はほんの少しだけ持ちあげるので精一杯だった。それでも、辛うじて自分の置かれている状況だけは把握することが出来た。
胸から下の部分が、あの地震の揺れによって落ちてきた天井の下敷きになっていた。天上のガレキはかなりの重量らしく、全身に力をいれてもビクともしない。
そのガレキの上に、鼻血をたらしながらも、勝ち誇った顔をしたヒロユキが立っている。右手には拳銃。その銃口は一直線にヒロトの顔に向けられている。
「ようやく自分の状況を理解したみたいだな。その格好でも、まだほざいていられるのか?」
「そっちこそ……これで……勝った、つもりか……?」
それだけようやく言い返した。
「この状況じゃ負ける気はしねえよ。オレもガレキの下敷きになったが、簡単に抜け出した。しかも、これを見ろよ! あんだけの地震の後に、この銃を見つけ出したんだぜ! 幸運の女神さまはお前じゃなく、オレに微笑んでくれたみてえだな!」
ヒロユキの野卑な声。その声に重なるようにして――。
電気配線から聞こえるジジジという電流の音。
空気が抜けるようなシューシューという音。
天井の穴に引っかかっていたガレキがときおり落ちる音。
ヒロトは銃口に注意を払いつつ、限られた視界の中で、この絶体絶命の状況を打破できるなにかを探し始めた。頭をフル回転させる。同時に、動かせる体の部分を最大限に動かしてみる。
電気配線をなんとかして感電させることは出来ないか?
天井の穴に引っかかっているガレキを、どうにかしてこいつの頭上に落とせないか?
だが考え付くものはすべて出来そうになかった。
「どうした? 急にダマっちまってよ。なにか名案でも考えてるのか? だとしてら、もう時間切れだぜ」
ヒロユキが拳銃の引き金に掛けた指に力を入れる。この男は本気で撃つ気なのだ。
「――お前にオレが撃てるのか? ホールではビビって撃てなかったんじゃないのか?」
ヒロトは時間稼ぎの為に必死に言葉を発していく。
「心配するな。さっきとは違うからな。今はしっかりと撃ってやるよ!」
「…………」
こちらの挑発にのらないヒロユキに対して、ヒロトの方が焦り始めてしまった。そのとき必死に動かしていたヒロトの右手に触れるものがあった。いつもズボンの後ろポケットに入れているタバコである。一服して頭を休ませたいが、むろんそんな余裕はない。
「おい、タバコでも吸って、一回頭を落ち着けたらどうだ?」
ヒロトは体の下から苦労してタバコの箱を引っ張り出した。それをヒロユキに見せ付ける。
ヒロユキの目がタバコの箱に泳いだ。予想通りの反応だった。捕まって護送中の身だったのだから、きっとしばらくの間タバコを吸っていないと踏んだのだ。これで少しは時間が稼げるはずである。
「どうした? いらねえのか?」
ヒロトは唇だけを起用に使って、箱からタバコを一本取り出すと、痛みに顔をしかめながら口にくわえた。
「…………」
ヒロユキの喉がごくりと大きく動く。
「なんだ、そのナリしてまさか禁煙中とか言うんじゃねえよな?」
ヒロトはさらにけしかける。タバコの箱からライターをなんとか取り出した。火をつけようとしたとき、箱に書かれている文字が目に入った。慌ててライターのスイッチから指を外す。
「まさか……これって『そういう意味』なのか……?」
ヒロユキには聞こえない小さな声でつぶやいた。そういえばさっきからずっと、部屋のどこかで空気が抜けるようなシューシューという音がしている。
「おい、そいつを一本よこせ!」
タバコを我慢出来なかったのか、ヒロユキが大きな声を出した。
「――――」
しかし、ヒロトは返事をするどころではなかった。頭の中にある考えが浮かんでいて、そのことで頭が一杯だったのである。
「一本よこせって言ってんだろうっ! それともお前を殺してから奪ってもいいんだぜっ!」
ヒロユキが怒鳴り声を張り上げた。よっぽどタバコの誘惑に飢えていたらしい。
こうなったらやるしかないか……。
ヒロトはある考えを実行する覚悟を決めた。ヒロトの脳裏に親友の顔が思い浮かぶ。
ハルマ、今からお前の仇を討ってやるからな。
それで気持ちの踏ん切りはついた。
「ほらよ、そんなに欲しいのなら、箱ごとくれてやるよ!」
ヒロトはタバコの箱をヒロユキの足元に放り投げた。
空気が抜けるような『シューシュー』という音がしている。
ヒロユキは鼻血を流していて、その『ニオイ』にまだ気が付いていない。
ヒロユキがタバコの箱に飛び付く。すぐに箱から一本取り出して、口にくわえる。
「おい、火だよ、火。そのライターをよこせ!」
「その前に箱をよく見てみろよ」
「はあ? なにくだらねえこと言ってんだ!」
タバコの箱には『タバコはあなたの寿命を縮めます』と書かれている!
空気が抜けるような『シューシュー』という気体の音がしている!
ヒロユキはその『ニオイ』の正体に気付いていない!
「分かんねえのかよ。じゃあ、オレが教えてやるよ。――お前は幸運の女神様じゃなく、死神に好かれたんだよっ!」
ヒロトは手にしていたライターの着火ボタンを強く押し込んだ。
次の瞬間――。
二人がいるガレキの山で覆われていたレストラン内で、凄まじい轟音を伴って大爆発が起こった。
部屋中に充満していた『ガス』に引火したのだった!
ヒロユキが炎と爆風の両方を受けて体ごと吹き飛ばされた――。
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