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終章 エンド・オブ・ザ・デッド ~死者の結末~

その5

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「流玲さん……。思い出したんだね……? 思い出しちゃったんだね……前の世界で起きたことを……?」

 出来れば訊きたくはなかったが、この状況下では尋ねないわけにはいかない質問だった。キザムは流玲の反応をじっと待った。

「──うん……全部……思い出したよ……。何が起こって……どんな結果になったか……。全部……そう、あの大惨事によってもたらされた悲劇を……全部思い出したの……」

 とつとつと語る流玲だったが、思い出した内容に畏怖を感じているのか、身体をぶるぶると震わせていた。

「でも、なんでわたしは今……ここにいるの……? だって、あのときわたしは……わたしは……キザムくんのことを殺してしまいそうになって……でも、キザムくんはわたしの暴走を止める為に……わたしと一緒に……わたしと一緒に……屋上から飛び降りたはずじゃ……」

 答えを求めるように、悲痛な眼差しをキザムに向けてくる流玲。

「いいかい、流玲さん。これからぼくが話すことを驚かないで聞いて欲しいんだけど──」

 解答を求める流玲にそう前置きをしたうえで、キザムは自らに起こった現象の説明を始めた。

「実はこの世界はタイムループをしていて、今までに何度も同じ時間軸を繰り返しているんだ。ぼくらは前の世界の時間軸からタイムループをして、そして、この世界に舞い戻ってきたんだよ」

「タイム……ループ……?」

 当然の如く、流玲は理解出来ないという風な表情を浮かべる。

「そうだよ、タイムループ──。おそらく、ぼくの死をきっかけにして、タイムループは起きているんだと思う。だから、ぼくが流玲さんを伴って屋上から身を投げて死んだとき、世界はタイムループしたんだ」

「そうだったの……? それじゃ、わたしのせいでキザムくんは死んだようなものじゃないの……?」

「いや、あのときはぼくが自分の意思でそう決めたんだ。だから、流玲さんのせいなんかじゃないから」

「でも、わたしがゾンビ化しなければ、屋上から飛び降りることもなかったのに……。やっぱり、わたしがすべて悪かったんだね……」

 流玲の両目から透明な雫がつーっと零れ落ちてきた。これを見るのが悲しくて、流玲には記憶を取り戻して欲しくなかったのである。

「流玲さん、それは違うよ! 違うんだ! ぼくは今回のタイムループの最中に、あることに気が付いたんだ。流玲さん、あの大惨事の原因は、ぼくにもあったんだよ! だから流玲さんひとりが責任を感じることはないんだよ!」

 流玲の涙を止める為ならば、いくらでも言葉は出てくる。

「えっ、キザムくんにも原因が……? だってゾンビ化の原因は、わたしが受けた遺伝子治療の副作用のせいなんじゃ……」

「それはたしかに一因だったかもしれないけど、もうひとつ欠かすことの出来ない要因があったんだ。それがぼくの存在だったんだよ。だって、ぼくだって遺伝子治療を受けているからね。ぼくと流玲さんの二人がいて、初めてゾンビ化する状況が生まれるんだ。そのことに気が付いたんだよ!」

「それってどういうことなの? だって、あの日わたしがゾンビ化したとき、キザムくんは近くにいなかったし……。わたしひとりのときに、突然、猛烈な飢餓感に突き動かされて、それで、それで……わたしは近くにいた知らない生徒のことを襲ってしまって……」

 再び自らの身に起きた悪夢を思い出してしまったのか、流玲が顔を歪ませる。

「たしかに流玲さんの言う通り、ゾンビカタストロフィーはそこから校内に広まっていったんだと思うよ。でも、その前にぼくと流玲さんが接触したことが、そもそもの原因だったんだよ」

 流玲がこれ以上悪夢に苦しまないように、すぐさまキザムは自分の考えを口に出して説明した。

「接触……? わたしとキザムくんの接触って……あっ、それってもしかして──」

 流玲も『接触』の意味することに気が付いたらしい。

「つまりね、『ステップ細胞』を使った遺伝子治療を受けたぼくと、『スキップ細胞』を使った遺伝子治療を受けた流玲さん──ぼくら二人の体内に存在する異なる遺伝子が、二人の粘膜を通して接触したことによって、流玲さんの体内でゾンビ化の発生が起きたんだ。あの日、ぼくと流玲さんは、その、つまり……粘膜を合わせる行為をしたというか……えーと、どう説明したらいいか……」

 自分の口から直接キスしたとは言い出せずに、つい口ごもってしまうキザムだった。

「そうだよね。わたしたち、あの日──キスしたんだよね」

 キザムよりも先に、流玲がはっきりと言い切ってくれた。

「う、うん……そ、そ、そうなんだよ。ぼくもそれが言いたかったんだ」

「でも、あのキスがすべての元凶だったなんて、まだ信じられないけど……」

「ぼくも最初は自分の勘違いだと思ったよ。だけど、それ以外の可能性はもう残っていないんだ。ぼくはそのことに気が付いたから、この世界にまたタイムループして舞い戻ってきたときに、ある決断を下したんだ。それが──」

「わたしとの接触を意図的に避けることにしたんだね。わたしとキスしないようにする為に──」

 流玲が先回りして答えてくれた。

「ぼくには他の方法が思いつかなかったんだ。物理的な接触を避けるのが一番手っ取り早いと思ったから……」

「それでキザムくんは入学式の後から、わたしが話しかけようとしても、いつも逃げていたんだね」

「うん……ごめん……。決して、流玲さんのことを傷付けるつもりはなかったんだ。ただ、この世界をゾンビカタストロフィーの脅威から救う為には、流玲さんと距離を置く必要があったから……。でも、結果的に流玲さんのことを傷付けてしまったのならば謝るよ──ごめんね」

 キザムはその場で深く頭を下げた。そうして、再び頭を上げたとき、キザムはこれまでにないくらいの硬い表情を浮かべたまま、流玲の顔を切ない眼差しで見つめた。おそらく流玲とこうして面と向かって話をするのは、これが最後になるはずだから──。

「ぼくの説明を聞いて分かってもらえただろう? だから──ぼくはこれからずっと流玲さんとは距離を置くつもりだ。こうして会話をすることも、もうこれで終わりだから」

 それがキザムの出した答えだった。それは世界を守る為の答えでもあった。

「それじゃ、ぼくは教室に戻るよ。これからは校内で会っても、絶対にぼくには声を掛けないで欲しい。何かのきっかけで飛沫感染が起きるかもしれないからね。ぼくも流玲さんには声を掛けないから」

 敢えて突き放すような口調で言うと、今度こそキザムはゆっくりと歩き出した。言葉もなく俯いてしまっている流玲の脇を、無言のまま通り過ぎていく。

 これでもう流玲に声を掛けることは二度とない。どんな些細なことであろうと、二人が少しでも接触したら、その時点で世界はゾンビカタストロフィーの脅威に晒されることになるのだ。流玲もきっとゾンビカタストロフィーの脅威を知り尽くしているはずだから、キザムが出した結論に異を唱えることはしてこないはずだ。キザムはそう考えていた。


 これでいいんだ。これしか方法はないんだから。これでいいんだ。これで、これで──。


 背中に痛いほど流玲の視線を感じる。でも、もう二度と振り返らないと決めている。だから、キザムは黙って屋上のドアを目指して歩みを止めずに進んでいく。

 涙が頬を伝い落ちていったが、その涙を拭うことはしなかった。ここで自分が泣いていることを流玲に悟られたくはなかったのだ。自分が泣いていると知られたら、流玲の気持ちを鈍らせることになると思ったのである。


 やっぱり、ぼくにはハッピーエンドは似合わないんだ。世界を救う為には、このビターエンドを受け入れるしかないんだ。


 キザムがそう思ったとき、不意に右肩を強く引かれた。その勢いのまま身体が振り返ってしまうと、目の前には流玲が立っていた。キザムのことを追いかけてきて、引き止めようとしたのだろう。

「なが──」

 名前を呼ぼうとしたが、もう流玲とは関わらないと決めたことを思い出して、慌てて言葉を飲み込んだ。すぐにそのまま振り返ろうとしたが、そのとき、流玲が突然信じ難い行動に出た。

 キザムの方に少しだけ身を寄せてくる流玲。それから、その場で軽くちょこんと背伸びをすると、流玲とキザムの顔が同じ高さで向かい合った。

 そして──。
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