上 下
66 / 70
終章 エンド・オブ・ザ・デッド ~死者の結末~

その5

しおりを挟む
「流玲さん……。思い出したんだね……? 思い出しちゃったんだね……前の世界で起きたことを……?」

 出来れば訊きたくはなかったが、この状況下では尋ねないわけにはいかない質問だった。キザムは流玲の反応をじっと待った。

「──うん……全部……思い出したよ……。何が起こって……どんな結果になったか……。全部……そう、あの大惨事によってもたらされた悲劇を……全部思い出したの……」

 とつとつと語る流玲だったが、思い出した内容に畏怖を感じているのか、身体をぶるぶると震わせていた。

「でも、なんでわたしは今……ここにいるの……? だって、あのときわたしは……わたしは……キザムくんのことを殺してしまいそうになって……でも、キザムくんはわたしの暴走を止める為に……わたしと一緒に……わたしと一緒に……屋上から飛び降りたはずじゃ……」

 答えを求めるように、悲痛な眼差しをキザムに向けてくる流玲。

「いいかい、流玲さん。これからぼくが話すことを驚かないで聞いて欲しいんだけど──」

 解答を求める流玲にそう前置きをしたうえで、キザムは自らに起こった現象の説明を始めた。

「実はこの世界はタイムループをしていて、今までに何度も同じ時間軸を繰り返しているんだ。ぼくらは前の世界の時間軸からタイムループをして、そして、この世界に舞い戻ってきたんだよ」

「タイム……ループ……?」

 当然の如く、流玲は理解出来ないという風な表情を浮かべる。

「そうだよ、タイムループ──。おそらく、ぼくの死をきっかけにして、タイムループは起きているんだと思う。だから、ぼくが流玲さんを伴って屋上から身を投げて死んだとき、世界はタイムループしたんだ」

「そうだったの……? それじゃ、わたしのせいでキザムくんは死んだようなものじゃないの……?」

「いや、あのときはぼくが自分の意思でそう決めたんだ。だから、流玲さんのせいなんかじゃないから」

「でも、わたしがゾンビ化しなければ、屋上から飛び降りることもなかったのに……。やっぱり、わたしがすべて悪かったんだね……」

 流玲の両目から透明な雫がつーっと零れ落ちてきた。これを見るのが悲しくて、流玲には記憶を取り戻して欲しくなかったのである。

「流玲さん、それは違うよ! 違うんだ! ぼくは今回のタイムループの最中に、あることに気が付いたんだ。流玲さん、あの大惨事の原因は、ぼくにもあったんだよ! だから流玲さんひとりが責任を感じることはないんだよ!」

 流玲の涙を止める為ならば、いくらでも言葉は出てくる。

「えっ、キザムくんにも原因が……? だってゾンビ化の原因は、わたしが受けた遺伝子治療の副作用のせいなんじゃ……」

「それはたしかに一因だったかもしれないけど、もうひとつ欠かすことの出来ない要因があったんだ。それがぼくの存在だったんだよ。だって、ぼくだって遺伝子治療を受けているからね。ぼくと流玲さんの二人がいて、初めてゾンビ化する状況が生まれるんだ。そのことに気が付いたんだよ!」

「それってどういうことなの? だって、あの日わたしがゾンビ化したとき、キザムくんは近くにいなかったし……。わたしひとりのときに、突然、猛烈な飢餓感に突き動かされて、それで、それで……わたしは近くにいた知らない生徒のことを襲ってしまって……」

 再び自らの身に起きた悪夢を思い出してしまったのか、流玲が顔を歪ませる。

「たしかに流玲さんの言う通り、ゾンビカタストロフィーはそこから校内に広まっていったんだと思うよ。でも、その前にぼくと流玲さんが接触したことが、そもそもの原因だったんだよ」

 流玲がこれ以上悪夢に苦しまないように、すぐさまキザムは自分の考えを口に出して説明した。

「接触……? わたしとキザムくんの接触って……あっ、それってもしかして──」

 流玲も『接触』の意味することに気が付いたらしい。

「つまりね、『ステップ細胞』を使った遺伝子治療を受けたぼくと、『スキップ細胞』を使った遺伝子治療を受けた流玲さん──ぼくら二人の体内に存在する異なる遺伝子が、二人の粘膜を通して接触したことによって、流玲さんの体内でゾンビ化の発生が起きたんだ。あの日、ぼくと流玲さんは、その、つまり……粘膜を合わせる行為をしたというか……えーと、どう説明したらいいか……」

 自分の口から直接キスしたとは言い出せずに、つい口ごもってしまうキザムだった。

「そうだよね。わたしたち、あの日──キスしたんだよね」

 キザムよりも先に、流玲がはっきりと言い切ってくれた。

「う、うん……そ、そ、そうなんだよ。ぼくもそれが言いたかったんだ」

「でも、あのキスがすべての元凶だったなんて、まだ信じられないけど……」

「ぼくも最初は自分の勘違いだと思ったよ。だけど、それ以外の可能性はもう残っていないんだ。ぼくはそのことに気が付いたから、この世界にまたタイムループして舞い戻ってきたときに、ある決断を下したんだ。それが──」

「わたしとの接触を意図的に避けることにしたんだね。わたしとキスしないようにする為に──」

 流玲が先回りして答えてくれた。

「ぼくには他の方法が思いつかなかったんだ。物理的な接触を避けるのが一番手っ取り早いと思ったから……」

「それでキザムくんは入学式の後から、わたしが話しかけようとしても、いつも逃げていたんだね」

「うん……ごめん……。決して、流玲さんのことを傷付けるつもりはなかったんだ。ただ、この世界をゾンビカタストロフィーの脅威から救う為には、流玲さんと距離を置く必要があったから……。でも、結果的に流玲さんのことを傷付けてしまったのならば謝るよ──ごめんね」

 キザムはその場で深く頭を下げた。そうして、再び頭を上げたとき、キザムはこれまでにないくらいの硬い表情を浮かべたまま、流玲の顔を切ない眼差しで見つめた。おそらく流玲とこうして面と向かって話をするのは、これが最後になるはずだから──。

「ぼくの説明を聞いて分かってもらえただろう? だから──ぼくはこれからずっと流玲さんとは距離を置くつもりだ。こうして会話をすることも、もうこれで終わりだから」

 それがキザムの出した答えだった。それは世界を守る為の答えでもあった。

「それじゃ、ぼくは教室に戻るよ。これからは校内で会っても、絶対にぼくには声を掛けないで欲しい。何かのきっかけで飛沫感染が起きるかもしれないからね。ぼくも流玲さんには声を掛けないから」

 敢えて突き放すような口調で言うと、今度こそキザムはゆっくりと歩き出した。言葉もなく俯いてしまっている流玲の脇を、無言のまま通り過ぎていく。

 これでもう流玲に声を掛けることは二度とない。どんな些細なことであろうと、二人が少しでも接触したら、その時点で世界はゾンビカタストロフィーの脅威に晒されることになるのだ。流玲もきっとゾンビカタストロフィーの脅威を知り尽くしているはずだから、キザムが出した結論に異を唱えることはしてこないはずだ。キザムはそう考えていた。


 これでいいんだ。これしか方法はないんだから。これでいいんだ。これで、これで──。


 背中に痛いほど流玲の視線を感じる。でも、もう二度と振り返らないと決めている。だから、キザムは黙って屋上のドアを目指して歩みを止めずに進んでいく。

 涙が頬を伝い落ちていったが、その涙を拭うことはしなかった。ここで自分が泣いていることを流玲に悟られたくはなかったのだ。自分が泣いていると知られたら、流玲の気持ちを鈍らせることになると思ったのである。


 やっぱり、ぼくにはハッピーエンドは似合わないんだ。世界を救う為には、このビターエンドを受け入れるしかないんだ。


 キザムがそう思ったとき、不意に右肩を強く引かれた。その勢いのまま身体が振り返ってしまうと、目の前には流玲が立っていた。キザムのことを追いかけてきて、引き止めようとしたのだろう。

「なが──」

 名前を呼ぼうとしたが、もう流玲とは関わらないと決めたことを思い出して、慌てて言葉を飲み込んだ。すぐにそのまま振り返ろうとしたが、そのとき、流玲が突然信じ難い行動に出た。

 キザムの方に少しだけ身を寄せてくる流玲。それから、その場で軽くちょこんと背伸びをすると、流玲とキザムの顔が同じ高さで向かい合った。

 そして──。
しおりを挟む

あなたにおすすめの小説

校長室のソファの染みを知っていますか?

フルーツパフェ
大衆娯楽
校長室ならば必ず置かれている黒いソファ。 しかしそれが何のために置かれているのか、考えたことはあるだろうか。 座面にこびりついた幾つもの染みが、その真実を物語る

寝室から喘ぎ声が聞こえてきて震える私・・・ベッドの上で激しく絡む浮気女に復讐したい

白崎アイド
大衆娯楽
カチャッ。 私は静かに玄関のドアを開けて、足音を立てずに夫が寝ている寝室に向かって入っていく。 「あの人、私が

JKがいつもしていること

フルーツパフェ
大衆娯楽
平凡な女子高生達の日常を描く日常の叙事詩。 挿絵から御察しの通り、それ以外、言いようがありません。

強制調教脱出ゲーム

荒邦
ホラー
脱出ゲームr18です。 肛虐多め 拉致された犠牲者がBDSMなどのSMプレイに強制参加させられます。

すべて実話

さつきのいろどり
ホラー
タイトル通り全て実話のホラー体験です。 友人から聞いたものや著者本人の実体験を書かせていただきます。 長編として登録していますが、短編をいつくか載せていこうと思っていますので、追加配信しましたら覗きに来て下さいね^^*

拷問部屋

荒邦
ホラー
エログロです。どこからか連れてこられた人たちがアレコレされる話です。 拷問器具とか拷問が出てきます。作者の性癖全開です。 名前がしっくり来なくてアルファベットにしてます。

200年後の日本は、ゾンビで溢れていました。

月見酒
ファンタジー
12年間働いていたブラック企業やめた俺こと烏羽弘毅(からすばこうき)は三日三晩「DEAD OF GUN」に没頭していた。 さすがに体力と睡眠不足が祟りそのまま寝てしまった。そして目か覚めるとそこはゾンビが平然と闊歩し、朽ち果てた200年後の日本だった。 そしてなぜかゲーム内のステータスが己の身体能力となり、武器、金が現実で使えた。 世界的にも有名なトッププレイヤーによるリアルガンアクションバトルが始動する! 「一人は寂しぃ!」

自分が体験した怖かった話·····信じるか信じないかはあなた次第です。

三園 七詩
ホラー
実際に体験しました話や聞いた話を元に少し脚色して書いています。 信じるか信じないかはあなたの自由です!

処理中です...