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第9章 フォース・オブ・ザ・デッド パートⅥ
その9
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「うぐぐ……うぎゅぐ、ぐぐぐ……」
突然、カケルが左手で胸を押さえて、低い呻き声をあげ始めた。ガクッとその場に両膝を付く。今にも屋上に倒れこみそうな様子だった。
「カ、カ、カケル……どうしたんだ!」
キザムが動くよりも早く、沙世理が行動を開始していた。
「──いけない! さっき飲んだ劇薬の効果が現れたのよ!」
先ほどまで憔悴しきっていたというのに、すでに沙世理は養護教諭の顔を取り戻していた。素早くカケルに近付いていくと、顔を伏せてぜいぜいと荒い息遣いをしているカケルの背中を甲斐甲斐しく擦り始める。
「──せ、せ、先生……オ、オ、オレは……オレは、もうムリです……。だ、だ、だから……キザムと、流玲さんを……た、た、頼みま……うぐ、げげごぼっ!」
カケルは必死の形相で声を絞り出していたが、最後は痛々しい呻き声にとってかわった。沙世理の見立て通り、さっき服用したゾンビ化を一時的に止める劇薬が、とうとうカケルの身体を襲い始めたのだろう。薬による発作が始まったのか、カケルの身体が激しく震え出す。沙世理が懸命にカケルの身体を押さえるが、震えの激しさの方が上回っていた。
「カケル!」
倒れたカケルの元に歩み寄ろうとするキザムの耳に、今度は流玲の絶叫が木霊した。
「いやああああああああああああああああーーーーーーーーっ!」
「な、な、流玲さん……?」
前へ踏み出しかけていた足を止めて、慌てて背後を振り返って流玲の様子を確認する。
「──流玲さん、どうしたの……? 何があったの……?」
「こ、こ、怖い……怖いの……。な、な、何かが……わ、わ、わたしの体の中で……何かが、変わろうとしているの……」
流玲の両目が恐ろしいスピードで瞬きを繰り返している。全身を大きく振って、身体から何かを必死に追い出すような仕草をしている。
「──流玲さん……まさか……ゾンビ化が再発したんじゃ……」
「な、な、何かが……く、く、黒くて恐ろしい何かが……わ、わ、たしの身体を……わたしの……せ、せ、精神を……の、の、乗っ取ろうとしている……」
死の淵にいるカケルの痛ましい様子を見て、流玲の体内で一時的に収まっていたはずのゾンビ化の衝動がぶり返してきたのかもしれない。流玲は今、体内で暴れ始めたゾンビ化の波に全身を使って懸命に抗っているのだ。
「風上くんのことは私に任せて! 土岐野くんは今宮さんを見てあげて!」
カケルの様子を看ていた沙世理から指示が飛んできた。
「わ、わ、分かりました! 沙世理先生はカケルをお願いします!」
キザムは早口でそれだけ言うと、流玲に近付こうとしたのだが、流玲の様子がどこかおかしかった。
「キ、キ、キザムくん……に、に、逃げて……は、は、早く……逃げて……。わ、わ、わたしから……逃げて……」
流玲の身体が前衛芸術のダンスのような奇怪な動きを始めていた。自分の意思ではなく、別の意思の力で身体を勝手に動かされているような不規則で出鱈目な動きだった。
「流玲さん、どういうことなの? ぼくが流玲さんを助けるから──」
「だ、だ、だめなの……。さ、さ、さっきから急に……強烈な飢餓感が、こみ上げてきて……。もう、耐えられそうにないの……。もう、精神が保ちそうにないの……。このままじゃ、ゾンビ化の衝動を……抑えられない……。きっとキザムくんのことを……喰い殺してしまうと……思うから……。だから──逃げてぇぇぇぇぇぇぇぇぇえええええーーーーーーっ!」
最後は叫び声に近い訴えだった。
「流玲さん、諦めちゃだめだ! 大丈夫だよ。流玲さんなら、きっと大丈夫なはずだから!」
「だめだめだめなのもう……だめめだめめだめだだだだだめめめめ…………だだだだだだだだだだめめめめめめめめめめめめめめめめええええええええええええ………………………………」
流玲が発する言葉に異音が混ざり始めた。もはや単語の形を成していない。
「流玲さん……」
「もごう……もぐ……もう……げ、ぐ……ぎゅげ……げ、ぎゅ、げげげげげげげ限界……だだだだだからららららああああああ…………にげげげげげえええええ…………げげげててててえええええええ………………………………………………」
あれほど高速で瞬きを繰り返していた流玲の両目が、唐突に硬く閉じられた。異音混じりの声もぴたりと止まる。
そして、次に流玲の目蓋が上がったとき、そこに姿を見せたのは──。
「そんな……こんなの……うそだ……うそに、決まっている……。ぼくは、信じないから……ぼくはこんなの信じないぞ……。だって、だって……あまりにも、あまりにも酷すぎるよ……」
我知らず、絶望的な声がキザムの口から漏れていた。目の前にこれ以上ないくらいの非情な現実を突きつけられた。
流玲の両目は──すっかり白濁していたのである。流玲の両目から人間味を感じさせるものはすべて消え失せていた。
流玲は完全にゾンビと化してしまったのだ!
突然、カケルが左手で胸を押さえて、低い呻き声をあげ始めた。ガクッとその場に両膝を付く。今にも屋上に倒れこみそうな様子だった。
「カ、カ、カケル……どうしたんだ!」
キザムが動くよりも早く、沙世理が行動を開始していた。
「──いけない! さっき飲んだ劇薬の効果が現れたのよ!」
先ほどまで憔悴しきっていたというのに、すでに沙世理は養護教諭の顔を取り戻していた。素早くカケルに近付いていくと、顔を伏せてぜいぜいと荒い息遣いをしているカケルの背中を甲斐甲斐しく擦り始める。
「──せ、せ、先生……オ、オ、オレは……オレは、もうムリです……。だ、だ、だから……キザムと、流玲さんを……た、た、頼みま……うぐ、げげごぼっ!」
カケルは必死の形相で声を絞り出していたが、最後は痛々しい呻き声にとってかわった。沙世理の見立て通り、さっき服用したゾンビ化を一時的に止める劇薬が、とうとうカケルの身体を襲い始めたのだろう。薬による発作が始まったのか、カケルの身体が激しく震え出す。沙世理が懸命にカケルの身体を押さえるが、震えの激しさの方が上回っていた。
「カケル!」
倒れたカケルの元に歩み寄ろうとするキザムの耳に、今度は流玲の絶叫が木霊した。
「いやああああああああああああああああーーーーーーーーっ!」
「な、な、流玲さん……?」
前へ踏み出しかけていた足を止めて、慌てて背後を振り返って流玲の様子を確認する。
「──流玲さん、どうしたの……? 何があったの……?」
「こ、こ、怖い……怖いの……。な、な、何かが……わ、わ、わたしの体の中で……何かが、変わろうとしているの……」
流玲の両目が恐ろしいスピードで瞬きを繰り返している。全身を大きく振って、身体から何かを必死に追い出すような仕草をしている。
「──流玲さん……まさか……ゾンビ化が再発したんじゃ……」
「な、な、何かが……く、く、黒くて恐ろしい何かが……わ、わ、たしの身体を……わたしの……せ、せ、精神を……の、の、乗っ取ろうとしている……」
死の淵にいるカケルの痛ましい様子を見て、流玲の体内で一時的に収まっていたはずのゾンビ化の衝動がぶり返してきたのかもしれない。流玲は今、体内で暴れ始めたゾンビ化の波に全身を使って懸命に抗っているのだ。
「風上くんのことは私に任せて! 土岐野くんは今宮さんを見てあげて!」
カケルの様子を看ていた沙世理から指示が飛んできた。
「わ、わ、分かりました! 沙世理先生はカケルをお願いします!」
キザムは早口でそれだけ言うと、流玲に近付こうとしたのだが、流玲の様子がどこかおかしかった。
「キ、キ、キザムくん……に、に、逃げて……は、は、早く……逃げて……。わ、わ、わたしから……逃げて……」
流玲の身体が前衛芸術のダンスのような奇怪な動きを始めていた。自分の意思ではなく、別の意思の力で身体を勝手に動かされているような不規則で出鱈目な動きだった。
「流玲さん、どういうことなの? ぼくが流玲さんを助けるから──」
「だ、だ、だめなの……。さ、さ、さっきから急に……強烈な飢餓感が、こみ上げてきて……。もう、耐えられそうにないの……。もう、精神が保ちそうにないの……。このままじゃ、ゾンビ化の衝動を……抑えられない……。きっとキザムくんのことを……喰い殺してしまうと……思うから……。だから──逃げてぇぇぇぇぇぇぇぇぇえええええーーーーーーっ!」
最後は叫び声に近い訴えだった。
「流玲さん、諦めちゃだめだ! 大丈夫だよ。流玲さんなら、きっと大丈夫なはずだから!」
「だめだめだめなのもう……だめめだめめだめだだだだだめめめめ…………だだだだだだだだだだめめめめめめめめめめめめめめめめええええええええええええ………………………………」
流玲が発する言葉に異音が混ざり始めた。もはや単語の形を成していない。
「流玲さん……」
「もごう……もぐ……もう……げ、ぐ……ぎゅげ……げ、ぎゅ、げげげげげげげ限界……だだだだだからららららああああああ…………にげげげげげえええええ…………げげげててててえええええええ………………………………………………」
あれほど高速で瞬きを繰り返していた流玲の両目が、唐突に硬く閉じられた。異音混じりの声もぴたりと止まる。
そして、次に流玲の目蓋が上がったとき、そこに姿を見せたのは──。
「そんな……こんなの……うそだ……うそに、決まっている……。ぼくは、信じないから……ぼくはこんなの信じないぞ……。だって、だって……あまりにも、あまりにも酷すぎるよ……」
我知らず、絶望的な声がキザムの口から漏れていた。目の前にこれ以上ないくらいの非情な現実を突きつけられた。
流玲の両目は──すっかり白濁していたのである。流玲の両目から人間味を感じさせるものはすべて消え失せていた。
流玲は完全にゾンビと化してしまったのだ!
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