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第9章 フォース・オブ・ザ・デッド パートⅥ

その2

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「オレはその場で親友を殺した……。両手でイスを持ち上げて、親友の頭を叩き割った……。頭の形状が分からなくなるほど、何十回もイスを叩き付けた……。気が付いたときには、手にしたイスは粉々に壊れていたよ……。相手が親友だろうと、IQ200オーバーの天才児だろうと、タイムトラベルの研究責任者だろうと構わなかった。人を喰い殺すような人間は、もう殺すしかなかったんだ……」

 カケルの両目を覆っていて透明の膜が、目元から滴となって頬の上を零れ落ちていく。

「オレはその場ですぐに捕まった。事情はどうあれ、タイムトラベルの研究責任者を殺してしまったんだからな。そして薄汚い部屋に監禁された。後は私刑という名の死刑だけを待つ身になった。もっとも、そんなことはどうでも良かったけどな。恋人と親友を同時に失ったオレは、もう生きる気力をなくしていたからな。怖いものなど何もなかったんだ。そしてオレはそれ以来、恋人も友達も作るのをやめにした。もう大切な人は二度と失いたくなかったからな……」

 そんな悲しい事情があったからこそ、カケルにとってキザムは親友には成りえなかったということなのだろうか。だとしたら、こんなに切ない話はない。

「オレは未来の世界にほとほと嫌気が差した。死刑になる前に自ら死のうとも考えた。でも、そんな矢先、親友の死で止まっていたタイムトラベルの研究がついに完成を迎えたんだ。タイムトラベルさえ成功すれば世界は変わる。誰もがそう思って狂喜乱舞したが、ここでひとつ難題が持ち上がった。誰がタイムトラベルするかということさ。タイムトラベルが確実に安全に運用出来るかどうかは、まだ定かではなかったからな。だから誰もやりたがらなかった。言い換えれば、誰も自ら死に志願したくなかったのさ。そこで白羽の矢がたてられたのがオレというわけさ。オレは死刑を待つ身だったから、例えタイムトラベルが失敗して死んだとしても誰の心も痛まない。オレはその命令を拒否しなかった。親友を殺したことへのせめてもの罪滅ぼしという意味もあったし、恋人も親友もいなくなった未来にもういたくないという気持ちもあった。とにかくそういう事情で、オレは人類初のタイムトラベラーになったというわけさ。そして今、ここにこうしている。──これがオレが経験してきたことのすべてだ。なあキザム、分かってくれとは言わないが、オレは流玲さんを見逃すわけにはいかないんだ。オレが経験してきた地獄のような未来を救うためには、今ここで流玲さんを殺すしかないんだ。流玲さんを殺してゾンビカタストロフィーの拡大を止めないと、未来には悲劇しか生まれないんだ!」

 カケルが拳銃の引き鉄に掛けた指先にぐっと力をこめた。さきほど涙を流した目に、今は氷のごとき冷たい意思がこもっている。カケルは何としてでも自分の使命をやり遂げるつもりなのだ。

「カケル……」

 しかし、キザムとて胸に強い思いを抱いているのは同じである。流玲を絶対に助けるという思いを──。

 カケルの気持ちも、カケルの心の傷も、カケルの生まれた未来の世界の事情も、すべて話を聞いて理解した。

 でも──それでも──流玲を守りたいという気持ちに変わりはなかった。

「──なあ、カケル。カケルの話はよく分かったよ。だけど……例えそうだとしても……流玲さんを撃たせるわけにはいかない……。それだけはどうしても譲れないんだ!」

「悪いがオレの決意も変わらないぜ」

 カケルが握る拳銃はぴたりと流玲に向けられている。キザムが素早く身体を動かして銃撃を遮る行動に出たとしても、カケルが引き鉄を引くタイミングの方が何倍も早いだろう。行動ではなく、言葉でカケルの発砲を止める以外に他に、手はないということだ。


 あんなに壮絶な経験をしてきたカケルの決意を止めさせることが、果たしてぼくなんかに出来るのだろうか? 


 自分の胸に問い掛けるが、始めから答えは決まっていた。


 いや、それでもぼくはやらないとならないんだ。流玲さんを助ける為にも! とにかく、カケルの発砲を止めるだけの説得材料を探し出すしかない。なにか、なにか絶対にあるはずだから──。


 キザムはヒリヒリするような場の空気を肌で感じつつ、必死に頭をフル回転させた。カケルと行動をともにしてきた、この数時間あまりの出来事を超高速で思い返す。その中に、カケルを説得できるだけの材料がなにかあるはずだ。


 そういえば、さっきカケル自身が言っていたけど……。


 キザムはすぐに頭に思い浮かんだ材料を元にして、カケルの説得を始めた。
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