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第9章 フォース・オブ・ザ・デッド パートⅥ
その1
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「ゾンビの襲来によって社会が大混乱に陥った結果起きたのが、人間同士のエゴを丸出しにした底なしの醜い争いだったのさ」
カケルの陰陰滅滅な話は続く。キザムにはその言葉を止めることが出来なかった。
「──ほんの些細なトラブルがすぐに殺人に発展する。少ない食料品を巡って日常的に殺し合いが起きる。少しでも身体に傷がある者を見付けたらゾンビ化の恐れがあると疑って、子供だろうとお構いなしに容赦なく殺す。小さなコミュニティーにおいてちょっとでも意にそぐわないことをした者は、処分という名のもと簡単に殺される。中には、ゾンビを叩き殺して憂さ晴らしをしていたのが、今度は人間を殺して楽しむというような狂った連中まで現われる始末だった。そうやって当たり前のように人間同士の間で殺戮が起きるようになったんだよ。でも、惨劇はそれだけに終わらなかった……」
そこで一度カケルは言葉を切った。顔に今までで一番辛そうな表情が浮かぶ。カケルは本当はこれ以上話したくないのだ。でも、キザムを説得させるためにあえて話そうとしているのだと悟った。
「その頃になると世界中で大規模な食糧難が起きて、多くの人間が毎日飢餓状態に喘いでいた。もちろん、餓死する者もたくさんでた。特に体力のない子供や高齢者は次々に死んでいった。土を掘って埋めるのが間に合わないほどだった。そんな極限状態が続く中で、ついに禁断の果実に手を出す者が現れた。──自らの飢えを満たすために、人間の死肉を喰らう者が現れたんだんよ。そして、それはすぐに別の狂った行為に発展していった。──死んだ人間の死肉を喰らうくらいならば、新鮮な肉を喰らった方がいいんじゃないかと考える連中が現われたのさ」
「ねえ、それって……まさか……生きている人を……?」
キザムの背筋に言いようのない薄ら寒い震えが走りぬけた。恐怖とは違う感情。敢えて言葉で表すならば、人間としてのタブーを越えたことに対しての畏れの感情に近かった。
「ああ、そうだよ。生きている人間を襲って、その肉を喰らう者が現れたんだよ!」
カケルが感情を露わにして、反吐を吐くように言葉を吐き捨てた。
「まったくもって、本末転倒もいいところだよな。自らゾンビになったようなものだからな。だってゾンビ化していない普通の人間が、ゾンビのように人間を喰い殺すんだからな……。そんな狂った光景を目の前でたくさん見てきたよ……。本当に嫌と言うほどたくさん見てきたよ……。人が人を喰らう世界──あれこそ文字通り地獄の光景に他ならなかったよ……」
濁りが生じていたカケルの瞳に、そのときだけは人間らしさが戻っていた。両目の表面は透明の幕で覆われており、そこに太陽の光が悲しく反射する。
「そしてある日、絶望的な悲劇が起きた。オレの知り合いが人間の手によって喰い殺されるという悲劇が起きてしまった──」
「────!」
「しかもオレの知り合いを喰い殺したのは、オレの一番の親友だった。その親友はIQ200オーバーの天才児だった。オレたち仲間の間ではそいつの存在は誇りだった。オレたちはそいつがいたから未来に希望が持てた。その親友が人肉に走ったんだよ……。親友はタイムトラベルの研究に没頭するあまり、周りが見えなくなっていたんだ。自分さえ生き残って研究を続けられれば、人類を必ず救えると思い込んでしまったんだ。その為には自分は何をしてもいいと思いこんでしまったんだ。それでとうとう飢えをしのぐために人肉に手を出してしまった……。親友は人を喰い殺した。IQ200オーバーの天才児だったにも関わらず、飢えの衝動には勝てずに人を喰い殺してしまった……。オレがその現場に駆けつけたとき、親友は顔中を血で真っ赤に染めて、ごめんごめんと泣きながら人間の肉を喰らい続けていたよ。今でもそのときの光景を鮮明に覚えている……。悲しいくらい鮮明に覚えている……。どうしてオレがそんなにはっきりと覚えているか理由が分かるか?」
「いや、分からないよ……だって、ぼくは……そんな状況に、遭遇したことないし……」
「そうだよな。じゃあ、オレが教えてやるよ。──いいか、その親友が喰い殺したのは──オレの恋人だったんだよ! だからオレは今でもそのときの光景を、はっきりと鮮やかに覚えているんだよ! 忘れたくとも脳に深く刻み込まれていて、どうしても忘れられないんだよっ!」
それは今まで聞いてきたカケルの話の中で、一番絶望的な告白だった。
カケルの陰陰滅滅な話は続く。キザムにはその言葉を止めることが出来なかった。
「──ほんの些細なトラブルがすぐに殺人に発展する。少ない食料品を巡って日常的に殺し合いが起きる。少しでも身体に傷がある者を見付けたらゾンビ化の恐れがあると疑って、子供だろうとお構いなしに容赦なく殺す。小さなコミュニティーにおいてちょっとでも意にそぐわないことをした者は、処分という名のもと簡単に殺される。中には、ゾンビを叩き殺して憂さ晴らしをしていたのが、今度は人間を殺して楽しむというような狂った連中まで現われる始末だった。そうやって当たり前のように人間同士の間で殺戮が起きるようになったんだよ。でも、惨劇はそれだけに終わらなかった……」
そこで一度カケルは言葉を切った。顔に今までで一番辛そうな表情が浮かぶ。カケルは本当はこれ以上話したくないのだ。でも、キザムを説得させるためにあえて話そうとしているのだと悟った。
「その頃になると世界中で大規模な食糧難が起きて、多くの人間が毎日飢餓状態に喘いでいた。もちろん、餓死する者もたくさんでた。特に体力のない子供や高齢者は次々に死んでいった。土を掘って埋めるのが間に合わないほどだった。そんな極限状態が続く中で、ついに禁断の果実に手を出す者が現れた。──自らの飢えを満たすために、人間の死肉を喰らう者が現れたんだんよ。そして、それはすぐに別の狂った行為に発展していった。──死んだ人間の死肉を喰らうくらいならば、新鮮な肉を喰らった方がいいんじゃないかと考える連中が現われたのさ」
「ねえ、それって……まさか……生きている人を……?」
キザムの背筋に言いようのない薄ら寒い震えが走りぬけた。恐怖とは違う感情。敢えて言葉で表すならば、人間としてのタブーを越えたことに対しての畏れの感情に近かった。
「ああ、そうだよ。生きている人間を襲って、その肉を喰らう者が現れたんだよ!」
カケルが感情を露わにして、反吐を吐くように言葉を吐き捨てた。
「まったくもって、本末転倒もいいところだよな。自らゾンビになったようなものだからな。だってゾンビ化していない普通の人間が、ゾンビのように人間を喰い殺すんだからな……。そんな狂った光景を目の前でたくさん見てきたよ……。本当に嫌と言うほどたくさん見てきたよ……。人が人を喰らう世界──あれこそ文字通り地獄の光景に他ならなかったよ……」
濁りが生じていたカケルの瞳に、そのときだけは人間らしさが戻っていた。両目の表面は透明の幕で覆われており、そこに太陽の光が悲しく反射する。
「そしてある日、絶望的な悲劇が起きた。オレの知り合いが人間の手によって喰い殺されるという悲劇が起きてしまった──」
「────!」
「しかもオレの知り合いを喰い殺したのは、オレの一番の親友だった。その親友はIQ200オーバーの天才児だった。オレたち仲間の間ではそいつの存在は誇りだった。オレたちはそいつがいたから未来に希望が持てた。その親友が人肉に走ったんだよ……。親友はタイムトラベルの研究に没頭するあまり、周りが見えなくなっていたんだ。自分さえ生き残って研究を続けられれば、人類を必ず救えると思い込んでしまったんだ。その為には自分は何をしてもいいと思いこんでしまったんだ。それでとうとう飢えをしのぐために人肉に手を出してしまった……。親友は人を喰い殺した。IQ200オーバーの天才児だったにも関わらず、飢えの衝動には勝てずに人を喰い殺してしまった……。オレがその現場に駆けつけたとき、親友は顔中を血で真っ赤に染めて、ごめんごめんと泣きながら人間の肉を喰らい続けていたよ。今でもそのときの光景を鮮明に覚えている……。悲しいくらい鮮明に覚えている……。どうしてオレがそんなにはっきりと覚えているか理由が分かるか?」
「いや、分からないよ……だって、ぼくは……そんな状況に、遭遇したことないし……」
「そうだよな。じゃあ、オレが教えてやるよ。──いいか、その親友が喰い殺したのは──オレの恋人だったんだよ! だからオレは今でもそのときの光景を、はっきりと鮮やかに覚えているんだよ! 忘れたくとも脳に深く刻み込まれていて、どうしても忘れられないんだよっ!」
それは今まで聞いてきたカケルの話の中で、一番絶望的な告白だった。
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