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第5章 フォース・オブ・ザ・デッド パートⅡ
その4
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「先生……どうしてここに……?」
最初に声を出したのはキザムだった。
「どうしても何もないでしょ。私は二階のトイレを警戒していたんだから、二階にいてもおかしくはないでしょ?」
分かりきっているでしょと言わんばかりの口調である。沙世理とは二階のトイレの前で別れて、それぞれ別行動に移ったのだ。
「だって、先生もあの放送を聞いたはずでしょ? 校庭に逃げないと──」
「土岐野くん、忘れたの? 私も前も世界の記憶を持ったままこの世界にタイムループしたのよ。すぐに校庭に逃げてしまったら、あの『大惨事』のヒントが何も掴めないでしょ?」
「たしかにそうですが……。でも、二階もゾンビが出てきて危険ではなかったですか? 現にぼくらは二階でゾンビに襲われましたから……」
「まあ、ゾンビに襲われるのはこれで二度目だから、上手い具合に隠れたり、やり過ごしたりしながら、こうして生き延びたわけよ。──どう、これで少しは私のことを見直したんじゃないの?」
「は、はい……まあ、見直しはしましたが……」
沙世理のサバイバル感覚に圧倒されてしまうキザムだった。
「もっとも、私が土岐野くんの手助けをするのにご不満な方がひとりいるみたいだけどね」
沙世理の鋭い視線がキザムの頭を通り越してカケルに向けられる。
「こっちの声が聞こえていたのか──」
カケルが露骨に顔をしかめた。
「風上くんは、私の何が気に入らないのかしら?」
沙世理が養護教諭らしからぬ挑発的な表情を浮かべた。
「──先生も回りくどい聞き方をしますね」
カケルが眉根を歪ませた。面倒なことになった、とその顔が物語っている。
カケルと沙世理の間に、キザムには理解が出来ない何やら不穏な雰囲気が漂い始めた。カケルの正体が只の高校生ではないことは、ここまでの行動と会話の中で察することが出来た。しかし、沙世理に関しておかしいと考えたことは一度もなかった。逆に信用していた。だからこそ、キザムは最初に沙世理に手助けを頼んだのだ。
でもカケルの話し振りを聞いていると、どうやら沙世理にも何か裏が有りそうな感じだった。
「おい、カケル……どうしたんだよ……? 沙世理先生に何か問題でもあるのか……?」
恐る恐るといった感じで尋ねてみた。
「ああ、大有りなんだよ。キザムは知らないかもしれないけどな、この人は──」
「あら、それを言うなら風上くん、あなたはどうなの?」
カケルの言葉を遮るようして、沙世理が話に横槍を入れてきた。
「どういうことですか? オレは只の高校生ですよ?」
「そうなの。只の高校生なんだ。それじゃあ、その右手に握っている黒い物体は何かしら? 私の知る限り、只の高校生はそんな物など持っていないはずよ」
沙世理がきれいな人差し指で指し示したのは、カケルが握り締めた拳銃である。
「ちっ……」
カケルが露骨に舌打ちを鳴らした。
「まさかこの状況下で、これはオモチャです、なんて言い訳は間違ってもしないわよね?」
沙世理が話を先回りして、カケルの返答を封じてきた。
「…………」
カケルは言葉を継げぬまま、だんまりを決め込む。
二人の間にさらなる緊張感が漲ってくる。キザムは何か言わなくちゃと思ったのだが、二人の会話に言葉を挟むことが憚れるほどピリピリとした雰囲気がその場に漂っていたので、じっと見守るしかなかった。
このまま膠着状態が続くかと思ったそのとき、意外な形で場に動きが生じた。
すぐ近くの部屋からガタッという物音がしたのだ。
三人の目がほぼ同時に音のした方に向けられた。
理科準備室──理科実験室の隣に併設された、理科の実験器具などが置かれている小さな部屋である。
「この部屋はもうチェックしたの?」
沙世理が厳しい口調で言葉を発した。
「いえ、隣の理科実験室は廊下から見ましたが、ここはまだ見ていません」
カケルが素早く答える。
両者の間にあった刺々しい緊張感は消えて、別の緊張感が生まれていた。キザムもそれを敏感に感じ取った。
全校生徒に対して避難が呼びかけられた校舎内で、現在残っている人間となるとおのずと限られてくる。逃げ遅れた人間か、あるいは──。
「ひょっとして、ゾンビがこの部屋に……?」
キザムの小さな囁き声に、カケルが無言のまま頷いた。
「風上くん、その銃はまだ弾が入っているの?」
沙世理が視線は注意深く理科準備室の方に向けたまま口を開いた。
「大丈夫です。入っています」
「それじゃ、ここはあなたに任せてもいいかしら?」
「分かりました」
カケルと沙世理の間で素早く会話が交わされる。キザムは聞き役に徹した。自分が出る幕ではないことぐらいは理解している。ここはカケルと沙世理に任せるのが無難である。
「オレがドアを開けて中に入ります。もしも中にゾンビがいたら銃で撃ちます。銃声が響くので、二階にいる別のゾンビが集まってくるかもしれません。その点に注意していてください」
それだけ言うと、カケルは理科準備室のドアの前にサッと移動した。右手には拳銃。左手はドアノブを握る。
カケルが沙世理の方に目配せをしてきた。沙世理が首を上下に振る。
先ほどまでの一触即発だった状態から一転、今は見事なチームワークを見せる二人だった。
カケルが声には出さずに、口だけを動かしてカウントダウンを始める。
いち、にい、さん!
カケルがドアを大きく開いて、迷うことなく中に飛び込んだ。
理科準備室から聞こえてきたのは、しかし、銃声ではなく女子生徒のあげる悲鳴だった。
「きゃあああああーーーーーーーーっ!」
生徒の危機を感じたのか、沙世理が躊躇することなく理科準備室に飛び込んだ。キザムも一瞬遅れたが、続けて中に入っていった。
果たして、理科準備室の中の様子はといえば──。
理科準備室の狭い室内には、床の上で仰向けの状態でカケルに身体を押さえ込まれている男と、制服のブラウスの前を肌蹴させて、下着が丸見えになってしまっている女子生徒の姿があった。女子生徒は両手を胸前で交差させて、胸部を必死に隠そうとしている。床にぺたりと座り込んだ状態で、身体は細かく震えている。
まだそのような経験がないキザムでも、この場で何が行われようとしていたのか容易に察することが出来た。カケルに身体を押さえられている男が、まさに女子生徒を襲おうとしていたのだ。
「こういうのを火事場泥棒と言うのね。それとも火事場暴行と言った方が適切かしら」
沙世理が氷のような冷たい目で床の男をじっと睨む。キザムもよく知っている顔だった。理科を担当している教師の鹿水である。
「もう大丈夫だから、あなたはこっちに来なさい」
沙世理が優しく女子生徒に声を掛ける。女子生徒が鹿水から距離を取って、沙世理の元まで逃げるようにして移動してくる。
「わざわざ聞かなくともこの状況を見れば一目瞭然で分かるけれど、いったい何があったの?」
「わ、わ、わたし……せ、せ、先生に言われて……理科の実験の、準備をしていたんです……。そうしたら、急に避難放送が流れて……。だから、わたしも校舎にいるのは危険だと思ったから、廊下に出て早く校庭に逃げようとしたんです……。そこに先生がやってきて……理科準備室にいる方が……絶対に安全だからって言って……。それで、わたしのことを……わたしのことを……わたしのことを……」
最後は言葉にならずに嗚咽になっていた。女子生徒は沙世理の胸に顔を埋めて泣き出してしまった。
「鹿水先生、これはどういうことですか?」
沙世理が氷の刃のような声で鹿水を問い詰める。
「ご、ご、誤解だよ……。ぼ、ぼ、僕は何もしてない……。こ、こ、この子が、僕のことを誘ってきたんだ……。恐いから、身体を抱き締めて欲しいって、言ってきたんだ……。だから、僕は彼女を落ち着かせるために……そういうことを……つまり、その……」
鹿水が必死に抗弁する。しかし、この状況下ではまったく言葉に説得力がなかった。むしろ、自分の言葉で自らの墓穴を掘っているのに過ぎなかった。
最初に声を出したのはキザムだった。
「どうしても何もないでしょ。私は二階のトイレを警戒していたんだから、二階にいてもおかしくはないでしょ?」
分かりきっているでしょと言わんばかりの口調である。沙世理とは二階のトイレの前で別れて、それぞれ別行動に移ったのだ。
「だって、先生もあの放送を聞いたはずでしょ? 校庭に逃げないと──」
「土岐野くん、忘れたの? 私も前も世界の記憶を持ったままこの世界にタイムループしたのよ。すぐに校庭に逃げてしまったら、あの『大惨事』のヒントが何も掴めないでしょ?」
「たしかにそうですが……。でも、二階もゾンビが出てきて危険ではなかったですか? 現にぼくらは二階でゾンビに襲われましたから……」
「まあ、ゾンビに襲われるのはこれで二度目だから、上手い具合に隠れたり、やり過ごしたりしながら、こうして生き延びたわけよ。──どう、これで少しは私のことを見直したんじゃないの?」
「は、はい……まあ、見直しはしましたが……」
沙世理のサバイバル感覚に圧倒されてしまうキザムだった。
「もっとも、私が土岐野くんの手助けをするのにご不満な方がひとりいるみたいだけどね」
沙世理の鋭い視線がキザムの頭を通り越してカケルに向けられる。
「こっちの声が聞こえていたのか──」
カケルが露骨に顔をしかめた。
「風上くんは、私の何が気に入らないのかしら?」
沙世理が養護教諭らしからぬ挑発的な表情を浮かべた。
「──先生も回りくどい聞き方をしますね」
カケルが眉根を歪ませた。面倒なことになった、とその顔が物語っている。
カケルと沙世理の間に、キザムには理解が出来ない何やら不穏な雰囲気が漂い始めた。カケルの正体が只の高校生ではないことは、ここまでの行動と会話の中で察することが出来た。しかし、沙世理に関しておかしいと考えたことは一度もなかった。逆に信用していた。だからこそ、キザムは最初に沙世理に手助けを頼んだのだ。
でもカケルの話し振りを聞いていると、どうやら沙世理にも何か裏が有りそうな感じだった。
「おい、カケル……どうしたんだよ……? 沙世理先生に何か問題でもあるのか……?」
恐る恐るといった感じで尋ねてみた。
「ああ、大有りなんだよ。キザムは知らないかもしれないけどな、この人は──」
「あら、それを言うなら風上くん、あなたはどうなの?」
カケルの言葉を遮るようして、沙世理が話に横槍を入れてきた。
「どういうことですか? オレは只の高校生ですよ?」
「そうなの。只の高校生なんだ。それじゃあ、その右手に握っている黒い物体は何かしら? 私の知る限り、只の高校生はそんな物など持っていないはずよ」
沙世理がきれいな人差し指で指し示したのは、カケルが握り締めた拳銃である。
「ちっ……」
カケルが露骨に舌打ちを鳴らした。
「まさかこの状況下で、これはオモチャです、なんて言い訳は間違ってもしないわよね?」
沙世理が話を先回りして、カケルの返答を封じてきた。
「…………」
カケルは言葉を継げぬまま、だんまりを決め込む。
二人の間にさらなる緊張感が漲ってくる。キザムは何か言わなくちゃと思ったのだが、二人の会話に言葉を挟むことが憚れるほどピリピリとした雰囲気がその場に漂っていたので、じっと見守るしかなかった。
このまま膠着状態が続くかと思ったそのとき、意外な形で場に動きが生じた。
すぐ近くの部屋からガタッという物音がしたのだ。
三人の目がほぼ同時に音のした方に向けられた。
理科準備室──理科実験室の隣に併設された、理科の実験器具などが置かれている小さな部屋である。
「この部屋はもうチェックしたの?」
沙世理が厳しい口調で言葉を発した。
「いえ、隣の理科実験室は廊下から見ましたが、ここはまだ見ていません」
カケルが素早く答える。
両者の間にあった刺々しい緊張感は消えて、別の緊張感が生まれていた。キザムもそれを敏感に感じ取った。
全校生徒に対して避難が呼びかけられた校舎内で、現在残っている人間となるとおのずと限られてくる。逃げ遅れた人間か、あるいは──。
「ひょっとして、ゾンビがこの部屋に……?」
キザムの小さな囁き声に、カケルが無言のまま頷いた。
「風上くん、その銃はまだ弾が入っているの?」
沙世理が視線は注意深く理科準備室の方に向けたまま口を開いた。
「大丈夫です。入っています」
「それじゃ、ここはあなたに任せてもいいかしら?」
「分かりました」
カケルと沙世理の間で素早く会話が交わされる。キザムは聞き役に徹した。自分が出る幕ではないことぐらいは理解している。ここはカケルと沙世理に任せるのが無難である。
「オレがドアを開けて中に入ります。もしも中にゾンビがいたら銃で撃ちます。銃声が響くので、二階にいる別のゾンビが集まってくるかもしれません。その点に注意していてください」
それだけ言うと、カケルは理科準備室のドアの前にサッと移動した。右手には拳銃。左手はドアノブを握る。
カケルが沙世理の方に目配せをしてきた。沙世理が首を上下に振る。
先ほどまでの一触即発だった状態から一転、今は見事なチームワークを見せる二人だった。
カケルが声には出さずに、口だけを動かしてカウントダウンを始める。
いち、にい、さん!
カケルがドアを大きく開いて、迷うことなく中に飛び込んだ。
理科準備室から聞こえてきたのは、しかし、銃声ではなく女子生徒のあげる悲鳴だった。
「きゃあああああーーーーーーーーっ!」
生徒の危機を感じたのか、沙世理が躊躇することなく理科準備室に飛び込んだ。キザムも一瞬遅れたが、続けて中に入っていった。
果たして、理科準備室の中の様子はといえば──。
理科準備室の狭い室内には、床の上で仰向けの状態でカケルに身体を押さえ込まれている男と、制服のブラウスの前を肌蹴させて、下着が丸見えになってしまっている女子生徒の姿があった。女子生徒は両手を胸前で交差させて、胸部を必死に隠そうとしている。床にぺたりと座り込んだ状態で、身体は細かく震えている。
まだそのような経験がないキザムでも、この場で何が行われようとしていたのか容易に察することが出来た。カケルに身体を押さえられている男が、まさに女子生徒を襲おうとしていたのだ。
「こういうのを火事場泥棒と言うのね。それとも火事場暴行と言った方が適切かしら」
沙世理が氷のような冷たい目で床の男をじっと睨む。キザムもよく知っている顔だった。理科を担当している教師の鹿水である。
「もう大丈夫だから、あなたはこっちに来なさい」
沙世理が優しく女子生徒に声を掛ける。女子生徒が鹿水から距離を取って、沙世理の元まで逃げるようにして移動してくる。
「わざわざ聞かなくともこの状況を見れば一目瞭然で分かるけれど、いったい何があったの?」
「わ、わ、わたし……せ、せ、先生に言われて……理科の実験の、準備をしていたんです……。そうしたら、急に避難放送が流れて……。だから、わたしも校舎にいるのは危険だと思ったから、廊下に出て早く校庭に逃げようとしたんです……。そこに先生がやってきて……理科準備室にいる方が……絶対に安全だからって言って……。それで、わたしのことを……わたしのことを……わたしのことを……」
最後は言葉にならずに嗚咽になっていた。女子生徒は沙世理の胸に顔を埋めて泣き出してしまった。
「鹿水先生、これはどういうことですか?」
沙世理が氷の刃のような声で鹿水を問い詰める。
「ご、ご、誤解だよ……。ぼ、ぼ、僕は何もしてない……。こ、こ、この子が、僕のことを誘ってきたんだ……。恐いから、身体を抱き締めて欲しいって、言ってきたんだ……。だから、僕は彼女を落ち着かせるために……そういうことを……つまり、その……」
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