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第二章 旅の初日 ローカル路線馬車乗り継ぎの旅へ出発!

第15話 初日 初めて乗り継ぎに成功する

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二時発のハラーサドッゴ行きの馬車の時刻に近づいたので、耀太たち一行は路線馬車乗り場に向かった。

「すみません、ちょっとお聞きしたいことがあるんですがいいですか?」

耀太は馬車の前でブラシを使って馬の毛並みの手入れをしている御者のお兄さんに声を掛けた。

「ぼくのこと?」

見慣れない服装をした一団に声を掛けられたので不安に思ったのか、こちらを胡散臭げに見つめてくる。さすがにもうこの視線に慣れたとはいえ、この先ずっとこの視線と付き合うことになると思うと気が重くなる。

「はい、ここから先の道順についてお聞きしたいんですが」

アリアが耀太の前に出てくる。途端に御者のお兄さんの顔が明るくなる。


やっぱり異世界でもきれいな女性が男に及ぼす影響力は変わらないみたいだな。


御者の反応を見て耀太はそう思った。ここはアリアに話を任せるのがよさそうだ。

「わたしたちこれからハラーサドッゴまで行って、その後にまた海岸線の方に戻って行きたいんですが、それにはこの馬車に乗るのでいいんですか?」

「ああ、そうだよ。この馬車でハラーサドッゴまで行ったら、そこから次に海岸線の村の『ガチギッザ』行きの馬車に乗り換えれば着くから」

御者のお兄さんが丁寧教えてくれる。若干、鼻の下が伸びているように見なくもないが、そこは触れずにおく。

「ハラーサドッゴまではどれくらい時間がかかりますか?」

「そうだな、何事もなければ一時間で到着するといったところかな」

御者のお兄さんは胸元から懐中時計を取り出して時間を確認する。

「ハラーサドッゴからガチギッザ行きの路線馬車が出る時刻は分かりますか?」

「ちょっと待っててもらえるかい」

お兄さんは馬車の御者台から皮製と思われる小さなカバンを取ると、中からゴソゴソと一枚の紙切れを取り出した。それをさっと広げる。

「えーと、ハラーサドッゴからガチギッザ行きの馬車は四時に出るよ」

「ガチギッザからさらに先の路線馬車へは乗り継げますか? もしくはガチギッザから近くの路線馬車の停留所まで歩いて行けますか?」

さらにアリアが先のことを尋ねる。

「いや、悪いんだけど、おれはガチギッザから出る路線馬車のことはよくは知らないんだ。ガチギッザの先のこともおれは行ったことがないからよく分からないな」

「そうですか」

案内所で聞いたとおり、受け持つ路線の管轄が違うと御者もよく分からないみたいだ。

「あっ、でもガチギッザ行きの馬車の御者ならば、もしかしたら先のことを知っているかもしれないよ。だから聞いてみるといい」

アリアの曇り顔を見たのか、お兄さんが親切にアドバイスをくれる。

「あの例えば、ハラーサドッゴまで行かずに途中の停留所で下車して、そこから海岸線や西に向かう他の路線馬車に乗り継ぐというのは可能ですか?」

「うーん、西に向かう街道は他にはないかな……。見たところ、きみたちは異国の人みたいだけど、そもそもこの国の路線馬車は街と街を繋ぐものだから、途中で停留所がある路線はほとんどないんだ。首都のイーストパレスみたいな大きな街から出る路線馬車なら途中にいくつか停留所もあるけど、地方や田舎に行くと、路線の途中に停留所はなくて、街から街への移動だけになるんだ。その代わり、降りたい場所があれば、好きなところで降りてもらっても構わないんだけどね」

「そういう仕組みになっているんですね」

アリアがよく分かったという風にうなずく。考えてもみれば、国土がいくら広大でも開発されていなければ、そこに馬車が停まる停留所をわざわざ作る必要はない。

「そろそろ出発時刻になるけど乗っていくのかい?」

御者のお兄さんが懐中時計を再び取り出して時刻を確認する。

「はい、乗らせてもらいます」

そのまま耀太たちは馬車に乗り込むことにした。イーストレーテから乗った馬車と比べてひとまわり小さく、十人が乗ったら満員になりそうな大きさである。耀太たちに続いて、他の乗客も数人乗り込んできた。本当はこの先の情報を聞いて回りたいところだが、こちらの様子を警戒すような素振りをみせていたので、聞き込みは断念する。旅の初日から現地の人たちとの間で無用なトラブルは起こしたくはない。

「それじゃ、出発しまーす!」

お兄さんの大きな掛け声とともに馬車がゆっくりと動き出す。ここからガチギッザまで一時間ほどだが、最初の失敗を繰り返すわけにはいかないので、耀太は眠らずに過ごすと決めていた。


まあ、これくらいのことはさすがにみんなも分かっていると思うけど。


自分の周りに座るメンバーの顔をそっと窺う。
 
「大人二人がさっそく寝てどうすんですか!」

頭を窓枠に寄せて、完全に睡眠の体勢に入っている二人にツッコミを入れる。

「だって食後の睡眠は美容には欠かせないでしょ?」

「なんだか昼食を食べすぎちゃって、あたし、無性に眠いんだよね……ふあーあ……」

言い訳をしながらも、何度も欠伸をする史華である。

「はいはい、分かりましたよ。ハラーサドッゴまで一時間余りだから、二人とも今のうちに休憩していてください!」

これ以上言っても仕方がないし、何よりも他の乗客の目があるので、ここは潔く引くことにした。

馬車はのどかな風景の中、ガタガタと前に進んでいく。大きさが小さくなったせいか、乗り心地が弱冠硬い印象を受ける。座席には車輪から伝わる衝撃を和らげる為の厚めのクッションが敷かれているが、石に乗り上げる度にお尻にガクンという衝撃が伝わってくる。この乗り心地で何時間も馬車に乗るのは苦痛以外の何者でもない。あるいはこの世界の人にとっては、これが普通なのかもしれないが。


しかしこの乗り心地で、よく二人はぐっすり眠っていられるよな。


小さく寝息を漏らしている二人の大人の様子に感心しきりの耀太だった。

「ヨータ、なかなか味のある乗り心地だよな?」

御者台と座席の距離が近いため、御者のお兄さんに聞こえないように気を遣ったのか、慧真が耀太の耳元でささやいた。

「最初にアヴァンベルトさんに乗せられた馬車とは雲泥の差があることだけはたしかだな」

今さらながらにアヴァンベルトに乗せられた馬車がいかに造りがしっかりしていたか分かる。

「こんな小さい馬車にこれから何度も乗ることになるんだから、おれたちも今から慣れなておかないとな」

「ああ、お尻が筋肉痛になって旅が出来なくなったら大変だからな」

「実際、おれは本当に筋肉痛になりそうだけどな」

耀太は自分のお尻を擦ってみせた。

「でもヨータ、お金に困るよりはマシだろう?」

「はあ? どういう意味だよ?」

「『きん苦痛くつう』って言ったりしてな!」


おれとしてはおまえのダジャレに付き合うほうがよっぽど苦痛だよ。


親友思いの耀太はダジャレには触れずに苦笑でごまかすのだった。

この後、ハラーサドッゴに付くまでの間、何度も親友のダジャレに付き合うことになるが、耀太はこれも修行のうちだと自分自身に言い聞かせてすごした。


そして、一時間後――。


馬車は無事にハラーサドッゴに着いた。パッと見た第一印象としては、街というよりは町といった規模に感じる。

耀葉が誰よりも先にさっそく馬車から飛び降りる。ようやく姉もこの旅がいかに重要なのか理解したのかと思ったが、残念ながらそうではなかった。

「もうおやつの時間だから、わたし、ご当地スイーツを探してくるから!」


どうせこんなところだろうとは思っていたけどさ……。


我が姉ながら、そのぶれない気持ちに、もはや感動すら覚えてしまう。

「あのな、次の馬車の時間は一時間後なんだぞ?」

一応、注意事項だけは伝えておくことにした。

「だからでしょうが! 時間がないんだから、一秒でも早くこの町の名産品を探さないと!」

今にも走り出しそうな雰囲気である。

「はいはい。それじゃ、この先のことはおれたちが聞いておくから」

「そうだ、わたしも三時のおやつは欠かさず取るようにって、教育委員会で決められていたのを、たった今思い出した!」

よく分からない謎の理論を持ち出して組木が耀葉の元に歩いていく。

「ヨータ、おれが二人に付き添うことにするよ。三時のおやつの恨みで、後で『惨事さんじ』を招いたら大変だからな!」


いや、ケーマ、おまえのダジャレの方が大惨事レベルだけどな。


親友思いの耀太は口に出すことなく、やっぱり苦笑いするしかなかった。耀葉たち三人は初めて訪れた町だというのに、躊躇うことなく弾丸の如く走っていく。

自由気ままな姉は放っておいて、アリアと史華とともに案内所に向かうことにした。

「この町に馬車の案内所はありますか?」

御者のお兄さんに訊いてみる。

「そんな豪勢な施設はこの町にはないよ」

御者のお兄さんから予想外の返答があった。たしかに小さな町ではあるが、案内所がないとなると情報収集が出来なくなる。

「えーと、ガチギッザ行きの馬車の停留所はどこにありますか?」

「それなら、ほら、すぐそこだよ! 向かいの通りにあるから。まだ時間前だから馬車は停まっていないみたいだけど」

お兄さんが指を指して教えてくれる。

「ありがとうございます!」

耀太たちはお礼を言って、教えられた停留所に向かった。

「えーと、今三時ちょうどだから、次の馬車は……」

停留所に設置されている時刻表を確認する。四時に出る路線馬車があると教えられているが、しっかり自分の目で確認しておきたかった。

「あった! やっぱり四時発だ!」

「ということは、一時間の待機ね。それじゃ、あたしもヨーハちゃんと一緒にスイーツ探しをしてこようかな」

史華もどうやらスイーツ好き女子だったらしい。

「おれはここで馬車が来るのを待ちます。御者さんにこの先の路線のことを聞いておきたいですから。フーミンさんはクミッキー先生の元に行ってください」

「ありがとう。それじゃ、あたしは行くね」

嬉しそうに史華が町中へと繰り出していく。

「わたしは耀太くんと一緒に待つから」

「えっ、いいの?」

思いがけないアリアの言葉に嬉しさを隠せない耀太だった。

「耀太くんひとりで背負っていたら体力がもたないよ。少しはわたしのことも頼って」

さらに嬉しいことを言ってくれる。こんなことを言ってくれるのならば、このまま異世界に留まるのも悪くないなあと思ってしまう、単純な思考回路の耀太である。

「耀葉のことも悪いな。性格は捻じ曲がっているけど、本人も悪気があってしているわけじゃないからさ」

姉のことも一応謝る。

「うん、それは分かっているから」

二人は停留所に置いてあった木製の長いすに座り込んだ。

「こうやって路線馬車を乗り継いで、この王国を一周することになるんだね」

「考えてもみると、とんでもない賭けに巻き込まれたわけだよな、おれたち」

「でも逆に考えれば、どんな高校生も経験したことがない修学旅行を経験出来るんだから、これはこれでラッキーだと言えるけどな!」

「ケーマはいつでも前向きだよな――って、いつからそこにいるんだよ!」

二人だけの会話にいきなり割り込んできた親友に驚いてしまう。

「いつって、さっきからずっといるぞ? まさかヨータ、二人きりだとは思っていないよな?」

「いや、別にそういうことを言ってるんじゃなくて……」

「それとも、お邪魔虫は向こうにいったほうがいいか?」

「いや、ここにいろよ! どうせすぐに目的の馬車が来るからさ!」

これ以上無駄口を叩かれると、アリアへの恋心まで暴露されそうなので、慌てて引き止め工作に出る。

「それでケーマ、どうしたんだ? ヨーハのスイーツ探しに付き合ったんじゃないのか?」

「ちょうどいい感じにテイクアウト出来るスイーツを見付けたから、ここまで持ってきたんだよ。アリアと残念な弟にもっていってって、ヨーハが言うからさ」

慧真は手にした串刺しの食べ物を二人の方に差し出してきた。見た目はお饅頭かお餅のように見える。それが三つ、串に刺されている。表面にはタレのようなものがべったりと塗られている。軽く火で炙られたみたいになっており、食欲を刺激する香ばしい匂いがする。

「食べてみろよ。日本人好みの味付けで美味しかったぞ」

「それでおれの姉上様はいったい何をしているんだ?」

「クミッキー先生とフーミンの三人でSNSに上げる写真をワイワイガヤガヤしながら撮っているよ」

「やっぱりな。聞くまでもなかったな」

「あっ、本当にこのスイーツ美味しい!」

一口かぶりついたアリアが笑顔を浮かべる。

「耀太くんも早く食べたほうがいいよ!」

「分かった。食べてみるよ」

なんだか三人でこうしていると、まるで学校帰りにファストフードでしゃべっているような感覚に陥る。

そんな風に楽しく時間を潰していると、停留所に路線馬車が入ってきた。さっそくこの先の情報を聞き込むことにする。この旅で一番重要なことが聞き込みであると、一日目にしてすでに身に染みて理解した耀太だった。

「すみません、ぼくたちこれからガチギッザに行きたいんですが、時間はどのくらいかかりますか?」

馬の手入れの準備をしている御者のおじさんに尋ねた。

「そうだね、だいたい二時間弱といったところかな。お客さんたちはガチギッザに行くのかい? ガチギッザは典型的な漁村だよ。少し寂れているけど、そこに住んでいる人たちはみな良い人ばかりだし」

「出来れば、そこからさらに西の方に進んで行きたいんですが」

「ガチギッザから路線馬車は出ていないな。漁村から街道を歩いていけば、新しい路線馬車の停留所に行き着くけど、どれくらい離れているかは分からないなあ」

難しそうな表情をするおじさん。

「例えば、この馬車に乗って、途中で下車して、他の路線馬車の停留所の近くまで歩いていくことは可能ですか?」

ハラーサドッゴでアリアがしたのと同じ質問投げかけてみた。

「この路線の近くには他の路線馬車は一切走っていないよ」

やっぱり同じ答えが返ってきた。

「分かりました。いろいろありがとうございました」

耀太は二人の方に振り返った。

「とりあえずはこの馬車に乗って、その先のことはガチギッザで聞くしかないみたいだ」

三人が今後の行程を決めたとき、賑やかにしゃべりながら三人組が戻ってきた。その様子は東京の繁華街を歩いている今時の女子と変わらない。ある意味、異世界に来ても変わらずに行動出来るのはスゴイともいえた。

「三人ともこの馬車に乗るから」

三人に声を掛ける。

「そういえばナーロはどうしたんだ?」

慧真が姿を見せない菜呂のことを持ち出した。

「たしかひとりで町中に向かって行ったはずだけど……」

なんだか嫌な予感しかしない。そんな不安な気持ちでいると、当の菜呂が停留所までてくてくと歩いてきた。

「耀太くん、700マル貰える?」

いきなりそう切り出してきた。

「なんのことだよ?」

「お店で魔法の杖が売ってから一目ぼれしちゃってさ。だってその杖さえあれば、ぼくのスキルが発動しなくても魔法が使えるんだよ!」

「冗談じゃない! そんなお土産に700マルも使えるわけないだろ!」

速攻で拒否の姿勢を示す。

「でも、この先のことを考えたら、魔法が使えるキャラクターがひとりくらいいた方が――」

「ゲームじゃないんだぞ! そもそも、その杖を持っていたところで魔法が使えるわけないだろう!」

「でも魔法使いキャラはパーティには必要不可欠だと思うけどな……」

菜呂はまだ未練がましそうにブツブツつぶやいている。

「なあヨータ、700マルならいいんじゃないか? 日本円に換算するとたかだか700円だぞ? お土産にはちょうどいい値段だし」

「おいおい、ケーマまでそんなこと言うのか?」

「いや、誤解するなって。ナーロのあの様子じゃ、これから行く町行く町で魔法の道具を欲しがりそうだろう? だから、あえてここで買わせておくんだよ」

「ああ、そういうことか。たしかにあの様子じゃ、あとあと尾に引きそうだもんな。分かった。ここはおまえの言う通りにするよ」

耀太は菜呂の方に視線を振り向けた。

「ナーロ、その魔法の杖だけど、お土産代わりに買ってもいいぞ!」

「本当にいいの?」

「いいよ! お土産だと思えば安いもんだからな!」

「やったー! これで今日からぼくも魔法使いになれるぞ!」

「その代わり、この先もう魔法関連のお土産を買うのは禁止だからな!」

「分かった!」

「それじゃ700マル渡すから、急いで買ってこいよ。馬車の発車時刻は四時だからな! 遅れるなよ!」

「OK! 行ってくる! これからはみんなことはぼくが守るから! モンスターが出たら、ぼくに任せてくれ!」

菜呂はねだっていたおもちゃを買ってもらうことになった子供のようにはしゃいで駆け出していく。


いや、もしも本当にモンスタ-が現れたら、戦う前に一目散に逃げるけどな、おれは!


心の中でそう思う耀太だった。 

しばらくすると、明らかにお土産用で魔力など一切かかっていない只の木の棒にしか見えない魔法の杖を手にした菜呂が意気揚々と戻ってきた。ちょうど馬車の発車時刻である。

魔法の杖を胡散臭げに見つめてくる御者の視線を浴びながら、耀太たち一行は馬車に乗り込んだ。他の乗客もいたが、菜呂の持つ魔法の杖を残念そうな視線で見つめてくるので、今回も話しかけるのは止めておいた方が無難みたいだ。おそらくその視線の意味しているところは、旅行客向けのニセモノを掴まされて可哀想にと言っているみたいだった。

魔法の杖の購入は想定外だったが、初めての乗り継ぎに成功したので、耀太は少しだけほっとした気持ちで座席に着いた。


この調子で路線馬車を乗り継いでいけばいいってことだよな。


窓外の風景を見つめながら、そんなことを考える。

ガチギッザまで二時間余りの道のり。馬車は定時に発車した。
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