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インターローグ
~途中参加~
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郊外にある廃遊園地で、命を懸けたゲームが行われていたのと同じ時刻──。
市民の安全を守る者が出入りする施設内で、男はその人物からの電話を受けた。
「お仕事中に大変申し訳ございません」
電話の相手はやたらと丁寧で腰の低い話し方である。
「あんた、誰だ? 電話をする相手を間違えてんじゃねえのか?」
男は一般市民を相手にしているときとはまるで違う、威圧するような低い声で応対した。
「いえ、決して間違え電話ではございません。お時間は取らせませんので、どうかわたくしの話を聞いて頂けないでしょうか?」
「誰にこの電話番号を聞いたのか知らねえが、ここに電話をしてきたということは、どうせ揉め事絡みなんだろう?」
「いえ、そのような物騒なお話ではございません。むしろ、あなた様にとって有意義なお話になると思います」
「有意義と言われたってな、名前さえ知らねえ相手の話なんか信用できねえよ」
「あっ、これは失礼しました。自己紹介がまだでしたね。──わたくし、ある方の代理人をしている者です。名前を紫人と申します」
「紫人だって?」
「はい、そうです」
「それで紫人さんとやらよ、俺にいったいなんの話があると言うんだ?」
「ええ、そのことなんですが──」
そこで紫人は急に声をひそめると、まるで内緒話でもするかのように言葉を続けた。
「あなた様が今追いかけている、ある女性の行方について、お話させていただこうと思っているのです。──いかがでしょうか? ご興味がお有りなのではないですか?」
「──おい、お前、何者だ?」
男の声に警戒色が浮いた。その女性のことを知っている人間は、自分以外ではごく少数しかいない。なぜならば、決して外部に漏らしてはいけない情報が含まれているからである。
「さきほど言いました通り、わたくしはただの代理人に過ぎません。もしもこれ以上話を聞きたくないということでしたら、わたくしのことはお忘れになって、今すぐ電話を切ってもらって構わないのですが──」
「いや、待て。聞きたくないと言ったわけじゃねえよ。──いいだろう。その話の続きを聞かせてもらおうか」
男は慌てて紫人の声を制した。相手の話のペースにのってしまうことになると分かってはいたが、あの女の話を聞かないわけにはいかなかった。
「きっとあなた様なら、そう言っていただけると思っていました」
紫人が明らかに作っていると分かる口調で、感心の声をあげた。
「いいか、ただし、もしも俺をダマそうとしているんだったら、そのときは覚悟しておけよ」
男はちゃんと釘を刺すことだけは忘れなかった。
「そんな、ダマすなんてとんでもないです」
「それでお前は、あのクソ詐欺師女の何を知ってるっていうんだ?」
「ええ、その女性なのですが、今、郊外の廃遊園地にいるらしいんです」
「廃遊園地……それって少し前に廃園になった遊園地のことか?」
「はい、そうです」
「なんでそんなところにいるんだ? そもそも廃園になっていたら、園内に入れないだろう?」
「それがどうやら、今夜、その廃遊園地内で恐ろしいことが行われているようなのです」
紫人が思わせぶりな口調で言った。
「――分かった。話を続けろ」
男は紫人に話の先を促した。
「実は命を懸けたゲームというのがあるらしくて──」
そう言って、紫人は話を再開した。
「────」
男は言葉を挟むことなく、紫人の話をじっくりと聞き続けた。もしかしたら、これはチャンスが巡ってきたのかもしれないと思った。紫人の素性については見当も付かなかったが、使える情報ならばとことん使わせてもらうつもりだった。今までもそうやって組織の中でのし上がってきたのだ。その結果、今の地位に付けたのである。
あの女に警察の力を思い知らせてやるぜ。
男は知らず知らずの内に、両拳を固く握り締めていた。
そうだ、あの野郎にも連絡だけは入れておくか。力を借りることになるかもしれねえからな。
男の口元にふてぶてしい笑みが浮いた。
――――――――――――――――
市内の繁華街にある雑居ビルの一室で、男はその人物からの電話を受けた。
「お仕事中に大変申し訳ございません」
電話の相手はやたらと丁寧で腰の低い話し方である。
「おい、キサマ、何者だ?」
男はドスのきいた低い声で一喝した。
「突然見ず知らずの者から電話があって、さぞかしご立腹されているかと存じますが、どうかわたくしの話を聞いて頂けないでしょうか?」
「どこの誰にこの電話番号を聞いたのか知らねえが、オレがどんな人間なのかは分かっているんだろうな?」
「はい、もちろん、存じ上げております。でも決してあなた様にとって、損になるようなお話ではございませんので、少々のお時間を頂けたら幸いです」
「キサマが何者なのか知らねえが、名乗りもしねえ相手の話なんか信用できねえだろうが」
「あっ、これは失礼しました。自己紹介がまだでしたね。──わたくし、ある方の代理人をしている者です。名前を紫人と申します」
「紫人だあ?」
「はい、そうです」
「聞いたことのねえ名前だな。それでいったいオレになんの話があると言うんだ?」
「ええ、そのことなんですが──」
そこで紫人は急に声をひそめると、まるで秘密の話でもするかのように言葉を続けた。
「あなた様が今追いかけている、ある男性の行方について、お話させていただこうと思っているのです。──いかがでしょうか? ご興味がお有りなのではないですか?」
「──キサマ、いったい何者だ?」
男の声に警戒色が浮いた。その男性のことを知っている人間はごく少数しかいない。なぜならば、犯罪絡みの厄介な件に関係しているからだった。事務所内でも、知っている人間はごく僅かであった。組長にはもちろん知らせてはいない。もしもこの件が組長の耳にでも入ったら、指を詰めるだけでは済まされないだろう。
「さきほど言いました通り、わたくしはただの代理人に過ぎません。もしもこれ以上話を聞きたくないということでしたら、わたくしのことはお忘れになって、今すぐ電話を切ってもらって構わないのですが──」
「いや、待て。聞きたくないと言ったわけじゃねえよ。──いいだろう。その話の続きを聞かせてもらおうか」
男は慌てて紫人の声を制した。相手の話のペースにのってしまうことになると分かってはいたが、あの男の話を聞かないわけにはいかなかった。
「きっとあなた様なら、そう言っていただけると思っていました」
紫人が明らかに作っていると分かる口調で、感心の声をあげた。
「いいか。ただし、もしも俺をダマそうと考えているんだったら、そのときはどうなるか覚悟しておけよ」
男はしっかりと釘を刺すことだけは忘れなかった。もしも素人にダマされたとあったら、メンツ丸潰れもいいところだ。
「そんな、ダマすなんてとんでもないです!」
「──それでお前は、あの金を持ち逃げした男の何を知ってるっていうんだ?」
「ええ、その男性なのですが、今、郊外の廃遊園地にいるらしいです」
「廃遊園地……それって、少し前に経営難で潰れた遊園地のことか?」
「はい、そうです」
「なんでそんなところにいるんだ? まさかあの野郎、そこで身を隠しているのか?」
「いえ、そういうわけではなくて、どうやら今夜、その廃遊園地内で恐ろしいことが行われているようなのです」
紫人が思わせぶりな口調で言った。
「――恐ろしいこと? おい、話を続けろ」
男は紫人に話の先を促した。
「実は命を懸けたゲームというのがあるらしくて──」
そう言って、紫人は話を切り出した。
「────」
男は黙ったまま、紫人の話をじっくりと聞き続けた。もしかしたら、これはチャンスが巡ってきたのかもしれない。紫人の素性は見当も付かなかったが、使える情報ならばとことん使わせてもらうつもりだ。今までもそうやって組織の中でのし上がってきたのだ。その結果、今の地位に付けたのである。
あの野郎、ヤクザの怖さを思い知らせてやる。
男はさっそく事務所の若い衆を集める手配をすることにした。
ふんっ、待ってろよ。地獄の底まで追い詰めてやるからな。
紫人との電話を終えると、すぐにまたスマホの着信音が鳴った。画面に表示された電話番号をすぐに確認する。
「こんなときにあの男からの連絡かよ。どうせまた、いろいろと厄介事をこちらに押し付けようって用件だろうな。これから忙しくなるっていうときによ!」
男は心底嫌そうな表情を浮かべつつも、その電話に出た。
例え目的は一緒だとしても、刑事とヤクザの仲は、所詮、水と油でしかないのだ。
市民の安全を守る者が出入りする施設内で、男はその人物からの電話を受けた。
「お仕事中に大変申し訳ございません」
電話の相手はやたらと丁寧で腰の低い話し方である。
「あんた、誰だ? 電話をする相手を間違えてんじゃねえのか?」
男は一般市民を相手にしているときとはまるで違う、威圧するような低い声で応対した。
「いえ、決して間違え電話ではございません。お時間は取らせませんので、どうかわたくしの話を聞いて頂けないでしょうか?」
「誰にこの電話番号を聞いたのか知らねえが、ここに電話をしてきたということは、どうせ揉め事絡みなんだろう?」
「いえ、そのような物騒なお話ではございません。むしろ、あなた様にとって有意義なお話になると思います」
「有意義と言われたってな、名前さえ知らねえ相手の話なんか信用できねえよ」
「あっ、これは失礼しました。自己紹介がまだでしたね。──わたくし、ある方の代理人をしている者です。名前を紫人と申します」
「紫人だって?」
「はい、そうです」
「それで紫人さんとやらよ、俺にいったいなんの話があると言うんだ?」
「ええ、そのことなんですが──」
そこで紫人は急に声をひそめると、まるで内緒話でもするかのように言葉を続けた。
「あなた様が今追いかけている、ある女性の行方について、お話させていただこうと思っているのです。──いかがでしょうか? ご興味がお有りなのではないですか?」
「──おい、お前、何者だ?」
男の声に警戒色が浮いた。その女性のことを知っている人間は、自分以外ではごく少数しかいない。なぜならば、決して外部に漏らしてはいけない情報が含まれているからである。
「さきほど言いました通り、わたくしはただの代理人に過ぎません。もしもこれ以上話を聞きたくないということでしたら、わたくしのことはお忘れになって、今すぐ電話を切ってもらって構わないのですが──」
「いや、待て。聞きたくないと言ったわけじゃねえよ。──いいだろう。その話の続きを聞かせてもらおうか」
男は慌てて紫人の声を制した。相手の話のペースにのってしまうことになると分かってはいたが、あの女の話を聞かないわけにはいかなかった。
「きっとあなた様なら、そう言っていただけると思っていました」
紫人が明らかに作っていると分かる口調で、感心の声をあげた。
「いいか、ただし、もしも俺をダマそうとしているんだったら、そのときは覚悟しておけよ」
男はちゃんと釘を刺すことだけは忘れなかった。
「そんな、ダマすなんてとんでもないです」
「それでお前は、あのクソ詐欺師女の何を知ってるっていうんだ?」
「ええ、その女性なのですが、今、郊外の廃遊園地にいるらしいんです」
「廃遊園地……それって少し前に廃園になった遊園地のことか?」
「はい、そうです」
「なんでそんなところにいるんだ? そもそも廃園になっていたら、園内に入れないだろう?」
「それがどうやら、今夜、その廃遊園地内で恐ろしいことが行われているようなのです」
紫人が思わせぶりな口調で言った。
「――分かった。話を続けろ」
男は紫人に話の先を促した。
「実は命を懸けたゲームというのがあるらしくて──」
そう言って、紫人は話を再開した。
「────」
男は言葉を挟むことなく、紫人の話をじっくりと聞き続けた。もしかしたら、これはチャンスが巡ってきたのかもしれないと思った。紫人の素性については見当も付かなかったが、使える情報ならばとことん使わせてもらうつもりだった。今までもそうやって組織の中でのし上がってきたのだ。その結果、今の地位に付けたのである。
あの女に警察の力を思い知らせてやるぜ。
男は知らず知らずの内に、両拳を固く握り締めていた。
そうだ、あの野郎にも連絡だけは入れておくか。力を借りることになるかもしれねえからな。
男の口元にふてぶてしい笑みが浮いた。
――――――――――――――――
市内の繁華街にある雑居ビルの一室で、男はその人物からの電話を受けた。
「お仕事中に大変申し訳ございません」
電話の相手はやたらと丁寧で腰の低い話し方である。
「おい、キサマ、何者だ?」
男はドスのきいた低い声で一喝した。
「突然見ず知らずの者から電話があって、さぞかしご立腹されているかと存じますが、どうかわたくしの話を聞いて頂けないでしょうか?」
「どこの誰にこの電話番号を聞いたのか知らねえが、オレがどんな人間なのかは分かっているんだろうな?」
「はい、もちろん、存じ上げております。でも決してあなた様にとって、損になるようなお話ではございませんので、少々のお時間を頂けたら幸いです」
「キサマが何者なのか知らねえが、名乗りもしねえ相手の話なんか信用できねえだろうが」
「あっ、これは失礼しました。自己紹介がまだでしたね。──わたくし、ある方の代理人をしている者です。名前を紫人と申します」
「紫人だあ?」
「はい、そうです」
「聞いたことのねえ名前だな。それでいったいオレになんの話があると言うんだ?」
「ええ、そのことなんですが──」
そこで紫人は急に声をひそめると、まるで秘密の話でもするかのように言葉を続けた。
「あなた様が今追いかけている、ある男性の行方について、お話させていただこうと思っているのです。──いかがでしょうか? ご興味がお有りなのではないですか?」
「──キサマ、いったい何者だ?」
男の声に警戒色が浮いた。その男性のことを知っている人間はごく少数しかいない。なぜならば、犯罪絡みの厄介な件に関係しているからだった。事務所内でも、知っている人間はごく僅かであった。組長にはもちろん知らせてはいない。もしもこの件が組長の耳にでも入ったら、指を詰めるだけでは済まされないだろう。
「さきほど言いました通り、わたくしはただの代理人に過ぎません。もしもこれ以上話を聞きたくないということでしたら、わたくしのことはお忘れになって、今すぐ電話を切ってもらって構わないのですが──」
「いや、待て。聞きたくないと言ったわけじゃねえよ。──いいだろう。その話の続きを聞かせてもらおうか」
男は慌てて紫人の声を制した。相手の話のペースにのってしまうことになると分かってはいたが、あの男の話を聞かないわけにはいかなかった。
「きっとあなた様なら、そう言っていただけると思っていました」
紫人が明らかに作っていると分かる口調で、感心の声をあげた。
「いいか。ただし、もしも俺をダマそうと考えているんだったら、そのときはどうなるか覚悟しておけよ」
男はしっかりと釘を刺すことだけは忘れなかった。もしも素人にダマされたとあったら、メンツ丸潰れもいいところだ。
「そんな、ダマすなんてとんでもないです!」
「──それでお前は、あの金を持ち逃げした男の何を知ってるっていうんだ?」
「ええ、その男性なのですが、今、郊外の廃遊園地にいるらしいです」
「廃遊園地……それって、少し前に経営難で潰れた遊園地のことか?」
「はい、そうです」
「なんでそんなところにいるんだ? まさかあの野郎、そこで身を隠しているのか?」
「いえ、そういうわけではなくて、どうやら今夜、その廃遊園地内で恐ろしいことが行われているようなのです」
紫人が思わせぶりな口調で言った。
「――恐ろしいこと? おい、話を続けろ」
男は紫人に話の先を促した。
「実は命を懸けたゲームというのがあるらしくて──」
そう言って、紫人は話を切り出した。
「────」
男は黙ったまま、紫人の話をじっくりと聞き続けた。もしかしたら、これはチャンスが巡ってきたのかもしれない。紫人の素性は見当も付かなかったが、使える情報ならばとことん使わせてもらうつもりだ。今までもそうやって組織の中でのし上がってきたのだ。その結果、今の地位に付けたのである。
あの野郎、ヤクザの怖さを思い知らせてやる。
男はさっそく事務所の若い衆を集める手配をすることにした。
ふんっ、待ってろよ。地獄の底まで追い詰めてやるからな。
紫人との電話を終えると、すぐにまたスマホの着信音が鳴った。画面に表示された電話番号をすぐに確認する。
「こんなときにあの男からの連絡かよ。どうせまた、いろいろと厄介事をこちらに押し付けようって用件だろうな。これから忙しくなるっていうときによ!」
男は心底嫌そうな表情を浮かべつつも、その電話に出た。
例え目的は一緒だとしても、刑事とヤクザの仲は、所詮、水と油でしかないのだ。
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