243 / 262
第四章
241話 五人目の英雄
しおりを挟む
私はヴァルターのせいで謁見の間があまり好きではないのだが、なんとなく儀式的なことはここでやる方が気が締まる。
「じゃあ、行ってくるよ」
「気をつけてね……」
召喚を初めて見るエルシャは不安そうな顔で私を見守っている。
見慣れた歳三と孔明は軽く微笑むほどの余裕を見せているが、ルーデルとナポレオンの二人は早く仕事に行きたそうにイライラしていた。
「ふぅ……。──『英雄召喚』!」
禍々しい見た目の「暴食龍の邪眼」とは裏腹に、魔石から放たれる優しい白い光が私の全身を包み込んだ。
目を開けると、そこはいつもの白い世界だった。
あの白い光はこの白い世界の延長なのだろうか。この世界にはどれだけの時間いられるのだろうか。
そんなことも考えながら、私は黙って手を前に伸ばした。
どこからともなく現れるキーボード。
私はそれを使い、彼の名前を入力した。
「……レオナルド・ダ・ヴィンチ」
エンターキーを押すと目の前からキーボードが消え、代わりに奥の方に扉が現れていた。
私は迷うことなく扉に手をかけ、向こうの世界に飛び込んだ。
扉の向こうには石造りの簡素な家が立ち並ぶ片田舎であった。
私はそのうちの一つ、扉が開いたままの家へ導かれるように足を踏み入れた。
「こんにちはー……」
そう呼びかけても返事はなかった。
しかし、奥の部屋まで歩みを進めると、豊かな白い髭を蓄えた男性がキャンバスに筆を滑らせている。
「貴方がレオナルド・ダ・ヴィンチですね?」
ローブのような黒い服と帽子を被る彼は私の方を振り返ることなく、絵に向かい作業を続けた。
「……また貴族からの仕事かね?」
そう言う彼の声は思ったよりも若いものだった。
「仕事、と言うとそうなるかもしれません」
「なら断ろう。ここでは好きなことができる。金に困ることもないし、腹が空くこともないからね」
「……ですが見たところ、ここには絵しかないようですが」
私がそう指摘すると、彼は怪訝そうな顔でやっとこっちを振り返ってくれた。
確かに彼は髭を生やしてはいるが、見たところ三十から四十代ほどに見えた。そして何より肖像画通りの美形であった。
「ここに来る時、一つだけしか持ち込むものを選べなかった。自分は絵を選んだだけさ」
一つしか選べないというのは初耳である。
そう考えると、歳三は刀を、孔明は本類を、ルーデルは軍服を、ナポレオンは馬を選んだということか。
ルーデルが飛行機を選ばなかったのは、あの軍服とセットの腕章から考えるに自分のことよりも愛国心が勝ったのだろう。何もなくてもルーデルの大好きな運動はできる。
「しかし貴方の才能は絵だけではないでしょう」
「…………」
モナリザや最後の晩餐を描いたレオナルド・ダ・ヴィンチ。しかしその才能は留まるところを知らない。
「万能人」とも評される彼はルネサンス期を代表する天才だ。
「実は私は貴方が生きた時代よりもずっと先の時代を生きた人間なのです。……筆をお借りしても?」
「……どうぞ」
私は彼から小筆を借り、山積みになっている新しいキャンバスを一つ机の上に置いた。
そしてそこに、下手くそながらもそれなりの雰囲気のある飛行機の絵を描いて見せた。
「これは?」
「貴方が作ろうとした飛行機の完成形です」
「…………! どうやって動いているんだ!?」
「そうですね、詳しいことは私の部下から聞けますが、このプロペラと呼ばれる部品が回転することで推力を生み、それによって前進しこの翼から揚力が得られ──」
思いの外食い付きが良かったので私は飛行機の説明をした後も他のものも紹介したくなった。
「もういくつかお見せしましょう。……これがヘリコプター、これが戦車です。……ああ、あとヘリコプターやさっきの飛行機にはこのようなマシンガンが載せられたりもしますよ」
そのどれもが彼の天才的な発想力と豊富な物理学・航空力学の知識から、十五世紀に考案していたものである。
その先見の明と言うべきか、まさに天から授かった才としか言いようがない能力は、後の時代に科学力の発展とともにじつげんされていったのだ。
「──三年間だけ、私の元で働いてはみませんか? その後は自由にやりたいことをやればいいです。……ああ、私が今いる世界は、地球とは違って亜人・獣人といった人間と獣のハーフであったり人間と少し異なる能力を持つ人々がいます。魔法というものも存在し、不思議な事象を引き起こします」
「それは!」
レオナルド・ダ・ヴィンチは飽きっぽい性格だったとも言われている。
しかしそれは、どの分野においても専門家レベルの知識を有していたがために、常に未知の分野への興味が尽きなかったからである。
彼がまだ見ぬ世界、そして私の知る彼の知らない知識。
それは彼を駆りたてるには十分であった。
「行かせてくれ! その世界に!」
「ふふ、では行きましょう。……おっと、自己紹介がまだでしたね。私はレオ=フォン=プロメリトスです。とある国の皇帝をしています。よろしくお願いしますね、レオナルド・ダ・ヴィンチさん」
私が手を差し出すと、彼は迷いなくその手を掴み立ち上がった。
「これは失礼、皇帝陛下であられたとは。それと、ダ・ヴィンチとは「ヴィンチ村の」、という意味なので単にレオナルドで結構です」
「分かった、レオナルド。私のことも単にレオで結構だ。大層な身分を与えられてはいるが、才能においては君の足元にも及ばないよ」
「はは! 今度は面白い人と面白い世界が待っている!」
「きっと君は一生退屈することはない」
私たちは微笑みを交わしながら、肩を並べて家の外、白い光の世界へ飛び込んだ。
「じゃあ、行ってくるよ」
「気をつけてね……」
召喚を初めて見るエルシャは不安そうな顔で私を見守っている。
見慣れた歳三と孔明は軽く微笑むほどの余裕を見せているが、ルーデルとナポレオンの二人は早く仕事に行きたそうにイライラしていた。
「ふぅ……。──『英雄召喚』!」
禍々しい見た目の「暴食龍の邪眼」とは裏腹に、魔石から放たれる優しい白い光が私の全身を包み込んだ。
目を開けると、そこはいつもの白い世界だった。
あの白い光はこの白い世界の延長なのだろうか。この世界にはどれだけの時間いられるのだろうか。
そんなことも考えながら、私は黙って手を前に伸ばした。
どこからともなく現れるキーボード。
私はそれを使い、彼の名前を入力した。
「……レオナルド・ダ・ヴィンチ」
エンターキーを押すと目の前からキーボードが消え、代わりに奥の方に扉が現れていた。
私は迷うことなく扉に手をかけ、向こうの世界に飛び込んだ。
扉の向こうには石造りの簡素な家が立ち並ぶ片田舎であった。
私はそのうちの一つ、扉が開いたままの家へ導かれるように足を踏み入れた。
「こんにちはー……」
そう呼びかけても返事はなかった。
しかし、奥の部屋まで歩みを進めると、豊かな白い髭を蓄えた男性がキャンバスに筆を滑らせている。
「貴方がレオナルド・ダ・ヴィンチですね?」
ローブのような黒い服と帽子を被る彼は私の方を振り返ることなく、絵に向かい作業を続けた。
「……また貴族からの仕事かね?」
そう言う彼の声は思ったよりも若いものだった。
「仕事、と言うとそうなるかもしれません」
「なら断ろう。ここでは好きなことができる。金に困ることもないし、腹が空くこともないからね」
「……ですが見たところ、ここには絵しかないようですが」
私がそう指摘すると、彼は怪訝そうな顔でやっとこっちを振り返ってくれた。
確かに彼は髭を生やしてはいるが、見たところ三十から四十代ほどに見えた。そして何より肖像画通りの美形であった。
「ここに来る時、一つだけしか持ち込むものを選べなかった。自分は絵を選んだだけさ」
一つしか選べないというのは初耳である。
そう考えると、歳三は刀を、孔明は本類を、ルーデルは軍服を、ナポレオンは馬を選んだということか。
ルーデルが飛行機を選ばなかったのは、あの軍服とセットの腕章から考えるに自分のことよりも愛国心が勝ったのだろう。何もなくてもルーデルの大好きな運動はできる。
「しかし貴方の才能は絵だけではないでしょう」
「…………」
モナリザや最後の晩餐を描いたレオナルド・ダ・ヴィンチ。しかしその才能は留まるところを知らない。
「万能人」とも評される彼はルネサンス期を代表する天才だ。
「実は私は貴方が生きた時代よりもずっと先の時代を生きた人間なのです。……筆をお借りしても?」
「……どうぞ」
私は彼から小筆を借り、山積みになっている新しいキャンバスを一つ机の上に置いた。
そしてそこに、下手くそながらもそれなりの雰囲気のある飛行機の絵を描いて見せた。
「これは?」
「貴方が作ろうとした飛行機の完成形です」
「…………! どうやって動いているんだ!?」
「そうですね、詳しいことは私の部下から聞けますが、このプロペラと呼ばれる部品が回転することで推力を生み、それによって前進しこの翼から揚力が得られ──」
思いの外食い付きが良かったので私は飛行機の説明をした後も他のものも紹介したくなった。
「もういくつかお見せしましょう。……これがヘリコプター、これが戦車です。……ああ、あとヘリコプターやさっきの飛行機にはこのようなマシンガンが載せられたりもしますよ」
そのどれもが彼の天才的な発想力と豊富な物理学・航空力学の知識から、十五世紀に考案していたものである。
その先見の明と言うべきか、まさに天から授かった才としか言いようがない能力は、後の時代に科学力の発展とともにじつげんされていったのだ。
「──三年間だけ、私の元で働いてはみませんか? その後は自由にやりたいことをやればいいです。……ああ、私が今いる世界は、地球とは違って亜人・獣人といった人間と獣のハーフであったり人間と少し異なる能力を持つ人々がいます。魔法というものも存在し、不思議な事象を引き起こします」
「それは!」
レオナルド・ダ・ヴィンチは飽きっぽい性格だったとも言われている。
しかしそれは、どの分野においても専門家レベルの知識を有していたがために、常に未知の分野への興味が尽きなかったからである。
彼がまだ見ぬ世界、そして私の知る彼の知らない知識。
それは彼を駆りたてるには十分であった。
「行かせてくれ! その世界に!」
「ふふ、では行きましょう。……おっと、自己紹介がまだでしたね。私はレオ=フォン=プロメリトスです。とある国の皇帝をしています。よろしくお願いしますね、レオナルド・ダ・ヴィンチさん」
私が手を差し出すと、彼は迷いなくその手を掴み立ち上がった。
「これは失礼、皇帝陛下であられたとは。それと、ダ・ヴィンチとは「ヴィンチ村の」、という意味なので単にレオナルドで結構です」
「分かった、レオナルド。私のことも単にレオで結構だ。大層な身分を与えられてはいるが、才能においては君の足元にも及ばないよ」
「はは! 今度は面白い人と面白い世界が待っている!」
「きっと君は一生退屈することはない」
私たちは微笑みを交わしながら、肩を並べて家の外、白い光の世界へ飛び込んだ。
11
お気に入りに追加
100
あなたにおすすめの小説
満州国馬賊討伐飛行隊
ゆみすけ
歴史・時代
満州国は、日本が作った対ソ連の干渉となる国であった。 未開の不毛の地であった。 無法の馬賊どもが闊歩する草原が広がる地だ。 そこに、農業開発開墾団が入植してくる。 とうぜん、馬賊と激しい勢力争いとなる。 馬賊は機動性を武器に、なかなか殲滅できなかった。 それで、入植者保護のため満州政府が宗主国である日本国へ馬賊討伐を要請したのである。 それに答えたのが馬賊専門の討伐飛行隊である。
悠久の機甲歩兵
竹氏
ファンタジー
文明が崩壊してから800年。文化や技術がリセットされた世界に、その理由を知っている人間は居なくなっていた。 彼はその世界で目覚めた。綻びだらけの太古の文明の記憶と機甲歩兵マキナを操る技術を持って。 文明が崩壊し変わり果てた世界で彼は生きる。今は放浪者として。
※現在毎日更新中
【書籍化】パーティー追放から始まる収納無双!~姪っ子パーティといく最強ハーレム成り上がり~
くーねるでぶる(戒め)
ファンタジー
【24年11月5日発売】
その攻撃、収納する――――ッ!
【収納】のギフトを賜り、冒険者として活躍していたアベルは、ある日、一方的にパーティから追放されてしまう。
理由は、マジックバッグを手に入れたから。
マジックバッグの性能は、全てにおいてアベルの【収納】のギフトを上回っていたのだ。
これは、3度にも及ぶパーティ追放で、すっかり自信を見失った男の再生譚である。
くノ一その一今のうち
武者走走九郎or大橋むつお
ファンタジー
お祖母ちゃんと二人暮らし、高校三年の風間その。
特に美人でも無ければ可愛くも無く、勉強も出来なければ体育とかの運動もからっきし。
三年の秋になっても進路も決まらないどころか、赤点四つで卒業さえ危ぶまれる。
手遅れ懇談のあと、凹んで帰宅途中、思ってもない事件が起こってしまう。
その事件を契機として、そのは、新しい自分に目覚め、令和の現代にくノ一忍者としての人生が始まってしまった!
欲張ってチートスキル貰いすぎたらステータスを全部0にされてしまったので最弱から最強&ハーレム目指します
ゆさま
ファンタジー
チートスキルを授けてくれる女神様が出てくるまで最短最速です。(多分) HP1 全ステータス0から這い上がる! 可愛い女の子の挿絵多めです!!
カクヨムにて公開したものを手直しして投稿しています。
改造空母機動艦隊
蒼 飛雲
歴史・時代
兵棋演習の結果、洋上航空戦における空母の大量損耗は避け得ないと悟った帝国海軍は高価な正規空母の新造をあきらめ、旧式戦艦や特務艦を改造することで数を揃える方向に舵を切る。
そして、昭和一六年一二月。
日本の前途に暗雲が立ち込める中、祖国防衛のために改造空母艦隊は出撃する。
「瑞鳳」「祥鳳」「龍鳳」が、さらに「千歳」「千代田」「瑞穂」がその数を頼みに太平洋艦隊を迎え撃つ。
蒼穹の裏方
Flight_kj
SF
日本海軍のエンジンを中心とする航空技術開発のやり直し
未来の知識を有する主人公が、海軍機の開発のメッカ、空技廠でエンジンを中心として、武装や防弾にも口出しして航空機の開発をやり直す。性能の良いエンジンができれば、必然的に航空機も優れた機体となる。加えて、日本が遅れていた電子機器も知識を生かして開発を加速してゆく。それらを利用して如何に海軍は戦ってゆくのか?未来の知識を基にして、どのような戦いが可能になるのか?航空機に関連する開発を中心とした物語。カクヨムにも投稿しています。
魔力無し転生者の最強異世界物語 ~なぜ、こうなる!!~
月見酒
ファンタジー
俺の名前は鬼瓦仁(おにがわらじん)。どこにでもある普通の家庭で育ち、漫画、アニメ、ゲームが大好きな会社員。今年で32歳の俺は交通事故で死んだ。
そして気がつくと白い空間に居た。そこで創造の女神と名乗る女を怒らせてしまうが、どうにか幾つかのスキルを貰う事に成功した。
しかし転生した場所は高原でも野原でも森の中でもなく、なにも無い荒野のど真ん中に異世界転生していた。
「ここはどこだよ!」
夢であった異世界転生。無双してハーレム作って大富豪になって一生遊んで暮らせる!って思っていたのに荒野にとばされる始末。
あげくにステータスを見ると魔力は皆無。
仕方なくアイテムボックスを探ると入っていたのは何故か石ころだけ。
「え、なに、俺の所持品石ころだけなの? てか、なんで石ころ?」
それどころか、創造の女神ののせいで武器すら持てない始末。もうこれ詰んでね?最初からゲームオーバーじゃね?
それから五年後。
どうにか化物たちが群雄割拠する無人島から脱出することに成功した俺だったが、空腹で倒れてしまったところを一人の少女に助けてもらう。
魔力無し、チート能力無し、武器も使えない、だけど最強!!!
見た目は青年、中身はおっさんの自由気ままな物語が今、始まる!
「いや、俺はあの最低女神に直で文句を言いたいだけなんだが……」
================================
月見酒です。
正直、タイトルがこれだ!ってのが思い付きません。なにか良いのがあれば感想に下さい。
ユーザ登録のメリット
- 毎日¥0対象作品が毎日1話無料!
- お気に入り登録で最新話を見逃さない!
- しおり機能で小説の続きが読みやすい!
1~3分で完了!
無料でユーザ登録する
すでにユーザの方はログイン
閉じる