上 下
223 / 262
第三章

221話 遺志

しおりを挟む
 無差別爆撃作戦が開始されて二日。国内でも動きがあった。

「──レオ様、魔王領よりウィルフリード軍が皇都まで帰還しましたにゃ。 そして代表のアルガー=シュリン様がレオ様にお会いしたいといらっしゃってますにゃ……」

「……! アルガーが!? もちろん会う!」

 私は久しぶりに略礼服に着替え応接室へ向かった。

 そこには左手の小指と中指、右手の薬指、右目を失ったアルガーの姿があった。そんな彼の満身創痍な様子は、魔王領での壮絶な戦いを物語っていた。

「レオ様……!」

「生きていたのだなアルガー……」

 私の姿を見たアルガーは私に駆け寄り、そしてその場に崩れ落ち私の脚にしがみつくように泣き出した。

「申し訳……! 申し訳ございませんでしたァッ……!」

「やめろアルガー」

「私が死ねば良かった! 私が最後まで残り死ねばよかった! そうすればウルツは……!」

「やめろアルガー。顔を上げてくれ」

 近くで見るアルガーの顔は酷いものだった。端正な彼の顔には目元以外にも無数の傷があり、髪の毛で隠れている額には未だ癒えぬ生々しい刀傷が見えた。

「お前の気持ちは理解できる。副将として、そして父の戦友ともとして、私よりも長い年月を共に過ごした。もしかしたら私よりもお前の方が悲しんでいるかもしれないな」

「レオ様……」

「お前が生きていて良かった。……タリオはこんな思いをせずに済むのだからな……」

 戦争になれば誰もが大切な人を失う。それが今回は私で、タリオではなかった。
 ただそれだけの話だ。

「聞かせてくれ、父上の最期を……」

「はい……」

 私たちはソファに腰掛ける。
 それから少しして、アルガーは重たい口を開いた。

「……私たちは魔王領のより深くまで探索を敢行していました。そこは霧が濃く、見通しの悪い場所でした。また魔素の濃度も高く、魔力を感知することも難しかったため、はぐれないよう密集陣形で進んでいました」

 傷で動きが悪いのかアルガーは歪な瞬きをしながら、一つ一つ思い出すようにゆっくり言葉を続けた。

「王国軍が迫っていることは直前まで気が付けませんできた。私たちは正面のオーク三十体に気を取られていたのです。……王国軍が攻撃を仕掛けてきたと分かったのは、三万の敵兵に完全に包囲されてからでした」

 一万対三万。いくら強力なウィルフリード軍と言えど、大砲も持ち込めない魔王領で三倍の兵力差を覆せるほど王国軍も弱くない。

「何度も魔物と交戦し消耗していた我々はすぐに瓦解。脱兎の如くひたすら散り散りに敗走を始めました。……その時、ウルツと私の集団が敵軍に包囲されました。完全に逃げ場はなかった」

 アルガーも諦める状況。それがどれほど無惨な戦いだったかは想像に難くない。

「私たちは死を覚悟しました。しかし敵軍は一転、我々を殺そうとしなかった。そう、生きたまま捕縛しようとしたのです」

「……人質か」

「はい恐らく……。それを察したウルツは、自らの死をもってして私たちを助ける道を選んだのです。……人質となり、レオ様に迷惑をかけないように……」

「…………」

 父らしい考え方だ。

「ウルツは最後の魔力を振り絞り、一方向に敵軍の穴をこじ開けました。……そして自らの胸に魔剣を突き刺し……魔力暴走による大爆発で多くの敵軍を道ずれに、壮絶な最期を遂げました……!」

「……そうか…………」

 父は決して敵軍に辱められることなく、見事な死に際を演じきったのだ。死を美化するつもりはないが、父は味方を救い、敵を少しでも減らし、誇りと共に散っていったのだ。

「これが、逃げる時に偶然見つけた、唯一の形見です……」

 そう言ってアルガーはポケットから小さな金属片を取り出した。
 それは爆風で焼き焦げ、欠けも酷かったが、間違いなく父が先帝から賜った帝国最高位勲章、王国との戦争で英雄と呼ばれる活躍をした父にだけ与えられた唯一無二の特別な勲章だった。

「……そうか。本当に父は、死んだのだな……」

 父が片時も外すことのなかったその勲章を見た時、父がもうこの世にいないのだと、私は心の底から実感した。
 それと共に、止めようのない涙が込み上げ、私の頬を濡らした。

 横に座るエルシャは、ただ私に寄り添っていた。

「結局私は一度もあの背中に追いつけることなく、二度と追いかけることもできなくなったのだな……」

 私は冷たい金属片を握りしめる。それは決して私の心を癒してくれることはなかったが、骨すら残らず、何に祈ればいいのか分からなかった私は、ただ、無機質な金属片を両手で握りしめることしかできなかった。

「──レオ様、ルイース=ウィルフリード様がお着きになられましたにゃ……」

「……母上!」

「ルイース様……」

「レオ、アルガー……」

 久しぶりに見た母の顔は、酷くやつれているようだった。
 そして母も私たちの様子を見て、全てを察したように静かに涙を流した。

「すまないミーツ、外してくれ」

「は、はいにゃ……」

「私も──」

「駄目だエル。お前ももう、家族だ」

「……そうね」

 私たちは失くしたものを数え、その思い出までが消えてしまわないよう、胸の奥に大切にしまった。
しおりを挟む
感想 4

あなたにおすすめの小説

満州国馬賊討伐飛行隊

ゆみすけ
歴史・時代
 満州国は、日本が作った対ソ連の干渉となる国であった。 未開の不毛の地であった。 無法の馬賊どもが闊歩する草原が広がる地だ。 そこに、農業開発開墾団が入植してくる。 とうぜん、馬賊と激しい勢力争いとなる。 馬賊は機動性を武器に、なかなか殲滅できなかった。 それで、入植者保護のため満州政府が宗主国である日本国へ馬賊討伐を要請したのである。 それに答えたのが馬賊専門の討伐飛行隊である。 

悠久の機甲歩兵

竹氏
ファンタジー
文明が崩壊してから800年。文化や技術がリセットされた世界に、その理由を知っている人間は居なくなっていた。 彼はその世界で目覚めた。綻びだらけの太古の文明の記憶と機甲歩兵マキナを操る技術を持って。 文明が崩壊し変わり果てた世界で彼は生きる。今は放浪者として。 ※現在毎日更新中

【書籍化】パーティー追放から始まる収納無双!~姪っ子パーティといく最強ハーレム成り上がり~

くーねるでぶる(戒め)
ファンタジー
【24年11月5日発売】 その攻撃、収納する――――ッ!  【収納】のギフトを賜り、冒険者として活躍していたアベルは、ある日、一方的にパーティから追放されてしまう。  理由は、マジックバッグを手に入れたから。  マジックバッグの性能は、全てにおいてアベルの【収納】のギフトを上回っていたのだ。  これは、3度にも及ぶパーティ追放で、すっかり自信を見失った男の再生譚である。

krystallos

みけねこ
ファンタジー
共存していたはずの精霊と人間。しかし人間の身勝手な願いで精霊との繋がりが希薄になりつつある世界で出会った一人の青年の少女の物語。

最強のコミュ障探索者、Sランクモンスターから美少女配信者を助けてバズりたおす~でも人前で喋るとか無理なのでコラボ配信は断固お断りします!~

尾藤みそぎ
ファンタジー
陰キャのコミュ障女子高生、灰戸亜紀は人見知りが過ぎるあまりソロでのダンジョン探索をライフワークにしている変わり者。そんな彼女は、ダンジョンの出現に呼応して「プライムアビリティ」に覚醒した希少な特級探索者の1人でもあった。 ある日、亜紀はダンジョンの中層に突如現れたSランクモンスターのサラマンドラに襲われている探索者と遭遇する。 亜紀は人助けと思って、サラマンドラを一撃で撃破し探索者を救出。 ところが、襲われていたのは探索者兼インフルエンサーとして知られる水無瀬しずくで。しかも、救出の様子はすべて生配信されてしまっていた!? そして配信された動画がバズりまくる中、偶然にも同じ学校の生徒だった水無瀬しずくがお礼に現れたことで、亜紀は瞬く間に身バレしてしまう。 さらには、ダンジョン管理局に目をつけられて依頼が舞い込んだり、水無瀬しずくからコラボ配信を持ちかけられたり。 コミュ障を極めてひっそりと生活していた亜紀の日常はガラリと様相を変えて行く! はたして表舞台に立たされてしまった亜紀は安らぎのぼっちライフを守り抜くことができるのか!?

欲張ってチートスキル貰いすぎたらステータスを全部0にされてしまったので最弱から最強&ハーレム目指します

ゆさま
ファンタジー
チートスキルを授けてくれる女神様が出てくるまで最短最速です。(多分) HP1 全ステータス0から這い上がる! 可愛い女の子の挿絵多めです!! カクヨムにて公開したものを手直しして投稿しています。

改造空母機動艦隊

蒼 飛雲
歴史・時代
 兵棋演習の結果、洋上航空戦における空母の大量損耗は避け得ないと悟った帝国海軍は高価な正規空母の新造をあきらめ、旧式戦艦や特務艦を改造することで数を揃える方向に舵を切る。  そして、昭和一六年一二月。  日本の前途に暗雲が立ち込める中、祖国防衛のために改造空母艦隊は出撃する。  「瑞鳳」「祥鳳」「龍鳳」が、さらに「千歳」「千代田」「瑞穂」がその数を頼みに太平洋艦隊を迎え撃つ。

蒼穹の裏方

Flight_kj
SF
日本海軍のエンジンを中心とする航空技術開発のやり直し 未来の知識を有する主人公が、海軍機の開発のメッカ、空技廠でエンジンを中心として、武装や防弾にも口出しして航空機の開発をやり直す。性能の良いエンジンができれば、必然的に航空機も優れた機体となる。加えて、日本が遅れていた電子機器も知識を生かして開発を加速してゆく。それらを利用して如何に海軍は戦ってゆくのか?未来の知識を基にして、どのような戦いが可能になるのか?航空機に関連する開発を中心とした物語。カクヨムにも投稿しています。

処理中です...