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第三章
219話 後悔
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次の日、ウルツ=ウィルフリード暗殺と領土侵犯を理由とした、ウィルフリード救援及び王国征伐の命が帝国中に公布された。
国有軍50万の内35万が王国へ向かう。
その他全ての貴族たちが軍を出し、盟約に従い亜人・獣人の国々からも援軍が出され、最終的に王国へ100万を超える軍勢が集結しようとしていた。
「レオ、今大丈夫ですか?」
「ああ。入っていいぞ、孔明」
私は未だ父を喪ったという実感もないまま、呆然と皇城のバルコニーでエルシャと共に過ごし、今は彼女の膝枕の上で空を眺めていた。
「……レオ、本当に自ら陣頭に立たなくてよろしいのですか?」
「ああ。今の私に指揮など無理だ。今は喪に服していることになっているから問題ない。……そして現地ではナポレオンが指揮を執った方が『葡萄月将軍』の能力を全ての兵士が受けられる」
国内向けの演説などもナポレオンに任せた。どうやらスキルの激励効果は民間人にも掛かるらしく、戦意高揚にはうってつけらしい。
「それはそうですが……、それでは今度はレオの『英雄召喚』の魔力が貯まりませんよ」
「英雄が一人減ったからスキルで一人増やそうってか? ……父上の代わりなど何処にもいないよ」
「……無配慮な進言、申し訳ありません」
孔明は袖の下で腕を組み、深く頭を下げた。
「別に怒ってないさ。戦力の補強が必要なのは理解している。……だが今の精神状態ではきっとまともな召喚はできないし、次の英雄も思い浮かんでいない」
このスキルは私の知識、そして想いに強く左右される。
無駄打ちするよりは、時間経過で魔力を貯めそのうち思い付いた時にやればいい。
「──で、本題は?」
「はい、それですが、即応軍がルイース=ウィルフリード母君を確保しました。ウィルフリードが陥落し母君が人質になる最悪の事態は避けられたでしょう」
「そうか。では母上を皇都に連れてきてくれ。ここが一番安全だ、というのと、単に家族の顔が見たい」
平和も父も奪われた私は、これ以上何も失うことができない。
「承知しました。……それともうひとつ、今日になって王国から宣戦布告の使者がやって来ました。いかが致しましょうか」
「殺せ。だが王国内で盗賊などに襲われて死亡したように偽装しろ。奇襲攻撃を受けた事実は変わらないが、その方がより帝国民に対して王国征伐の箔が付く」
プロパガンダも何でもやる。手緩いやり方が間違っていたことは身をもって実感した。
「ではそのように手筈を整えます。……そして最後、帝国情報局から局長のアルドが面会の申請がありました。お会いしますか?」
「こんな状態でもいいならなッ……!」
「ちょっと……! ──もう……」
私はエルシャの腰に手を回し抱き締めるような形で彼女の脚の間に顔をうずめる。彼女も口では嫌がる素振りを見せるが、優しく頭を撫でてくれる。
こうしていれば視界から邪魔なものが一切排され、鼻腔にのみ幸福が広がった。
「し、失礼しますレオ様……」
アルドの声は酷く震えていた。
「…………」
「──ッ! こ、この度は私共の落ち度でウルツ様を失う結果となりました! 我々が魔王領での王国の動きまで監視していればこのような事には……!!!」
「…………」
「どうか、私の命一つで部下の助命を願えませんでしょうか! 彼らは依然として国境の観察や潜伏任務に就いております! 二度とレオ様の期待を裏切るようなことはありません!」
ドゴン! と床に頭を打ち付ける音が聞こえてきた。
そもそもアルドの大きな声というのは初めて聞いた。この目で見ずとも彼の想いは十分に伝わってきた。
「お前を処刑などしないぞアルド。お前たちの働きは私が一番理解している。王国とアキードとの果てしない長さの国境を監視した上で、更に危険な魔王領での王国の動きの調査は困難だと想像できる。……そして国境監視の報告書によって王国軍集結の兆候を知り、ウィルフリード近辺には即応軍を増員できた。おかげで母上は無事だ。お前たちの働きに感謝しよう」
「……! お心遣い感謝します! ですがやはりこのミスは誰かが責任を取らなければ──」
「アルド、それはお前が死にたいだけだろ?」
「なッ……!」
私がエルシャにもたれ掛かるように体を起こすと、涙を滲ませる目を丸くしたアルドと目が合った。
「お前の出自は聞いている。父上に取り上げられ、結果として今この地位にいるのだものな。後を追いたくなる気持ちは分かる」
「…………」
「だが、私が死なずに頑張っているのにお前だけ死んで楽になろうなどという甘い考えは許さない」
ここで私を抱き抱えるエルシャの腕が力強くなる。
「今のお前の主は私だ。父上ではない。私の命令に背き命を落とすことは許さない。いいな?」
「は……! うぐ……」
アルドは零れる涙を腕で拭きながら、嗚咽混じりの返事をした。
「私とて慢心を後悔しているのだ。父上と精強なウィルフリード兵なら魔王領であっても無事任務をやり遂げられるとな。敢えて優遇せず、私に対する求心力を上げるための道具にしてしまったのだよ……」
「…………」
「魔王領調査、国境警備、国内治世。この全てをやらなければならなかった私は、そのどこかで過ちを犯したのだろう。……これから、私の責任と仕事が増える度、私のミスで命が失われていくのだろうな」
私はそこから何も考えたくなくなり、エルシャの膝の上で少し眠る事にした。
国有軍50万の内35万が王国へ向かう。
その他全ての貴族たちが軍を出し、盟約に従い亜人・獣人の国々からも援軍が出され、最終的に王国へ100万を超える軍勢が集結しようとしていた。
「レオ、今大丈夫ですか?」
「ああ。入っていいぞ、孔明」
私は未だ父を喪ったという実感もないまま、呆然と皇城のバルコニーでエルシャと共に過ごし、今は彼女の膝枕の上で空を眺めていた。
「……レオ、本当に自ら陣頭に立たなくてよろしいのですか?」
「ああ。今の私に指揮など無理だ。今は喪に服していることになっているから問題ない。……そして現地ではナポレオンが指揮を執った方が『葡萄月将軍』の能力を全ての兵士が受けられる」
国内向けの演説などもナポレオンに任せた。どうやらスキルの激励効果は民間人にも掛かるらしく、戦意高揚にはうってつけらしい。
「それはそうですが……、それでは今度はレオの『英雄召喚』の魔力が貯まりませんよ」
「英雄が一人減ったからスキルで一人増やそうってか? ……父上の代わりなど何処にもいないよ」
「……無配慮な進言、申し訳ありません」
孔明は袖の下で腕を組み、深く頭を下げた。
「別に怒ってないさ。戦力の補強が必要なのは理解している。……だが今の精神状態ではきっとまともな召喚はできないし、次の英雄も思い浮かんでいない」
このスキルは私の知識、そして想いに強く左右される。
無駄打ちするよりは、時間経過で魔力を貯めそのうち思い付いた時にやればいい。
「──で、本題は?」
「はい、それですが、即応軍がルイース=ウィルフリード母君を確保しました。ウィルフリードが陥落し母君が人質になる最悪の事態は避けられたでしょう」
「そうか。では母上を皇都に連れてきてくれ。ここが一番安全だ、というのと、単に家族の顔が見たい」
平和も父も奪われた私は、これ以上何も失うことができない。
「承知しました。……それともうひとつ、今日になって王国から宣戦布告の使者がやって来ました。いかが致しましょうか」
「殺せ。だが王国内で盗賊などに襲われて死亡したように偽装しろ。奇襲攻撃を受けた事実は変わらないが、その方がより帝国民に対して王国征伐の箔が付く」
プロパガンダも何でもやる。手緩いやり方が間違っていたことは身をもって実感した。
「ではそのように手筈を整えます。……そして最後、帝国情報局から局長のアルドが面会の申請がありました。お会いしますか?」
「こんな状態でもいいならなッ……!」
「ちょっと……! ──もう……」
私はエルシャの腰に手を回し抱き締めるような形で彼女の脚の間に顔をうずめる。彼女も口では嫌がる素振りを見せるが、優しく頭を撫でてくれる。
こうしていれば視界から邪魔なものが一切排され、鼻腔にのみ幸福が広がった。
「し、失礼しますレオ様……」
アルドの声は酷く震えていた。
「…………」
「──ッ! こ、この度は私共の落ち度でウルツ様を失う結果となりました! 我々が魔王領での王国の動きまで監視していればこのような事には……!!!」
「…………」
「どうか、私の命一つで部下の助命を願えませんでしょうか! 彼らは依然として国境の観察や潜伏任務に就いております! 二度とレオ様の期待を裏切るようなことはありません!」
ドゴン! と床に頭を打ち付ける音が聞こえてきた。
そもそもアルドの大きな声というのは初めて聞いた。この目で見ずとも彼の想いは十分に伝わってきた。
「お前を処刑などしないぞアルド。お前たちの働きは私が一番理解している。王国とアキードとの果てしない長さの国境を監視した上で、更に危険な魔王領での王国の動きの調査は困難だと想像できる。……そして国境監視の報告書によって王国軍集結の兆候を知り、ウィルフリード近辺には即応軍を増員できた。おかげで母上は無事だ。お前たちの働きに感謝しよう」
「……! お心遣い感謝します! ですがやはりこのミスは誰かが責任を取らなければ──」
「アルド、それはお前が死にたいだけだろ?」
「なッ……!」
私がエルシャにもたれ掛かるように体を起こすと、涙を滲ませる目を丸くしたアルドと目が合った。
「お前の出自は聞いている。父上に取り上げられ、結果として今この地位にいるのだものな。後を追いたくなる気持ちは分かる」
「…………」
「だが、私が死なずに頑張っているのにお前だけ死んで楽になろうなどという甘い考えは許さない」
ここで私を抱き抱えるエルシャの腕が力強くなる。
「今のお前の主は私だ。父上ではない。私の命令に背き命を落とすことは許さない。いいな?」
「は……! うぐ……」
アルドは零れる涙を腕で拭きながら、嗚咽混じりの返事をした。
「私とて慢心を後悔しているのだ。父上と精強なウィルフリード兵なら魔王領であっても無事任務をやり遂げられるとな。敢えて優遇せず、私に対する求心力を上げるための道具にしてしまったのだよ……」
「…………」
「魔王領調査、国境警備、国内治世。この全てをやらなければならなかった私は、そのどこかで過ちを犯したのだろう。……これから、私の責任と仕事が増える度、私のミスで命が失われていくのだろうな」
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