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第二章

114話 含牙戴角

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 エルフの森と竜の谷の間にあるという敵の本陣はここから半日程馬を走らせた先だという。
 私たちは敵に出会わないことを祈りながらひたすらに馬で駆ける。

 しかしそう甘くはなかった。
 敵の本陣に近づくにつれ接敵回数も増えていった。

 重装歩兵並の硬さの毛皮を持つ人虎族との連戦は流石のアルガーも疲労が蓄積してきたらしく、私のいる後方まで引いてきた。
 アルガーの背にある長剣は刃こぼれが見られ、息を乱し生傷がいくつもある姿にその戦いの過酷さが伺える。

「レオ様、もう少しお下がりください!」

「アルガーこそ一度休んでくれ。死んでは元も子もない」

「私は大丈夫です!今はウルツ様が私に代わって最前線に……。──!タリオ二時の方向上空!」

「はい父上!」

 アルガーの指示でタリオは素早く上空から偵察する竜人へクロスボウを射掛けた。
 しかし竜人は飛んでくるボルトを一度の羽ばたきでひらりと躱し、私たちが向かう敵の本陣へ飛び去って行った。

「申し訳ありませんレオ様!敵を取り逃してしまいました!」

「仕方がないさタリオ。木の上で落ちないようしっかりと掴まっているエルフと違い、空を自由に動き回る竜人にこれまでに揺れる馬の上から矢を当てるのは至難の業だ」

「はい……」

「コイツはこれから更に厳しい戦いになりそうだなァ?アルガー、俺と交代だ」

「了解した……!」

 歳三は私を一瞥した後、最前線へと向かった。




 ◆ ◇ ◆ ◇ ◆




 もうすぐ敵の本陣。誰もがそう察せる程に敵からの攻撃がより強硬なものとなった。
 蜥蜴人ウィザードマン猫人ウェアキャットなどは竜人や人虎に仕える下位種族だ。彼らが現れたということは即ち上位種族たる彼らもすぐ側にいるはずなのだ。
 もう少し……。もう少しで……!

 森の脇道には落伍した近衛騎士の団員も現れたが、彼らをこの危険な森から救える者はいない。もはや突撃隊は私、歳三、タリオ、アルガー、団長、そして四名の近衛騎士しか残っていなかった。
 危険なのは私とて同じだ。生きて帰りたいのであればこのままこの森を突っ切り、敵の大将と直接話をつける以外にシズネとの約束を果たす方法はない。

「危ないレオ避けろ!」

「──!」

 何処からか飛んできた槍は私の頬を掠り馬の尻に突き刺さった。
 馬はヒヒィィィーーン!と痛々しい嘶きをあげ倒れた。乗っていた私は勢い余って地面に叩きつけられたあと、前方へ数回転しながら吹き飛んだ。

「大丈夫ですかレオ様!?」

「問題ない!タリオ、そこの木の上だ!」

「はっ!」

 遂に父も向かってくる敵を倒しきれなくなってきたのか。露払いもできない程に敵の数もその強さも増している。

「レオ掴まれ!」

 私は引き上げられ、歳三の馬に乗り換えた。
 あの私の馬はファリアと戦った時からの愛馬であったが仕方がない。

「レオ様!残念ながら才のない我々はここまでのようです……!我々が囮となって敵を引き付けます!レオ様たちは迂回し少しでも安全な道をお行きください──!」

「団長……」

「ここは我々にお任せくださいレオ様!皇帝陛下の剣である近衛騎士の名にかけて必ずやこの役目を果たして見せましょう!」

 騎士の一人は私にそう笑いかけ、兜のバイザー部分を下ろした。
 無機質な金属鎧のその下にある彼の本当の表情はきっと二度と見ることはないのだろう。

「うォォォ!!!こっちだ獣共め!!!」

「クッ……!すまない!」

「『魔剣召喚』!光の魔剣ブリッツェンよ、道を示せ!」

 父は初めて見る魔剣を召喚した。あれは恐らく戦闘向きではない剣であろう。
 スキルを使いこなせればあのような器用なこともできるのか。
 私も何か役に立てるような力があれば……。

「向こうだ!行くぞ!」

「ウルツ様!私も向こうに加勢します!」

「──!駄目だアルガー!それは私が許さない!」

「なっ……!レオ様!何故ですか!?」

「どうしてもだ……!」

 タリオの前で、父であるアルガーを死地へ、囮へ追いやることなどできなかった。
 だがそれは私のエゴにすぎない。たった今別れた近衛騎士たちにも家族はいて、彼らの生還を待つ人がいる。
 それでも、身内の人間だけは救いたくなってしまうのは私の我儘である。

 ……いや、果たして私の行く先に救いなど本当にあるのだろうか?
 ……なかったとしても進むしかない。

「そういう訳だアルガー!お前は最後まで最重要であるレオの護衛につけ!」

「ウルツ様がそう仰られるのであれば……!」




 近衛騎士たち囮部隊の効果あってか初めは接敵も少なくなった。
 しかしすぐに猟犬の如く放たれた犬頭族コボルトと人狼族の混成軍の鼻から逃れることはできず、私たちは猛攻に晒された。

 私の左右をアルガーとタリオが、戦闘を父が守ってくれてはいるが、私と歳三の二人が乗った馬の速度は明らかに落ちており、背にしがみつく私のせいで歳三も戦いにくそうであった。

「グォォォ!──光だ!開けた所へ出るぞ!もう少しだ!」

 父は次々に魔剣を召喚し、魔剣に込められた魔法を全て使い尽くしては投擲武器として投げ捨てまた召喚するという荒業を繰り返していた。
 魔力を劇的に消耗しかなり辛そうだ。

「なんだこの数はァ!?ハハッ……、マジかよ……。──レオ頭下げてろよ!」

「わ、分かった!」

「ここは私たちが抑えます!歳三!ウルツ!レオ様を頼みますよ!──いくぞタリオ!!!」

「はい父上!」

 歳三の背の隙間から横目に見たタリオは、とっくに矢を撃ち尽くしたクロスボウを捨て剣を抜いていた。
 どうか無事でいてくれ……!

「人間!!!ここハとおサナイゾォォォ!!!」

「獣化したところで俺は止められんぞ!!!『魔剣召喚』焔の魔剣フランメ!魔力解放、エクスプロージオ!!!」

 父の叫びを掻き消すような爆音の後、私の視界は明るい光に包まれた。
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