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第二章
111話 指導者たるもの
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フブキの案内により、気まずい雰囲気の中、無言で館へ向かった。
初めに来た時は気が付かなかったが、館の裏に大きめの離れがあったようだ。
「こちらです……」
「ありがとうございます。……後でお話しましょう」
「──!……は、はい……」
私はフブキにそう言い残し、離れの戸を叩いた。
「私は帝国より来ました、レオ=ウィルフリードと申します。ヒュウガ殿に言われてこちらをお訪ねしました」
「……どうぞ、お入りくださいまし」
中から女性の声が聞こえた。ここにヒュウガの妻、フブキの母が住んでいるということらしい。
「失礼します。……歳三はここで待っていてくれ」
「女性の部屋に男複数人で押しかけるのもアレだしな。分かったぜ」
「それか事の経緯を父上たちに伝えに行って欲しい」
「いや、万が一もあるかもしれねェからな、ここにいる。何かあったら叫べ」
「了解だ」
私と歳三はそうしたやり取りの後、二手に別れた。
離れの戸を開けると、中からはむせ返るようなお香の匂いがムワッと襲いかかってきた。
中は薄暗く、お香のものと思われる白い煙が充満している。揺らめく蝋燭にぼうっと照らされる煙が不気味に見えた。
私は緊張と警戒による慎重な足取りで奥へ進んだ。
「私はここまででごめんなさい。あの人はどうも苦手で……」
「分かりました。じゃあ行ってきます」
渡り廊下の途中でフブキは足を止めた。
ずっと悲しげな顔をしている彼女の姿を見ると、私の胸が痛む。さっさとこの戦争を集結させ、また楽しかったあの頃みたいな日々を取り戻すため私は進み続ける。
両横が全て襖というおかしな間取りではあったが、お香の匂いの強さから、正面の唯一障子で区切られた部屋に目的の人物がいることが察せた。
「レオ=ウィルフリードです。失礼します」
「ようこそおいでなさいました。わっちはシラユキ=ミツルギでありんす。以後よろしゅう」
障子を開けると、くらい畳の部屋に電灯代わりの提灯が二つ。そして部屋の奥は御簾で仕切られているという具合で、おかしな間取りの家にはある意味相応しいおかしな部屋が入っていたようだ。
さらに奇っ怪なのは御簾に落とされた声の主の影が、人間ではなく獣、それも九つの尾を持つ狐のような形をしている事である。
しかし、声は鮮明に聞き取れ、人間のものであると疑いようのない。
シラユキと名乗る人物がこの御簾の向こうにいる九尾ではなく、別の所にいると思う方が自然な程だ。
あちらから見えているか分からないが、私は刀を腰から外し右脇に起き、正座をして頭を下げた。
「この度は妖狐族の方々のお力を借りたくここに参りました」
「委細承知しておりんす。わっちもここから見ていたでありんすから」
「は……?見ていたのですか?」
「ええ。うちの者が御迷惑お掛けしたようで、お詫び申し上げりんす」
「いえ、とんでもない……」
私は正体も分からぬこの女性に底知れぬ恐怖を感じていた。
いつの時代の花街で使われていたのか分からないその言葉遣いも、私の思考を鈍らせる。
「──それで、和平の件、是非御協力させて頂きたく思いんす」
「ほ、本当ですか!?」
「ええ、本当でありんす。うちの者も初めからそのつもりのはず。なのにちょっと暴走したみたいでありんすね。……貴方がその刀を持っていたから……」
「刀、ですか?」
名工ザークによって産み出され、『斬雄戯惡』と銘打たれたこの刀。
妖狐族の手に日本刀がある事を知らなかった私は、この世界初の刀であると喜んだものだ。
「あの人は若い貴方がこの里に伝わる秘伝の刀と同じ形のものを持っていることに嫉妬したのでありんす」
「な、なるほど……」
「最後は黒服のお付きに斬られて本人も満足だったと思うでありんすよ。だから気にしなくていいでありんす」
「そうですか……。それなら良かったです……?」
そんなしょうもない理由で危うく死にかけた訳だが、私も父の猿真似下手くそ交渉術をお披露目してしまったので、これでおあいこにさせてもらおう。
「──本題に戻りましょう。わっちたち獣人や亜人の軍をまとめているのは、獣人の代表として人虎族の族長が、亜人の代表として竜人族の族長が指揮を執っているのでありんす」
「人虎と竜人が……」
どちらも圧倒的な身体能力を持つ種族だ。彼らが中心となった軍とは考えただけで恐ろしい。
「彼らが居るのはここから北西に三日ほど歩いた先にある森でありんす。そう、丁度エルフの森と竜の谷の間でありんすね」
歩いて三日なら、馬で一日で到達できるはずだ。それなら──
「──今すぐ出発するのはお勧めできないでありんすなぁ。疲弊した騎士たちを連れ、ただでさえ見通しの悪い森を、暗闇の中突き進むのは自殺行為でありんすよ。……そして人狼族や一部の種族は夜こそ真価を発揮するのでありんすから」
「ぐ……!」
まるで心を読んでいるかのような発言に、私は変な声を漏らすことしかできなかった。
だが、確かにシラユキの言う通りだ。
さらに考えれば、人虎族は前線で見かけなかった。つまり彼らは彼らは本陣の護衛に当たっている可能性が高い。……残念ながら今のまま挑んで勝てる相手ではない。
「わっちも今一度、彼らに戦いを止めるよう手紙をしたためようと思いんす。その間、今夜はお休みしていかれたらどうでござんしょう?」
「……それではお言葉に甘えさせて頂きます」
シラユキは常識もあり話の通じる人で良かった。
……いや、人なのかもはっきり分からないが。
初めに来た時は気が付かなかったが、館の裏に大きめの離れがあったようだ。
「こちらです……」
「ありがとうございます。……後でお話しましょう」
「──!……は、はい……」
私はフブキにそう言い残し、離れの戸を叩いた。
「私は帝国より来ました、レオ=ウィルフリードと申します。ヒュウガ殿に言われてこちらをお訪ねしました」
「……どうぞ、お入りくださいまし」
中から女性の声が聞こえた。ここにヒュウガの妻、フブキの母が住んでいるということらしい。
「失礼します。……歳三はここで待っていてくれ」
「女性の部屋に男複数人で押しかけるのもアレだしな。分かったぜ」
「それか事の経緯を父上たちに伝えに行って欲しい」
「いや、万が一もあるかもしれねェからな、ここにいる。何かあったら叫べ」
「了解だ」
私と歳三はそうしたやり取りの後、二手に別れた。
離れの戸を開けると、中からはむせ返るようなお香の匂いがムワッと襲いかかってきた。
中は薄暗く、お香のものと思われる白い煙が充満している。揺らめく蝋燭にぼうっと照らされる煙が不気味に見えた。
私は緊張と警戒による慎重な足取りで奥へ進んだ。
「私はここまででごめんなさい。あの人はどうも苦手で……」
「分かりました。じゃあ行ってきます」
渡り廊下の途中でフブキは足を止めた。
ずっと悲しげな顔をしている彼女の姿を見ると、私の胸が痛む。さっさとこの戦争を集結させ、また楽しかったあの頃みたいな日々を取り戻すため私は進み続ける。
両横が全て襖というおかしな間取りではあったが、お香の匂いの強さから、正面の唯一障子で区切られた部屋に目的の人物がいることが察せた。
「レオ=ウィルフリードです。失礼します」
「ようこそおいでなさいました。わっちはシラユキ=ミツルギでありんす。以後よろしゅう」
障子を開けると、くらい畳の部屋に電灯代わりの提灯が二つ。そして部屋の奥は御簾で仕切られているという具合で、おかしな間取りの家にはある意味相応しいおかしな部屋が入っていたようだ。
さらに奇っ怪なのは御簾に落とされた声の主の影が、人間ではなく獣、それも九つの尾を持つ狐のような形をしている事である。
しかし、声は鮮明に聞き取れ、人間のものであると疑いようのない。
シラユキと名乗る人物がこの御簾の向こうにいる九尾ではなく、別の所にいると思う方が自然な程だ。
あちらから見えているか分からないが、私は刀を腰から外し右脇に起き、正座をして頭を下げた。
「この度は妖狐族の方々のお力を借りたくここに参りました」
「委細承知しておりんす。わっちもここから見ていたでありんすから」
「は……?見ていたのですか?」
「ええ。うちの者が御迷惑お掛けしたようで、お詫び申し上げりんす」
「いえ、とんでもない……」
私は正体も分からぬこの女性に底知れぬ恐怖を感じていた。
いつの時代の花街で使われていたのか分からないその言葉遣いも、私の思考を鈍らせる。
「──それで、和平の件、是非御協力させて頂きたく思いんす」
「ほ、本当ですか!?」
「ええ、本当でありんす。うちの者も初めからそのつもりのはず。なのにちょっと暴走したみたいでありんすね。……貴方がその刀を持っていたから……」
「刀、ですか?」
名工ザークによって産み出され、『斬雄戯惡』と銘打たれたこの刀。
妖狐族の手に日本刀がある事を知らなかった私は、この世界初の刀であると喜んだものだ。
「あの人は若い貴方がこの里に伝わる秘伝の刀と同じ形のものを持っていることに嫉妬したのでありんす」
「な、なるほど……」
「最後は黒服のお付きに斬られて本人も満足だったと思うでありんすよ。だから気にしなくていいでありんす」
「そうですか……。それなら良かったです……?」
そんなしょうもない理由で危うく死にかけた訳だが、私も父の猿真似下手くそ交渉術をお披露目してしまったので、これでおあいこにさせてもらおう。
「──本題に戻りましょう。わっちたち獣人や亜人の軍をまとめているのは、獣人の代表として人虎族の族長が、亜人の代表として竜人族の族長が指揮を執っているのでありんす」
「人虎と竜人が……」
どちらも圧倒的な身体能力を持つ種族だ。彼らが中心となった軍とは考えただけで恐ろしい。
「彼らが居るのはここから北西に三日ほど歩いた先にある森でありんす。そう、丁度エルフの森と竜の谷の間でありんすね」
歩いて三日なら、馬で一日で到達できるはずだ。それなら──
「──今すぐ出発するのはお勧めできないでありんすなぁ。疲弊した騎士たちを連れ、ただでさえ見通しの悪い森を、暗闇の中突き進むのは自殺行為でありんすよ。……そして人狼族や一部の種族は夜こそ真価を発揮するのでありんすから」
「ぐ……!」
まるで心を読んでいるかのような発言に、私は変な声を漏らすことしかできなかった。
だが、確かにシラユキの言う通りだ。
さらに考えれば、人虎族は前線で見かけなかった。つまり彼らは彼らは本陣の護衛に当たっている可能性が高い。……残念ながら今のまま挑んで勝てる相手ではない。
「わっちも今一度、彼らに戦いを止めるよう手紙をしたためようと思いんす。その間、今夜はお休みしていかれたらどうでござんしょう?」
「……それではお言葉に甘えさせて頂きます」
シラユキは常識もあり話の通じる人で良かった。
……いや、人なのかもはっきり分からないが。
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