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第二章

107話 憧れ

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 妖狐族の里はどこかで写真を見た、東北地方の田舎の村のイメージであった。これは私の中の勝手なイメージなので実際はどのようなものかは分からない。
 恐らく知っていても、もう忘れてしまっている。私はこの世界の住人として既に十年以上の年月を過ごしたのだから。

 しかし、そんな昔のことを回顧してしまう程の懐かしさを、この景色から感じた。
 最も、現状はそんな呑気なことを考えている余裕などないのだが、逆に一周まわって落ち着いている。

「私の武器は預けなくて良いのだろうか?」

 少しでも妖狐族の男を打ち解けようと、会話のきっかけを模索する。

「いくら温厚で戦いを避ける妖狐族とて、子どもにやられる程やわではない」

「そ、そうか……」

 簡単に言えば舐められている。
 しかし、それでも妖狐族の長は私と対話することを許してくれたのだ。ただの子どもの戯言と一蹴せずに、こうした機会を与えて貰えることに感謝したい。

「ところで黒服のお前、この世界の人間ではないな?」

「あァ、そうだぜ」

「やはりな……」

 普通では有り得ないことを、この男はすんと受け入れた。
 私が疑惑の目を向けると、いやいやながらも妖狐族の男は口を開き言葉を続けた。

「我々の文化は、大陸と海を隔てた東の果てにある新大陸からもたらされたと言い伝えられている。そこには異世界人が集まり、独自な文化を築いているらしい」

「う、海の向こうがあるのか……!?」

 私は思わず大きな声をあげてしまった。妖狐族の男は私を警戒し睨みながらも、最後まで話をしてくれるようだ。

「二つの月のせいで海は複雑な潮流だらけだ。今の我々の技術では到底、遠海への航海などできない。しかし、この大陸にはないこの衣服や建造物……、これらはきっとどこか遠くの何者かが広めたと考えた方が自然だ。よって我々は新大陸は存在すると信じている」

「な、なるほど……。貴重なお話をありがとう」

 今の私たちにはその真偽を確かめることはできない。だが居ないと言い切ることはできない。現に私たちがこうして存在しているのが何よりの証拠だ。

 もし、私以外の転生者が居たら?それとも歳三のような召喚者が居るのかもしれない。もちろん、日本人とも限らない。だが、妖狐族の築いた文化やその口振りから、日本人である可能性は極めて高い。

 いずれにせよ、会いたい。
 もし彼らが元の世界に帰る技術を持っていたら、私はどのような選択をするだろうか。いや、そんなこと考えるだけ無駄か。

 私の脳内は様々な感情が入り乱れ、収集がつかなくなっていた。

「……余計なことを話した。この話はなかったことにしてくれ」

「約束しよう……」

 いや、こんな争いに満ちた悲惨な世界を捨ておいて、自分たちだけ新大陸に逃げた。そんな人たちと分かり合える訳もないだろう。

 こういう時はなるべく悪い方に考え、忘れるのが一番だ。

「黒服、お前の名前は?」

「土方歳三だぜ」

「ひじかた……。覚えておこう。……お前の国はなんと言う?」

もと、……いや、後世では日本と呼ばれているらしい」

「……にほん、か。……希望をありがとう。別の世界に、我々が想像していたものが実在しているという事実。それだけで、海の向こうへ希望を抱き続けることができる」

 今の中世的な技術力では遥かに険しい道のり。それをいつか遂げるため、というのが妖狐族の知識に対する原動力なのかもしれない。

「いや、海の向こうへの憧れってのは、俺も懐かしい奴の顔を思い出させてもらったぜ」

 新撰組と関わりのある人物で、更に海外渡航歴のある人物と言えば、勝海舟や榎本武揚あたりか。
 進んだ技術を持つという遥か遠い国へ行きたいと思うのは、どの時代でも誰にでも抱く感情なのだろう。

「──さて、ここから先は長の屋敷の敷地だ。我々は立ち入れない」

 妖狐族の男はいかにもな和風の御屋敷の前で立ち止まった。

 それは言ってしまえば周りより少し大きい平屋ではあるが、物言わぬ威圧感を放っていた。
 それと同時に、空間を活かした枯山水の日本庭園風な庭や縁側などは、私にありもしない夏の思い出を想起させる。

「案内感謝する。……行こうか、歳三」

「おう」

「いや、ちょっと待て。これはお前が持っていた方がいい」

 そう言うと人狼族の男は刀を歳三に返した。

「……」

 歳三は何も言わず刀を受け取り、左の腰に帯びた。

「自分で言っておいてまだ名乗っていなかったな。俺はカワカゼだ」

「生きてまた会うことがあれば、まァその時はよろしくな」

 カワカゼはただ黙って頷いた。
 歳三はそれを確認すると、突然私の背中を押してきた。飛び石に上手く乗れなかった私は砂利に踏み込んでしまう。

「緊張し過ぎだ。お前は真っ直ぐ前だけ見てれば良い。背中は任せろ」

「……頼んだ」

 私は、今度は自分自身の意思で、しっかり飛び石へ足を進めた。
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