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第一章

67話 丞相、諸葛孔明

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「陛下! 我が愚息の出過ぎた真似をお許しください……。この子はこの子なりにウィルフリードのためを思っての行動なのです。どうかその書状と、陛下の慈愛に満ちたお心で、ウィルフリード復興にお力添えを願いたく存じます……!」

 ファリア併合が無理筋だと分かると、父はすぐさま補償のみの方針に切り替えた。
 結局のところ金さえあればなんとかなるのは事実だ。望める最大の利益を目指すべきである。

「……ふむ。いやなに、ファリアから食糧と鉱山収入を接収するのは確かに合理的な判断ではあるだろうな」

 ウィルフリード自体は母の敏腕により、帝国の他の都市よりも圧倒的な発展を見せている。ここに孔明が加われば、そのような一時しのぎの収入でもなんとかはなるだろうとも思える。
 私は自分の功を急いでしまっていたのかもしれない。

「それだけでも我々には十分にございます……」

「……うむ。───それでいいかレオよ」

「…………は。陛下のご英断に間違いはありません……」

 ヴァルターの鼻を明かしてやろうなどと今更言うつもりはない。

 私が完全に諦め、このままアルドの努力を端金に変えて持ち帰るのだと打ちひしがれていた、その時であった。

「良いではありませんか父上。バハムートから、私より幼い彼の活躍を聞いた時、それは興奮したものです」

 突然語り始めたのは、穏やかな表情でただ立っているだけだった第一皇子だ。

「まだ馬の乗り方もぎこちない彼が自ら先陣に立ち、数倍の敵を倒した。とても“それだけ“などとは言えないでしょう」

「……な、…………クッ!」

 そう言うと彼は第二皇子の方を見た。
 第二皇子は歯を食いしばり、何か言いたそうに口をパクパクさせるが、遂には何の反論もできなかった。

「私もそう思いますわ父上。反乱の兆しを読み取れず、ウィルフリードに北方遠征を依頼したのはこちらにも非があるのではないでしょうか?」

「そんな! 私どもはただご勅命に従っただけでございます! 決して陛下の非を咎めようなどとは……!」

 皇女殿下のアシストに、父が咄嗟に陛下の顔を立てた。

「分かった分かった! エルシャもウルツも口を閉じよ……」

 そう言うと陛下は腕を組み、目を閉じて考え事を始めた。
 この空間に張り詰めた沈黙が永遠にさえ感じた。



 陛下はゆっくり目を開けると、皇后陛下に耳打ちをした。彼女は微かに口を開いて何か言ったようだったが、ここまでは聞こえなかった。

「───いいだろう。ファリアはこの書状の功績、そしてレオ=ウィルフリードの勇姿を讃え、ウィルフリードにくれてやろう」

「……え、い、今なんと……?」

「父上! どうか考え直してください!」

「最後まで聞けボーゼン」

 第二皇子の叫び声がだだっ広い謁見の間に響いた。
 私と父も、あまりの急降下と急上昇の繰り返しに思わず顔を見合わせる。

「確かに、ボーゼンの言うことも事実だ。そのまま丸々くれてやると言うのでは、他の貴族どもから反対の声も挙がるだろう。そこでだ。少々条件を付けてファリア併合を許可しよう」

「……その、条件、とは…………?」

 私は息を飲み陛下の継ぐ言葉を待った。

「今後十年間、ファリアに対する税は五割とする。それでも良ければ好きにするが良い」

「そんな!」

「逆に考えてみろ。半分はウィルフリードに入るということだ。それだけでも十分ではないか」

「それは……」

 それは甘い考えだ。国を治める皇帝と言えど、領地経営に関しては全くの素人だろう。

 現在、ウィルフリードを含む普通の領地に対する帝国の税金は、その収入の三割となっている。残りのほとんどを領地の運営と軍備に回すため、四割の税率でも破産する領地もあるだろう。
 それなのに五割では……。

「お待ちください。どうか私めに発言の許可を」

「こ、孔明!」

「……ふむ? いいだろう、異世界の英雄とやら」

 孔明は突然立ち上がり、羽扇を取り出した。
 余程の名案があるのだろうか……。

「皇帝陛下。その五割というのは、現在の税収における金額に対する五割でよろしいでしょうか?」

「…………? まあそれでもこちらの収入は十分であるな」

「であれば五割で結構です。レオ、ファリアは頂きましょう」

 孔明は澄まし顔で私にそう言いのけた。

「待ってくれ孔明! ウィルフリードも厳しいというのにそれは無理だ!」

「はぁ……。レオ、こっちへ」

「な、なんだよ……」

 私は陛下の顔を伺いながら孔明の方へ近づく。
 孔明は羽扇で口元を隠しながら、小さな声で私を諭した。

「大丈夫ですレオ。ファリアの現状が分からないのは不安要素ではありますが、ここで金額を固定できた以上、私たちの前には無限の可能性があるのです」

「こんなところでまで濁さないでくれ……! もっと分かりやすく……!」

「ですから、税収を増やした分は全て私たちの収入になるのです。これはむしろ私たちにとって有利でしょう」

「…………それはそうだが……」

 帝国の税金はその”収入”にかかる。要は所得税と同じで儲ければ儲けるほど税金も増える。
 しかしその金額がある一定のラインで固定されてしまえば、それ以上は単純に収入が増えれば儲けも増えることになる。

 だが逆に言えば、万が一収入が減ってしまった場合、税金は高止まりしたままだ。そうなれば確実に自分の首を絞める結果となるだろう。

 これは一か八かの危ない橋なのだ。

「レオ、私を信じてください」

「そうは言っても……」

 例え財政が悪化したとしても、陛下から賜った領地を投げ捨てる訳にはいかない。ファリアを抱えたがために、ウィルフリードまで共倒れする未来。その責任は私は負いきれない。

「丞相、使持節、益州牧……」

「え?」

「私が蜀において担った官職です。夷陵の戦いの後、国が荒れ果てても立て直し、再び北伐を始める余裕まで私は蜀の政治を行いました。経験は十分にあります。……そして秘策も…………」

「……分かった。孔明、お前を信じよう。だが、最終的に決めるのは当主である父上だ」

 戦いでの功績を主張する権利ぐらいは私にもあるが、ウィルフリードの今後を決めるのはあくまでも父だ。

「ああ、それだが、仮にファリアが欲しいなら、レオ=ウィルフリード、お前が領主をやれ。戦いに参加していないウルツに領土を与えるのはおかしな話だからな」

「な……」

 十歳で領主など前代未聞だ。両親不在のウィルフリードを運営するのでさえ手一杯だった私にいきなり領主など務まる道理はない……。

 表情を一切変えず私をただ見つめる孔明。動揺する父と私。そしてその様子を上から眺める皇帝。
 私はこの決断が正解であると自信を持って断言できる選択肢を選べそうになかった。

 その時、一人の英雄が動いた。
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