上 下
65 / 262
第一章

63話 剛毅木訥は仁に近し

しおりを挟む
 当然の如く敷き詰められた絨毯。それも煌びやかな刺繍が施された一級品だ。
 大抵の屋敷ではこれ程の作品は壁に貼り付け、皆が踏みつける床には替えがきくようなものにする。

 廊下をほんの少し歩くと、巨大な吹き抜けに出た。
 ガラス張りの天井から光が差し込み、室内は晩秋にもかかわらず温かかった。
 ステンドグラスを通過する光が、キャンバスのように白く美しい壁に絵画のような模様を描き出す。

 足元から天井まで一切の妥協がない。

「ここはダンスホールになったりします。突き当たりは中庭へと続いています。右の扉は地下倉庫への道なので、迷わないように気をつけてください。これから行く待合室は左です」

 団長は私たちに城の内部を説明してくれた。

「つまり、さらに城を攻略するにはこの左右の階段から二階へ向かう、と。……これはまるで虎口のような造りなのですね」

「ほう。軍師殿、よく見抜きましたね。その通りです。陛下は階段を昇った先、さらにその先の階段を昇った……遥か上の玉座にいらっしゃいます」

「……? どういうことだ孔明?」

「なんだァレオ? 街づくりには詳しいのに城の造りは初心者なんだな!」

 残念ながら私が大学で学んだのは政治や経済。防衛施設の建築ではないのだ。

「想像してみなさい。私たち敵兵が最後の門を突破して城の中に入りました」

「真っ先にたどり着くのは直進してすぐのここだな」

「そうです。そうすると待ち構えているのは……」

 孔明は羽扇で二階の方を指し示す。

「分かったぞ。あそこに弓兵を配するんだ」

「そうだなレオ。重い鎧を着ているから、そう簡単に階段を登りきれはしない。そうすると、ここまで入り込んだ敵兵は袋の鼠」

「上から弓を一方的に撃ち下ろす事が出来るんだなァ! そしてこの円形の構造はどこから撃っても十字砲火が組めるから攻撃力が高いってワケだぜ!」

 父と歳三も参戦してきた。

「そうですね! 帝国最後の砦となるこの皇城。美しいだけでなく要塞としての機能も勿論果たすのですよ」

 そう考えてみると、五稜郭の形など、美しいだけでなく射線がうまく交わるように造られていたのか。
 それは歳三も興奮気味に話したがる訳だ。

「ですがやはり、まずはここまで攻め込まれないことが第一ですけどね。……それで、普段はこうして政務や迎賓の中心となっているのですよ。───さぁどうぞ」

 団長はそう言いながらワックスでツヤツヤに加工された扉を開けてくれた。




 待合室と聞いていたため小さな部屋と数個の椅子程度を想像していたが、ここも皇城クオリティであった。

 廊下に使われているものよりもよりも毛が高くふわふわな絨毯。大の男が横になれるぐらい大きなソファ。窓から見下ろす皇都の景色も格別だ。

「どうぞおかけください」

「では失礼する」

 父は一番奥の椅子に座り、団長はテーブルを挟んでその向かいに当たる入口側の椅子に座った。
 私と歳三、孔明はテーブルの横にあるソファに仲良く三人で腰掛けた。

「さて、それでは手短に皇都の現状をお伝えしましょう」

「うむ。頼んだ」

 団長は拳を握りしめ、太ももの上に置いた。

「まず、陛下はお変わりなく、まさに名君と呼ぶに相応しい行いをなされています。その点では帝国は今後も安泰でしょう」

「ほう? 私が見た所ではそのようには感じませんが」

「これは手厳しいですね」

 孔明は遠慮なくそう言い切る。

 私がこの世界に生まれた時から、陛下は現皇帝だから前帝と比べることができない。
 しかし、そもそも戦争による利益を国是とする帝国の方針と、その戦費の為の重税はとても褒められたものじゃないと私自身も思う。

「軍師殿はご存知か分かりませんが、ファルンホルス王国との『反魔王共闘同盟』を結んだのは陛下の英断なのですよ。これは長い帝国の歴史の中で初めての停戦となりました」

「それなら何故反乱が起こるほどに国内は荒れ、今も亜人・獣人の国へ侵略を繰り返しているのですか?」

 今度は私がそう団長に尋ねる。
 子どもの発言にしてはあまりに核をついたその難題に、団長は苦い顔をした。

「……それこそあのヴァルターらの影響なのです」

 まぁ当然その名前は出てくるだろう。

「彼らが帝国内での主な主戦論者のリーダー的存在になっています」

「その言い方、他にも過激派がいるというような言い方だなァ?」

「……その通りです。非常に大きな問題なのですが……、実はこれらは皇位継承問題に絡んでいるのです」

 それはどこの国でもろくなことにならない。

「普通であれば嫡子は第一皇子であるグーター様なのですが……、その……、いわゆる凡愚との評価を受けていまして……。そこでヴァルターらは第二皇子ボーゼン様を次期皇帝にと推し進めているのです」

「……なんとなくですが、第一皇子を応援したくなりましたね。ふふふ……」

 孔明はそう笑う。それはきっと彼が最後に仕えた、劉備の嫡子である劉禅が暗愚の王であると散々言われたからであろう。

 劉禅にはこんなエピソードがある。

 蜀が魏に滅ぼされた後、蜀漢の旧臣たちと劉禅は宴会に呼ばれた。涙を流す旧臣たちに対してニコニコしている劉禅。
 そんな彼に後の晋王となる司馬昭がこう尋ねた。「蜀を思い出されますか?」と。
 それに対して劉禅は「ここが楽しく、思い出すことはありません」と言いのけ、家臣だけでなく辺にいた魏の将までもが唖然とした。

 こんな話から、彼の幼名を取って『扶不起的阿斗(助けようのない阿斗)』などという情けないことわざまで作られてしまった。

 孔明の死後はそんな滅茶苦茶な終末を辿った蜀だったが、逆に言えばそこまでの愚王を支えながら魏と戦った孔明の強さが浮き彫りになる。

「───とは言え、徳のある優秀な人間が上に立つのが一番でしょう。私個人の考えは置いておいて、何故第二皇子では駄目なのでしょうか?」

「確かに第二皇子は優れた頭脳と強靭な肉体をお持ちです。さらに天から授けられたスキルも、国家機密故に明かされてはいませんが、歴代の王に劣らぬ実力だとか」

 団長は一言一言慎重に言葉を選び、私たちに告げる。

「ですが……、軍師殿のお言葉を借りるなら、ボーゼン様には「徳」というものが欠けています」

「ほう……」

 孔明は羽扇を広げ口元に当てる。
 これは孔明が何かを見定めたり、策を練るときによくするポーズだ。この後の謁見で、第二皇子を見定めようという気概が感じて取れる。

「他を寄せ付けない強さ。それは時に弱さになり得ます。あれは勇猛果敢と言うよりむしろ苛烈な性格というほかないでしょう。当人がそれなので周りの家臣たちも自然と似た者が集まるのです」

「……覇道ですか。それでは行き着く先は終わらぬ戦いの末の死であるのみ、ですね」

 団長の口から語られた、想像よりも酷い有様だった帝国の内情に、その場にいた誰もが陰鬱な空気に包まれていた。
しおりを挟む
感想 4

あなたにおすすめの小説

貧乏冒険者で底辺配信者の生きる希望もないおっさんバズる~庭のFランク(実際はSSSランク)ダンジョンで活動すること15年、最強になりました~

喰寝丸太
ファンタジー
おっさんは経済的に、そして冒険者としても底辺だった。 庭にダンジョンができたが最初のザコがスライムということでFランクダンジョン認定された。 そして18年。 おっさんの実力が白日の下に。 FランクダンジョンはSSSランクだった。 最初のザコ敵はアイアンスライム。 特徴は大量の経験値を持っていて硬い、そして逃げる。 追い詰められると不壊と言われるダンジョンの壁すら溶かす酸を出す。 そんなダンジョンでの15年の月日はおっさんを最強にさせた。 世間から隠されていた最強の化け物がいま世に出る。

特殊部隊の俺が転生すると、目の前で絶世の美人母娘が犯されそうで助けたら、とんでもないヤンデレ貴族だった

なるとし
ファンタジー
 鷹取晴翔(たかとりはると)は陸上自衛隊のとある特殊部隊に所属している。だが、ある日、訓練の途中、不慮の事故に遭い、異世界に転生することとなる。  特殊部隊で使っていた武器や防具などを召喚できる特殊能力を謎の存在から授かり、目を開けたら、絶世の美女とも呼ばれる母娘が男たちによって犯されそうになっていた。  武装状態の鷹取晴翔は、持ち前の優秀な身体能力と武器を使い、その母娘と敷地にいる使用人たちを救う。  だけど、その母と娘二人は、    とおおおおんでもないヤンデレだった…… 第3回次世代ファンタジーカップに出すために一部を修正して投稿したものです。

現代ダンジョンで成り上がり!

カメ
ファンタジー
現代ダンジョンで成り上がる! 現代の世界に大きな地震が全世界同時に起こると共に、全世界にダンジョンが現れた。 舞台はその後の世界。ダンジョンの出現とともに、ステータスが見れる様になり、多くの能力、スキルを持つ人たちが現れる。その人達は冒険者と呼ばれる様になり、ダンジョンから得られる貴重な資源のおかげで稼ぎが多い冒険者は、多くの人から憧れる職業となった。 四ノ宮翔には、いいスキルもステータスもない。ましてや呪いをその身に受ける、呪われた子の称号を持つ存在だ。そんな彼がこの世界でどう生き、成り上がるのか、その冒険が今始まる。

日本列島、時震により転移す!

黄昏人
ファンタジー
2023年(現在)、日本列島が後に時震と呼ばれる現象により、500年以上の時を超え1492年(過去)の世界に転移した。移転したのは本州、四国、九州とその周辺の島々であり、現在の日本は過去の時代に飛ばされ、過去の日本は現在の世界に飛ばされた。飛ばされた現在の日本はその文明を支え、国民を食わせるためには早急に莫大な資源と食料が必要である。過去の日本は現在の世界を意識できないが、取り残された北海道と沖縄は国富の大部分を失い、戦国日本を抱え途方にくれる。人々は、政府は何を思いどうふるまうのか。

【超速爆速レベルアップ】~俺だけ入れるダンジョンはゴールドメタルスライムの狩り場でした~

シオヤマ琴@『最強最速』発売中
ファンタジー
ダンジョンが出現し20年。 木崎賢吾、22歳は子どもの頃からダンジョンに憧れていた。 しかし、ダンジョンは最初に足を踏み入れた者の所有物となるため、もうこの世界にはどこを探しても未発見のダンジョンなどないと思われていた。 そんな矢先、バイト帰りに彼が目にしたものは――。 【自分だけのダンジョンを夢見ていた青年のレベリング冒険譚が今幕を開ける!】

喰らう度強くなるボクと姉属性の女神様と異世界と。〜食べた者のスキルを奪うボクが異世界で自由気ままに冒険する!!〜

田所浩一郎
ファンタジー
中学でいじめられていた少年冥矢は女神のミスによりできた空間の歪みに巻き込まれ命を落としてしまう。 謝罪代わりに与えられたスキル、《喰らう者》は食べた存在のスキルを使い更にレベルアップすることのできるチートスキルだった! 異世界に転生させてもらうはずだったがなんと女神様もついてくる事態に!?  地球にはない自然や生き物に魔物。それにまだ見ぬ珍味達。 冥矢は心を踊らせ好奇心を満たす冒険へと出るのだった。これからずっと側に居ることを約束した女神様と共に……

天日ノ艦隊 〜こちら大和型戦艦、異世界にて出陣ス!〜 

八風ゆず
ファンタジー
時は1950年。 第一次世界大戦にあった「もう一つの可能性」が実現した世界線。1950年4月7日、合同演習をする為航行中、大和型戦艦三隻が同時に左舷に転覆した。 大和型三隻は沈没した……、と思われた。 だが、目覚めた先には我々が居た世界とは違った。 大海原が広がり、見たことのない数多の国が支配者する世界だった。 祖国へ帰るため、大海原が広がる異世界を旅する大和型三隻と別世界の艦船達との異世界戦記。 ※異世界転移が何番煎じか分からないですが、書きたいのでかいています! 面白いと思ったらブックマーク、感想、評価お願いします!!※ ※戦艦など知らない人も楽しめるため、解説などを出し努力しております。是非是非「知識がなく、楽しんで読めるかな……」っと思ってる方も読んでみてください!※

欲張ってチートスキル貰いすぎたらステータスを全部0にされてしまったので最弱から最強&ハーレム目指します

ゆさま
ファンタジー
チートスキルを授けてくれる女神様が出てくるまで最短最速です。(多分) HP1 全ステータス0から這い上がる! 可愛い女の子の挿絵多めです!! カクヨムにて公開したものを手直しして投稿しています。

処理中です...