上 下
50 / 262
第一章

48話 平和談義

しおりを挟む
 仮にも高官であった孔明を兵舎に詰め込むのは流石に不自然に思い、夜は離れの小屋で寝てもらうことにした。

「孔明、ちょっといいか?」

「はい。どうぞ…」

 下男たちが一式の家具を運び終えた後、私も離れへ顔を出してみた。

 孔明は窓から差し込む月明かりを眺めながら酒を口にしていた。白い肌は赤みがかり、長い艶やかな髪も相まって男同士なのに少しドキッとしてしまうほどだった。

 彼が口ずさむメロディーはどこか懐かしく、そして物悲しい雰囲気を纏っていた。

「……浅酌低唱(せんしゃくていしょう)に浸っておりました。何か御用でしたか?」

「いや、大した用はない。少し様子を見に来ただけだ。……邪魔して悪かったな」

「大変居心地の良い場所を頂き感謝しています…。ほら、そこの木もすっかり紅葉して綺麗でしょう?」

「そうだな……」

 ゆったりとした夜の静けさに、酒の香りが眠気を誘う。

「それじゃあ今日はゆっくり休んでくれ。明日からよろしく頼む」

「えぇ。改めて、よろしくお願いします……」

 孔明は手を組み頭を下げる。

「その『神算鬼謀(シンザンキボウ)』のスキルと魔法を駆使して新たな策略が生まれることを期待しているよ。……戦いが起こらないに越したことはないがな」




「───レオ。あなたが目指す場所はどこですか?」

「私が目指す場所……?」

「そうです。あなたは何のためになら戦い、何のために生きるのです?」

 私にはその問いの意図がつかめず、即座に返事をすることが出来なかった。

「子曰く、遠き慮り無ければ、必ず近き憂あり」

「なんだ……? それは」

「孔子が説くことには、遠い将来のことを考えていなければ、近い将来に心配事が起こる。と言うのです」

「なるほど……?」

「目標もなく行き当たりばったりでは、いつか道に迷い、戻ることも出来なくなってしまいますよ」

 それで私の目指す場所はどこか、ということか。

 私はかつて平和な世界で、平凡な人生を送っていた。それ故に、この世界にあっても「平和」というものを渇望しているのかもしれない。

「孔明よ、逆に問いたい。平和とはどうすれば手に入る?」

「ふふ。それはまた難しい質問ですね」

 孔明は酒を飲む手を止め、閉じた羽扇を口に当て考えだした。

「……『神算鬼謀』でレオが生きた時代までの戦いを覗き見しました。……ですが、いつの時も人々は天下のどこかで争いを続けている」

 戦争や紛争がない年のほうが珍しいのかもしれない。いや、血を伴わずとも、平和とはかけ離れた現状を過ごす人々もいるだろう。

「私が求める平和は甘えに過ぎないのか……?」

「…………そうとも言いませんよ。民に安寧秩序をもたらさんとする姿こそ、真の君主でしょう。少なくとも私は、私利私欲のために天下を手にしたいと言う人物に仕える気はありません」

「……そうか」

「答えなど、人間は一生をかけても見つけることが出来ないのでしょうね。だからこそ、こうして思い悩み、次の世代へと命を繋げてきたのです」

「……うーん。よくわからないな……」

「ふふ。今はまだそれでいいのですよ」

 孔明は羽扇で火照った顔を扇(あお)ぎながら続ける。

「ただ、国に従う一地方領主の身では、必ず戦いに巻き込まれるでしょう」

「確かに、帝国に忠誠を捧げる貴族として、その拡張政策に異を唱えることは出来ないな」

 夜風に髪を揺らしながら、孔明は私を見つめてこう言った。

「レオ、王になりなさい」

「え?」

 その言葉は今まで彼が発した言葉とは、一層重みが違って感じられた。その目付きからも、ただ酔って大口を叩いている訳では無いことは一目だった。

「天下を統べ、その威光を持って世界に安寧の時を……」

 そう言うと孔明は目を閉じ、こくんと眠ってしまった。あの目は眠気を堪えていたからだろうか。

 そうだとしても、その言葉は確かに私の未来を動かした。そう強く確信した。



 私は椅子の上で寝てしまった孔明をなんとかベットに下ろし、小屋を後にした。





◆ ◇ ◆ ◇ ◆ ◇ ◆ ◇ ◆ 




 次の日からは、また慌ただしい毎日が幕を開けた。

「───成程。ここでも魔法が使えるのですね。勉強になります」

「いえ、むしろその知識を活かせばもっと凄いことができそうだわ!」

 母と孔明の政治談義は数時間に及んだ。

 私も勉強の為に参加していた。改めて目の当たりにする母の姿と、元丞相という経歴の孔明を見ると、私が領主代理を務めていた時の反省点が露呈した。

「現地視察で確認したけど、あれぐらいの被害ならすぐに壁も直せるわ。すぐに皇都から優秀な土魔法とドワーフの職人を手配しましょう」

「建築という分野においても、魔法や多様な種族の力を借りることで数倍の効果を挙げれるようですね」

「そうよ。ただ、ウィルフリードにいるドワーフたちは冒険者の一員がほとんどだから、職人は皇都から呼ばなきゃいけないの」

「ほう? 職人は手元に置いておいた方が良いのではありませんか?」

「それができればね…。彼らは優秀な武器職人でもあるのよ。だから、皇都ではその名工を専有し、他の地方領地に渡すことは禁じているわ」

「武具を自由に作られては反乱の手助けになる…、と。───権力維持の為に民に苦難を強いるとは、まさに亡国の兆しです」

 一応、人間の鍛冶屋ならウィルフリードにもいるため、生活用具や農具ぐらいならまかなえている。

 しかし、武器の類は皇都から買うか、もしくはアキード協商連合から「反魔王共闘同盟」に則り供出された粗悪品だけしか許されていない。どちらも利権が絡んだ汚い問題だ。

「いずれにせよ、中央に優れた人材が集まり、地方が疲弊するのは避けられぬものです。それだけに、これだけウィルフリードを発展させた奥様の苦労が伺えますね」

「そう言って貰えると嬉しいわ!」

 それからも、政治だけに限らず、天下の情勢の見極めから君主としての心構えまで、孔明はその博識さを私たちに披露してみせた。

 これからのウィルフリードは、軍事面で父と歳三が、政治面で母と孔明が支えていくことになるだろう。そして、いずれは私が…………。

 そんな、遠きを慮る有意義な時間を過ごせた。
しおりを挟む
感想 4

あなたにおすすめの小説

貧乏冒険者で底辺配信者の生きる希望もないおっさんバズる~庭のFランク(実際はSSSランク)ダンジョンで活動すること15年、最強になりました~

喰寝丸太
ファンタジー
おっさんは経済的に、そして冒険者としても底辺だった。 庭にダンジョンができたが最初のザコがスライムということでFランクダンジョン認定された。 そして18年。 おっさんの実力が白日の下に。 FランクダンジョンはSSSランクだった。 最初のザコ敵はアイアンスライム。 特徴は大量の経験値を持っていて硬い、そして逃げる。 追い詰められると不壊と言われるダンジョンの壁すら溶かす酸を出す。 そんなダンジョンでの15年の月日はおっさんを最強にさせた。 世間から隠されていた最強の化け物がいま世に出る。

特殊部隊の俺が転生すると、目の前で絶世の美人母娘が犯されそうで助けたら、とんでもないヤンデレ貴族だった

なるとし
ファンタジー
 鷹取晴翔(たかとりはると)は陸上自衛隊のとある特殊部隊に所属している。だが、ある日、訓練の途中、不慮の事故に遭い、異世界に転生することとなる。  特殊部隊で使っていた武器や防具などを召喚できる特殊能力を謎の存在から授かり、目を開けたら、絶世の美女とも呼ばれる母娘が男たちによって犯されそうになっていた。  武装状態の鷹取晴翔は、持ち前の優秀な身体能力と武器を使い、その母娘と敷地にいる使用人たちを救う。  だけど、その母と娘二人は、    とおおおおんでもないヤンデレだった…… 第3回次世代ファンタジーカップに出すために一部を修正して投稿したものです。

日本列島、時震により転移す!

黄昏人
ファンタジー
2023年(現在)、日本列島が後に時震と呼ばれる現象により、500年以上の時を超え1492年(過去)の世界に転移した。移転したのは本州、四国、九州とその周辺の島々であり、現在の日本は過去の時代に飛ばされ、過去の日本は現在の世界に飛ばされた。飛ばされた現在の日本はその文明を支え、国民を食わせるためには早急に莫大な資源と食料が必要である。過去の日本は現在の世界を意識できないが、取り残された北海道と沖縄は国富の大部分を失い、戦国日本を抱え途方にくれる。人々は、政府は何を思いどうふるまうのか。

【超速爆速レベルアップ】~俺だけ入れるダンジョンはゴールドメタルスライムの狩り場でした~

シオヤマ琴@『最強最速』発売中
ファンタジー
ダンジョンが出現し20年。 木崎賢吾、22歳は子どもの頃からダンジョンに憧れていた。 しかし、ダンジョンは最初に足を踏み入れた者の所有物となるため、もうこの世界にはどこを探しても未発見のダンジョンなどないと思われていた。 そんな矢先、バイト帰りに彼が目にしたものは――。 【自分だけのダンジョンを夢見ていた青年のレベリング冒険譚が今幕を開ける!】

現代ダンジョンで成り上がり!

カメ
ファンタジー
現代ダンジョンで成り上がる! 現代の世界に大きな地震が全世界同時に起こると共に、全世界にダンジョンが現れた。 舞台はその後の世界。ダンジョンの出現とともに、ステータスが見れる様になり、多くの能力、スキルを持つ人たちが現れる。その人達は冒険者と呼ばれる様になり、ダンジョンから得られる貴重な資源のおかげで稼ぎが多い冒険者は、多くの人から憧れる職業となった。 四ノ宮翔には、いいスキルもステータスもない。ましてや呪いをその身に受ける、呪われた子の称号を持つ存在だ。そんな彼がこの世界でどう生き、成り上がるのか、その冒険が今始まる。

天日ノ艦隊 〜こちら大和型戦艦、異世界にて出陣ス!〜 

八風ゆず
ファンタジー
時は1950年。 第一次世界大戦にあった「もう一つの可能性」が実現した世界線。1950年4月7日、合同演習をする為航行中、大和型戦艦三隻が同時に左舷に転覆した。 大和型三隻は沈没した……、と思われた。 だが、目覚めた先には我々が居た世界とは違った。 大海原が広がり、見たことのない数多の国が支配者する世界だった。 祖国へ帰るため、大海原が広がる異世界を旅する大和型三隻と別世界の艦船達との異世界戦記。 ※異世界転移が何番煎じか分からないですが、書きたいのでかいています! 面白いと思ったらブックマーク、感想、評価お願いします!!※ ※戦艦など知らない人も楽しめるため、解説などを出し努力しております。是非是非「知識がなく、楽しんで読めるかな……」っと思ってる方も読んでみてください!※

欲張ってチートスキル貰いすぎたらステータスを全部0にされてしまったので最弱から最強&ハーレム目指します

ゆさま
ファンタジー
チートスキルを授けてくれる女神様が出てくるまで最短最速です。(多分) HP1 全ステータス0から這い上がる! 可愛い女の子の挿絵多めです!! カクヨムにて公開したものを手直しして投稿しています。

喰らう度強くなるボクと姉属性の女神様と異世界と。〜食べた者のスキルを奪うボクが異世界で自由気ままに冒険する!!〜

田所浩一郎
ファンタジー
中学でいじめられていた少年冥矢は女神のミスによりできた空間の歪みに巻き込まれ命を落としてしまう。 謝罪代わりに与えられたスキル、《喰らう者》は食べた存在のスキルを使い更にレベルアップすることのできるチートスキルだった! 異世界に転生させてもらうはずだったがなんと女神様もついてくる事態に!?  地球にはない自然や生き物に魔物。それにまだ見ぬ珍味達。 冥矢は心を踊らせ好奇心を満たす冒険へと出るのだった。これからずっと側に居ることを約束した女神様と共に……

処理中です...