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第一章

34話 未来へ向けて

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 第一にやるべき事。それは父たちウィルフリード本軍へ無事を知らせることだ。

 せっかくほとんど損害無しで任務を終えたのに、無理な行軍で負傷者を増やす必要はない。

 私は自室に戻り、ペンを持った。



『皇都より援軍来たり。レオ=ウィルフリードは無事である。ファリアは既に鎮圧』

 伝令に持たせるような公文書など書いたことがない。

 全くもって無茶苦茶な文章で、どこかで見た事があるような締めの言葉を添えておいた。恐らく、それも間違っている。

 だが重要なのは私が無事であることと、ファリアは撃破されたということだ。それさえ伝わればいい。



「マリエッタ、タリオを呼んでくれ」

 私は近くに控えるマリエッタに頼んだ。

「かしこまりました」

 私にとってウィルフリードの伝令と言えばタリオしかいない。それに、今回の件は彼が適任だろう。


「何かありましたか?」

 さしずめ書状の中身が気になり屋敷の周りをうろうろしていたのだろう。タリオは数分でマリエッタに連れられてきた。

「タリオ、アルガーは無事なようだぞ」

「本当ですか!?……あ、いえ、それは良かったです」

 思わず本心が零れてしまったようだ。仕事という建前を忘れてその表情には笑顔が混じっていた。

「それでだ、ウィルフリードは無事であることを、こちらへ向かってくるウィルフリード本軍に伝える必要が出てきた」

「はい」

「つまりはこの書状を持って北へ向かって欲しい。一万もの大軍だからそうすれ違うということはないと思う」

「私にそんな大役を!?」

 ウィルフリードの副官として取り立てられる父と比べ、タリオは自分を悲観する節があった。

 これはいい刺激になるだろう。それに……

「一足先にアルガーと会ってこい。……本当は私も父と母に会いたいが、ここを離れる訳にはいかないからな」

「……!必ず本軍と合流します!」

 タリオはドンと音を立てる勢いで胸に拳を当てる。

「それでは頼んだぞ」

 私は書状を紐で結び、蝋封した。深紅の蝋にウィルフリードの印が浮かぶ。

 それを手渡すと、タリオは大事そうに胸に抱えた。

「では行ってまいります!」

「……食料やら装備やらも忘れるなよ?」

 このままだと魔物の出る外に丸腰で飛び込みそうな勢いだった。タリオは「まさか!」と肩をすくめたが、その目は左上に泳いでいる。

「それでは、しばらくの間お別れですね。お元気で!」

 それ以上は待ちきれないという様子で、タリオは駆け出していった。

 こちらに向かってくる軍に合流するのだから、そんなに長い別れにはならないが。




◆ ◇ ◆ ◇ ◆ ◇ ◆ ◇ ◆ 




 外務はタリオに、内政はシズネにそれぞれ託したため、私はひと時の心の余裕が持てた。

 そして改めて考える。この『英雄召喚』の力を。

 なぜこのタイミングで魔力が溜まったのだろうか。

 どうせなら戦いの前に英雄を召喚できれば、もっと上手くやれたかもしれない。そんなタラレバばかり浮かび、少し気分が落ち込んだ。

 しかし、今は前向きに考えよう。

 魔力が溜まる条件を考える。


 第一に考えられるのは、ちょうどこのタイミングがこの魔石が満たされる周期だということ。

 前回の『英雄召喚』、つまり歳三を召喚したのは私が六歳の時。あの、スキルを初めての披露した時が初めてだ。

 時間経過だけで考えるなら、それは四年周期ということになる。


 第二に考えられるのは戦争による要因だ。

 単純に、人が死ねば辺りにはその人が持っていた魔力が放出される。それは空気中に魔素として充満する。

 戦争によって数千人規模の死者が出たため、ウィルフリード一体が魔素で溢れた。それをこのブレスレットの魔石が吸収して満タンになった可能性は高い。


 第三に考えられる、いや、考えたくもないが候補に挙がるのが、私が人を殺めたからだ。

 私自らが敵兵を一人屠った。

 その時にこの魔石がファリア兵から魔力を吸い取り、自らの力にしたということも有り得る。


 いずれにせよ、「魔力」というこの世の理を超えた不思議な力はまだまだ謎に包まれた部分が多い。

 この魔石の能力についても全ては闇の中だ。それを論ずることに意味は無いのかもしれない。



 次に考えるべきなのは、やはり「次の英雄」だ。

 一人目の英雄は土方歳三。副将として相応しい軍事学の知識と忠誠、そして剣術を持つバランス型をイメージした。

 一騎当千ではないが、手に余すこともない。

 実際、歳三は私の補佐として、ウィルフリードの軍幹部として良くやってくれている。


 では「次の英雄」もそのような人物にすべきか。

 それは少し勿体ないように感じる。

 次の召喚はいつできるか分からない。それなのに歳三と同じ枠に消費するのは無策であると思う。

 今回の戦いで私は大いに苦しめられた。

 もちろん、それは多勢に無勢であったからというのもある。だが、私がもっと良い作戦を思いついていれば被害は減らせたかもしれない。

 歳三は西洋軍事学にも明るいとはいえ、それは銃や大砲を用いた近代的なものだ。剣と弓、それに魔法といった戦場で、歳三自身も頭を悩ませていた。

 それに、一人の人間が大規模な戦闘において流れすら変えるというのは不可能に近い。

 それは歳三と父の一騎打ちを見て感じたことでもあるが、今回の戦いでその思いが確信に変わった。

 いくら英雄であるとはいえ、数千の敵を前に個人の武勇で全てを打ち負かすことなどできない。


 これらのことを考慮すると、私は「最強の軍師」が必要であると考えた。

 それも、できれば古代から中世にかけて活躍した人物の方がこの世界での戦いにも道を開けるだろう。

 そう考えると、古代中国で臥龍と呼ばれた諸葛亮という男こそ、理想の英雄だ。


 いくつか憂慮すべき点として、時代に縛りはないのか、国はどこでも良いのか、である。

 私も『英雄召喚』の力の全てを把握していない。もしかすると、私の出身である日本限定の能力なのかもしれない。

 日本限定とすると、黒田官兵衛、竹中半兵衛、真田昌幸などが列挙される。

 真っ先に浮かんだのが諸葛亮であって、司馬懿や郭嘉、周瑜なども名将の面々だ。



 生来、歴史好きなだけあって、こうして考えているだけでも楽しい。

 紙に並べて書き連れていくと、まるで最強の軍師連合ができていくようでワクワクする。


 まだ見ぬ英雄の顔を想像しながら、私は紙の上でペンを踊らせた。
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