上 下
35 / 262
第一章

33話 伝令

しおりを挟む
 会議室には水に口をつける伝令の姿があった。

 私を見るとすぐに立ち上がり口上を述べる。

「レオ=ウィルフリード様で間違いありませんか?」

「あぁ、私がレオ=ウィルフリードだ。君のことを待っていたよ」

「既に書状はお読みになられましたか?」

 街に着くなりいきなりタリオに書状をぶんどられたのだから、伝令の彼が心配するのも無理はない。

「既に軽く読んだよ。早速詳しい内容を教えてくれ」

「は!それではウルツ様より預かった言葉です」

『ファリアに対しては一切反撃せず籠城戦に徹せよ。間もなく我らウィルフリード本軍が帰還する。それまではひたすら耐えよ』

 父はファリアと戦うことに反対だったらしい。

 それもそうだ。

 歳三は異世界では歴戦の英雄であっても、この世界ではまともに戦闘に参加したことがない。現状残っている軍の最高幹部ではあるが、そのその能力を父が信じられなかったとしても無理はない。

 そしてなにより、私は馬を乗りこなし真剣を振るうことすら危うい十歳の子供だ。そんな我が子に数倍の敵に対して打って出よとは、普通の親なら言える訳もない。

 だが……。

「実は皇都からの援軍がすぐに来て助かったのだ」

「そのようですね。レオ様に何事もなくウルツ様もお喜びになると思います」

 街は何事もなくなかったが。


「では次にルイース様からの伝言をお伝えします」

『万が一援軍が間に合わなかった場合、身分を隠し民に紛れてウィルフリードから逃れなさい。ウィルフリードを取り返した後のことは全て母に任せよ』

 仮にも帝国の騎士である父には、戦場から逃げろとは言えなかったらしい。わざわざ母からということにして、私を逃がそうと考えていたのだ。

 事実、私はファリアの大軍を前にして「貴族として逃げることはできない」「せめて戦場死のう」と思っていた。母はなんでもお見通しだ。

 きっと母はそんな私の考えを見抜いてこのような伝言を遣わせたのだろう。



「ちなみにだが、お前はファリアに包囲されたウィルフリードにどのように伝言を伝えるつもりだったのだ?」

 いくら外部から戦略を伝えたいとしても、完全に包囲された陣の中心を堂々と突っ切ることはできない。

「私は幻影魔法が使えますので」

「おぉ……」

 この男、相当の手練のようだ。

 幻影魔法は非殺傷魔法の中でも最上位に入る高級魔法だ。主に軍隊の伝令、もしくは暗殺者の補助魔法として使われる。

 自分たちも戦いの最中だというのに最上級の伝令をこちらに差し向けたということだ。


「それで、ウィルフリード本軍はあとどのぐらいで着くのだ?」

「は、ではまず時系列順にお話申し上げます」

「頼んだ」

「まず、ファリア反乱の知らせを帝国が察知したのが、ファリア反乱の一日前でした」

 始まる前からその動きを押さえていたのか。

「その時点で帝国は皇都から援軍と、最北で戦うウィルフリード本軍に伝令を送りました」

 団長は事前に知った上で、騎馬隊のみという最速の援軍として駆けつけたということになる。

 帝国が反乱を察知していなかったら、ウィルフリードからの伝令では確実に間に合わなかった。

 一日前という余裕から、騎馬隊のみの部隊になっていなければ、援軍が到着するのは街は蹂躙された後になっただろう。



「反乱から四日目に当たる日には、北部で戦う我々の元に皇都からの伝令が到着しました」

 さすが皇都の精鋭は伝令までもがその速さの違いを見せつけてくる。

 北部の険しい地形は、普通の人間が馬に乗って渡ろうとすれば優に五日はかかる。訓練された皇都の伝令だからこそ、その道のりを三日で踏破したのだろう。

「我々の元に伝令が到着した時には、既に魔物討伐は完全に完了していました。魔物が異常に少なく、討伐自体はもっと早くに終わっていた。しかし、さすがに規定の日数より早く帰ることはできないので、到着から一ヶ月、つまり後十日ほど駐屯することに決まりました」

 近年勢いを増していた魔物が「異常に」少ないというのは、それはそれで引っかかる。

「しかしウィルフリードが攻撃されたという知らせを聞き、任務自体は終わっているのだからと、以前の決定を取り消しすぐにウィルフリードへ向けて出発しました」

「なるほど。それではお前はその時点で本軍から離れたという事だな?」

「はい。私は一人でそこから最速でウィルフリードまで戻ってきたつもりです。ですが距離的に皇都からの援軍の方が早かったようです」

 反乱まみれのガタガタ地方政治だが、軍機構はしっかりした帝国で良かった。これが怠慢軍隊であれば今頃私の命はなかっただろう。伝令の彼も任務を達成できないところだった。




◆ ◇ ◆ ◇ ◆ ◇ ◆ ◇ ◆ 




「では改めて、ウィルフリード本軍はあとどのぐらいでこちらに着くか分かるか?」

「兵糧などが少ない分行きよりは早く戻れるかと。しかし負傷者も運んでいてそこまでスピードは出せないため、最大速度で行軍したとしてあと十日はかかるでしょう」

「意外と早いな……」

 逆に言えば、あと十日で一万の兵を迎え入れる準備を完了させなければならない。

「はい。包囲されたウィルフリード救援が目的ですので、ウルツ様も相当急いで兵を向けてます。そうなれば、落伍する者もいるでしょう」

「ではこちらから無事を知らせる伝令をすぐに出すべきだな」

「私が参りましょう」

 数日かけてとはいえ、正確には分からないが数百キロはあるだろう道のりを来た疲れを、彼は全く感じさせない。

「いや、お前は十分に休んでくれ。伝令には別の者を出す」

「ご配慮感謝します」

 彼は深々と頭を下げる。

「では今日はもう任務は終えて帰ることを許可しよう。ご苦労だった」

「失礼します……」

 彼は音も立てず、洗練された足取りで部屋から出ていった。本当の猛者というのはその立ち振る舞いからでも察せるものだ。

「名前を聞いとくんだったな……」

 まぁ、同じウィルフリードの人間同士、また会う機会があるはずだ。


 私はシズネが仕事場代わりにしている図書室に向かった。

 予想通り、彼女は本を何冊も机に広げながら書類仕事に勤しんでいた。

「シズネさん、ここに母からの指令が書かれている。あとは任せていいか?」

「……!奥様からですか!もちろんです!そこに置いといてください!」

 シズネは耳をピンと立て、尻尾は左右に振り振りと揺れている。母の無事を知れて安心したのだろう。

 母とシズネは特に仲が良かった。女性同士、知識人同士で馬が合うのだろう。

 シズネは妖狐族なのでどちらかと言うと狐だが…………。


 くだらない冗談は置いといて、私は至急取りかかるべき仕事に戻った。
しおりを挟む

あなたにおすすめの小説

異世界転移「スキル無!」~授かったユニークスキルは「なし」ではなく触れたモノを「無」に帰す最強スキルだったようです~

夢・風魔
ファンタジー
林間学校の最中に召喚(誘拐?)された鈴村翔は「スキルが無い役立たずはいらない」と金髪縦ロール女に言われ、その場に取り残された。 しかしそのスキル鑑定は間違っていた。スキルが無いのではなく、転移特典で授かったのは『無』というスキルだったのだ。 とにかく生き残るために行動を起こした翔は、モンスターに襲われていた双子のエルフ姉妹を助ける。 エルフの里へと案内された翔は、林間学校で用意したキャンプ用品一式を使って彼らの食生活を改革することに。 スキル『無』で時々無双。双子の美少女エルフや木に宿る幼女精霊に囲まれ、翔の異世界生活冒険譚は始まった。 *小説家になろう・カクヨムでも投稿しております(完結済み

かつてダンジョン配信者として成功することを夢見たダンジョン配信者マネージャー、S級ダンジョンで休暇中に人気配信者に凸られた結果バズる

竜頭蛇
ファンタジー
伊藤淳は都内の某所にあるダンジョン配信者事務所のマネージャーをしており、かつて人気配信者を目指していた時の憧憬を抱えつつも、忙しない日々を送っていた。 ある時、ワーカーホリックになりかねていた淳を心配した社長から休暇を取らせられることになり、特に休日に何もすることがなく、暇になった淳は半年先にあるS級ダンジョン『破滅の扉』の配信プロジェクトの下見をすることで時間を潰すことにする. モンスターの攻撃を利用していたウォータースライダーを息抜きで満喫していると、日本発のS級ダンジョン配信という箔に目が眩んだ事務所のNO.1配信者最上ヒカリとそのマネージャーの大口大火と鉢合わせする. その配信で姿を晒すことになった淳は、さまざまな実力者から一目を置かれる様になり、世界に名を轟かす配信者となる.

ダンジョン都市を作ろう! 〜異世界で弱小領主になった俺、領地にあったダンジョンを強化していたら、最強領地が出来てた〜

未来人A
ファンタジー
高校生、新谷誠司は異世界召喚に巻き込まれた。 巻き込んだお詫びに国王から領地を貰い、領主になった。 領地にはダンジョンが封印されていた。誠司はその封印を解く。 ダンジョンは階層が分かれていた。 各階層にいるボスを倒すと、その階層を管理することが出来るになる。 一階層の管理を出来るようになった誠司は、習得した『生産魔法』の力も使い、ダンジョンで得た珍しい素材をクラフトしアイテムを作りまくった。 アイテムを売ったりすることで資金が増え、領地はどんどん発展した。 集まって来た冒険者たちの力を借りて、誠司はダンジョン攻略を進めていく。 誠司の領地は、『ダンジョン都市』と呼ばれる大都市へと変貌を遂げていった――――

日本帝国陸海軍 混成異世界根拠地隊

北鴨梨
ファンタジー
太平洋戦争も終盤に近付いた1944(昭和19)年末、日本海軍が特攻作戦のため終結させた南方の小規模な空母機動部隊、北方の輸送兼対潜掃討部隊、小笠原増援輸送部隊が突如として消失し、異世界へ転移した。米軍相手には苦戦続きの彼らが、航空戦力と火力、機動力を生かして他を圧倒し、図らずも異世界最強の軍隊となってしまい、その情勢に大きく関わって引っ掻き回すことになる。

あなたのレベル買い取ります! 無能と罵られ最強ギルドを追放されたので、世界で唯一の店を出した ~俺だけの【レベル売買】スキルで稼ぎまくり~

桜井正宗
ファンタジー
 異世界で暮らすただの商人・カイトは『レベル売買』という通常では絶対にありえない、世界で唯一のスキルを所持していた事に気付く。ゆえに最強ギルドに目をつけられ、直ぐにスカウトされ所属していた。  その万能スキルを使いギルドメンバーのレベルを底上げしていき、やがてギルドは世界最強に。しかし、そうなる一方でレベルの十分に上がったメンバーはカイトを必要としなくなった。もともと、カイトは戦闘には不向きなタイプ。やがてギルドマスターから『追放』を言い渡された。  途方に暮れたカイトは彷徨った。  そんな絶望的で理不尽な状況ではあったが、月光のように美しいメイド『ルナ』が救ってくれた。それから程なくし、共に世界で唯一の『レベル売買』店を展開。更に帝国の女騎士と魔法使いのエルフを迎える。  元から商売センスのあったカイトはその才能を遺憾なく発揮していく。すると驚くほど経営が上手くいき、一躍有名人となる。その風の噂を聞いた最強ギルドも「戻ってこい」と必死になるが、もう遅い。  見返すと心に決めたカイトは最強ギルドへの逆襲を開始する――。 【登場人物】(メインキャラ) 主人公 :カイト   / 男 / 商人 ヒロイン:ルナ    / 女 / メイド ヒロイン:ソレイユ  / 女 / 聖騎士 ヒロイン:ミーティア / 女 / ダークエルフ ***忙しい人向けの簡単な流れ*** ◇ギルドを追放されますが、実は最強のスキル持ち ◇メイドと出会い、新しい仲間も増えます ◇自分たちだけのお店を開きます ◇みんな優しいです ◇大儲けしていきます ◇元ギルドへの反撃もしていきます ◇世界一の帝国へ移住します ◇もっと稼ぎまくります

お持ち帰り召喚士磯貝〜なんでも持ち運び出来る【転移】スキルで異世界つまみ食い生活〜

双葉 鳴|◉〻◉)
ファンタジー
ひょんなことから男子高校生、磯貝章(いそがいあきら)は授業中、クラス毎異世界クラセリアへと飛ばされた。 勇者としての役割、与えられた力。 クラスメイトに協力的なお姫様。 しかし能力を開示する魔道具が発動しなかったことを皮切りに、お姫様も想像だにしない出来事が起こった。 突如鳴り出すメール音。SNSのメロディ。 そして学校前を包囲する警察官からの呼びかけにクラスが騒然とする。 なんと、いつの間にか元の世界に帰ってきてしまっていたのだ! ──王城ごと。 王様達は警察官に武力行為を示すべく魔法の詠唱を行うが、それらが発動することはなく、現行犯逮捕された! そのあとクラスメイトも事情聴取を受け、翌日から普通の学校生活が再開する。 何故元の世界に帰ってきてしまったのか? そして何故か使えない魔法。 どうも日本では魔法そのものが扱えない様で、異世界の貴族達は魔法を取り上げられた平民として最低限の暮らしを強いられた。 それを他所に内心あわてている生徒が一人。 それこそが磯貝章だった。 「やっべー、もしかしてこれ、俺のせい?」 目の前に浮かび上がったステータスボードには異世界の場所と、再転移するまでのクールタイムが浮かび上がっていた。 幸い、章はクラスの中ではあまり目立たない男子生徒という立ち位置。 もしあのまま帰って来なかったらどうなっていただろうというクラスメイトの話題には参加させず、この能力をどうするべきか悩んでいた。 そして一部のクラスメイトの独断によって明かされたスキル達。 当然章の能力も開示され、家族ごとマスコミからバッシングを受けていた。 日々注目されることに辟易した章は、能力を使う内にこう思う様になった。 「もしかして、この能力を金に変えて食っていけるかも?」 ──これは転移を手に入れてしまった少年と、それに巻き込まれる現地住民の異世界ドタバタコメディである。 序章まで一挙公開。 翌日から7:00、12:00、17:00、22:00更新。 序章 異世界転移【9/2〜】 一章 異世界クラセリア【9/3〜】 二章 ダンジョンアタック!【9/5〜】 三章 発足! 異世界旅行業【9/8〜】 四章 新生活は異世界で【9/10〜】 五章 巻き込まれて異世界【9/12〜】 六章 体験! エルフの暮らし【9/17〜】 七章 探索! 並行世界【9/19〜】 95部で第一部完とさせて貰ってます。 ※9/24日まで毎日投稿されます。 ※カクヨムさんでも改稿前の作品が読めます。 おおよそ、起こりうるであろう転移系の内容を網羅してます。 勇者召喚、ハーレム勇者、巻き込まれ召喚、俺TUEEEE等々。 ダンジョン活動、ダンジョンマスターまでなんでもあります。

うっかり『野良犬』を手懐けてしまった底辺男の逆転人生

野良 乃人
ファンタジー
辺境の田舎街に住むエリオは落ちこぼれの底辺冒険者。 普段から無能だの底辺だのと馬鹿にされ、薬草拾いと揶揄されている。 そんなエリオだが、ふとした事がきっかけで『野良犬』を手懐けてしまう。 そこから始まる底辺落ちこぼれエリオの成り上がりストーリー。 そしてこの世界に存在する宝玉がエリオに力を与えてくれる。 うっかり野良犬を手懐けた底辺男。冒険者という枠を超え乱世での逆転人生が始まります。 いずれは王となるのも夢ではないかも!? ◇世界観的に命の価値は軽いです◇ カクヨムでも同タイトルで掲載しています。

勇者パーティを追放されそうになった俺は、泣いて縋って何とか残り『元のDQNに戻る事にした』どうせ俺が生きている間には滅びんだろう!

石のやっさん
ファンタジー
今度の主人公はマジで腐っている。基本悪党、だけど自分のルールあり! パーティでお荷物扱いされていた魔法戦士のリヒトは、とうとう勇者でありパーティリーダーのドルマンにクビを宣告されてしまう。幼馴染も全員ドルマンの物で、全員から下に見られているのが解った。 だが、意外にも主人公は馬鹿にされながらも残る道を選んだ。 『もう友達じゃ無いんだな』そう心に誓った彼は…勇者達を骨の髄までしゃぶり尽くす事を決意した。 此処迄するのか…そう思う『ざまぁ』を貴方に 前世のDQNに戻る事を決意した、暗黒面に落ちた外道魔法戦士…このざまぁは知らないうちに世界を壊す。

処理中です...