上 下
34 / 262
第一章

32話 手紙

しおりを挟む
 名は諸葛亮しょかつりょうあざな孔明こうめい

 彼のことを知らない歴史好きなどいないだろう。

 古代中国の、いわゆる三国志に登場する蜀の軍師であり、政治家、策略家、発明家。そして、稀代の天才。

 天下三分の計を奉じ、三国志を作ったとも言える人物。その明晰な頭脳で戦場に神算を描く。

 水魚の交わり。三顧の礼。など、彼にまつわる故事成語は現代でも有名だ。

「おいレオ!」

 歳三が私の肩を掴む。その力強さに、元の世界で知った諸葛亮の姿に思いを馳せていた意識が連れ戻された。

「分かっているよ。なんの相談もなしに今ここで突然召喚したりしないさ。ただ、なんせ四年ぶりなんだ。ちょっと興奮してるだけだよ」

 私の言葉を聞いて歳三は肩から手を離した。

「……という訳です。今ここでスキルをお披露目できなくて申し訳ない」

「いえ、そのような重大なことを無理強いなどできる権利はありませんので。……それに、スキルはその人個人が天から与えられた特別なものです。見世物などではない。どうかお気になさらず」

 団長も落ち着きを取り戻し、浮かせていた腰を下ろした。



 その後、ファリア産の果物をデザートに、食事会は終了した。

 さすが名産なだけあって、甘みもしっかりとしていて美味しかった。物に罪はない。

「改めて、本日はありがとうございました。どうかウィルフリードの願いが届けられることを祈ります」

 私は団長に手を差し出す。

「こちらこそ、ご馳走になりました。……必ずウィルフリードの思いを皇都へ持ち帰ります」

 団長はそう言い、私の手を固く握った。


 マリエッタとシズネは皿の片付けを始めた。

 私と歳三は玄関まで団長たちを見送る。

「それでは、帝国に栄光あれ!」

「ウィルフリードに幸あれ!……土方殿と戦場で肩を並べる日が来るのを楽しみにしてますよ」

「あァ、それまで互いに精進して腕を磨こう」

 団長と歳三は、最後に帝国式敬礼をもって別れの挨拶とした。

 団長と副官は停めてあった馬に乗り、颯爽とウィルフリードの街並みに消えていった。


「歳三、突然巻き込んで悪かったな」

「いや、この国の陸軍奉行のような奴と話せて良かった。俺としても得るものがあったぜ」

「それならよかった」

「じゃあ俺は軍の方に戻るぜ。援軍からウィルフリードの防衛に割かれる軍勢の受け入れ準備があるからな」

 歳三はそう言い兵舎の方へ歩いていった。

 私も、これからやらなければならないことが沢山できた。皇帝の裁断がどうであれ、ウィルフリード再興の為にこれから忙しくなる。




 屋敷に戻り、また自室に籠る日々が始まった。

 私に出来ることは、せいぜい次々にシズネから渡される書類に判を押すことだ。

 戦乱でボロボロになった街を建て直す方法など元の世界でも習ってなどいない。そんな私はあまりに無力だ。

 時より寄せられるゲオルグやナリスたちからの近況報告に目を通し、歳三やタリオたちの訓練に視察に行く。

 それだけが忙しい日々のほんの少しの休息だった。




◆ ◇ ◆ ◇ ◆ ◇ ◆ ◇ ◆ 



「レオ様大変です!」

 数週間そんな生活を続け、今日も朝の散歩ついでに兵舎まで顔を出そうと屋敷を出たところでタリオに捕まった。

「どうしたんだタリオ。ちょうど私もそっちへ向かおうとしていたところだったんだが……」

 タリオはハァハァと息を切らしながら、丸められた紙の束を大切そうに手渡してきた。

「とにかく、これを見てください!」

「……どれどれ。………え?」

 そこには懐かしい筆跡の文字と、もうすっかり見慣れた判があった。

「そうです!ウルツ様からの手紙です!先ほど伝令がこれをもってやって来ました!」

「父上からもう連絡が来るとは!……すぐにその伝令を屋敷まで連れてきてくれ。私はそれまでに一度これに目を通す」

「分かりました!」

 初めから直接その伝令を連れてくればよいものを、よほど興奮したのだろう。馬にも乗らずにタリオはウィルフリードの街に走り去る。

 いや、彼の父であるアルガーからの手紙もあるのかもしれない。タリオだって父の無事を知りたいはずだ。

 ともかく、私も早く読みたかった。数ヶ月ぶりに父と母のことを知れる。

 私は視察と称した散歩を取りやめ、自室に戻る。

「あら、レオ様、今日は行くのはお辞めになられたのですか?」

「あぁマリエッタ!父から書状が届いたんだ!視察なんて行ってられるか!」

「まぁ!旦那様から!奥様も無事なのでしょうね?」

 マリエッタも嬉しそうな笑みをこぼす。

「これから確認する!……あぁそれと、この書状を届けた伝令がもうすぐやって来るんだ。私は自室でこれを読んでいるから、彼は会議室に案内してやってくれ」

「かしこまりました。お水もご用意致します」

「そうだな。それがいい」

 私は軽くマリエッタに指示を出したあと、自室で書状を改めて広げて見た。



「………なんてことだ」



 そこには衝撃的な内容が書かれていた。

「本来一ヶ月かかると見られた魔物討伐は既に完了。ファリア反乱の知らせを聞き早急にウィルフリードに帰還する……」

 さすがは父上率いるウィルフリードの精鋭だ!

「父、母、共に無事である。こちらもレオの無事を祈る」

 よかった。

 このウィルフリードを守り通したとしても、父と母を失っては、私は今後どうして行けばいいのか。

 そんな心配が頭を埋め尽くすこの数日のモヤモヤが、この一行の文で一気に吹き飛んだ。

 二枚目には母の字で、今後の指示が書かれていた。

 主な内容は帰還する兵を迎え入れる用意についてだ。食料の確保に、負傷兵の治療の為の薬や魔道士の手配について。

 他にはファリアとの戦いでの損耗について、こと細かく対処法が書かれていた。

 母の優しい口調と、それとは裏腹にビシバシとした内政指示を思い出す。

 だが、今はその全てを読む時間は無い。

 三枚目には具体的な軍の損耗について書かれていた。

 これを参照に二枚目の内容を準備せよとのことだろう。

 しかし、この表を見る限り死傷者はほとんどおらず、損耗と言ってもそれは兵糧の面が主だった。

 アルガーの率いる部隊では損害がゼロと記載されているので、もちろんアルガー本人も無事ということだ。タリオに知らせてあげねば。


「レオ様、伝令が到着されました」

「分かった。今行くよ」

 さぁ、話を詳しく聞かせてくれ。
しおりを挟む
感想 4

あなたにおすすめの小説

満州国馬賊討伐飛行隊

ゆみすけ
歴史・時代
 満州国は、日本が作った対ソ連の干渉となる国であった。 未開の不毛の地であった。 無法の馬賊どもが闊歩する草原が広がる地だ。 そこに、農業開発開墾団が入植してくる。 とうぜん、馬賊と激しい勢力争いとなる。 馬賊は機動性を武器に、なかなか殲滅できなかった。 それで、入植者保護のため満州政府が宗主国である日本国へ馬賊討伐を要請したのである。 それに答えたのが馬賊専門の討伐飛行隊である。 

悠久の機甲歩兵

竹氏
ファンタジー
文明が崩壊してから800年。文化や技術がリセットされた世界に、その理由を知っている人間は居なくなっていた。 彼はその世界で目覚めた。綻びだらけの太古の文明の記憶と機甲歩兵マキナを操る技術を持って。 文明が崩壊し変わり果てた世界で彼は生きる。今は放浪者として。 ※現在毎日更新中

【書籍化】パーティー追放から始まる収納無双!~姪っ子パーティといく最強ハーレム成り上がり~

くーねるでぶる(戒め)
ファンタジー
【24年11月5日発売】 その攻撃、収納する――――ッ!  【収納】のギフトを賜り、冒険者として活躍していたアベルは、ある日、一方的にパーティから追放されてしまう。  理由は、マジックバッグを手に入れたから。  マジックバッグの性能は、全てにおいてアベルの【収納】のギフトを上回っていたのだ。  これは、3度にも及ぶパーティ追放で、すっかり自信を見失った男の再生譚である。

くノ一その一今のうち

武者走走九郎or大橋むつお
ファンタジー
お祖母ちゃんと二人暮らし、高校三年の風間その。 特に美人でも無ければ可愛くも無く、勉強も出来なければ体育とかの運動もからっきし。 三年の秋になっても進路も決まらないどころか、赤点四つで卒業さえ危ぶまれる。 手遅れ懇談のあと、凹んで帰宅途中、思ってもない事件が起こってしまう。 その事件を契機として、そのは、新しい自分に目覚め、令和の現代にくノ一忍者としての人生が始まってしまった!

欲張ってチートスキル貰いすぎたらステータスを全部0にされてしまったので最弱から最強&ハーレム目指します

ゆさま
ファンタジー
チートスキルを授けてくれる女神様が出てくるまで最短最速です。(多分) HP1 全ステータス0から這い上がる! 可愛い女の子の挿絵多めです!! カクヨムにて公開したものを手直しして投稿しています。

改造空母機動艦隊

蒼 飛雲
歴史・時代
 兵棋演習の結果、洋上航空戦における空母の大量損耗は避け得ないと悟った帝国海軍は高価な正規空母の新造をあきらめ、旧式戦艦や特務艦を改造することで数を揃える方向に舵を切る。  そして、昭和一六年一二月。  日本の前途に暗雲が立ち込める中、祖国防衛のために改造空母艦隊は出撃する。  「瑞鳳」「祥鳳」「龍鳳」が、さらに「千歳」「千代田」「瑞穂」がその数を頼みに太平洋艦隊を迎え撃つ。

蒼穹の裏方

Flight_kj
SF
日本海軍のエンジンを中心とする航空技術開発のやり直し 未来の知識を有する主人公が、海軍機の開発のメッカ、空技廠でエンジンを中心として、武装や防弾にも口出しして航空機の開発をやり直す。性能の良いエンジンができれば、必然的に航空機も優れた機体となる。加えて、日本が遅れていた電子機器も知識を生かして開発を加速してゆく。それらを利用して如何に海軍は戦ってゆくのか?未来の知識を基にして、どのような戦いが可能になるのか?航空機に関連する開発を中心とした物語。カクヨムにも投稿しています。

魔力無し転生者の最強異世界物語 ~なぜ、こうなる!!~

月見酒
ファンタジー
 俺の名前は鬼瓦仁(おにがわらじん)。どこにでもある普通の家庭で育ち、漫画、アニメ、ゲームが大好きな会社員。今年で32歳の俺は交通事故で死んだ。  そして気がつくと白い空間に居た。そこで創造の女神と名乗る女を怒らせてしまうが、どうにか幾つかのスキルを貰う事に成功した。  しかし転生した場所は高原でも野原でも森の中でもなく、なにも無い荒野のど真ん中に異世界転生していた。 「ここはどこだよ!」  夢であった異世界転生。無双してハーレム作って大富豪になって一生遊んで暮らせる!って思っていたのに荒野にとばされる始末。  あげくにステータスを見ると魔力は皆無。  仕方なくアイテムボックスを探ると入っていたのは何故か石ころだけ。 「え、なに、俺の所持品石ころだけなの? てか、なんで石ころ?」  それどころか、創造の女神ののせいで武器すら持てない始末。もうこれ詰んでね?最初からゲームオーバーじゃね?  それから五年後。  どうにか化物たちが群雄割拠する無人島から脱出することに成功した俺だったが、空腹で倒れてしまったところを一人の少女に助けてもらう。  魔力無し、チート能力無し、武器も使えない、だけど最強!!!  見た目は青年、中身はおっさんの自由気ままな物語が今、始まる! 「いや、俺はあの最低女神に直で文句を言いたいだけなんだが……」 ================================  月見酒です。  正直、タイトルがこれだ!ってのが思い付きません。なにか良いのがあれば感想に下さい。

処理中です...