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第一章

28話 被害

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「次は私が」

 セリルが立ち上がった。私も次の紙を手に取り、先程より遥かに大きい数字の羅列に目を通す。

「ここに書かれているのは、それぞれの商店が供出した物資の金額です。……潰れる、とまではいかなくとも、かなり経営が厳しい商店も出てきています。」

「んんん……」

「今回の商店の損失は大金貨にして八百枚となります。それ自体は帝国法に従い寄付した事になるので請求はしませんが……、いくらかの補償があると助かるということだけ言わせて欲しい」

 大金貨は日本円に直すと、一枚で十万円。つまり今回の損失は八千万円となる。

「賠償金がどうなるかまだ決まってはいないが、いずれにせよ経済の建て直しが済むまでは最大限協力しよう」

「その慈悲深いお心に感謝します」

 経済基盤はしっかりしておいた方がいい。資本主義が確立していないこの世界では地域の商店の存在が国民生活に大きな影響を与える。



「最後に住民からの要望もよろしいでしょうか……?」

「ああ」

 ベンの話に合わせて、次の書類を取り出す。それは何枚もの紙が紐で綴じられていた。

「まずは今回の戦いの真実を知りたいという声があります。いきなり戦火に巻き込まれた多くの人は混乱しており、事態が終結したら改めて丁寧な説明をお願いします」

「約束しよう。私も全ての真実を明らかにしなければ到底納得できない」

 帝国によるファリア内での調査が終わり次第それは果たせそうだ。

「次に安全面での心配です。逃げ出したファリアの兵が復讐に来るのではないか、壊れた壁から魔物が侵入してくるのではないかと怯える民もいます」

 人手不足は喫緊の課題だ。

「その点についてはウィルフリードの遠征軍が戻ってくるまでの間、いくらか警備の兵を借りられないか帝国側と交渉しよう」

「帝国からの兵なら心強いことこの上ないです!……あ、」

 ベンが自分の失言に気がついたのか苦い表情を見せる。

「いや、確かに残されたウィルフリードの兵はボロボロで頼りなく思う気持ちも分かる。しかし彼らも全力で勤務しているのだと理解して欲しい」

「す、すみません……!」

「よい。続けろ」

 ベンは慌てて次のページをめくる。

「……最後に遺族の方からの、当面の生活費を保証して欲しいとの要望が多く挙がっています」

「それについて俺からも少しいいか?」

「構わない」

「軍については戦死者の家族への保証金がちゃんと確保されているから安心して欲しい」

「同じく各ギルドについてもそのようなシステムがある。金銭面の工面はこちらが受け持とう」

 歳三とゲオルグがそれぞれ発言する。ナリスもその言葉に頷いた。

「では一般人への支援は行政であるウィルフリード家の担当になるな」


「それも含めて、私の方からまとめてお話しますねぇ」

 シズネが一番最後の紙を取り出す。そこには頭が痛くなるような細かい数字が刻まれている。

「これが今回の戦争で使われた戦費です。内訳は置いといても、今上がった補償金を含めると大金貨二百五十枚の見積もりです。さらにそこに壁や橋の修復費がかかりますねぇ」

 これはかなりの痛手だ。

 現在ウィルフリード家が自由に使える資金は大金貨百数十枚。そうなると当然、一括では払えない。

 順調な発展を遂げたウィルフリードは税収も膨らんでいたが、この度の遠征軍の準備でかなり吹き飛んだ。

 畑は戦乱により荒され、その分の収入も減る。

「情けない話だが、全てを私一人で今すぐに、というのは難しいのが変えられない事実だ。今できることから順に進めていき、最終的な解決は母に任せたい」

「私も奥様の裁定無しに大金は動かせないです……」

 シズネも耳をすぼめしゅんとする。

「それはしょうがないことだ。ウルツたちが帰ってくるまでは俺らのできる範囲でやって行くしかねェ」

「帝国からの支援も必須だしな。そこはレオ様、しっかり頼むぜ」

 ゲオルグが熱い眼差しを向ける。

「あぁ!この会議での内容を含め、慎重に交渉に臨む」



 私はその場で立ち上がる。

「それでは会議はこれで終了とする!お疲れ様だ!」

「おう」

「失礼します……」

 手短に会議を終わらせ、私は団長との会議の準備に取り掛かった。会議会議で忙しいが、この交渉にウィルフリードの今後も左右されるため気は抜けない。

「シズネさん、この後の会議に必要な書類をまとめておいて欲しい。団長に渡す公的な文書と私が読むように簡単なメモがあると助かる」

「わかりましたぁ」

 シズネはとてとてと走っていった。

「歳三、団長たちを迎える兵は用意できるか?」

「大層なもてなしはできねェが案内させる分には大丈夫だろ」

「ではもうそろそろ北の駐屯地に迎えの兵を遣わせてくれ。北門は使えないから西門側から入るように伝えてな」

「すぐにそうしよう」

 歳三も刀を手で抑えながら走って退室した。

 強さや年齢は置いておいて、団長と私では公爵家である私の方が身分が上なので、私自ら迎えに行くということは風体的にできない。

 私個人としては、あっちに行って話し合った方が早いのでそれでいいのだが、公的な会議にそうはいかない。




◆ ◇ ◆ ◇ ◆ ◇ ◆ ◇ ◆ 




「レオ様お疲れ様です。お食事はどうされますか?」

 話が済んだのを伺い、マリエッタが私の元へ来た。

「うーん、これは団長たちの分も用意すべきだろうか」

「それでは今レオ様が軽く食べれるものと、念の為数人分の来客用の食事を用意させます」

「そうだな、それがいい。もし彼らが手をつけないようだったら使用人たちで食べてくれ。戦争中は皆も大変だったと思う。少しぐらい豪華なものを食べても母も叱りはしないさ」

 貴族の使用人と言えども、平民と貴族の食事は遥かに優劣の差がある。それは貴族と同等の食事を出される、主人の客の食事との差も大きいという意味になる。

「お気遣い感謝いたします。皆も喜びます」

「よろしく頼んだ」

「かしこまりました」



 諸々の諸連絡も済み、とりあえず一息つけそうだ。

 私の食事ができるのを待ちながら、団長との会議について考えて天井を見上げていた。

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