上 下
26 / 262
第一章

24話 けじめ

しおりを挟む
 私が外に足を踏み出した瞬間、バルンが叫び出した。

「お前が戦うことを恐れ城に引きこもっていたから私は負けたのだ! 何が帝国の英雄の息子だ! おかげで我が兵は無駄死にだ! 私も殺されるのか? さぞ憎いだろうな! 私はお前には殺されない!」

 何が言いたいのか全く分からないめちゃくちゃな文法。しかし、その言い草は私の怒りを頂点にするのに十分だった。

「貴様の私利私欲とバカげた無益な戦いに付き合わされた被害者はこのウィルフリードだろうが! どの口で被害者振ってるんだこの蛆虫がァ!!!」

 私はバルンの髪を掴み引き倒した。椅子に縛られて受け身も取れないバルンは頭を地面に打ち付ける。

 私は仰向けになったバルンの胸を踏みつける。

「ガァッ……!」

 私は腰の剣に手をかけそれを振り下ろす!


 ……と、腰に手を当てて気がついた。そう言えば私の剣はあの時に捨てたのだった。

 やはり剣は捨てておいて良かった。そうでないと、このバルンの頭は胴体と永遠の別れを告げることになっていた。



「レオ殿、落ち着いてください。お気持ちは分かります。しかし、敗軍の将の言葉ほど虚しいものはありません。気にしたら負けですよ」

 団長が私を諌める。

 私はバルンの胸から足をどかした。

「クソ……」

「彼はこれから耐え難い拷問にかけられ、洗いざらい吐かされることでしょう。それに、反逆は死罪です。レオ殿が自らの手を汚さずとも、その願いは届けられることになるのです」

「……取り乱してすまない、団長」

「いえ。……おや、お迎えが来たみたいですよ」


 そう言われ私は後ろを振り向いた。そこにはタリオがいた。

「えぇっと……、剣が必要ですか?」

 状況を察したらしいタリオがおどけてみせる。

「いや、その必要は無い」

「じゃあ帰りましょう! ウィルフリードのみんなが待ってますよ!」

「ああ。帰ろう」

 私はタリオと共に、今度こそ外に出た。

 中ではバルンが「早く起こせ!」と騒いでいた。だが、その場にいる誰も反応せず、その声は空虚に響き渡っていた。




◆ ◇ ◆ ◇ ◆ ◇ ◆ ◇ ◆ 




「歳三の容態はどうだ?」

 私はまたタリオと馬に乗り、後ろから話しかける。

「マリエッタさんは凄腕の治癒魔道士ですね! 一瞬で傷が塞がってましたよ!」

「……それは本当に治癒魔法の範疇なのか?」

「え?」

 タリオが振り返って私の方を見る。

「危ないから前を見てろ。……治癒魔法とはせいぜい傷が癒えるのを早くしたり、病気の症状を和らげる程度の能力のはずだ」

「うーん、私みたいな平民にはそういう凄いスキルについてはよく分かりませんね……。でも、歳三さんが助かったのならそれでいいんじゃないですか?」

 それはその通りだ。だが……

「仮に治癒魔道士だとしても、なぜそのレベルの使い手がただのメイドに従事しているんだ?……それほどの能力なら働き口はいくらでもあるはずだ」

「うーーーん……。まぁ、難しいことはいいじゃないですか! 街は守れた。歳三さんやゲオルグさんも助かった。それにレオ様の初陣が勝利で終わったんですよ? 今日くらい、頭も体も休めて、パァっとやっていいんじゃないですか!?」

「まぁ、そうなんだが……」

 マリエッタの出自がどうであれ、ウィルフリードの一員であることには変わりない。ここはタリオの言う通り、一件落着だということにしよう。


「そうそう! 街に戻ったら、まずはいつもの広場で勝利宣言をしてください。何やらまたチラシ作りに勤しんでる方もいましたよ」

 それはシズネら文官だろう。早速、復興への第一歩を進み出したというわけか。

 街の復興には民たちの協力が欠かせない。我々に非は無く、戦争には勝った。堂々と、それでいて力強く訴えればよい。



 どんな風に演説すべきか考えているとすぐに街が見えてきた。

 燃えていた街や北門、そして跳ね橋は鎮火したようだ。

 しかし、この様子ではしばらく北の方からの出入りは厳しそうだ。崩れた壁はいつまた崩落し始めるかも分からない。

 私たちは大きく迂回して西門のほうから街に入っていった。



 街では既に人の流れが回復しており、物資を運ぶ人や買い物に出かけている人もいた。五日間の抑圧から開放された民たちの顔は、いずれも晴れやかだった。

「セリルじゃないか!」

 大量の荷物を前に指示を出しているセリルを見つけた。どうやら彼は無事だったようだ。

「おおこれはレオ様。この度はおめでとうございます。このウィルフリードをお守り下さりありがとうございました」

「いや、商店の協力がなければ今日という日は迎えられなかっただろう。改めて例を言わせてくれ」

「いえ、当然のことをしたまでです」

「所で、その後ろにある荷物は?」

 セリルが振り返り説明する。

「これは今夜、戦勝記念の宴で振る舞われる食材の準備です。そうだ、是非レオ様もいらしてください!民たちも喜びます」

「ありがとう。時間があれば顔を出してみるよ」

「お待ちしております」

 そう言いセリルは頭を下げる。

 このような特別な日に、中央商店が取り仕切って宴をやるとなれば、自然と名も売れ、人々の記憶に残るだろう。早くも先を見越した行動を始めるセリルに感心せずにはいられなかった。

「それでは、私はこれから演説があるので失礼するよ」

「私も後から行きます。楽しみにしてますよ」

 お得意の営業スマイルと共にセリルは荷物を持って去っていった。タリオも再び馬を進める。





◆ ◇ ◆ ◇ ◆ ◇ ◆ ◇ ◆ 




「着きましたよレオ様。準備はいいですか?」

 広場には既に大勢の民が詰めかけていた。彼らは手にチラシを握りしめ、ある者は友人の方を抱き、ある者は恋人と手を繋ぎ、歓声を上げながら私が話し始めるのを待っていた。


 台の前ではシズネがそのチラシを配っており、そこには

『英雄王レオ=ウィルフリードの勇姿! 帝国の援軍を率いて自ら戦場を駆け巡る姿はまさに英雄であった!』

 などと書かれている。

 
 嘘ではない。嘘ではないが私の功績などそんな華々しいものではない。

 こうして伝説とは勝手に作られるものなのだと、私はそう思った。

 どこかくすぐったく、どこか誇らしい。


「レオ様、鎧はそのままでいきますか?」

「あぁ。そのほうが雰囲気がでるだろ?」

 そう私は笑ってみせる。

「なら、剣をお忘れなく」

 タリオは自分の腰に着けた剣を鞘ごと私に渡す。

「忘れてたよ。……それじゃあこれだけ預かっていてくれ」

 私はタリオの剣を腰に着け、空の鞘を渡した。

「はい。……それじゃあ、頑張ってください!」

 タリオは敬礼し微笑む。

「あぁ!」



「レオ様だ!」

「始まるぞ!」

 私が台に登ると、歓声はよりいっそう大きくなった。


「今日はよく集まってくれた!」

 私が話始めると場は静まり返り、誰もが耳を傾ける。

「五日前、突如ファリアが帝国に反旗を翻し、卑劣にも軍のいないこのウィルフリードへ侵攻してきた。まさに多勢に無勢。我々は耐えるしか無かった」

 民は真剣な眼差しを向ける。

「そして今日、遂に強行突破を試み、田畑を荒らし、壁を破壊し、街に火を放った」

「ファリアを許すな!」

「奴らに裁きを!」

 ブーイングの声があがる。私はそれを手で制して続ける。

「我が軍は敵の三分の一にも満たない兵力だった。しかし!勇敢な我らのウィルフリード軍、冒険者、傭兵団の連合軍が反撃に転じ、敵を抑えた!」

「いいぞ!」

「私の息子は軍に務めているのよ!」

「そして今、皇都から帝国近衛騎士団を中心とする援軍が我らを救いに来た!」

「おぉぉぉぉ!!!」

「帝国バンザイ!!!」

「帝国一の精鋭部隊である彼らは我がウィルフリード軍と力を合わせ、逆賊ファリアの軍を一挙に蹴散らし、見事この街を守ったのだ!」

 私は両手を広げ声高らかに宣言する。


「ここにウィルフリードの勝利を宣言する!!!」
しおりを挟む
感想 4

あなたにおすすめの小説

貧乏冒険者で底辺配信者の生きる希望もないおっさんバズる~庭のFランク(実際はSSSランク)ダンジョンで活動すること15年、最強になりました~

喰寝丸太
ファンタジー
おっさんは経済的に、そして冒険者としても底辺だった。 庭にダンジョンができたが最初のザコがスライムということでFランクダンジョン認定された。 そして18年。 おっさんの実力が白日の下に。 FランクダンジョンはSSSランクだった。 最初のザコ敵はアイアンスライム。 特徴は大量の経験値を持っていて硬い、そして逃げる。 追い詰められると不壊と言われるダンジョンの壁すら溶かす酸を出す。 そんなダンジョンでの15年の月日はおっさんを最強にさせた。 世間から隠されていた最強の化け物がいま世に出る。

特殊部隊の俺が転生すると、目の前で絶世の美人母娘が犯されそうで助けたら、とんでもないヤンデレ貴族だった

なるとし
ファンタジー
 鷹取晴翔(たかとりはると)は陸上自衛隊のとある特殊部隊に所属している。だが、ある日、訓練の途中、不慮の事故に遭い、異世界に転生することとなる。  特殊部隊で使っていた武器や防具などを召喚できる特殊能力を謎の存在から授かり、目を開けたら、絶世の美女とも呼ばれる母娘が男たちによって犯されそうになっていた。  武装状態の鷹取晴翔は、持ち前の優秀な身体能力と武器を使い、その母娘と敷地にいる使用人たちを救う。  だけど、その母と娘二人は、    とおおおおんでもないヤンデレだった…… 第3回次世代ファンタジーカップに出すために一部を修正して投稿したものです。

日本列島、時震により転移す!

黄昏人
ファンタジー
2023年(現在)、日本列島が後に時震と呼ばれる現象により、500年以上の時を超え1492年(過去)の世界に転移した。移転したのは本州、四国、九州とその周辺の島々であり、現在の日本は過去の時代に飛ばされ、過去の日本は現在の世界に飛ばされた。飛ばされた現在の日本はその文明を支え、国民を食わせるためには早急に莫大な資源と食料が必要である。過去の日本は現在の世界を意識できないが、取り残された北海道と沖縄は国富の大部分を失い、戦国日本を抱え途方にくれる。人々は、政府は何を思いどうふるまうのか。

【超速爆速レベルアップ】~俺だけ入れるダンジョンはゴールドメタルスライムの狩り場でした~

シオヤマ琴@『最強最速』発売中
ファンタジー
ダンジョンが出現し20年。 木崎賢吾、22歳は子どもの頃からダンジョンに憧れていた。 しかし、ダンジョンは最初に足を踏み入れた者の所有物となるため、もうこの世界にはどこを探しても未発見のダンジョンなどないと思われていた。 そんな矢先、バイト帰りに彼が目にしたものは――。 【自分だけのダンジョンを夢見ていた青年のレベリング冒険譚が今幕を開ける!】

現代ダンジョンで成り上がり!

カメ
ファンタジー
現代ダンジョンで成り上がる! 現代の世界に大きな地震が全世界同時に起こると共に、全世界にダンジョンが現れた。 舞台はその後の世界。ダンジョンの出現とともに、ステータスが見れる様になり、多くの能力、スキルを持つ人たちが現れる。その人達は冒険者と呼ばれる様になり、ダンジョンから得られる貴重な資源のおかげで稼ぎが多い冒険者は、多くの人から憧れる職業となった。 四ノ宮翔には、いいスキルもステータスもない。ましてや呪いをその身に受ける、呪われた子の称号を持つ存在だ。そんな彼がこの世界でどう生き、成り上がるのか、その冒険が今始まる。

天日ノ艦隊 〜こちら大和型戦艦、異世界にて出陣ス!〜 

八風ゆず
ファンタジー
時は1950年。 第一次世界大戦にあった「もう一つの可能性」が実現した世界線。1950年4月7日、合同演習をする為航行中、大和型戦艦三隻が同時に左舷に転覆した。 大和型三隻は沈没した……、と思われた。 だが、目覚めた先には我々が居た世界とは違った。 大海原が広がり、見たことのない数多の国が支配者する世界だった。 祖国へ帰るため、大海原が広がる異世界を旅する大和型三隻と別世界の艦船達との異世界戦記。 ※異世界転移が何番煎じか分からないですが、書きたいのでかいています! 面白いと思ったらブックマーク、感想、評価お願いします!!※ ※戦艦など知らない人も楽しめるため、解説などを出し努力しております。是非是非「知識がなく、楽しんで読めるかな……」っと思ってる方も読んでみてください!※

欲張ってチートスキル貰いすぎたらステータスを全部0にされてしまったので最弱から最強&ハーレム目指します

ゆさま
ファンタジー
チートスキルを授けてくれる女神様が出てくるまで最短最速です。(多分) HP1 全ステータス0から這い上がる! 可愛い女の子の挿絵多めです!! カクヨムにて公開したものを手直しして投稿しています。

喰らう度強くなるボクと姉属性の女神様と異世界と。〜食べた者のスキルを奪うボクが異世界で自由気ままに冒険する!!〜

田所浩一郎
ファンタジー
中学でいじめられていた少年冥矢は女神のミスによりできた空間の歪みに巻き込まれ命を落としてしまう。 謝罪代わりに与えられたスキル、《喰らう者》は食べた存在のスキルを使い更にレベルアップすることのできるチートスキルだった! 異世界に転生させてもらうはずだったがなんと女神様もついてくる事態に!?  地球にはない自然や生き物に魔物。それにまだ見ぬ珍味達。 冥矢は心を踊らせ好奇心を満たす冒険へと出るのだった。これからずっと側に居ることを約束した女神様と共に……

処理中です...