19 / 262
第一章
17話 宣言
しおりを挟む
私は敵陣の様子を眺めていた。昨日の包囲するまでの乱れた隊列とは違い、整然と何重にも門の前に布陣している。
「昨日から何か敵に動きはあったか?」
「いえ、特に攻撃を仕掛ける様子もなく、あくまでも包囲するだけのようです」
現状、主導権を握っているのはあちらだ。ただ優位を維持し、昨日のような反撃にだけ気をつければ良い。
「ありがとう。何か異変があればすぐに知らせるように」
「は!」
私は周囲の兵を激励し、街の中心へ向かった。
◆ ◇ ◆ ◇ ◆ ◇ ◆ ◇ ◆
いつか私が演説をしたあの場所で、今度は戦争の宣言と現状説明を行う。ベンや自治会の住民たちが中心となって準備を進めている。
「……なぁ、やっぱり戦闘に関しては歳三の方から説明してくれないか?」
「いや、それはレオがやるべきだぜ。この街の生まれでもなければこの世界の存在ですらない俺が説明するより、ウィルフリードの名を背負うレオがやるべきだ」
「そういうもんか」
「あァ、そういうもんだ」
歳三の言葉には重みを感じる。
戊辰戦争初期、実は緒戦は歳三たち旧幕府軍が指揮や武器の面で優勢だった。しかし、その流れを変えたというのは一本のある旗だった。
それは天皇家が出した「錦の御旗」である。この旗を持つ新政府軍は官軍となり、歳三たちは朝敵、つまりは賊軍として扱われた。
これにより士気の低下や諸将の協力を得られなくなり、次第に追い詰められたのだ。将軍を護ろうとしたはずの旧幕側が、いつの間にか天下の敵に仕上げられていた。
そんな事があっただけに、誰の口から何を言うのか。その事の重大さも知っているのだ。
「泣き言言ってねェで、ちゃっちゃと済ませればいい」
そう言い歳三は私の背中を叩く。
「あぁ。行ってくるよ」
準備を終えたベンが、私の方を心配そうに見ている。あの時のように盛大な軍楽隊の演奏もなければ、厳重な警備もない。それでも、民たちはゾロゾロと集まってきていた。
彼らはとても不安そうな顔をしていた。王国の陰謀論を唱える者や、帝国が税を締め上げるためのでっち上げだと噂する者もいた。
中には何やら一枚の紙を持っている者もいた。決まって彼らは明るい表情をしている。
「あれはなんだ?」
私は近くにいた兵に尋ねた。
「あれはシズネ殿らが配っている、我が軍の勝利を伝えるチラシです」
「シズネさんが?」
兵は腰に提げているポーチからチラシを取り出して見せてくれた。
「卑劣な反逆者に大勝利!」そう見出しが付けられていた。
内容を簡単にまとめると、「卑劣にも隙を突いて攻めてきたファリア軍を、『英雄王』レオ=ウィルフリードの指揮の下、異世界の英雄土方歳三らが撃破して勝利を収めた」というものだった。
英雄王などと大層な二つ名を付けられた上に、かなり誇張して書かれている。嘘とまでは言わないが、プロパガンダとしては十分すぎる出来であった。
シズネさんたちのお膳立てを無駄にしないためにも、私のアジテーションでさらなる戦意高揚を啓発しなければならない。
◆ ◇ ◆ ◇ ◆ ◇ ◆ ◇ ◆
「皆の者聞け!」
何故だろう。この台に立ち、民たちの姿を目の当たりにすると、自然と勇敢な言葉が浮かんできた。
「ご存知のように昨日、卑劣にも軍のいないウィルフリードを狙ってファリアの愚鈍な領主が軍を率いて攻めてきた!」
民衆にザワザワと動揺がはしる。
「しかし!寡兵ながら我らウィルフリード軍と冒険者連隊が勇猛果敢にも敵に吶喊攻撃を敢行!味方に被害はなく、敵に大損害を与えた!」
「おぉ!!!」
どよめきは歓声に変わった。
「敵は怖気付いて攻撃の素振りを見せない!この戦い、必ず勝つ!」
「レオ様ー!!!」
「皇都から必ず援軍は来る!それまで耐え抜くのだ!ウィルフリード万歳!帝国万歳!」
「おぉぉぉ!!!!」
「ウィルフリード万歳!レオ様万歳!!!」
会場は異様な興奮に包まれた。あらぬ疑いをしていた者たちも、雰囲気に飲み込まれて今では万歳三唱している。
「俺たちも戦うぞ!」
「英雄王に命を捧げよ!!!」
「今からでも武器を取れ!俺たちを訓練してくれ!」
ここにいるのは王国との地獄の戦争を生き残った民たち。もはや戦争への恐れなど無かった。
考えても見れば、人口五万人(その内一万の軍は出兵中)のウィルフリードをたった三千で包囲しているのだ。こちらの方が優位では無いか。そう錯覚する程だった。
現実は、五百の兵と数百の協力によって辛うじて守っている状況に変わりはない。
私が立ち去ったあとでも民衆の興奮冷めやらぬ様子で、辺りは熱を帯びていた。
「ありがとうございましたレオ様!何だか勝てそうな気がしてきました!」
「あぁベン。準備から何まで助かった」
「いえいえ!英雄王のお手伝いをできたなんて光栄です!」
あの、挙動不審なまでのベンの姿はどこにもなく、彼の目には希望が満ちていた。
「人はこんなにも簡単に変わるのか」そう思った瞬間だった。その時から、私の中で何かが動き出した気がした。
「良い演説だったじゃねェか。……だが、間違っても勢いのまま突撃なんてしないでくれよ?」
「私もそこまで馬鹿じゃないさ。ただ、敵は五百の軍を抑えるだけだと思っているが、その実五万の民衆も相手だとなると、話は変わってくるだろ?」
「まぁな……」
歳三の心配をよそに、私の心中は至って冷静だった。大衆扇動(政治)と、戦争戦略(実務)は全くの別物であると理解していた。
結局その後、例の会議で今後の作戦を話し合い、義勇兵の募集と訓練を始めることで一致した。それ以外、特に進展はなく、戦争二日目は幕を閉じた。
「昨日から何か敵に動きはあったか?」
「いえ、特に攻撃を仕掛ける様子もなく、あくまでも包囲するだけのようです」
現状、主導権を握っているのはあちらだ。ただ優位を維持し、昨日のような反撃にだけ気をつければ良い。
「ありがとう。何か異変があればすぐに知らせるように」
「は!」
私は周囲の兵を激励し、街の中心へ向かった。
◆ ◇ ◆ ◇ ◆ ◇ ◆ ◇ ◆
いつか私が演説をしたあの場所で、今度は戦争の宣言と現状説明を行う。ベンや自治会の住民たちが中心となって準備を進めている。
「……なぁ、やっぱり戦闘に関しては歳三の方から説明してくれないか?」
「いや、それはレオがやるべきだぜ。この街の生まれでもなければこの世界の存在ですらない俺が説明するより、ウィルフリードの名を背負うレオがやるべきだ」
「そういうもんか」
「あァ、そういうもんだ」
歳三の言葉には重みを感じる。
戊辰戦争初期、実は緒戦は歳三たち旧幕府軍が指揮や武器の面で優勢だった。しかし、その流れを変えたというのは一本のある旗だった。
それは天皇家が出した「錦の御旗」である。この旗を持つ新政府軍は官軍となり、歳三たちは朝敵、つまりは賊軍として扱われた。
これにより士気の低下や諸将の協力を得られなくなり、次第に追い詰められたのだ。将軍を護ろうとしたはずの旧幕側が、いつの間にか天下の敵に仕上げられていた。
そんな事があっただけに、誰の口から何を言うのか。その事の重大さも知っているのだ。
「泣き言言ってねェで、ちゃっちゃと済ませればいい」
そう言い歳三は私の背中を叩く。
「あぁ。行ってくるよ」
準備を終えたベンが、私の方を心配そうに見ている。あの時のように盛大な軍楽隊の演奏もなければ、厳重な警備もない。それでも、民たちはゾロゾロと集まってきていた。
彼らはとても不安そうな顔をしていた。王国の陰謀論を唱える者や、帝国が税を締め上げるためのでっち上げだと噂する者もいた。
中には何やら一枚の紙を持っている者もいた。決まって彼らは明るい表情をしている。
「あれはなんだ?」
私は近くにいた兵に尋ねた。
「あれはシズネ殿らが配っている、我が軍の勝利を伝えるチラシです」
「シズネさんが?」
兵は腰に提げているポーチからチラシを取り出して見せてくれた。
「卑劣な反逆者に大勝利!」そう見出しが付けられていた。
内容を簡単にまとめると、「卑劣にも隙を突いて攻めてきたファリア軍を、『英雄王』レオ=ウィルフリードの指揮の下、異世界の英雄土方歳三らが撃破して勝利を収めた」というものだった。
英雄王などと大層な二つ名を付けられた上に、かなり誇張して書かれている。嘘とまでは言わないが、プロパガンダとしては十分すぎる出来であった。
シズネさんたちのお膳立てを無駄にしないためにも、私のアジテーションでさらなる戦意高揚を啓発しなければならない。
◆ ◇ ◆ ◇ ◆ ◇ ◆ ◇ ◆
「皆の者聞け!」
何故だろう。この台に立ち、民たちの姿を目の当たりにすると、自然と勇敢な言葉が浮かんできた。
「ご存知のように昨日、卑劣にも軍のいないウィルフリードを狙ってファリアの愚鈍な領主が軍を率いて攻めてきた!」
民衆にザワザワと動揺がはしる。
「しかし!寡兵ながら我らウィルフリード軍と冒険者連隊が勇猛果敢にも敵に吶喊攻撃を敢行!味方に被害はなく、敵に大損害を与えた!」
「おぉ!!!」
どよめきは歓声に変わった。
「敵は怖気付いて攻撃の素振りを見せない!この戦い、必ず勝つ!」
「レオ様ー!!!」
「皇都から必ず援軍は来る!それまで耐え抜くのだ!ウィルフリード万歳!帝国万歳!」
「おぉぉぉ!!!!」
「ウィルフリード万歳!レオ様万歳!!!」
会場は異様な興奮に包まれた。あらぬ疑いをしていた者たちも、雰囲気に飲み込まれて今では万歳三唱している。
「俺たちも戦うぞ!」
「英雄王に命を捧げよ!!!」
「今からでも武器を取れ!俺たちを訓練してくれ!」
ここにいるのは王国との地獄の戦争を生き残った民たち。もはや戦争への恐れなど無かった。
考えても見れば、人口五万人(その内一万の軍は出兵中)のウィルフリードをたった三千で包囲しているのだ。こちらの方が優位では無いか。そう錯覚する程だった。
現実は、五百の兵と数百の協力によって辛うじて守っている状況に変わりはない。
私が立ち去ったあとでも民衆の興奮冷めやらぬ様子で、辺りは熱を帯びていた。
「ありがとうございましたレオ様!何だか勝てそうな気がしてきました!」
「あぁベン。準備から何まで助かった」
「いえいえ!英雄王のお手伝いをできたなんて光栄です!」
あの、挙動不審なまでのベンの姿はどこにもなく、彼の目には希望が満ちていた。
「人はこんなにも簡単に変わるのか」そう思った瞬間だった。その時から、私の中で何かが動き出した気がした。
「良い演説だったじゃねェか。……だが、間違っても勢いのまま突撃なんてしないでくれよ?」
「私もそこまで馬鹿じゃないさ。ただ、敵は五百の軍を抑えるだけだと思っているが、その実五万の民衆も相手だとなると、話は変わってくるだろ?」
「まぁな……」
歳三の心配をよそに、私の心中は至って冷静だった。大衆扇動(政治)と、戦争戦略(実務)は全くの別物であると理解していた。
結局その後、例の会議で今後の作戦を話し合い、義勇兵の募集と訓練を始めることで一致した。それ以外、特に進展はなく、戦争二日目は幕を閉じた。
14
お気に入りに追加
100
あなたにおすすめの小説
満州国馬賊討伐飛行隊
ゆみすけ
歴史・時代
満州国は、日本が作った対ソ連の干渉となる国であった。 未開の不毛の地であった。 無法の馬賊どもが闊歩する草原が広がる地だ。 そこに、農業開発開墾団が入植してくる。 とうぜん、馬賊と激しい勢力争いとなる。 馬賊は機動性を武器に、なかなか殲滅できなかった。 それで、入植者保護のため満州政府が宗主国である日本国へ馬賊討伐を要請したのである。 それに答えたのが馬賊専門の討伐飛行隊である。
悠久の機甲歩兵
竹氏
ファンタジー
文明が崩壊してから800年。文化や技術がリセットされた世界に、その理由を知っている人間は居なくなっていた。 彼はその世界で目覚めた。綻びだらけの太古の文明の記憶と機甲歩兵マキナを操る技術を持って。 文明が崩壊し変わり果てた世界で彼は生きる。今は放浪者として。
※現在毎日更新中
【書籍化】パーティー追放から始まる収納無双!~姪っ子パーティといく最強ハーレム成り上がり~
くーねるでぶる(戒め)
ファンタジー
【24年11月5日発売】
その攻撃、収納する――――ッ!
【収納】のギフトを賜り、冒険者として活躍していたアベルは、ある日、一方的にパーティから追放されてしまう。
理由は、マジックバッグを手に入れたから。
マジックバッグの性能は、全てにおいてアベルの【収納】のギフトを上回っていたのだ。
これは、3度にも及ぶパーティ追放で、すっかり自信を見失った男の再生譚である。
欲張ってチートスキル貰いすぎたらステータスを全部0にされてしまったので最弱から最強&ハーレム目指します
ゆさま
ファンタジー
チートスキルを授けてくれる女神様が出てくるまで最短最速です。(多分) HP1 全ステータス0から這い上がる! 可愛い女の子の挿絵多めです!!
カクヨムにて公開したものを手直しして投稿しています。
蒼穹の裏方
Flight_kj
SF
日本海軍のエンジンを中心とする航空技術開発のやり直し
未来の知識を有する主人公が、海軍機の開発のメッカ、空技廠でエンジンを中心として、武装や防弾にも口出しして航空機の開発をやり直す。性能の良いエンジンができれば、必然的に航空機も優れた機体となる。加えて、日本が遅れていた電子機器も知識を生かして開発を加速してゆく。それらを利用して如何に海軍は戦ってゆくのか?未来の知識を基にして、どのような戦いが可能になるのか?航空機に関連する開発を中心とした物語。カクヨムにも投稿しています。
改造空母機動艦隊
蒼 飛雲
歴史・時代
兵棋演習の結果、洋上航空戦における空母の大量損耗は避け得ないと悟った帝国海軍は高価な正規空母の新造をあきらめ、旧式戦艦や特務艦を改造することで数を揃える方向に舵を切る。
そして、昭和一六年一二月。
日本の前途に暗雲が立ち込める中、祖国防衛のために改造空母艦隊は出撃する。
「瑞鳳」「祥鳳」「龍鳳」が、さらに「千歳」「千代田」「瑞穂」がその数を頼みに太平洋艦隊を迎え撃つ。
魔力無し転生者の最強異世界物語 ~なぜ、こうなる!!~
月見酒
ファンタジー
俺の名前は鬼瓦仁(おにがわらじん)。どこにでもある普通の家庭で育ち、漫画、アニメ、ゲームが大好きな会社員。今年で32歳の俺は交通事故で死んだ。
そして気がつくと白い空間に居た。そこで創造の女神と名乗る女を怒らせてしまうが、どうにか幾つかのスキルを貰う事に成功した。
しかし転生した場所は高原でも野原でも森の中でもなく、なにも無い荒野のど真ん中に異世界転生していた。
「ここはどこだよ!」
夢であった異世界転生。無双してハーレム作って大富豪になって一生遊んで暮らせる!って思っていたのに荒野にとばされる始末。
あげくにステータスを見ると魔力は皆無。
仕方なくアイテムボックスを探ると入っていたのは何故か石ころだけ。
「え、なに、俺の所持品石ころだけなの? てか、なんで石ころ?」
それどころか、創造の女神ののせいで武器すら持てない始末。もうこれ詰んでね?最初からゲームオーバーじゃね?
それから五年後。
どうにか化物たちが群雄割拠する無人島から脱出することに成功した俺だったが、空腹で倒れてしまったところを一人の少女に助けてもらう。
魔力無し、チート能力無し、武器も使えない、だけど最強!!!
見た目は青年、中身はおっさんの自由気ままな物語が今、始まる!
「いや、俺はあの最低女神に直で文句を言いたいだけなんだが……」
================================
月見酒です。
正直、タイトルがこれだ!ってのが思い付きません。なにか良いのがあれば感想に下さい。
王宮で汚職を告発したら逆に指名手配されて殺されかけたけど、たまたま出会ったメイドロボに転生者の技術力を借りて反撃します
有賀冬馬
ファンタジー
王国貴族ヘンリー・レンは大臣と宰相の汚職を告発したが、逆に濡れ衣を着せられてしまい、追われる身になってしまう。
妻は宰相側に寝返り、ヘンリーは女性不信になってしまう。
さらに差し向けられた追手によって左腕切断、毒、呪い状態という満身創痍で、命からがら雪山に逃げ込む。
そこで力尽き、倒れたヘンリーを助けたのは、奇妙なメイド型アンドロイドだった。
そのアンドロイドは、かつて大賢者と呼ばれた転生者の技術で作られたメイドロボだったのだ。
現代知識チートと魔法の融合技術で作られた義手を与えられたヘンリーが、独立勢力となって王国の悪を蹴散らしていく!
ユーザ登録のメリット
- 毎日¥0対象作品が毎日1話無料!
- お気に入り登録で最新話を見逃さない!
- しおり機能で小説の続きが読みやすい!
1~3分で完了!
無料でユーザ登録する
すでにユーザの方はログイン
閉じる