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第一章

17話 宣言

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 私は敵陣の様子を眺めていた。昨日の包囲するまでの乱れた隊列とは違い、整然と何重にも門の前に布陣している。

「昨日から何か敵に動きはあったか?」

「いえ、特に攻撃を仕掛ける様子もなく、あくまでも包囲するだけのようです」

 現状、主導権を握っているのはあちらだ。ただ優位を維持し、昨日のような反撃にだけ気をつければ良い。

「ありがとう。何か異変があればすぐに知らせるように」

「は!」

 私は周囲の兵を激励し、街の中心へ向かった。




◆ ◇ ◆ ◇ ◆ ◇ ◆ ◇ ◆ 




 いつか私が演説をしたあの場所で、今度は戦争の宣言と現状説明を行う。ベンや自治会の住民たちが中心となって準備を進めている。

「……なぁ、やっぱり戦闘に関しては歳三の方から説明してくれないか?」

「いや、それはレオがやるべきだぜ。この街の生まれでもなければこの世界の存在ですらない俺が説明するより、ウィルフリードの名を背負うレオがやるべきだ」

「そういうもんか」

「あァ、そういうもんだ」

 歳三の言葉には重みを感じる。

 戊辰戦争初期、実は緒戦は歳三たち旧幕府軍が指揮や武器の面で優勢だった。しかし、その流れを変えたというのは一本のある旗だった。

 それは天皇家が出した「錦の御旗」である。この旗を持つ新政府軍は官軍となり、歳三たちは朝敵、つまりは賊軍として扱われた。

 これにより士気の低下や諸将の協力を得られなくなり、次第に追い詰められたのだ。将軍を護ろうとしたはずの旧幕側が、いつの間にか天下の敵に仕上げられていた。

 そんな事があっただけに、誰の口から何を言うのか。その事の重大さも知っているのだ。

「泣き言言ってねェで、ちゃっちゃと済ませればいい」

 そう言い歳三は私の背中を叩く。

「あぁ。行ってくるよ」



 準備を終えたベンが、私の方を心配そうに見ている。あの時のように盛大な軍楽隊の演奏もなければ、厳重な警備もない。それでも、民たちはゾロゾロと集まってきていた。

 彼らはとても不安そうな顔をしていた。王国の陰謀論を唱える者や、帝国が税を締め上げるためのでっち上げだと噂する者もいた。


 中には何やら一枚の紙を持っている者もいた。決まって彼らは明るい表情をしている。

「あれはなんだ?」

 私は近くにいた兵に尋ねた。

「あれはシズネ殿らが配っている、我が軍の勝利を伝えるチラシです」

「シズネさんが?」

 兵は腰に提げているポーチからチラシを取り出して見せてくれた。


「卑劣な反逆者に大勝利!」そう見出しが付けられていた。

 内容を簡単にまとめると、「卑劣にも隙を突いて攻めてきたファリア軍を、『英雄王』レオ=ウィルフリードの指揮の下、異世界の英雄土方歳三らが撃破して勝利を収めた」というものだった。

 英雄王などと大層な二つ名を付けられた上に、かなり誇張して書かれている。嘘とまでは言わないが、プロパガンダとしては十分すぎる出来であった。

 シズネさんたちのお膳立てを無駄にしないためにも、私のアジテーションでさらなる戦意高揚を啓発しなければならない。





◆ ◇ ◆ ◇ ◆ ◇ ◆ ◇ ◆ 




「皆の者聞け!」

 何故だろう。この台に立ち、民たちの姿を目の当たりにすると、自然と勇敢な言葉が浮かんできた。

「ご存知のように昨日、卑劣にも軍のいないウィルフリードを狙ってファリアの愚鈍な領主が軍を率いて攻めてきた!」

 民衆にザワザワと動揺がはしる。

「しかし!寡兵ながら我らウィルフリード軍と冒険者連隊が勇猛果敢にも敵に吶喊攻撃を敢行!味方に被害はなく、敵に大損害を与えた!」

「おぉ!!!」

 どよめきは歓声に変わった。

「敵は怖気付いて攻撃の素振りを見せない!この戦い、必ず勝つ!」

「レオ様ー!!!」

「皇都から必ず援軍は来る!それまで耐え抜くのだ!ウィルフリード万歳!帝国万歳!」

「おぉぉぉ!!!!」

「ウィルフリード万歳!レオ様万歳!!!」

 会場は異様な興奮に包まれた。あらぬ疑いをしていた者たちも、雰囲気に飲み込まれて今では万歳三唱している。

「俺たちも戦うぞ!」

「英雄王に命を捧げよ!!!」

「今からでも武器を取れ!俺たちを訓練してくれ!」

 ここにいるのは王国との地獄の戦争を生き残った民たち。もはや戦争への恐れなど無かった。

 考えても見れば、人口五万人(その内一万の軍は出兵中)のウィルフリードをたった三千で包囲しているのだ。こちらの方が優位では無いか。そう錯覚する程だった。

 現実は、五百の兵と数百の協力によって辛うじて守っている状況に変わりはない。

 私が立ち去ったあとでも民衆の興奮冷めやらぬ様子で、辺りは熱を帯びていた。


「ありがとうございましたレオ様!何だか勝てそうな気がしてきました!」

「あぁベン。準備から何まで助かった」

「いえいえ!英雄王のお手伝いをできたなんて光栄です!」

 あの、挙動不審なまでのベンの姿はどこにもなく、彼の目には希望が満ちていた。

 「人はこんなにも簡単に変わるのか」そう思った瞬間だった。その時から、私の中で何かが動き出した気がした。


「良い演説だったじゃねェか。……だが、間違っても勢いのまま突撃なんてしないでくれよ?」

「私もそこまで馬鹿じゃないさ。ただ、敵は五百の軍を抑えるだけだと思っているが、その実五万の民衆も相手だとなると、話は変わってくるだろ?」

「まぁな……」

 歳三の心配をよそに、私の心中は至って冷静だった。大衆扇動(政治)と、戦争戦略(実務)は全くの別物であると理解していた。

 結局その後、例の会議で今後の作戦を話し合い、義勇兵の募集と訓練を始めることで一致した。それ以外、特に進展はなく、戦争二日目は幕を閉じた。
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