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第一章

8話 二人の英雄

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 父は裏庭でアルガーと組手をしていた。

 父の鎧姿を見たのは久しぶりだ。鎧と言ってもフルプレートではなく、動きやすい軽装だった。

 戦に何度も着て行ったであろう父のフルプレートの鎧は、武器庫の奥にしまってあるのを一度だけ見たことがある。

 危ないからとマリエッタに止められているため、屋敷を迷った時以来見ていない。いや、平和を願うならあれを見る機会がない方がいいのだが。

「母上、治癒魔法の使える魔導師を呼んだ方がいいのではないでしょうか……。あんなにやる気の父上は初めて見ました……」

「久しぶりに全力をぶつけられる相手に出会い、血が騒いでるんだわ。でも大丈夫よ。だからと言って冷静さを失い手加減が出来なくなるような人ではないもの。それに……」

 そう言い母は笑ってみせた。目線の先に誰がいるのか、私からはよく見えなかったが。



 模擬戦は屋敷の裏庭でやることになった。

 今夜晩餐会に参加する貴族の中にはもう、うちへ集まっている人もいる。帝国一とも言われる父の腕を早く見たいと思って来たのだろう。

  現にアルガーとのただの組手ですら、パチパチと手を鳴らして「お見事!」などと囃し立てている。

  もちろん、父の立場がかなり上の位であるというのもあるだろう。しかし、貴族たちの目はヒーローに憧れる少年のようにすら見えた。

  全員が全員という訳では無いが、強い男に憧れるのが男のサガというやつなのかもしれない。




◆ ◇ ◆ ◇ ◆ ◇ ◆ ◇ ◆ 



 
 日も落ちかけ、まさか逃げ出したのではないかと口々に言われる中、歳三は髪をかきあげながら戻ってきた。

「よォ、皆さんお揃いのようで」

「ほう、異世界の英雄とやらは逃げ出さずに戻ってきたか。帝国一を相手にその豪胆さは認めよう。まったく、楽しみだな?帝国の英雄と異世界の英雄、どちらが強いのか」
 
 あの不遜で上から目線な発言をするのが隣のファリア領主、バルン=ファリアだ。

 ファリアの兵は弱いことで知られていた。確かに、兵を率いるバルンとやらのだらしない腹を見れば、少なくとも戦争で活躍してたと言われてすんなりは信じられない。

 しかし、不戦協定により戦がなくなった今、ファリアは肥沃な大地から取れる農作物や果樹、そしてその加工品である酒などを輸出し大儲けしているようだ。

 それ故にバルンは態度も腹も大きくなり、周りの貴族たちからは疎まれている。実力主義の帝国では彼のような人物はあまり受け入れられない。

 商業国であるアキード自由協商連合なら彼のような商売上手は……、いや、あのような態度の人間はどこへ行ってもあのような人間なのだ。

 歳三本人は外野の声は気にもとめないと言った様子で父の方を見ている。

「この世界は本当に面白ェな!この力があれば共和国も夢じゃなかったかもしれねェな……」

 歳三は左手に持つ刀を突き出した。

「俺はいつでもイイぜ!」

 父は眉をクイッと上げ、ニヤリと笑った。

「アルガー!立会人はお前に任せよう!」

「お引き受けしましょう!」

 アルガーもどことなく楽しそうに応える。

「では、これよりウィルフリード家当主 ウルツ=ウィルフリードと、異世界の英雄 土方歳三の一騎打ちを行う!」

 アルガーは腰の剣を抜き、天高く掲げた。

「立会人はこのアルガー=シュリンが行う!……それでは両者名乗りを上げよ!」

「プロメリア帝国 公爵、ウルツ=ウィルフリード!」

「新撰組 副長、土方歳三!」

「それでは尋常に!……始め!」

 アルガーはその剣を振り下ろした。まさに今、戦いの火蓋が切られたのである。



「『魔剣召喚』!」

 そう叫ぶと、父の上には不思議な黒い渦が出来ていた。そこに手を突っ込むと、どこからともなく剣が現れた。

「おぉ!あれが『魔剣召喚』ですか!」

「あれは 焔の魔剣フィーゲルフォイヤーですぞ!気をつけないと服が焼けてしまいますぞ!」

 貴族たちも感嘆の声を漏らす。

「へぇ、それがあんたのスキルってやつか……。本当に面白ェな!」

「土方よ、お前の力存分に試させて貰うぞ……!」

 そう言うと父は大きく踏み込み、前払いを繰り出した。その動きは早すぎて素人には剣の炎の揺らめきしか捉えることが出来なかった。

 ガキィン!という金属がぶつかり合う音で、歳三が父の剣を受け止めたのだと分かった。

 しかし、父の魔剣からは前払いと同時に横一文字の炎が飛び出し、歳三を焼いた。

 歳三は大きく飛び退いて炎を振り切った。

「体まで丈夫になってて助かったぜ。それじゃあ今度は俺の番だなァ!」

 歳三は刀を鞘に戻し、腰を落とし居合の構えを取った。

「行くぜ!『悪・即・斬』!」

 それは一瞬の出来事だった。

 歳三の姿が消えたと思った次の瞬間、正面に構えていたはずの父の後ろに、刀を振り抜いた彼の姿があった。

 父の手には剣の柄だけが残っており、足元には砕け散った焔の魔剣だったものが散乱している。

「ま、まさか正面からウルツ殿の魔剣を破るとは……」

「あの土方と言う男、異世界の英雄というのも真まことであると言わざるを得ないな……」

 貴族たちの歳三を見る目が一変したのが手に取るように分かった。

「土方歳三、この俺に一太刀浴びせたのはお前で二人目だ」

「へぇ、そりゃどうも」

 次は牙突の構えで突撃した。しかし、刀は大きく逸れた。焔の魔剣で食らったダメージが確実に歳三の太刀筋を乱していた。

 事実、刀同士で打ち合うのは極めて少ない。何故ならば、どちらかの力量が上回っていれば、初撃から生死を分かつことになるからだ。ガキンガキンとぶつかり合うなど、児戯に等しい戦いだ。

 今回はどちらも強者同士。最初から必殺の攻撃を仕掛け、お互いに食らった結果、戦いの終演はすぐそこまで迫っていた。

「次で終わりにしよう……!『魔剣召喚』!」

 再び渦から取り出された剣は黒い煙を伴っていて、見ているこちらまでに殺気を感じさせた。その場にいる誰もが背筋を凍らせただろう。アルガーでさえも近くに立っているのが辛そうだった。

「あ、あれは真の魔剣と呼ばれる闇の魔剣、ドゥンケルハイトではないか……。なんと禍々しいオーラだ……」

 空気を揺らしたその煙はなにやら嫌な感じを覚える。

「それがあんたの切り札ってやつか?それじゃァ俺も取っておきを出さなきゃなァ……!」

 そう言うと歳三は静かに目を閉じた。

「『明鏡止水』!」

 歳三から放たれる鋭い殺気に、辺りから一切の喧騒が消え去った。その様子はまるで時が止まったかのようだった。その空間の中を歳三だけが自由に動く。

「行くぜェ!」
 
 そう言い斬りかかったと思った次の瞬間、倒れたのは歳三の方だった。

 よく見ると、歳三の足と腕には、闇の魔剣から出ている煙がまるで龍の形を為すかのように噛み付いていた。

「見事であった。闇の魔剣を振るのが少しでも遅れていれば倒れていたのは俺の方であろう」

 なんと、歳三の『明鏡止水』が発動する前に闇の魔剣での攻撃は終わっていたのだ。気づくまもなく命を刈り取るその強さはまさに真の魔剣と評されるだけある。

「───こ、これにて一騎打ちは終了とする!勝者は、ウルツ=ウィルフリード!」

 歳三の殺気が途絶え、アルガーは気を取り戻したようにそう叫んだ。

「おぉぉぉ!!!まさに帝国一の英雄である!」

「いや、あの土方という男にも拍手を送りたい!」

 貴族たちはその年齢を忘れて大はしゃぎしている。無論、私の血も今までにないほどに騒いでいた。

「二人の英雄に賞賛の拍手を!」


 かくして、歳三の実力を示すという名目の一騎打ちは、大いに男たちを興奮させ、新たな民の語り草になるのであった。
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