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1話 冤罪を阻止
しおりを挟む聖ミネルヴァ学園の大聖堂には、終業式が始まるのを待つ生徒たちが集まりはじめていた。終業式の日は現地集合現地解散と決まっている。
「ソフィア、君との婚約は破棄する。そして、告発する!」
ひとりの生徒が高らかに宣言する低くて厳かな声音が響き渡る。がやがとうるさかった聖堂は一気に静まりかえった。声を発したのが、このアストリア王国の第三王子であるモーリスだったから。
表情は憎々しげに歪み、額に青筋を立てている。普段は優しげな印象を与えるぱっちりとした瞳は怒りに染まっていた。
その視線を向けられているのは、モーリスの目の前にいるソフィアと呼ばれた令嬢。悪びれる様子もなくモーリスのことを真っ直ぐに見つめ返す。
「なんででしょう……? 理由をお教えくださる?」
「……ナターシャのことをいじめていたな? ソフィアがいじめの主犯格だと分かった以上、この僕が黙っていられるわけがない!」
モーリスの隣には可憐な少女がいた。胸元まであるウェーブのかかった淡いピンク色の髪は、透き通るような肌の白さをより際立てている。すらっとした長い脚にはところどころ青くなったアザがあった。
唇をキュッと結び、俯く姿は誰が見ようと「いじめられている可哀想な被害者」だろう。
「私がナターシャに何をしたって言うんでしょうか?」
「僕もはっきりとこの目で見た。ソフィアがナターシャを突き落とす瞬間を!」
下からナターシャの顔を覗き込むと、モーリスはごにょごにょと小さな声で囁きかけているようだった。
ナターシャはモーリスを見つめながら大きく頷くと、震える脚で一歩前に踏み出す。スカートをぎゅっと握りしめてか細い声で話しはじめた。
「ソフィアさんにいじめられていました。この脚の怪我を見てください! これはモーリス殿下のおっしゃっていた、階段から突き落とされたときにできたものです。」
静かな聖堂でナターシャは今まで受けてきた被害をぽつりぽつりと告発していく。周りの生徒たちはそれを受け、ソフィアに対して軽蔑するような視線を向けてくる。
「──私はソフィアさんを許すことなんてできません!」
「そうですか、長々とどうも」
ソフィアは淡々とした口調で繰り返すと、深々と頭を下げた。顔を上げると同時に制服の内ポケットから、茶色い瓶を取り出した。
栓を引き抜くとナターシャ目掛けて瓶の中身をかける。
ぽたぽたと垂れた液体が、聖堂の床を溶かしていく。じゅううう、という音とともに白い煙が上がった。
ナターシャは無傷だった。突きだした両手を中心にして、透明のシールドが張られていた。
誰が見てもナターシャが繰り出したとしか思えないそれは、周囲の人々をどよめかせるのに十分だった。
シールドを張ることが出来るのは魔法使いだけ。ナターシャが無傷であるということは、魔法使いであると証明するようなものだった。
「これで分かったでしょう、モーリス殿下? 彼女は魔法を使って私のことを犯人に仕立て上げていただけですわ」
にこりと笑いながらモーリスを一瞥すると、ソフィアはくるりと踵を返して人波をかき分けながら颯爽と聖堂の出口を目指して歩きだす。
「な、なんなのこれは! 違います! 私はなにも!」
後ろから聞こえるナターシャの金切り声にBGMにしながら、ソフィアは一度も振り返らずに聖堂をあとにした。
「はぁ──! 用意しておいて良かったわ、抜かりないわねあの女は……」
だんだんと激化するナターシャの自作自演のために、人々が集まる行事のときは何でも溶かしてしまうという最強の薬液を持ち歩いていた。栓が外れれば大やけどは免れないリスク付きで。
ソフィアは自分が思い描いていた通りにことが運んで大満足だった。笑みがこぼれて仕方がない。
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